2020年11月14日 (土)

小さなお花の思い出。

 最近、買い物ついでに小さな花束を買う。それもほとんど無意識に買っている感じが自分でも不思議。

昔仕事していたレストランで毎日テーブルの上の小さな花を生けるのが私の仕事だった。小さなコップにかわいらしく生けるのだ。
買ってきたお花ばかりでなく、ときには野で摘んできたシロツメクサや野いちごなんかも生けてみたりした。野の花は買ってきたそれとは違って、素朴なのだけど生命力があった。私はどちらかというとこっちのほうが好きだった。
お花だけだとなんとなく味気なくて、当時お店の壁に這っていたアイビーの葉っぱなんかも一緒にコップに挿したりした。
 このお花が、お客さんを和ませてくれますよーにと若い頃の私はそんな風に、よろこんでくださるお客さんの顔を想像しながら毎日この仕事を楽しんでいた。
そう思うと、花って自分のためにというよりも誰かのためにあるものなかなぁ。


子どもの頃、この季節になると我が家のトイレには金木犀が生けてあった。
トイレというと微妙な場所ではあるけれど、あの甘い香りは今でも子どもの頃の思い出としてしっかりとインプットされている。

 こういってはなんだけど母はそもそも花など生けるような人ではない。と子どもの頃の私は勝手にそう思っていた。
毎日働きに出ていたから、家のことをやる余裕がないというか、とにかく忙しい人なのだ。座っている姿を見たことがなかった。
そんな母がたまに花なんか生けるものだから、母ちゃんどうしちゃったんだろ〜と子どもながらに不思議に思った。



でも
自分が大人になって、そういう母の気持ちがなんとな〜く分かって。
母の優しさ、家族への想いがこの金木犀だったのかな と。窓辺にひと枝の金木犀 というだたそれだけ絵が、今でも私の記憶の中にあるって、なんだかすごい。
もしかしたら母のことだから、ただなんとなーく飾ってみただけよーと言うかも知れないけれど
私にとってはこれも大切な思い出なのだ。

 今でもときどき花を飾りたくなるのは、当時の母と同じ気持ちになっているのかなぁ。
しかも飾るのは、決まってトイレなところも。



 

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2020年11月13日 (金)

輝ける若人たち。

 最近若い子たちに励まされることがよくある。
おばさんの落ち込み気味な空気を彼らは読んでくれているのかしら。。。

自分の息子と同じような年代の子からアドバイスをもらうことは、ちょっと恥ずかしい気もするけれど
とにかくおばさんとしては嬉しい。こんなおばさんのためにありがとうと。
彼ら彼女らは、ほんとうに純粋でまっすぐな気持ちをこちらに投げてくれる。しかもこちらが受け取りすいように優しく投げてくれる。
ちょっとぶきっちょな感じも可愛らしくて。
なので、おばさんとしてもそれを素直にキャッチできる。その瞬間ココロに少しゆとりがうまれる。


そもそも年令って関係ないのかもね。
年令を超えた人間どおしの付き合いって尊いなぁと、最近思うわけです。


 おばさんは君たちのために何ができるだろう。

若者から学ぶことは多いなぁ。


 


 

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2020年11月11日 (水)

ソフトボールのお姉さん。

 昨日は丸一日ひとりで過ごした。やっぱりひとりというのは味気なくて何をしていても面白味を感じない。
ゴハンもてきとうに作って食べてはみたけれど、何を食べても味がしないし。
そもそもゴハンって、食べてくれる人がいるからこそ作りたいっていう気持ちが湧いてくるものだと思う。ひとりのメシなんてそもそも心なんて込められるわけないものね。とりあえずコレ食べときゃいいか…程度。
 そういえば実家にひとりで暮らしている母も同じようなこと言ってた。「ひとりだと作りがいがないのよ」と。
まさにそうだな〜と思った。
まぁ、ひとり暮らしに馴染んでいる人だったら、そのメシを楽しむ術みたいなものを知っているのかもしれないけれど、自分には無理だなぁと思った。
とくに昨日は仕事がお休みだったので一度もキッチンに立つことなく、なんだかもぬけの殻みたいになってしまったことだよ。やっぱり自分には料理しかないのかな。

 そんなこんなで
今朝はいちばんで洗濯をすませ買い物に出かけた。今日は自転車で。
風はひんやりという感じで、冬のあのキンキンな感じでがなくて丁度いい。ウィルス対策のマスクも今はすっかり防寒用だ。

イチョウの公園の横を通ると、「ナイス〜!」と威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
ナイス〜ってちょっと昭和だな…と思いつつも公園の中をのぞいてみると…
ソフトボールのお姉さんたちがカラフルなジャージに身を包み練習に励んでいるでは。
お姉さんたちは、私と同じくらいかもう少し先輩のように見えた。先輩といえども動きは学生のソフトボール部と変わらないのでは、というくらい迫力満点だった。そしてなにより皆さんが生き生きとしていて、単純にそういうのいいな〜と思ってしまった。そのエネルギーみたいなものとか、チームワークとか、そういう類のものとは縁のなかった自分なので、ただただうらやましかった。
キャッチャーミットにボールが「フンっ」って収まる音とか、バットにボールが当たったときの「カーン」っていう野球のボールとは違う感じの音とか…中学校の放課後の校庭に響いていた音と一緒だった。懐かしいなぁ。

そして今さらながらチームプレーっていう言葉に憧れを感じる。
スポーツはやってこなかったけど、音楽でいえば吹奏楽とかオーケストラになるんだろうか。感覚は違うけれどこちらもチームプレーだ。
な〜んにもやってきてなくて、個人プレーできてしまった私。
お互いの空気を感じ合ったり呼吸を合わせたり、そういうことって経験してみないと分からないと思うし、経験した人にしか分からない何かものすごいものがあるんだろうな。心が通じ合う感覚とかそこに震える感じとか。

 五十路のおばさんでも間に合うかな。そういうこと経験してみたいな


などと出来もしないくせに、そういうことをいちいち考えちゃう今日この頃…。



イチョウはほぼ満開になってたな。

 

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2020年11月 9日 (月)

少女たちのティーパーティー。

 小学校4年生のときクラスに友子ちゃんという女の子がいた。
友子ちゃんは手先が器用で図工の時間はいつも先生をも唸らせるほどのアイディアを発揮してクラスのみんなをびっくりさせていた。
そんな彼女は、普段はとてももの静かな子だった。目立つような子ではなかったけど、友だちはたくさんいるように見えた。席の近かった私とも、ときどきおしゃべりした気がするけれど、それほど印象には残っていない。顔も声も思い出すし、図工が得意だったことも思い出すのだけれど、実はそれ以上の何かがあるかといえば、とくに何もない。

 でもなぜふと、友子ちゃんを思い出したかといえば…


それは小学校4年の冬の帰り道、ランドセルを背負ったまま私たちは友子ちゃんの家にお呼ばれされた。友子ちゃんを含め5人くらいだったと思う。当時から友だち付き合いの薄かった私は、帰り道がたまたま同じ方向だった子たちと一緒に、ただなんとなーく金魚のフンみたいにくっついていったのだ。
そして"お呼ばれ"というよりどちらかというと、「友子ちゃんちで遊んでいってもいい?」という流れだったのかも知れない。思い起こすとたしか その女の子の中にマサミちゃんというクラスの女番長みたいな子がまじっていたのだ。マサミちゃんは女の子なのに声がガラガラでしゃがれていて"いかにも"な雰囲気の子だった。当時は誰も彼女には逆らえなかったので、おとなしい友子ちゃんもおそらく断れなかったのだろう。

 「おじゃましまーす!」と入っていくと奥のほうから「おかえりー」とやさしそうな友子ちゃんのお母さんの声が返ってきた。そしてなんといっても部屋が暖かい。小さい頃から鍵っ子だった私にとって、家に帰ると誰かがいる ということ自体が驚きだったし、まして帰宅するとすでにお部屋がぽかぽかに温まっているなんて天国みたいだった。
うらやましい というより、ただただ すごーい!って感動したのをおぼえている。

 友子ちゃんちで女子5人で何をして遊んだかといえば、それはまったくおぼえていなくて…

私が今でもしっかりとおぼえているのは、友子ちゃんのお母さんが「おやつよ〜」と台所に呼んでくれたときのこと。

石油ストーブの上にはヤカンがかかっていて、ヤカンの煙で台所の窓はくもりガラスみたいになっていた。冬の夕方は短くて窓の外はもうすでに暗くなりはじめていた。そういう景色も鮮明におぼえている。
夕暮れ時はどこからともなく寂しい気持ちが降りてくるものだったけど、友子ちゃんちの台所は不思議とそういう気持ちにはならなかった。誰かに守られているような、安心できるあったかい場所だった。

  そして何よりも驚いたのは、あつかましい私たちが突然押しかけたのにもかかわらず、テーブルの上には人数分のケーキ、そして見たこともないような素敵なティーカップが並べられていたこと。小学4年の小娘にソーサー付きのティーカップを出してくれるなんて、今思うと友子ちゃんっていろんな意味ですごい子だったんだなということ。だって、こんな素敵なお母さんのもとで育ったんだもの。
 ティーカップのおかげか、私たちはいつもよりお上品になれた。そして生まれてはじめてレモンティーの味を知ったのも友子ちゃんち。ソーサーの傍に、スライスしたレモンが添えてあるのを見たのも初めてだった。
なんだかちょっとだけ大人に近づいた気がした。


 そしてこの日以来、私は学校の帰りに友だちを誘い、自分の家でティーパーティーを開くことにした。友だちとよべるような仲の子はほとんどいなかったけれど、とにかく私はティーパーティーがしたかった。誰でもいいから来て来てと、なかば強引な感じで誘った。こんなこと以前の私だったらできなかった。
 ランドセルを床に置くと、おもむろに台所に向かいヤカンにお湯を沸かした。
そして普段は開けたことのないような茶箪笥から、人数分のティーカップを出した。もちそんソーサーも一緒に。
そして友子ちゃんちにあったのと同じ黄色い箱の紅茶のパックをそれぞれのカップにおとしヤカンのお湯を注いだ。
さすがにケーキは無かったので、どこからかの頂き物で置いてあった丸い缶に入ったクッキーを木のお皿に並べた。
誰を呼び、何をおしゃべりしたか、何して遊んだとか、そういうことはまったくおぼえていない。ただティーパーティーがしたかったのだ。
 その日を境に、このティーパーティーは毎日のように開催された。この時間がすごく好きだった。

このことに味を占めた私は、やがてお菓子も手作りするようになったりと発展(?)していくわけなのだけど、


ふと今朝、車を運転しながら思った。
私の原点みたいな場所ってもしかしたらここにあるのかなと。


 とくに料理を勉強したわけでもないし、とくべつ何か得意料理があるわけでもないし、なのにお店をしたいと思うのは

小学4年の友子ちゃんちの想い出が創ってくれているものなのかなって。


 あれからだいぶ歳をとってしまった今も、心ん中に生きているものがあると思うと
いまの自分にはちゃぁんと理由があったんだな としみじみ思うわけです。




 

 


 

 

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2020年11月 6日 (金)

イチョウ八分咲き。

めずらしく、歩いて近所へお買いもの。
空はうっすら雲がかっているけれど、寒くもなくちょうどいい感じ。コートじゃなくてカーディガンでよかった。


 何日か前に次男に電話して、何か欲しいものある?って聞いたら
レンジでチンして食べられるもの とのことだったので、なにかおいしそう冷凍食品でも探しにいこうと思って。最近は仕事が忙しくて料理する時間がなかなかないとのことだった。
それと、ちょこちょこ作りためておいた母ちゃん手作り冷凍食品も一緒に箱詰めすればいいかな。



  次男といえば、この春に就職して大阪で一人暮らしをしている。こういう状況だからほぼ在宅ワークみたいになっているらしいけど詳しいことは知らない。以前「毎日ひとりで家にこもっていてさびしくなったりしないの?」と 母ちゃんは心配して聞いたことがあるけど、「ぜんぜん」って。
すごいなぁ 強いなぁと息子を尊敬したのでありました。
なにせ、ぜんぜん知らない土地に行ってもちろん友達もいないだろうし、いざ就職したかと思えばウィルス騒ぎだもの。心細くなったりしないんだろうかとこちらは心配でしかたないわけです。
でも電話の声はいつもと変わらなくて、どちらかといえば一人暮らしを謳歌しているようで、それでちょっとだけ安心しました。
 料理も好きなようでパスタなんかもソースから手作りしているみたい。次男がそんなことできるようになったなんて、小さい頃の彼からは想像もできないけどね。
あれから十数年経ってしまったけれど、母ちゃんは今タイムスリップしているみたいな気分に、勝手になっているわけです。
電話の向こうの声はすっかりおっさんみたいになっているけれど、母ちゃんの中ではあの頃の次男としゃべっている感覚なんです。
おっとりした独特の間があって、おしゃべりの端々に相手を気づかうような余韻があって、「うん」と返事するところを「う」っていうところも
あの頃と一緒。

ほんとに何もしてあげられなくてここまできてしまったので、母ちゃんとしては大失格なのはわかってます。

なのでせめてもと母ちゃんの気持ちをときどきこうして箱詰めして送るんです。
そんなことくらいしかできなくてごめんねと。

 
 この間の電話のときは、なんだかちょっと寒そうにしていたから
「暖房とかあるの?」って聞いたら
「まだない」とのことだった。
さっさと買いなよ!ってとりあえず言っておいたけど
こういうどこかものぐさなところも、昔とぜんぜん変わってなくて
なんだかおかしくなってしまいました。



 買いもののあと
ちょっとだけ遠回りして イチョウのある公園の横を通って帰ってきました。
公園の周りをぐるりと囲う大きなイチョウの木。八分咲き(?)くらいです。
桜もいいけれど、イチョウの黄色もなかなかのものです。空がどんなに曇っていても、この木を見上げると眩しい光の中に自分が溶けていくようなそんな気になります。葉っぱとはいえ、まさに「咲く」という表現がぴったりです。

 木々が秋色に染まっていく様は
切なくも美しいものです。



 


 

 

 

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2020年11月 3日 (火)

休日の午後。


 休みの日の朝寝坊。今日は料理をしたくない。ということで、近所のショッピングモールのフードコートで夕方近くに遅めのランチ。夜ごはんも近いことなので気軽なものですませようと思って。本日の一食目。

祝日ということでこんな時間にもかかわらず席はいっぱい。小さなお子さんを連れた幸せそうなご家族やら、学生服から解放された中高生やらで大いに賑わっていた。ウィルスに怯えまくっていた数ヶ月前の光景とは全然違っていて活気にあふれていた。ようやく何かが戻ってきた感あり。

 ここにくると決まって食べるナポリピザ。生地のモチモチ感と小麦の香りが抜群なのだ。オリーブ、マッシュルーム、ベーコンののったピザを相方さんと半分こした。休日だからお許しをもらい白ワインもちょっとだけ。
昼間のワインはいつもよりも沁みた。一杯だけなのに頬がぽわっとした。人混みフードコートの片隅で休日の贅沢を堪能する48歳のおばさんでありました。

 ふと隣を見ると、小さなまあるいテーブルに4歳くらいの女の子がやさしそうなパパと向かい合って座っていた。パパはおもむろに茶色の紙袋の中から紙ナフキンを出し、それを女の子の前に敷いてあげた。そしてその上にいちご色のかわいらしいドーナツをひとつ乗せた。
それをなんとも嬉しそうな表情でほおばる女の子。パパの顔をじいっと見ながらニコニコしながら食べている。パパはアイスコーヒーをすすりながらそんな彼女を見守っている。まるで恋人を見守るようなそんな表情で。
 となりでピザにかぶりつきながらそんな光景になんだかほっこりしてしまった。。。

 
 息子たちがまだ小さかった頃、喉とか鼻とかが弱かった彼らは大きな病院の耳鼻科に通っていた。長男が治れば次は次男が、次男が治れば次は三男と。そんなのを繰り返していたからほぼ毎日のように朝一番で予約をとり病院に行き、そのあと保育園に送っていくというのがルーティーン。
まだ2、3歳の子どもにとって耳鼻科というのはちょっと特別な場所で、鼻を機械ですったり喉の奥に蒸気をあてたり、次男にいたっては耳の奥の膿を取るのに鼓膜に小さな穴を空けるなど、とにかく彼らにとっては怖〜い場所だったようだ。

 そんな彼らに頑張ったご褒美にと、治療の後に病院の一階にある喫茶店でソーダー水をご馳走してあげる というのがお決まりだった。病院内の喫茶店ということもあってたしか1杯200円ほどだったと思う。
そのお店では赤、緑、黄色のソーダー水があって息子たちはその日の気分で色を選んだ。色のついたシロップをただソーダで割っただけの飲み物なのだけど、子どもはこういうのがとにかく好きなのだ。
相変わらず病院は怖がっていたけれど、彼らにとってはこの時間が楽しみでしかたなかったようだ。
そしてその横で自分はただただそんな息子の姿を眺めていた。そんな時間が好きだった。慌ただしい子育てだったけれど、こういうのですべてがチャラになった。幸せの時間。
何十年経った今でも時々思い出しては胸がきゅぅんとなる。

 そんなのを、あの女の子ととお父さんの姿に重ねていたのかもしれないな。

もう2度と戻ってこない時間だと思うと、なおのこと愛おしくて。

でもそういう時間を経験させてもらったということは、人間としてとてもありがたいことなのかもしれないな。。。


 

 

 

 



 


 

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2020年11月 2日 (月)

秋深まりし。

 ほんとの自分って何?
ほんとの気持ちって何?

最近よく考えるのです。

 子どもの頃はこんなんじゃなかった。
両親に対しても友達に対しても、”まんまの自分”でいられた。それが普通だったし、そのことについて何も思うことはなかった。

いつの頃からだろう。

私は良い子のお面をかぶることを覚えてしまった。
“良い子”っていうのは、つまりその時々において都合のいい子、というもの。
そういう意味では 上手な子どもだった。
相手の顔色を見て行動することができたから、人から嫌われることもあまりなかったし親(父は他界したけれど)の前ではとりあえず良い子を演じることはできていたと思う(たぶん)。
心は泣いていても、笑顔で振る舞うことなど得意中の得意だった。

そのうち私にとってそのお面は、自分の身を守る武器みたいになって自分を奮い立たせてくれるものになっていった。
気づけば、お面の下の本当の私から目をそらすようになっていてそれが習慣みたいになって、あたかもお面の私がほんとの私だと思い込ませていた。

そうしたら
気づけばへろへろフラフラになっている自分がいるのです。。。

 そうやって何十年も来ちゃったから、いまさらどうもこうもないし、こういう自分を嫌いだと思いつつもどこかでは受けいれていたりもする。

なんでしょうか、、、、秋だからでしょうか(秋のせいにするのもいかがなものか)
こんなことをふと考えてしまったりするのです。。。

秋という季節には そういう匂いを含んでいるのかも。立ち止まって考えてみたり、自分の内側と向き合ってみたり。
自分の何かを変えるチャンスみないな時期かもしれない。



 今日も明日もバカみたいに楽しくって、怖いものなんかな〜んにもなかったあの子ども時代に
ちょことだけ戻ってみたいな〜と

最近ふと思ったりするのです。。。

 

 


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2020年7月15日 (水)

料理することしかできない。

 何日ぶりの晴れ間だろう。

いろんなニュースが日本を、世界を飛び交っている今、
気持ちは勝手に沈んでいってしまう。抗おうとすると逆にしんどくなる。
ありのまんまの今を受け容れていくしかないのかな。
ひさびさの日記の更新も、やっぱり病み気味になってしまうのだな。

 SNSを見れば、なんだかみんな活き活きしてる。
こういう状況の中でも努力したり前向きな気持ちで頑張っている人たちがたくさんいて
ただただすごいなぁという感じ。自分だけが取り残されているみたいでちょっと落ち込む。(だったらSNS見るなよって話)
そして自分もそんなふうになりたいなとちょっとだけ思うのだけど、だけどやっぱり無理だよなと諦めちゃう分量のほうが大きい。
 コロナでステイホームとなったときに
なんだかちょっとだけ気持ちが楽になったのは正直なところ。
だって 当の昔から私ゃステイホームしてるから。引きこもるのは得意だもの。

 お店の仕事も一時期はどうなってしまうんだろうと毎日心配しすぎて、十円ハゲもたくさんできたほどだったけど
なんとか少しずつ、前の温度を取り戻してきたのでよかった。(ハゲは治らず)
その中でも特に嬉しかったのは
営業自粛中にお弁当の販売を始めたときのお客さんの声だった。
「おいしかった」の言葉でどれだけ元気をもらったことだろう。どれだけ希望がもてたことだろう。
のんびりやなので数は作れないし、ちゃんと作りたいので時間もかかってしまうのだけど
食べてくれる人たちの顔を想像しながら作るあの時間はなにより貴重だった。
お酒を飲むところだから普段はあまり料理はしないのだけど、あの期間中は大好きな料理を思う存分できた。

 歳を重ねていくたびにどんどん内向的&引きこもり〜ヌになっていくのを自覚している今、
誰かのために料理することだけが何より自分の位置確認の手段になっているのかも。

高校生進学のとき、母親に
「料理の勉強をしたいからそっちの道に行きたい!」って人生初の自己主張をしたら、「そんなの恥ずかしいからダメよ。ピアノを頑張りなさい」って即座にかえされた。
だから私は料理をする仕事っていうのは恥ずかしい仕事だとずっと思ってきた。
でも。
私は今、料理の仕事をしているでは。たまにそのことを不思議に思ったりもするのだけど、しぜ〜んに流れてここに辿り着いた気もする。

人前で何かをするのは苦手だし、言葉で何かを伝えようとすると声がもぐって相手に全然届かなかったりするのだけど
料理することだけが私にとって誰かと繋がるためのツールなっているのかも。
どんなに小さな世界でも、その自分の気持ちを信じてどこまでもどこまでも深く掘っていきたい。自分のペースで。これからも。孤独に。

などと、日記を書きながら気持ちを整理していくことは大事だな。
ずっとモヤモヤしてました。。。


 



 

 






 

 

 

 

 

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2020年2月24日 (月)

あさくまのコーンスープ。

無性にあさくまのコーンスープが飲みたくなっていそいそとランチに出かけた。
ランチタイムはお肉料理を注文すればコーンスープを始めサラダやフルーツなどが食べ放題というシステム。大好きなコーンスープを好きなだけお代わりできるだなんて夢のようだわ。

 というのも、私にとってあさくまは子どもの頃に初めて家族で外食に行った場所。
明るいイメージのファミリーレストランとはちょっと違っていて大人の雰囲気が漂っていた。少し薄暗くてテーブルや椅子も深みのある色合いで、飾ってあるものや壁の風合いは和と洋が合わさったよう感じで子どもながらにかっこいい!って思っていた。
当時、毎週土曜日に通っていた英語教室がその近くにあったこともあって、帰りにはあさくまに寄ってケーキやアイスクリームを食べる というのもお決まりだった。父はタバコをふかしながらコーヒーを飲む というのもお決まり。
今もあるのかな、アイスクリームに花火がささっているやつ。弟があれを注文して目の前に運ばれてきたとき、びっくりして固まってたもんね。
そしてたまに晩ごはんを食べに家族で出かけたりもした。外食の味があまり得意でない母が、あさくまのサラダのドレッシングを美味しい美味しいと言って食べていたっけ。ちょっとセロリっぽい味がして私も大好きだった。
私はもっぱらここのコーンスープが大好きで必ず注文していた。コーンスープは大好きでいろんなお店で食べたけれど、やっぱりここのが一番。コーンの甘さがちょうどよくって、なにしろ濃厚。飲むというより食べるって感じ。

 そんな家族との思い出のお店の本店がなんと愛知県にあるということを知ったときはほんとにびっくりした。
千葉県の野田というところで育った私にとって、あさくまは野田にしかないものだとずっと思っていたから、まさか名古屋で再会できるだなんて思ってもみなかった。

 そしていちばんにその思い出のコーンスプーンをなみなみとカップに注いで、じっくり堪能したわけです。思い出のまんまの味。これぞあさくまのコーンスープ。わー懐かしい〜。
そしてそのあとサラダにあの思い出のドレッシングをかけて食べて、メインのお肉を食べたらもうお腹いっぱいという状態に。
コーンスープをお代わりする気満々でいたにもかかわらず、もう入らない…。(涙)
 
思い出はすぐにポケットの中から取り出せてあの頃にタイムスリップできるのだけど、知らないうちにこんなにも年とっちゃったんだぁと思うと、時の流れに空しさを覚えちゃうね…。トホホ。
でもまぁ、このべろはちゃんと覚えているんだな。そう思うとべろの記憶ってすごい。

今度実家に帰ったら母をあさくまに連れて行ってあげたいな。

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2020年2月20日 (木)

外時間。

ようやくキャンプに行けた。1ヶ月ぶりくらいだろうか。天気は雪 時に暴風。
前回は雨ザーザーで地盤が緩んでペグが抜けちゃうという騒ぎ。それにくらべたらずいぶんマシ。
そして前回同様、テントじゃなくてポールとブルーシートでの空間作り。ついにその域にいってしまった。もはやテントじゃなくて小屋である。
これのいいところは、安い費用でできてしまうのと翌日の片付けが楽ということ。
この時期テントは夜露と結露でびっしょりになる。これを乾かすのもひと苦労なのだよね。それにくらべてブルーシートは翌朝さっと干して雑巾で拭いたらすぐたためる。難点はなんといっても"ぜんぜん映えない"ということだろう。でもまぁそんなことはまったく気にしないので、このチープ感を楽しんでいたりもする。キャンプ場では逆の意味で目立っていると思う。

 簡易小屋なのですきま風もハンパない。底冷えもすごい。ダルマみたいに着込んでホットウイスキーで体を温める。ビールなんて寒くて飲めたもんじゃない。

夜には雪もやみ空には満天の星。オリオン座の中にあんなにもたくさんの星たちがいたことに驚かされる。
寒すぎて水道の水が凍っちゃったりお風呂も入れなかったりトイレまでやたら遠かったり、いろいろ不便なことはあるのだけどなぜかまた来たくなる。このいろいろめんどうな感じをわざわざ味わいたくなるのが不思議。
薪割りしている時間、火を見ているだけの時間がとても貴重なものに感じる。"生きてる"をかみしめてるんだろうか。
 それでもって朝がやってきて日常に戻らなきゃと思うとさびしくなる。これも毎度のこと。
長い瞑想から解けるみたいに。もうちょっと味わっていたいって思うのだ。

 そして帰ってくると、日常が少しだけ新鮮に見える っていうマジック。いろんな"便利"やいろんな"あたりまえ"をありがたく思えてしょうがない。

 外時間は私にとってリセットするためのスイッチなんだな。



 

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