2017年3月24日 (金)

モクレンの並木道

なかなかうまくいかないとき、アドバイスをくれたり、まるで自分事のように考えてくれる人がいるというそのことだけで、頑張るエネルギーが湧いてくる。10年前の私だったらそんなふうに素直に受け取れなかっただろう。余計なお世話だと、意地っ張りな自分を貫いただろう。小さかった…。
あの頃の自分を否定はしないけれど、歳とともにいろんなものが削ぎ落とされていくということなんだと思う。ちょっとづつ角が取れてまあるくなるみたいに。
そして今度は自分がその人みたいに誰かに心からアドバイスできるような人間になりたい。
アドバイスって決して上からのものじゃないってことが最近分かってきた。本当にその人を想う気持ちがそのまま言葉になるのだと。それがおせっかいだと思われても関係ないものね。そういうおばちゃんになろう。
夕べはそういう気持ちで布団に入ったので、今朝はシャキーンと目覚めて仕入れして仕込みしてと、流れるみたいにスムーズにいった。ちょっとだけ自分が生まれ変わったみたいだった。
人からもらえるエネルギーってすごいっ。

月末の銀行業務を済ませ、状況は厳しくとも今月もなんとかやりくりできた自分へのご褒美にと、相方さんを誘って肉肉しいハンバーグを食べに行く。お互い無言でむさぼるように食べて「お腹いっぱいになったね」とだけ言い合って帰ってくる。風は強いけれど日差しはぽかぽかして気持ちがいい。モクレンの並木道も今がいちばんの見ごろ。この時期は遠回りしてでもこの道を通るのがなによりの楽しみ。
いろいろあっても春はなんとなく前を向けるから不思議な季節だな。

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2017年3月23日 (木)

まったくいい歳して。

ここのところ仕入れと仕事の時間以外は、ほとんど引きこもっている気がする。それが悪いというわけではないけれど、なんとなく自分がどんどん単純化していくみたいで少し窮屈に感じる。良くも悪くもほどよい刺激っていうのは大事なんだろうなぁ。やった〜!とか超最高〜!みたいなのより、しんどいな〜苦しいな〜っていうやつのほうが私的には好物だけど。

昨夜は仕事を終えて帰ってきて玄関の扉を開けたその場で朝まで寝てしまうという始末。いい歳して何やってんだという感じなのだけど、お客さんが帰られたあとヨレヨレになりながらもちゃんと後片付けだけはしているみたいなので、まあ大目に見てやろうという感じもある。仕事を終えるのが明け方近くになったとしても、次の日に見るとキッチン周りは結構綺麗に掃除されてるのだよね、おもしろいことに。染み付いたなにかってあるんだな。こどもの頃の「家に着くまでが遠足です!」まさにあれをマジメに(笑)守ってる感じ。だから玄関開けたとたん一気にスイッチがオフになっちゃうのです…。
まあ風邪だけはひかないように気をつけよう、ってことにしておこう。
そんなんだったから朝起きたらコンタクトレンズも入れっぱなし、化粧もそのまま、もちろん着替えもしていなくて、それを全部帳消しにしたくて大慌てでシャワーを浴びて洗濯機を回してそしてまた化粧してダッシュで仕入れに向かって仕込みしたりなんかして、いつものモードに戻したのであった。
今日はおいしそうなイワシが手に入ったから、新鮮なうちにさばいてつみれ汁を作った。美味しく食べてもらえるといいな…って、料理するときって不思議と食べてくれる人の顔を思い浮かべるのだよね。私の場合はもっぱらお客さんの顔だけどね。
お母さんって人は毎日家族を思い浮かべて料理してるんだろね。

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2017年3月22日 (水)

本が完成しました!

昨日、念願の本が完成した!
書き始めたのがちょうど1年くらい前で、そのときはまだ父が生きていたり自分自身の内面にも変化が起きていたり…出来上がった本を見るとちょっぴり懐かしくも思える。
カウンセラーになろうと決めたあの日以来、この本のためにまた新たに自分の過去を振り返るきっかけにもなったことだし、私にとってはこの本を書いていた時間そのものが愛おしいものになった、というのが本音かな。
本を書いてみませんか?という依頼をいただいて、迷わず「書いてみたいです!」と答えたのは良かったのだけれど、なにせ素人。自分の中にあるものを文章として絞り出すのにどれだけ大変だったか…。というか、言葉にするのは結果的なことでそれ以前に自分の内面と向き合うことのほうがしんどかったかな。
自分がこどもの頃に味わった“なんだかわからないけど気持ちがしんどい”みたいなものを抱えてる若い子たちに読んでもらえたらいいな〜という感じでおります。
真っ赤な表紙の可愛らしい本です。手作り感を出したくて表紙の文字や中の小さなイラストやちょっとしたお料理レシピなどは恥ずかしながら自分で書きました。
ちなみに本はamazonから買えるそうです。今は便利ですね。
このブログのサイドラインのところに詳しい情報を貼っておいたのでよかったら見てみてくださいね。

というわけで本の話はこれでおしまいに。
この間、地元の不動産王(笑)といわれているおじさまからものすごく深いお話をいただいたのでそのことを書こうと思う。
おじさまはタバコをおいしそうにふかしながらこう言った。「60過ぎた俺が思うに、人間にとって大事なものはなにかというと、絶対に健康!健康は金で買えないだろう。健康じゃなきゃ金も使えやしねぇし。この歳なると本当にそう思うんだ。」と。
そういう類の話はよく聞くし実際自分もそう思っていることだから今さらって感じなのだけど、なんともいえないそのおじさまの表情とか言い方がとても沁みてきて、おじさまの人生の厚みを感じてじーんときちゃったのだ。さらに、おじさまが奥様が大好きなことだったり、お孫さんが可愛くてしかたなかったり、とにかく家族を愛していることなどすべてがかっこいいなーって思った。こんなふうに歳を重ねていきたいなって。
人って全部出るんだな。

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2017年3月21日 (火)

瞑想・迷走?!

この間の心理学探究会のテーマは『瞑想』。ヨーガの世界に生きて、そこから経験してきたりえちゃんのリアルなお話はすべてが貴重なものだったし、時に涙しそうにもなった。たぶんそれって、私自身も共感するものがあったから。ぺえぺえの私にはなかなか言葉にできないけれど、彼女は彼女なりの的確な言葉でその世界を表現してくれた。それってすごいと思った。
孤独の世界をとことん掘り下げて味わった先に見えたキラキラしたものを、自分以外の誰かにも分けてあげたいという想いがあるから、それらが自然に言葉として彼女に降りてくるんだと思う。愛がないとできない。
瞑想の世界への興味ももちろんのこと、こういうことを伝えようとしてくれているりえちゃん姿勢に感動しちゃったというのが正直なところかもしれないな。
そんな私の内面というと普段は瞑想の世界とはほど遠いところにいると思う。自分に対して否定的な思考ばかりを働かせて、と〜ってもつまらない現実に身を置いている。生きづらいことだと分かっていてもそれを背負っていかなきゃいけないと思っている自分がいる。キラキラしたものも見てみたいけれど、見ちゃいけない気もする。このあたりは我ながらと〜っても複雑だと思う。
そんな自分だからときに瞑想が恋しくなるのだと思う。瞑想の世界に身を投じているときって時空間を超越した世界にいる気分になる。そこから湧いてくるものにただ身を任せればいいのだもの。自分で勝手にシナリオ作って生きている現実世界とは正反対のところにある世界。実は大好きなんだよな。
こんなことを書いていたら、瞑想が好きなんだか嫌いなんだか分からなくなってきたけれど、たぶん興味はあって、でもくだらないシナリオの現実を生きることも嫌いじゃなくて…、ってことは両方を行ったり来たりしながら過ごしていくのが私にとっては最適ってことかなぁと思ったり…。

週末は御前崎に無計画の小旅行に出かけた。灯台に登って足がすくんだり桜ヶ池を散歩して神社をお参りしたり市場で炙りたての激旨カツオに感動したり、つかの間ではあったけれどエネルギーチャージした感あり。連休ということもあって家族連れをたくさん見て、いろいろ感じるものもあった。

数年前みたいに日々の小さな楽しみを見つけながらおちゃらけて(適当にという意味ではない)暮らしていた日記はもはや書けなくなってきたな。なんだろね、歳を重ねるごとに自分の人生背景への重み(責任)が増してくるということなのかなぁ。頑張って生きなきゃね。

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2017年3月17日 (金)

自分、取り戻し。

ここ1ヶ月やり続けていた事務的作業をとりあえず終える。まぁつまりは確定申告のことだったのだけど、今までどれだけさぼっていたかというのを今回どかーんと思い知らされた。こういうことは日頃からコツコツとやっていないとダメですね…。受付最終日の しかも16時59分にすべりこみセーフで提出できたのはドラマみたいで面白かったのだけど、なぜか達成感も安堵感も何もなくて精神的疲労感だけが残った、という結果に自分でも驚いた。終ってラッキー!になるかと思ってたもの。
睡眠時間と仕事の時間意外はすべてを事務作業にあてたことだったり、食事も適当になっていたり、途中何度も相方さんとケンカになったり(これが一番大きい)…ストレス満載の状況の中でやっていたことだった。そりゃぁ疲れるわさ。
それでも仕事のときはいつものテンションにもっていかなくてはいけないもの。このギャップといったら相当なものだ。
少しはこんな自分を労ってやろうといろいろ考えてみたのだけど、想像以上に自分を追い込んでいたみたいでちっともいいアイディアなんて思いつかない…。それどころか不意に手先が震えたりなんかして、自律神経までおかしくなっちゃったみたい。
それでもって、先ほどめずらしくプリンなんか仕込んだりしてる自分がいた。きっとこれは無意識に気持ちのバランスをとろうとしているんだわっと、そんな自分がちょっとだけかわいらしく思えた。人間ておもしろい。
ここ1ヶ月のストレスですっかり治っていた膝がまた痛み出したりして人間のカラダって正直だな〜と感じたり、状況は違うけれど過去にも同じように自分を追い込み過ぎてヤバくなったときのことを思い出して「あ〜、これこれ、この感じ前にも味わった!」と冷静に自分を客観視していたり、そういう経験ができたことはよかったのかも知れないな。
まぁとりあえずは一区切りついたのだから、ちょっとずつ自分を取り戻していく作業に切り替えていこう。心のお部屋を整えていこう。
そんなこんなでここ1ヶ月は、いちお仕事はしていたけれど、気持ちの配分は事務作業のほうにおいていたからこれからまた仕事のほうに(気持ちを込めて料理を作るということ)楽しく集中していきたいな。不思議なことに気持ちがギスギスしてくると料理ってできないんですよね。そりゃぁ仕事だからできないなんて言えないけど、ほんとうのところはけっこう辛かったりする。料理にそのときの気持ちはそのまんま反映されちゃう。
だからいつもニコニコ笑ってればいい っていうものでもないけれど(これはこれで人間ぽくないしね)できるだけ内側のものはキレイに整えておきたい。
などと、こういうことを日記に書いていくことも結構大事なのだよね。

今日は金曜日。フラメンコのレッスンがお休みなので、いつもとはちょっと違う金曜の午後の過ごし方。

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2017年3月 6日 (月)

酸っぱくて辛くて。

やらなくちゃいけないことをすっかりすっぽかしてしまい(もちろんあえてすっぽかしたわけではないけれど結果的にはそうなってしまったということ)反省しまくった週末だった。実はいつかこうなるんじゃないかなぁと、うすうす自分でも思っていた矢先のことだった。やっぱりそうなってしまったかという感じ。
でもどれだけ謝っても言い訳してもやってしまったことはもう許されないし、今後の自分に反映させていくしかないと思った。
そしてそういう私の失敗について戒めるわけでもなく、今後に向けて親身になってアイディアを出し合って考えてくれた仲間たちはほんとうにありがたいと思った。でも正直なところ気持ち的には少し痛かった。その道ではとりあえずプライドがあったし、だからこそここまで仲間に迷惑をかけてしまったという事実に対して、本来ならば私ひとりが責任を持って償うべきなのだ。仲間の気持ちはありがたかったけど、ありがたいぶん辛くもあった。
週が明けて気持ち的にはまだ複雑なのだけど、今後のことを考えていくしかないのかな。過ぎてしまったことをクヨクヨ引きずってたって仕方ないものね。でも自分で味わったこの痛みは忘れないようにしようと思った。
そして今回のことで仲間の大切さを再確認できたことは良かったし、でもそこに甘んじてはいけないということも同時に分かった。だってこれは私自身のプライドでもあるから。
プライドって、余計なものに感じるときもあるけどそうじゃないときもある。命を懸けて自分自身で積み上げてきたものがいつしかプライドになっていたりする。それはその人の人生の一部でもあるにだ。大事にしていっていいものだと思う。

実生活は相変わらず事務的作業に浸る日々。ここのところずっと体調がすぐれないのもきっとこのせいもあるだろう。かっこいい作業デスクがあるわけでもないので、地べたに座ってちゃぶ台の上での作業。腰が痛くてしょうがない。
毎日ゴミ部屋にいる気分だけど、作業が終わらないかぎり気持ちも片付かないと思うので、しばらくはがまん、がまんだ。終ったらひさしぶりに部屋の模様替えでもしよう。
お昼にパクチーと海老をいれたトムヤムうどんを作ってみたのが、なんとなくの気分転換になった。酸っぱくて辛い、、、今の私にはちょうどいい刺激。

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2017年3月 1日 (水)

野菜いっぱい。

相変わらず地味な事務作業の日々は続いてる。こんなにも長い時間机に向かうなんて、いったい何年ぶりだろう。いたって単純な作業の繰り返しというのがこれまたツライところ。
ちょっとばかり頭を使う作業だったり変化のある作業のほうがよっぽどストレスが溜まりにくいというのが今回よ〜く分かった。まぁそもそも私の性格的なこともあるだろうけど。ほんとうに繰り返し作業って苦手分野だぁ。

今日はお昼にキャベツ鍋を作った。今の時期のキャベツって、ちょこっと火を通してあげるだけでものすご〜く甘くなる。豚のバラ肉の薄切りをちょこっと入れて。お肉ちょこっとでも野菜たっぷりだから十分満足できる。最近はもっぱらこういうのばかりだなぁ。疲れてるから料理したくないからと、そのへんの外食で済ませていた時期もあったけれど、なんていうか脳みそが満足しないのですよね。とくにベジタリアンとかではないけどやっぱり野菜をしっかりとってあげると、体が自然に満足状態になる気がする。罪悪感もないし。肉とか魚とかをたくさん摂ると元気になるとは言われているけれど、私の場合はだんぜん野菜。今の時期はさっと火を通してあげて温かくして食べるのが好き。食感がいろいろなのも好き。色がカラフルなところも好き。あぁ、ヒロのファーマーズマーケットを思い出すなぁ。形は不細工なんだけど、ものすご〜くエネルギッシュなのだよね、野菜が。
そんなこんなで話を戻すと、この冬購入したものの中でいちばん買ってよかった〜の品が、ほぼ毎日使っているこのひとり用の土鍋。コンロの上で調理してそのまま食卓へ運べるところがいい。保温性も抜群。ラーメンもうどんもこの土鍋で作ると、最後まで熱々で食べれるのだ。この冬はこれで乗り切った感じ。
食生活は大事だな。
などと、ここ最近のストレス発散場所というともっぱら自分で作った素朴なものをモリモリ食べる!いかにも食いしん坊な自分ならではの発想。

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2017年2月27日 (月)

やわらかく行きたいね

年とともに自分がどんどん萎縮していくように感じて、そのことについて悩んでいた時期があったのだけど、最近ちょっと変わってきた。なんていうのかな、よくもわるくもこだわりがなくなってきたというか。昔だったら自分をきちんと主張したり、自分ってこんな人間!みたいに表現できることがいいことだと思っていたし、そういうことが上手にできる人ってすごいと思ってた。だけど今は、そんなに力まなくたってもうょっと緩くてもいいんじゃないかな という位置にきた気がする。たぶんその当時は生きることに今よりも自信がなかったのかも知れないし、だからといって今が自信があるわけじゃないけれど、肩の力を抜いた先に見えてきたものがあるってことなのかも知れない。どんどんこだわりを捨てていって、心やわらかに生きていこう というのが最近の思うところ。

週末はフラメンコレッスンにて、師匠に自分の弱い部分をズバリと言い当てられハッとした。自分でも分かっていることなので良い意味でぐさっときて、あらたに「がんばるぞー」の気持ちが底のほうから湧いてきた。というか、自分の中にもまだこういう気持ちがあったんだと、こっちのほうに驚いた。
私の場合、どちらかというとお尻をペンペンされないと頑張れないタイプなので、ほんとうにこういうのってありがたいって思ってしまう。さすがにこの歳にもなるとぺんぺんしてくれる人なんてなかなかいないしね。こういう正面からのやりとりっていいなあって思う。この熱が冷めないうちに、イメージトレーニングしなくっちゃ。
などと思っていたんだけど、その直後からまためんどうな事務作業の現実に引き戻されてなんだかなぁという感じ。しばらくはもんもんとした日が続くことでしょう…(涙)
今唯一の息抜きがこの日記に向かうこと。
そろそろ店の支度。午前中に手羽先で出汁をとっておいたので今夜は鶏飯でも作ろうかな。料理しながらイメトレもしなきゃね…。あぁ頭ん中、忙し忙し。

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2017年2月24日 (金)

風強い1日。

事務的作業、今日だけは休みにする。(逃避?!)といっても、月末の銀行まわりなどがあって結局やっぱり数字から離れられない今日。仕方ない、全部自分ひとりでやらなきゃいけないものね。
お昼に鍋焼きうどんなどを作ったりして気分だけでも懐を温めてやる。外は風強し。
ここのところの自分の悩みについて考えてみる。自分のことだからだいたいのことは分かっているのだけど、こういうことはとりあえず整理しておいたほうが心の健康には良いってもの。まぁ、あえて整理しなくてもいいときもあるけど。
ひとつは息子たちのこと。ここのところ、こちらからの電話にはほとんど出ない彼ら。忙しいということもあるだろうし、年頃ということもあるだろうし、なんらかの理由はあるのだろう。連絡がないということは元気でやっているということなのかもしれないし。あまりしつこくこちらから連絡するのもよくないかもしれないな。分かってはいてもなかなか見切りがつけられないもの。そこに自分の気持ちが縛られないように毎日前をむくのはけっこうな力がいる。
そしてもうひとつは今後についてのこと。(かなりざっくりですが)このままでいいのかなとか、もっと別の方法はあるのかなとか。
息子たちのことは、もう祈るしかないというか信じるしかないというか…。2番目のやつは、別にどんなふうになろうとも死ぬわけじゃないからそんなに悩んでどうする?みたいな思いもあるけど実際問題、とりあえずの生活を送っていくためには、人間として誰しも頑張らなきゃいけないことだもの。
そんなこんなで自分の悩みだから自分でなんとかしなくては…というのは分かってるけど。そしていつものことながら、こういうふうに自分がぱんぱんなときって自分の中の弱くなっている部分が自分でもわかるから、もうどうにでもなれ〜と諦めじゃなくて強くなろうとする自分が顔を出したりするのだよね。いつもなら自分が崩れちゃいけないって神経質にバランスとっていたりするんだけど、こういうときはちょっとだけ気持ちが大きくなるというか。泣いたり傷ついたり失敗したりしたあとに降りてくる気持ちと一緒のような。
母親失格なことは分かってる。でもこんな自分でも生きていかなきゃいけないというのは、人類の掟だし自分の両親への想いがあるからね…死んだ父も天国で見てるだろうし。

そろそろ仕事の準備にかかろう。午前中に美味しい豚肉の塊を買ってきたので細かく包丁で叩いてハンバーグを仕込んだのだ。何を作っていても「これ、息子たちに食べさせてあげたいな」って思っちゃうのは、私の中ではあの子たちはまだ小さい子供のまま、ってことかな。

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2017年2月23日 (木)

やっぱり人

キッチンのシンクの下がびちょびちょになっていたので慌てて大家さんを呼ぶ。すぐに駆けつけてくださったのだけど、昼どきということもあってものすご〜く嫌な顔をされるも、ちょうど今俺メシ食ってたところだったんだよ などと文句まで言われちゃう始末。でも、その言い方のなんともいえない感じというか、憎めない感じというか、思わずこちらもきゅんとなっちゃう感じが、この人嫌いじゃないな〜と思えちゃう。
どちらかというと昔はこういう人、苦手だった。その人が話す言葉の内容とか表情を、自分のものさしで計ってそこから導かれた答えだけが正解だと思っていた若かりし自分よ、今思うと青かった。
中年になるってこういうことなのかな。
肝心のシンク下の水漏れというと、この部屋をリフォームしたときの工事ミスが原因のようなのでなんとか直してくれるそうだけど、かなり時間がかかるみたい。それまで思うように料理できないことだったり、シンク下の皿とか鍋とかががせま〜い台所に山積みになっているのがストレス。しばらくは我慢だな。
まぁ今回のことで、大家さんの人情に触れられたことがなによりよかった。築40年くらいの古い物件なんだけど、狭くても窓がしっかりとあってそこから風が抜ける感じとか、常に電車の音が聞こえるところとか、そういうところがお気に入りポイント。さらに大家さんもいい人だし困ったときはスーパーマンみたいに飛んで来てくれるところとか、ここに決めてよかったと思った。やっぱり最終的には人なんだな。

そんな不便な台所でインスタントラーメンを作り、今時期的にやらなきゃいけない事務作業をひたすらこなす、という日々が続いてる。唯一の息抜きにとこの日記を書いています。パソコンの調子がよくなくて、iPadでの投稿。慣れなくて思うように書けないのがちょっとつらい。

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