2019年5月23日 (木)

こわいもの(恥ずかしながら)

 週に1、2度電車に乗る機会があるのだけど、ここ最近とても困っていることがある。
それは電車を降りて乗り換えのときや、はてまた地上に上がっていくときなど必ずといっていいほどエスカレーターを乗らなくてはいけないということ。
このエスカレーターが近ごろ怖くて怖くて仕方がない。昔はなんともなかったのに、どうして突然こんなふうに感じるようになったか我ながら謎である。
階段があるところならまだいい。しかーし私が行く先の駅にはエスカレーターしかない。しかもものすごーく長いやつ。エレベーターはたしかどこかにあるはずなのだけど、自分の目的先とはとんと離れた出口に出てしまうのでこれもダメ。
ある日、エスカレーターが怖いなんて自分だけかと思ってためしにネットで検索してみたら、いるではないですか…私と同じ症状の人が。
私の場合、昇りのエスカレーターが全くダメ(長くても短くても)なのだけど、下りは全く大丈夫なのである。逆の人もいるらしい。
克服方法なるものも載っていて試してみてはいるけれど、これがちっとも克服できる気配なしだ。克服どころかどんどんダメなほうにエスカレートしているような。今となっては左側のベルトに両手でつかまってしかも若干前のめりになって乗っている。上を見たら怖いし、ましてや下なんかのぞいたらゴロゴロゴロゴロ〜っと転がり落ちていきそうだ。
最近は夢にまで見るようになった。エスカレーターに乗っていると上のほうから大きな鉄の球が私をめがけて落ちてくるという夢。いったいどんだけ怖いんだ。

自分よりずっとお年を召したご老人がどこにもつかまらないで涼しそうに乗っているのを見るとスゲ〜って思う。
私が左側にぎゅーっと身を寄せてブルブルしながら乗っているその横をトントンと駆け昇っていく奴らがたまにいる。急いでいるのは分かるが、正直こういうの一番怖いやつ。マジでやめてほしい…。
私が本気で怖いと言っているにもかかわらず、時々相方さんが私の前に立ってわざと体を後ろ側にのけぞらせてくる。こういうおふざけもやめてほしい…こっちはマジなんだぞ。でも最近はエスカレーターに乗っているときの私の顏が青いことに気づいてやめてくれるようになりましたけど…。
 
などと、年をとると若いころに何気なく出来ていたことが突然出来なくなったり…なんとも思っていなかったことが急に怖くなったり、我ながらこんな自分にびっくりさせられる。
そしていよいよ明日はまたエスカレーターの日である。どうなるんだろう。鼻歌歌う作戦はやったし、前に乗っている人の背中しか見ない作戦もやった。しかし効果なし。明日はどんな感じでいこうかな。

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2019年5月16日 (木)

休み明け。

  今日も夏みたいに暑い。
休み明けに朝一番でお弁当の仕事をして頭とカラダをいつものモードに戻す。休み明けは正直「仕事したくないな〜」という気持ちがまず最初にきて、でもこのままダラダラしていたらほんとに仕事しなくなっちゃうかもワタシ…という自分も確実にいて、なるべくよからぬ考えが浮かばぬうちにちゃっちゃと動くようにしている。自営業は自由がきくとともに、そこに必ず責任をもたなくてはいけないところが重い。かといって責任という鎖にがんじがらめになってただの日々の繰り返しになってしまうと、あそび(余白)がないぶん自由な発想が生まれなくなってしまう。
むずかしいところなんだけど、時間を上手に使いつつバランスとっていくしかないのだろうな。
 そしてなんだかんだいっても、私の場合キッチンの定位置につくと水を得た魚みたいになるので、きっとやっぱり好きなのでしょう。
午前中の仕事を終えて今ちょっと休憩して、そして夕方からまた仕事に行きます。

 話は一変して、この休日はおなじみの岐阜ごはんツアーに相方さんと出かけてきました。
といっても、行くお店はいつも一緒。フランスごはんのお店と謎の中国人?!のお兄さんがやっているお店。
どちらもカウンターしかないお店で、マスターと仲良くなれるお店。もはやこういうお店ばかりしか行かない我ら。
料理のジャンルも違うし、お店の雰囲気も全然違うし、マスターの感じも全く違うんだけど、店主のほんとうに美味しいものを食べさせてあげたい!というシンプルな気持ちがどの料理にも感じられるところがこのふたりのマスターの共通項。
こういうお店ってありそうでなかなかないと思う。そりゃぁ高いお金出したら食べられるところはあるかもしれないけれど、シェフの顏が見えなかったり、ドレスコードはなんたらとか子どもはダメとかうるさいおしゃべりもダメとかいろいろ上から言ってくるお店はあるだろう。
気軽に入れて店主が目の前のお客のために作ってくれるお店って、なかなかないと思うなぁ。ある意味贅沢だぁ。
そしてどちらの店とも我らが行く時間はなぜか空いていて、店主は口ぐせみたいに「もっとお客さんに来て欲しいいのだけどね」とこぼすんだけど、我らとしては「あまり混んで欲しくないなー」というのが本音のところ。
お腹ぽんぽん&心はパッピーになって帰ってきました。
“美味しい”は料理ももちろんのこと、一緒に食べる人だったりお店の雰囲気だったり、自分のコンディションだったり…全部がそろって“美味しい”になるんだな。
いろいろ勉強になったけど、どっちの料理もワタシには作れないな〜。



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2019年5月12日 (日)

リセット。

 きのうはヨガ部の日だった。
かれこれ年数は経つのだけど相変わらずカラダはいっこうにやわらかくならない。意識の問題なんだろうけど。そもそもヨガはそこが目的じゃない というのが分かってからは、ますます自分のカラダを甘やかしまくっている気が…。
といっても、りえちゃんがシェアしてくれるヨガの世界についての話を聴くと、その世界の深さに驚かされるばかりだ。心理の世界や宇宙の世界までも繋がっているということに。
そしてそんな話を聴いていると、自分自身がここに存在する意味とか、そういうことまで考えてみたくなる。壮大だなぁ。
そして今日もりえちゃんは輪郭がくっきりしていて声もまっすぐぽーんと響いていた。
ヨガをしている人ってみんな美しい。きっとそれは内面のものが外に出るからなんだと思う。
最近めっぽう情緒不安定なワタシ…、日々瞑想でもしたいところなんだけど、結局アレやコレやと時間に振り回されている。いけないなぁと思いつつもそうやって何かに追っかけられて日常を回している。
令和元年は、ちょっと変えたい。リセットしたいなぁ。

 リセットといえば、お昼ごはんのときの話題がまさに“自分リセット”だった。
今までの自分(価値観みたいなものかなぁ)をいったんニュートラルにして、そこから新しい自分を作っていく みたいな話だったかな。
話の内容ももちろんなんだけど、私はそういうことに意識を向けて常に自分を高めていこうと思っている人たちがいるということに驚かされた。
私なんてなーんにも考えていないし、そういうアンテナも張っていないもの。かつてはそういうふうな時期もあったけれど、今となってはなんにもない。どちらかというと後ろ向き方向に歩いているような。
よくよく考えれば自分を高めるということは、自分だけじゃなくて周りの人をも幸せにすることに繋がるんじゃないかな。人に優しくなれるということなんじゃないかな。そう思ったのだ。
そんな友人たちの話を聴いていたら、私もそうありたいと思った次第。
とはいえ今の自分にはちょっと勇気がいることだ。でも何かを超えたい、向こう側の景色を見てみたい。力まずストイックにもならず、乗り越えたいな。
きっとそれがなりたい自分なんだ。
人生ってきっと何度リセットかけてもいいものなんだろうな。
                                                                    Img_1153  
                                                                     みんなで食べたお弁当(メロ弁)

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2019年5月 9日 (木)

ありがとう。

 夕べはお客さんたちに誕生日を祝っていただいた。もうなんていうか、胸がいっぱいなのと、こんな自分みたいな人間のことを祝ってくださる人たちがいるんだという感動&どうこの気持ちを表したらいいのかわからない  っていうのがごちゃまぜになって、その場に立ちすくんでしまった、、、私。
ありがとうという素直な気持ちってどう伝えればいいんだろう。もちろん言葉で言えばいいことなのだけど、それだけじゃ足りないし…。
私の場合はこの仕事でその気持ちをお返ししていくしかないんだろうな。心を込めてごはんを作っていこう。 みんながほんわかな気持ちでいられるような空間を作っていこう。
 それでもって、みんなが帰ったあとにいろんな気持ちが混乱して大泣きしてしまった…。嬉しい気持ち、自分のダメさ加減に落ち込む気持ち、どうしてよいのか分からないという気持ち…などなど、なんて複雑なんだ 私って。

 でも朝起きたらだいぶ落ち着いていて、じわりじわりと夕べの余韻にひたっていたら温かな気持ちが降りてきた。やっぱり夕べは混乱していたんだ。気持ちってすぐには降りてこないんだな。
などと、ぽ〜っとしていたらお弁当の仕事に遅れてしまった。しかも1時間も。
顔だけ洗ってすっぴんのまま店に向かい、10個のお弁当をなんとか完成させてなんとかぎりぎりで間に合ってお届けできた。すっぴんだったから下向いたままもぞもぞしながらお渡ししたけど。

 そのあと酒屋さんに仕入れに行って相方さんと魚定食を食べて帰ってきた。たまに行くその定食屋さん、ザ・漁師飯!って感じのごはんなのだ。魚のさばき方が大胆だったり味付けもシンプル。ごはんはどんぶり飯だしとにかく男料理。こういう男っぽさっていうのは私の料理にはないので、いろんな意味で刺激になる。こんなふうにザッ、ドバッ、ドーン みないなやつ私もやってみたいなと。
でもそれってやろうと思ってもなかなか難しい。この自分の複雑な感じとか変に神経質なところとかが、どうして料理に出てしまう。
料理には人が出るんです。

 さて、そろそろ仕事に行く時間。
今日は朝一で店に入っているので夜の仕込みはまだやっていないのだ。なので今ソワソワしている。
キッチンは天国でもあるし、戦場でもある。気合いを入れないと仕事にはならない。
などとイキってはいるわりには、どうしてもザッ ドバッ、ドーン はできない私。気が小さいんでしょうねぇ。


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2019年5月 8日 (水)

とくべつな日は特別じゃなくてもいいね。

 一年に一度きりの自分の記念日。歳をとることを嫌に思う時期もあったけれど今は違う。若い頃には感じ得なかった感情とか想いとかが、自分の中でふつふつと湧いてくるときがある。あ〜昔はこんなことぜんぜん思わなかったけど、いつのまに…みたいな。
とすると、歳をとるのも悪くない というのが最近の自分である。
 
 そんな記念日の今日、朝いちばんで思いたったのは何か特別なことをしよう!普段できないような何か特別なことをと。
まぁ、午前中は家事をすませてそのあといつもとおり仕入れに行きそのあと仕込みをして相方さんのごはんを作り、そうしたらあっという間に午後である。
アパートに帰ってきて「あー疲れた」とどっこいしょと腰を下ろして海外ドラマなんか見始めちゃったもんだからもうおしまいである。
気持ちを切り替えて、今日は特別なことをするよりもとにかくゆっくりダラダラ過ごす作戦に変更。な〜んだ、ぜんぜん特別じゃないじゃん、と思いつつ時計の針は着実に時を進めていて、なんだかなぁという気持ちもあるけれど。まぁいいか。

 今日は天気が良かったので冬の毛布などを洗って気持ちよく太陽の下に干した。これが唯一の特別行事である。
そして私のおじいさん、おばあさん、そして父の写真にありがとうございますと手を合わせた。こういう気持ちは若い頃には湧いてこなかったと思う。
誕生日は両親やご先祖様に感謝する日なのだろうな。この世に誕生させてもらえたことにありがとうと。
47歳になりました。



 

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2019年5月 6日 (月)

最近の自分。ゴールデンウィーク最終日。

 なんだかわからないけど腹が立って立って仕方なかったり、イライラが止まらなかったり、毒を吐きまくったり…そしてそういうのを何かのせいにしたり誰かのせいにしたりするんだけど、よくよく考えたらそれってつまりそういう自分に腹が立っているということなのだよね。
まぁそもそもこの歳になると腹立たしく思うことも滅多にないのだけれど、この間めずらしくそういうことが起きてプンプンしながらも冷静な自分もいて「あ〜私もおばさんになっのね」とちょっとだけおばさんであることを嬉しく思った瞬間でございました。

 この日記にたびたび登場する相方さんとの関係も、最近変わってきているように感じます。
もちろん私たちは夫婦ではないし、あえてそういうかたちをとらないというスタンスでいるし、愛とか恋とかとははるかにかけ離れた世界にお互いいるわけなのだけど、そのことをなんとも思わなくなったというか…。
そりゃぁここまでくるのにはいろいろあったけれど、今ではそういうことも笑い話みたいに思えるし、そんなこともあったね〜くらいにしか思っていないかなぁ。
わたしは過去に失敗しているから、今度こそ!みたいにどこか力んでいたんだと思う。相手にいろんなことを求めすぎていたこともあったし、寂しい気持ちをどうにかして欲しいと相手に負担かけることもたくさんあったし。
わがままだった自分を今はちょっと恥ずかしく思います…。
 お役所の書類の世帯主との関係の欄には私は“同居人”と書くわけなのだけどまさに我らの今の関係ってそれだと思う。ただ隣にいて同じ空気を吸って一緒にごはんを食べる。なんのこだわりも持たないそんなふわりとした関係になってきたと感じています。そしてそれはきっといいことなのだと。

 さてゴールデンウィーク最終日。とにかく長かった。
とはいっても自分の生活も仕事もいつも通りだったけれど、なにせ世間はお休みモード。スーパーに買い物に行けば家族連れであふれかえっていたし、ニュースでは海外旅行に行く人たちや帰国した人たちのインタビューばかりだし、そういうのを指をくわえながら羨まし〜な〜と思ってみたり。
とにかく曜日感覚が分からなくなりました。
長〜いお休みだった人たちはきっと夏休み最終日のあのなんともいえないぽかーんとした気持ちになるのだろうな。
個人的にはこの10日間はお店に入る時間がいつもより1時間ほど早くて、たった1時間早いだけなのに結構カラダには応えました。夜帰ってくれば布団にたどり着けずに床で寝てしまうという日もあったりで、駆け抜けたゴールデンウィークという感じかな。
 Img_1145   

先日老舗ケーキ屋さんの“ボンボン”で買ったサバラン。
今流のしゃれた味じゃなくて、昔ながらのフツーの味。このフツーがなんだかむしょうに懐かしくて。
サバランといえば父が大好きなケーキだったなぁと、学生時代バイト先のケーキ屋さんでよく買って帰ったものです。
そんな父を想いながら食べました。
 上にのっかたチェリーもいい感じ。今、こういうチェリーあまり見ないなぁ。


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2019年4月22日 (月)

子どもってすごいな。

  いつものお客さんがめずらしくお孫さんを連れていらっしゃった。
おじいちゃんもおばあちゃんも孫を前にすると目尻が下がりっぱなし。そしてときどき孫の名前を自分の息子とか娘の名前と間違えちゃったりして。それって自分の息子や娘を子育てしていた頃にタイムスリップしているのかなぁ。
そういうのってほんとうに微笑ましい。

 夕べテレビで街の子どもたちにボクシングを教えるというおじさんが出ていて、そのおじさんが言ってた。「子どもは未来をになう大事な大事な宝物だ」と。その通りだと思った。
 数年前、街の子どもたちと一緒にお料理をする企画をやっていたときに自分もそう思った。 子どもの心ってキラキラしている。そしてスポンジみたいにたくさんのことを次から次へと吸収してゆく。発想力は無限大。だから子どもたちと一緒にいると元気をもらえる。夢みたいな話だって彼らと一緒だと現実になっちゃいそうな気になる。
またいつかそんなことをやりたいなぁと、昨日のボクシングおじさんを見ていたらそんな気持ちになりました。

 今日は朝から20度越えのポカポカ日和。空気がほわっと柔らかいので、窓を開けてこの日記を書いています。
お昼にはお客さんからいただいた(相方さんのお誕生日祝いにいただきました)極上サーロインステーキを焼いて大事に食べました。付け合わせにじゃがいもを焼いてクレソンのサラダも一緒に添えて。いいお肉って焼いたあとの匂いまで美味しいのですね。今まだお部屋の中はステーキです。しばらくは楽しめそう。


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2019年4月20日 (土)

とりあえず動く。

 筋肉は裏切らない…とは、私のフラメンコの師匠の口ぐせである。その言葉に翻弄されて最近筋肉というものに興味を持ち始めたってわけ。
とはいえ、しんどいことが苦手な私。師匠なんか見ていると、しんどいことによろこびを感じているのだよね、彼女って。アスリートの方たちってたぶんみんなそうなんだろうなぁ。しんどいことの先にある世界を彼らは知っているんだ。だから頑張れるんだろうな。
などと人ごとみたいに言っている私は、到底そういう世界には達しなさそうなので、テレビ見ながらゆる〜く腹筋したりして体幹を鍛えておるわけです。何もしないよりマシ、程度のことをね。
 その程度のことでも、やっぱりカラダを動かすといろんなものが循環し始めるようです、どうやら。
自分の場合、ほぼほぼ引きこもりみたいな生活なので気持ちも凝り固まってしまうわけ。落ち込だり沈んだりしているときなんか、どんどん深みにはまっていくというか。
でもね、ちょっと動いてみると何かが巡り始めるんですよね。気持ちも軽くなるんです。自分に自信が湧いてくることだってあります。
なので私のように引きこもりの好きな方、ぜひ筋トレしてみてくださいな。…てなことを言いたくてここに書いたわけじゃないのだけどね。

 今日は朝からなんとなく気持ちがモヤっとしていたので、その整理も兼ねて日記を書くことにしました。
モヤっの原因はよく分からないのだけどね。
だからとにかく動いてみました。そしてちょっとだけ軽くなりました。
お外はいい天気です。

さてそろそろ仕事に行かなくては。

そーいえば引っ越してきたお隣さんのカップル。決して悪い子たちじゃないと思うけど、こちらから挨拶しても知らんふり。
「最近の若い子たちって…」って思わず言いたくてなっちゃうけど、また挨拶してみよう。(おばさんコワイ)


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2019年4月18日 (木)

コツコツと…。

 ちょっと動いただけでも汗がじっとり出てくる。この春はおもしろいくらいに機嫌のいい空とそうでない空が入れ替わり立ち替わりだったので、まだタンスの中には冬ものがしっかりと入っている。このあたりで切り替えても大丈夫かなぁ。。。

 ところで。
どんなに近しい人であっても、自分の内面事情を話すのは苦手な私。ううむ…近しい人ほどそのへんの話ってしずらいかも。
でもさすがにここ最近堪えていたので、相方さんに話してみたわけです。
「ここのことろ年々、自己否定感が強くなってきてどうしていいのか分からないんだよね…身動きできないというか」と。
すると相方さん
「人から褒められたら嬉しくないの?」と聴いてきた。
私「そりゃすごく嬉しけど…。それ以前にまず自分て人間を否定してしまっているから、なんだか自分じゃない人のことを褒められているような感覚になるんだぁ」

 そんな会話をしつつ、誰かに話すことによって自分を客観的に見ることができたのでこれはこれでよかったのかと。
自己肯定感が完全に欠落してしまっている今…
自分という人間を常にボッコボコにしている私…
まずこの自分をしっかりと受け容れるところから始めなきゃと思ってます。逃げちゃいけないですね…。

そしてとにもかくにも、いろんなことすべてが怖くて怖くてたまらないので、小さくてもいいから今の位置から一歩踏み出すのが目標。
でもね、どうやったら一歩出せるんでしょうね…。そもそも一歩って何だろ。
今の状態でいるのは、やっぱり嫌なのだよね。しんどいし…。
よぅし!と、気合いを入れたところでどうにかなるものではないのだけど、今日の空みたいに晴れやかに軽やかにいきたいもの!

 休み明けの今日は朝いちばんでおべんとの仕事をしたり、そのあと仕入れに行って仕込みをしていつもの1日を過ごしました。すき間が無けりゃ気持ちもなんとなくキープできるものです。せっせと手を動かすこと、カラダを動かして働くこと、そういうことって気休めかもしれないけれど、心の処方箋にはなると思う。

さて。そろそろ仕事に行かなきゃ。

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2019年4月15日 (月)

春は揺れる

昨日とはうって変わっていい天気。朝から洗濯したりスムージー作って飲んだり、そのあと筋トレもちょっとやったりなんかしてなんちゃって健康女子(健康オバハンか)。そもそも健康という言葉からは一番かけ離れた生活をしているので、できる範囲でカラダを気づかおう〜程度のことしかできない。深夜に帰宅してなんか食べてそのまま寝ちゃうみたいな生活だし。
でもここ最近思うのは、この気づかい程度のことがけっこう楽しい。添加物まみれの変なものは食べたいと思わないし 人工甘味料が入っている飲み物も飲まなくなるし、ちょっとだけカラダを動かすと気持ちも上がる。ゆる〜い心がけでできることを続けていこう。こんなゆる〜い感じだって、それなりにカラダが応えてくれているのが分かるから。この調子で病み病みな気持ちもなんとなく前向きになれるといいのだけど。

 春というのは良くも悪くもいろいろに気持ちが揺れ動く季節だ。子どもの頃から今にいたっても、この時期はとにかくツライ。けれど何がツライのか?と言われてもそこがうまく答えられない。答えはひとつかも知れないしいくつかあるかも知れないし…。でもそれを一言で表すのはとてもむずかしい。
 自分の場合、更年期のせいもあってかとにかく泣いてばかりいる。いい歳したオバハンが情けなや〜と自分でも思うのだけど、気持ちが何かに反応して涙が出てくる。どうやら私の場合は、自分の中にあるツライとか苦しいとか悲しいとかっていう感情に勝手にリンクしてしまうようなのだ。
だから常に何かに集中していないと、ふとした気持ちのすき間にそういうイタズラが入り込んでくる。自分ひとりでいるときならまだしも、そこに自分以外の誰かがいるときには何事が起きた?状態になるので、花粉症のせいになんかしてごまかしたり。(花粉症じゃないけど)
ほんとーに気持ちのコントロールがむずかしい時期なのです…。

 などとマイナスなことばかり言っているけれど、いいこともあります。
アパートの裏の街路樹の花水木が今とてもきれい。毎年思うのだけど、花水木の花って蝶々のよう。
黄色とかうすピンクとかの蝶がひらひらと舞いながら枝にとまっているかのよう。
モクレンが終わって桜が終わって次にこの花水木。この中では一番地味なお花かも知れないけど、可憐で健気なこの感じが好きなのです。

 

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