2017年6月20日 (火)

鰻ちゃん

連休もおしまい。今日から通常運転。
日曜日。天気が良かったので森林浴にでも出掛けたかったワタシではあったが相方さんのペースはというと、ちょっとそういう感じではなさそうだった。ひたすらパソコンに向かう相方さんに声をかけたくてもなんとかけてよいのか分からず迷っていたら、あっという間に時間は過ぎていった。このまま1日終わるのだろうな〜などと半ば諦めかけていたところに(こういうことはよくある)鰻を食べに行こうと急に切り出す相方さん。(こういうこともよくある)
一色の美味しい鰻屋さんに向かうことになった。正直、鰻にはあまり興味なかったがドライブに行ける嬉しさで一気にテンションが上がった。
片道1時間くらいかけて到着。ところが予想していた以上の人が並んでいる。お昼はとっくにまわっているというのにものすごい人だかり。朝10時に並んだという人がようやく自分たちの番がまわってきたという状況。これじゃ鰻にありつけるのは夕方近くになりそうだと名前だけ書いて次の店を目指すことに。一色でも有名な広い庭園のある鰻屋さん。ここも先ほどの店と同じような賑わい。店先で名前を書くためのペンを客どうしが奪い合うという光景に幻滅し名前も書かずに店を出た。
もうこのあたりから相方さんの雲行きがだんだん悪くなってきた。なぜなら、この人の鰻愛といったら半端ないからだ。鰻というご馳走のために日々を頑張っているといっても過言ではないだろう。鰻の焼き方にもこだわりがあるようで、世間で美味しいと評されているようなお店の鰻でも奴は容赦なく批判したりする。それくらい好みがしっかりとあるようだ。ワタシなんかどこのを食べてもそれほど違わないと思うのだけどね。
車内は気まずい雰囲気に。アイフォンでひたすら次の店を調べようとするワタシの気もだんだん焦ってきた。鰻ごときでここまでなるか…と内心思いつつも、そんなこと口に出したら大変なことになるのは分かっているのでせめて自分だけでも平静を装うことに。
で。次の店もダメだった。入り口に「今日の鰻は終わりました」の張り紙が貼ってある。もうそういう時間になっていた。
こうなったら鰻が食べられればどこでもいいんじゃない?的なことを提案してみたのだけどことごとく反対された。せっかく本場まで来たっていうのに適当な店の鰻は食べないとの一点張りだ。ですよね、ですよね…。
それでもって、一番最初に入った店で、もしかしたら自分たちの名前が呼ばれているかも知れないとの期待を抱いて、戻ってみることにした。そうしたらなんとあと30分ほどで順番が回ってくるとのこと。相方さんの表情が一気にパ〜っと明るくなった。良かった、良かった…。
30分後待ちに待った店内へ案内される。席に着くと15分ほどで注文したものが運ばれてきた。鰻屋さんにしてはありえないスピード。それもそのはず。ガラス張りになったカウンターの向こう側では白衣にマスク、そしてなんとゴーグルを装備した若者たちが機械のごとく鰻を焼いている。それは見事な連携プレーで無駄な動きひとつない。圧巻であった。
料亭みたいな店内に、向こう側を見れば若者たちが体育系な動きで鰻を焼いていて、それはそれは不思議
な空間であったが、肝心の鰻の味は最高だった。なんてったって鰻に世界一うるさい相方さんが絶賛していたんだから。うまいに決まってるじゃん‼︎鰻の味にそれほどこだわりのないワタシでも、フワッフワの身とパリパリに香ばしく焼けた皮、そして鰻特有の臭みをまったく感じさせなかったこちらの鰻は人生で初めて味わうものだった(と思う)。
鰻の味も最高ではあったが、なによりワタシ的には相方さんの機嫌が直ってよかったよかった、という感じ。
空は今にも泣き出しそうな雰囲気になってきたけれど、帰り道の車内は晴天だった。めでたしめでたし。

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2017年6月16日 (金)

疲れるけど嫌いじゃない

ロジカル料理にはまりだして早1カ月。正直なところちょっと疲れが出てきた。
まず、今まで調理にかけていた時間の倍以上の手間と時間をかけるようになったこと。食材の重量や調味料の重さも0.1単位で計らなければならない。それだけでなく食材や汁物の温度管理や時間をも気にしなければならない。つまり、ワタシの苦手とする◯◯しなければならない的なお約束事がいくつかあるからだ。料理というより、もはや数学とか理科の実験みたいになってきている気さえ。
こういうことを書くと「そもそも料理ってそういうものではないんじゃないの?」という意見も出てくるだろう。ワタシも初めはそうだった。料理って心でするものだから、計りに載せたり(お菓子作りの時は別ね)温度計とにらめっこするような世界のこととは違うと。要するに計れないのが料理であって、そこに作る人間の気持ちが込められるものだと。それが料理ってもんだと。
ところがですね、ちゃんと約束事を守って作り上げた料理はワタシの舌の常識を覆してくれちゃったんですね。もうこれを味わってしまったら、なんだかもとに戻れなくなってしまって。
そんなんだから疲れるわけですね…。
仕込みの時間も今までの倍くらいかかるようになってそうなると1日のタイムスケジュールも違ってくるし。あー、あっという間に夕方になっちゃったじゃん、仕事行かなきゃってなって、そしてまた料理する…みたいな。
ワタシってばなんだかずっと料理してるじゃん。
などとブツブツ文句言いながらも、たぶん嫌いじゃないからできるんですよね。
ちょっと見は理科の実験みたいなんだけど、食べてくれる人の顔を思い浮かべながら料理するっていうことでは同じことだ。もしかしたら今まで以上に気持ちがこもっているかも知れない。
かけた手間と時間はきっと無駄にはならないだろう。
そう願いながら、疲れたな〜とちょっとばかり文句も言いつつ…さて今日も頑張るか。

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2017年6月15日 (木)

麦茶の味

長年お世話になってるフラメンコの師匠のお家がついに完成し、昨日はそのおにゅうなスタジオで2度目のレッスンだった。
7、8年前だっただろうか、もっと前かな。師匠はとある名古屋でも有名なフラメンコ教室の講師をしていた。当時その教室は生徒をどんどん増やしそれと同時に講師の育成にも力を入れていったのだけど、なんとなくそのやり方にワタシはいつも疑問を感じていた。生徒が多すぎて教室の中はほぼ芋洗い状態だったし、先生の踊りなんて見えたもんじゃなかったし。もちろん先生も生徒の名前など覚える余裕などなかった。レベルによってレッスン料もどんどんアップしていくし、発表会なんていったら貧乏人のワタシにとっては簡単に払える額ではなかった。ただただフラメンコを踊れるようになりたいのに、なんだか違う方向にいっている気がしてならなかった。
そういう状況につねづね疑問を感じていたし、辞めるタイミングをいつも探していた。そんなとき師匠が独立するとの話を耳にして、即辞めることを決意。師匠についていくことに決めたのだった。
とはいえ、当時のワタシといえば教室を辞めることしか考えていなかったし、辞めちゃったらまた新らしい教室を探さなきゃいけないし、それもなんだかめんどうだし、だったら初心者クラスでお世話になっていたあの師匠についていこうっていうくらいのものだった。師匠には申し訳ないけれど、なんとなく成り行きみたいなものもあった。

年月が経ち、自分の身の周りの状況もいろいろに変わって(変わりすぎです)一時フラメンコが嫌いになって離れた時期もあった。仲間たちとの別れもたくさん経験した。
いろいろあったけど、なぜか今もフラメンコと繋がっている自分がいる。いやフラメンコというより師匠と繋がっている気がしてならない。踊りはちっとも上達しないのだけど、師匠と繋がっていることに意味がある気がしてならない。ほんとうに不思議なんだけどね。
だから師匠の新居の完成はなんだか自分ごとみたいに嬉しい。7、8年前、「もし宝くじが当たったら、自分の教室を建てたいの」と言う師匠が小学生みたいでかわいいな〜とか思っていたら本当にそうなった。(もちろん宝くじじゃありませんよ)その間、生徒には見えないところで自分の技術を磨きつつ、我々生徒には常に親身になって考えてくれた師匠。外には見せないけれど、師匠が人一倍敏感で繊細なところとか、か弱いところとか、そして誰よりも負けず嫌いでストイックなところとか、ワタシにはなんとなく分かる。
これまで雲の上の人みたいにずっと思ってきたけれど、昨日師匠がレッスンのあとに冷たい麦茶を入れてくださったとき、なんだかお母さんみたいって思っちゃった。師匠も麦茶とか作るんだぁとか、麦茶のグラスがものすごく可愛かったこととか、、、そういうことにきゅんとなるのですよね。

いろいろ書きたくなって書きましたが、そういうことすべてひっくるめて今後の踊りにうまく反映されればいいのですが、こればっかりは努力しなきゃだめですよね。がんばらにゃ。


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2017年6月13日 (火)

心やけどする。

台所仕事していてもご飯食べていてもテレビ見ていてもちっとも冴えない。なぜだろうと考えていたら今朝のことを思い出した。仕入れ先でちょっとした気持ちの行き違いがあり、あるひとりのおばさんがワタシに怒鳴ってきた。こちらとしてはまったくそんな気もなく、なぜこんなに怒られなきゃいけないのかも分からないままただただそのおばさんの言い分を聞いた。聞いたところで納得などいかなかった。どう考えたってそのおばさんの言い分にはおばさんの個人的な感情が入り混じっていたから。
そして結果的にプンプンしたままおばさんは立ち去り、ワタシの中には苦〜い思いだけが残ったのだった。
どっちが悪いとかそんなことはどうでもいい。ただ1日が始まるあの気持ちのいい朝の時間帯に、なぜ俺はこんな思いをしなきゃいけないんだ?俺の大事な時間を返してくれ。そして今もまだその嫌〜な感じを引きずったままいるんだぞ!
それだけはあのおばさんに言ってやりたい。

たとえば、同じ内容のことを言うにも言い方や表情ってもんがある。ワタシみたいに良くも悪くも敏感な人間てのは人一倍感じやすいのだ。ちょっとしたことですぐに挫けたり落ち込んだりするし、とにかくめんどくさい人間なのだ。そういう人間もいるってことを知るべきなんだ。
こういうことがあると、人には優しく接しようって本当に思う。怒鳴るくらいの元気があったら楽しいことのほうにそのエネルギーを変換しようと思う。そしていつも笑っていよう。笑顔を分けてあげられるくらいに。
そんなふうに思った。

とにもかくにも、ワタシが仕入れに行く時間帯というのは商売やっている人が大半だから、男の人も女の人もちゃきちゃきしていて威勢がよくてそしてなんだかみんなせかせかしている。のんびりしていると平気で背中押されるし、手に取った魚を横から奪ってくるずうずうしいおばさんもいる、嫌味を言うおばさんだっている。それでもそこに、愛情が乗っているのがわかるから急かされても奪われてもぜんぜん嫌な気しない。逆に愛のない表情や言葉っていうのはすぐに分かるから無意識にその場所から離れようとしている自分がいる。
結局そうやって自分を守っていくしかないと思う。
そう思うとワタシの周りにいる人たちは、ほんとうに愛に溢れている人たちばかりだと思う。
これでいいんだ。
今朝はちょっとばかり心をやけどしてしまったことだよ。

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2017年6月 6日 (火)

休日

仕事が休みになると、とたんにカラダがだるくなったり頭が痛くなったりしてほぼ1日動けない、、というパターンになりつつある昨今。少し前までは無理をおしてでも気分転換にどこかへ繰り出して行ったり美味しいものを食べに行こうと企画したものだったけど、今は無理。カラダには逆らえないわぁ。それが中年。日曜日はそんなふうで1日終わったっけ。
昨日は昨日で連休ではあったけれど、相方さんの仕事がぎゅうぎゅうに詰まっていたのでそれを手伝うという1日。相方さんの仕事というとこれまた細か〜い作業が主で、遠視(老眼です)が進みつつあるワタシにとってはなかなか困難。そんな相方さんも、いつもかけている眼鏡を上下に動かしながら作業したりしていて、ほぼほぼおじいちゃんの姿。お互いいい歳になったということですね。
休みの日なのに休みの日っぽいことは何ひとつしなかったけれど、いつもと違う時間の過ごし方をできたので、それはそれでよかったのかも。
疲れていたから料理らしい料理もできなかったけれど、野菜とか納豆とか果物とか普段あまり食べないようなものをつとめてたくさん食べたりもした。この間美容院に行ったら、栄養が足りていませんね、睡眠不足ですね、育毛剤もありますよなどと、髪を切りに行ったのに体調のことを心配されて帰ってきたのでそれからちょっと気をつけなきゃと思い始めたのだ。
この仕事、どんどん自分をおろそかにしてゆく…。それは仕方のないこと。
でもこの自分がダメになったら仕事どころじゃなくなっちゃう。そう思ったら、もうちょと自分を大切にしようと思いました。

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2017年6月 5日 (月)

電話つながる

久しぶりに息子たちに電話。最後に話したのは、3ヶ月前のこと。それからも何度かかけてはみたものの、息子たちの都合もあるだろうけれど誰とも繋がらなかった。もうすっかり嫌われているのだろうな…とか、いちいち母ちゃんからかかってくる電話になんか出てる場合じゃないっていうことなのかな、とか自分にいろいろ言い聞かせながら気持ちをはぐらかそうとはしていたけれど、やっぱり気持ちのどこかにはずっと引っかかってた。こんな母ちゃん、許されるわけがないことももちろん承知で、でもそう考えれば考えるほど自分がおかした罪のお重みに押し潰されされそうになってたのはたしか。本当は電話なんてかけちゃいけないのかも知れないし…でも、ただただ単純に息子たちの声が聴きたかった。それだけなんだ。
まず長男にかけてみた。あ、やっぱり繋がらない、半ば落ち込みつつせめてメッセージだけでも残しておこうと「元気にやってるかな」一言送った。返事は期待してなかった。
しばらくすると「元気」といかにも長男らしい2文字だけの返事が来た。そしてそのあと長男からの着信履歴が。ちょうど台所で何かをやっていて着信に気づかなかったみたいだ。嬉しくなってすぐさま折り返した。
すると、やっぱりまた繋がらない。でもこちらからの電話を返してくれたのだからきっと大丈夫だと思って今度は次男にかけてみた。次男にかぎっては電話の電源さえも入っていない様子。これもいかにもめんどくさがりやの次男っぽくてなんだか笑えてきた。
もうこうなったら三男のタクミにかけてやろうと、電話をかけることさえ躊躇していた自分が、気づいたらかつての母ちゃんモードを炸裂させていた。
ようやく繋がった!
タクミがレスリングの大会で優勝したっていう話題から始まってたわいもない会話をしたあと、そのまま長男、次男へと受話器(スマホですけどね)をまわしてもらって久々の3人の声を聞くことができた。
受話器の向こうの彼らの声は、もはやそれぞれの名前を確認しないとわからないくらい区別がつかなくなってた。みんなおっさんみたいな声だし、ワタシの記憶の中にあるあの子たちの声からずいぶん遠ざかってしまっていたけれど、でもなんだか話している間はあの頃に戻ってるみたいだった。温度は一緒だった。
それを確認できただけでよかった。胸のつかえが少しだけ軽くなった気がした。

長男は、もう一緒にお酒が飲める歳だし次男とももうすぐ。いつか一緒にそんな時間がもてたらいいななどと、母ちゃんも少しだけ楽しいことを考えてもよいでしょうか…。

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2017年6月 1日 (木)

6月なのに。

そのことに気持ちが触れると胸が締め付けられるので、なるべく考えないようにしたり紛らわしたりしてなんとか生活している、ということがある。そんなことしたって無駄なことも分かってる。遠ざかろうとすればするほど、そのことは自分の中で成長していって同時に苦しみの大きさも膨らんでいくものなのだ。
そのことも自分自身の痛みもすべてを受け容れて、人間としての次のステージにいかなきゃいけないって最近思う。遠ざかったりとか、乗り越えたりとかじゃなくて、全部ひっくるめて次の心の段階にいかなきゃって。
でも実際、なかなかうまくいかないものですね…。
やっぱり人って、最終的には自分がかわいいってことなのだろうな。
5月も終わりっていうのに、いまだに5月病を引きずっているようで気持ち重い…。
そしてこういう気持ちって普段なかなか外に出せるものじゃないから…こうやって文字にのせて発散するくらいしかできないのですよね。。。ネクラです。

6月も始まった。ゆうべはさっそく師匠から今月のレッスンの予定がメールで送られてきたのはいいのだけれど、スタジオがいつもの場所じゃなかったり時間も曜日もいろいろな感じだったので、もうそれだけでパニックになって落ち込んでしまうという始末…。変化にはめっぽう弱いという自分の心の傾向が分かったのはおもしろかったんだけど、不安が山もりで。慣れてしまえばどおってことないのだけど。最近どんどん内向きになっていっている自分なので、新しい場所や環境が怖くてしょうがない。こういうのって改善できるのかなぁと真剣に考えたりするのだけど、その新たな一歩がなかなか出なくてね…。むずかしいね。

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2017年5月31日 (水)

セロリちゃん

この人ってこういう感じなんだろうな〜と、決めつけではなくその人の持つひとつ色としてとらえていたものが、あるときまったく予想していなかった色を出したときにすごくびっくりするんだけど、こういうのが人間っぽいっていうんだろうな。
たとえば、いつも明るく振る舞って周りに気をつかってばかりいる人の陰の部分を見たときとか…正直最初は戸惑うのだけれど、そのあとすごく安心するもの。
だから人はいろんな色を持っていていいんだろうし、自分てこんな人間だと決めつけちゃうのもおかしいことなんだろう。ましてや自分以外の人間を、この人はこういう人だと決めつけるももってのほか。いつも、いつの瞬間も真っ白な画用紙でいよう。どんな色にも染まれるし、どんなカタチにもなれる、そういう状態でいよう。

などと…、ふと思ったりした。

今日はお昼に餃子を作った。この間春日井のファーマーズマーケットで大きなセロリの株を買ってきたんだけど冷蔵庫に入りきらないから葉っぱの部分だけザクっと切ってまとめておいたのだ。
それを細かく刻んでひき肉と混ぜて手作りの皮で包んで焼きました。
セロリ感Max、お口の中は爽やか、なかなか美味しくできました。
茎の部分で浅漬けでも作ろうかな。
子どもの頃は苦手だったセロリも今では大好物になったのだから、味覚が成長するってすごいことんなんだ。


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2017年5月30日 (火)

どおってことないこと

月曜日は休日の温度を引きずったままだからなかなかエンジンがかからない。火曜日になってようやく一週間が始まるってなる。カラダも気持ちにもそういう流れができてきた。
そして時々ふと思ってしまう…。この流れを何百回、何千回と繰り返す中で自分はちゃんと何かを得ているんだろうか、学んでいるだろうかって。いやいや、そんなこと考えなくていいのかも知れないんだけど。そういうものは知らず知らずに身についているものかもしれないし、そんなことをいちいち悩んでるくらいだったら毎日をもっと真剣に生きたほうがいいのかも知れないし、、ね。
今っていう瞬間をもっと丁寧に感じてあげる、こういうことなのかもね。

ゆうべは仕事を終え深夜に牛丼屋さんにカレーを食べに行った。例のオレンジ色の看板の牛丼屋さん。個人的にあの独特のケモノ系のにおいがダメで肝心の牛丼は食べれないんだけど、カレーはなんとか食べられるのです。
深夜にしっかりとカロリーを摂取しおまけにちょっとだけ罪も背負いつつ帰ってきた。
このまま寝たら明日は胃もたれ確実だと思い、頑張って深夜番組でつなぐもやっぱり眠気には勝てず。結局朝になっていた。
あわてて洗濯機を回して仕入れ行き、開店前の列に並んだ。腰の曲がったおばぁちゃんがひっきりなしに話しかけてくるのでこちらも必死に相づちを打ったりなんかして。おばぁちゃんって元気ですよね。
そして必要なものをぽんぽんカゴに入れてレジに並んで会計を済ませ一番で店を出ました。
戻って仕込みをして自分の昼ごはんを作る。今日は親子丼。
そしていつもだったらここで昼寝タイムをとるところが、今日は近所のユニクロセールに行ってきた。平日のユニクロ、すいてていいのう。
そしてもうじきしたら着替えて、また仕事場。

そんなどおってことのない日々のローテーションがいちばんいいのかも知れないな。

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2017年5月25日 (木)

時間は宝です

ここのところお店はずっとヒマ。いよいよか?!と不安になりつつ焦りまくりつつ、あわてて手探りでフェイスブックなどをアップしてみる。何もしないでいるよりいいと思って。
まったくこういうのって慣れないよなー…と思いつつも危機迫っているときにそんなこと言ってる場合じゃないもんね。2、3日前なんかついにインスタグラムなどにも手を出してみたぞ。でもこちらは今だにぜーんぜんやり方が分からなくてほっぱらかしです。誰か教えて。
などと、ヤバイってときには普段使わないエネルギーを使おうとするからおもしろい。(慣れていないから頭は疲れますが)こういう緊張感も必要だよねと思いつつも、わが山あり谷あり人生をちょっぴりだけ恨んでみたくなりました。

今日は早よから仕入れに繰り出し、そのあと相方さんと店のエアコン掃除を張り切る。業者さんにお願いしようかとも思ったけれど、手が空いてるんだから自分たちでやるしかないよね。節約、節約。
相方さんがネットでいろいろ掃除の仕方を調べてくれて、100均でオートバイのカバーとか洗剤とか買ってきてその通りにやったら見違えるくらい綺麗になってびっくり。洗剤まみれにはなったけど、300円でこの快適さを買えたと思ったら満足度高し。この感じって、やっぱり自分たちの手で何かをやり遂げたときだけに降りてくるものなんだろうな。

そして漂白剤触りまくりで指紋がなくなりつつも、野菜炒めとかラーメンとか作って食べる。ラーメンの汁はアジの刺身をさばいたときの骨とか頭とかでとったやつ。魚特有の臭みが出ないコツを最近ようやくつかんできたので、今出汁をとるのが楽しくてしかたない。だって普段だったら捨てちゃう部分だもん。これで絶品の出汁が取れると思ったら。
などと…。
時間があるときだからこそ、こういうことに手間ひまかけられるわけです。
そう思うと山と谷のバランスってうまくできてるな〜と思うわけです。

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