2017年4月26日 (水)

風邪っぴき

風邪がおして昨日は思い切って仕事を休むことに。自営業は体が資本!などと常々言ってる自分が、この有様だ。しっかりしなきゃ。
それでも昨夜は久々にしっかりと睡眠がとれたので、ずいぶんと軽くなった気がする。
お昼にスパイスがたくさん入ったカレーを食べに行って、いっぱい汗をかいて解毒。本調子ではないけれどなんとか完食できたし。なにより体がこういうものを欲しがっているって分かるところが面白い。なるべく体に良いものを摂ろう、っていう考え方よりも、そのとき食べたいものを食べるのが一番ってことなんだろう。人間、そういうところは単純にできてるんだな。

1日休んだぶん挽回しなきゃと、今日は仕込みも張り切った。この仕事ってつくづく自分との勝負って感じがする。サボったり怠けたりしたって、別に誰から責められるわけでもないけれど、なんとなく自分に負けちゃう気がしてこのままじゃダメだ!ってなる。いつもこの繰り返しなんだけど。
ゴールなんてないけど、繰り返すことの大切さをこれからも学んでいこう。
たまに”老舗”的なお店に入ったときに感じるあの安定感というか、重厚感というか。たぶんそのお店の人たちが日々を大切に積み重ねた歴史が、そのお店の空気を作り出しているのだと思う。初めて入ったお店にも関わらず、ほっとするような温もりを感じるお店ってあるものね。まだまだひよっこの自分ではあるけれど、そういう部分は学んでいこうと思う。

街路樹のハナミズキが満開という感じ。
この道を通るたびに「きれいだね〜」って思わず言ってしまうのだけど(たぶん100回以上は言ってるはず)湧いてくる正直な気持ちだから止まらなくてね。この花が咲いているかぎり、言い続けようと思った。

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2017年4月24日 (月)

風邪をひく

風邪をこじらせヨレヨレと仕事と家事をこなす。常に緊張しっぱなしの生活なので風邪引く間もないって思ってたけど、やっぱり引くときは引くんだな。反省しつつ、内蔵がシクシク痛んでいる感覚を味わいつつもお粥とかうどんとか優しいものを作って食べる。
病みながら、水島シェフの料理本を読む。水島シェフといえば、料理を科学の力で解明していくロジカルクッキングの第一人者でもある。以前から気になってはいたけれど、どうも自分としては料理と科学を結びつけるやり方っていうのに抵抗があって避けているところがあった。でも彼の本を読んでまさに目からウロコだった。彼が常々提唱している”塩少々”とか”塩適量”とか”ひとつまみ”などという表記はありえないものであって、きちんと0.1g単位で表記すべき!ということ。素材の旨みを引き出すのは塩の量であるから、ここをきっちり軽量することによって料理はおどろくほど美味しくなる!というもの。
なるほど〜な話。
彼曰く、この塩の量を徹底させることによって余計な出汁もいらなくなるとのことだった。今まで出汁の味を引き立たせることによって塩の量を減らそうとしていた自分にとっては、これって革命的!そうすることによって、出汁の味に頼らず素材の味が引き立つそうだ。
なんだか料理したくてたまらなくなってきたぞ。

料理にたいする姿勢や考え方は人それぞれだと思うけれど、自分的にはこれからもいろんな人たちのスタイルを勉強して吸収していきたいと思う。あと何十年か経ったときに、ようやく自分流が見つかったらいいな、っていう姿勢でいたい。
布団の中で、いい刺激をもらった。こういうことで人って元気になっていくんだなというリアルな体験をしました。

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2017年4月20日 (木)

ともだち

リカちゃん&リカちゃんの師匠に気功を施してもらう。自分が痛いと感じていた場所が悪いのではなく、原因は実は別のところにあるとのことだった。自分でも心当たりがあったので、あぁやっぱりそうか…って感じでちょっとショックだった。体自体がだいぶ疲労していることも自分で分かっていて、だましだましなんとかここまできたということも。
もっと自分の体を大事にしなくてはと、めずらしく反省してしまった。人から言われるって、やっぱり大きいな。いいタイミングだった。

そんなこんなで途中からヒロちゃんも合流。リカちゃんもヒロちゃんも、かつて心理学を共に学んだ仲間だ。あれからもう8年くらい経っただろうか。会えばあのときの温度が戻ってくる。お互い大人になってから知り合ったのに、まるで幼なじみみたいな感じにも思えてくる。心で繋がった仲間との結束って強いってこと。
リカちゃんは最近どんどんキラキラしていっているのが分かるし、ヒロちゃんはいい意味で男前度が増してきて頼もしいかぎり。そんなふたりを見ていると、すごいな〜輝いてるな〜 ってちょっと羨ましくなる。自分だけどんどん小さくなっていってるような気がする。いろんな意味で自信もないし、殻ん中に閉じこもりっ放しというか…。結局は、自分でそういうふうに仕向けているってことも分かってるんだけどね。
だからふたりに会えて嬉しかったんだけど、気持ちの奥ではダメな自分を追いつめてた。自分ってなんて情けないんだろ…。

自分を生きるってほんとうにむずかしいことだと思っていて…。
ふたりからその勇気みたいなものをもらった気がしたよ。

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2017年4月19日 (水)

春って

仕入れに行くとき意外、普段はめったに外に出ることはないのだけど、風があまりにも気持ちよくてお天道さまもぽかぽかだったから、近所を軽く散歩してみた。ついこの間まで華やかな衣装をまとっていた桜の木も、今でははまぶしい緑の衣装に衣替え。そうかと思えばハナミズキはチョウチョみたいなお花をたくさん付けて街路樹を賑わせてる。
季節は動いてる。吹く風の中には、もうどこか夏のにおいが混じってるんだから。
外を歩くと季節の発見がいろいろ落っこちてる。ちゃんと拾ってあげなきゃって思った。
そんな彼らのお誘いに今日はうっかり乗ってしまったんだな…私。

めずらしくテレビのスイッチを切って過ごした。いろんな音が聞こえてくるんだけど、なにひとつ邪魔なものはなくて、全部が心地いいBGMだった。
家事もなんだか落ち着いてできたし、気持ちにもちょっとだけゆとりができた気がした。
お昼には残りもののほうれん草のスープをカレーにアレンジして食べた。焼いたトマトと一緒に食べたらこれがまたおいしかった。仕事でずっと作っているから、自分の食べるものなんてどうでもいいってなっちゃうんだけど、今日はなんだか作ってみたくなった。ヘンなの…。
そのあと少しだけ筋トレしたりなんかして…なんか気持ち悪いな…。

春風からのおくりもの?!かしら。

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2017年4月17日 (月)

流れ

理想や目標はないよりあったほうがいいのかもしれないけど、そのときどきの流れがあるからそっちを優先させてもいいんじゃないかなぁって、最近思う。だって流れはよめないから。
以前は違った。やみくもに自分を貫くことがいいことだと思ってた。漠然と「こうなったらいいな〜」と思ったことはそうなるものだと信じていたし、たぶんそれは無意識じゃなく意識的に操作していたのだと思う。今思うとこれって結構なエネルギーを使っていたと思う。
最近思うのは、このエネルギーってほんとに必要なの?ってこと。流れよりも自分が優位になっていなかったかって。

最近はこんな感じ。「こうしたいなー」「こうなったらいいなー」などと、人間だから当然そういうことは日々思う。でも、現実は全然うまくいかない。以前だったらこんな自分を責めただろう。自分だけじゃなく、他人や周りの環境のせいにしたかも知れない。
そんなやり方にちょっと疲れてきたのだ。
投げ出すわけじゃないし、適当にもしない。ただただ流れっていうものに身を任せてもいいんじゃないかって。
そこから見えてくる世界がどんなものなのか…。

そういうやり方にしてみたら、ほんのちょっとだけ今が楽になった。ほんのちょっと…。
ただそれだけなんだけどね。

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2017年4月13日 (木)

観葉植物ちゃん

ここのところ自分の周りで起きた出来事について深く考えこんだり悩んだりしていたものだから、体が重くてしかたない。苦くてどうしようもなくなってしこたま飲んだら、案の定一日中グロッキー。昨日は地獄だった。体はしんどいけど、それでもお酒が覚めてくることのほうが怖かった。たまにこういうときってある。
桜もずいぶんと散ってしまった。花吹雪が強い風の中をくるくると舞っている。そんな姿は美しくもなんともない。ただただ寂しい。そんな薄汚れた気持ちに半ば幻滅しつつ、それでも足もとの小さな楽園を見つけようと必死になってみる。正しくなんかできないし、きちんとすることなんかできない。日々を重ねていくのに精一杯だ。
自分だけじゃなく、きっとみんなそうなんじゃないかな。

小さな部屋には観葉植物の鉢が4つある。テレビの脇にふたつと窓辺にふたつ。ときどき配置換えをしたりして日光浴させてあげる。
でも自分が日常に追われたり悩み事に気を奪われていたりすると、この子たちはサインを出してくる。こっちを見て!って。あぁ、ごめんごめん…って謝りながらあわててお水をあげたり葉っぱを拭いてあげたりすると、この子たちはたちまち元気になる。ほんとうにこの反応っておもしろいくらいに素直。
こんな子たちだから私が面倒みてあげなきゃダメなんじゃないのかなぁ…っていうふうにずっと思っていたんだけど、たぶん逆じゃないかなって最近思うようになった。
この子たちから毎日私は元気をもらっていて、だからこそ面倒をみさせてもらっているという立場にあるって。そんなふうに思うのだ。

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2017年4月11日 (火)

繰り返し

朝からずっと雨…。桜の花びらがアスファルトをいろどる風景は何かが終わるみたいでちょっぴり切ない。いつもだったら後回しにしてしまう厨房の細かな掃除をしたり、めずらしくパンをこねたり…その寂しさからのがれたくて、よそよそしく動いてみたりした。
この時期って自分の感情でさえもコントロールできなるなるときがある。空気…風…それともうかれた人間たちのせいなのか…。とにかく湧き出てくるものを制御するのにてんてこ舞い。人間も自然界に生かされた生きもののひとつなんだってことを実感する。野生的な本能からくるものもあるんだろう。
ちょっとばかり面倒だけど、そういうリアルな自分を観察することって大事だ。流されるのは悪いことじゃないけど、その中に流されたくない自分がいることに気づいてやらなきゃな。じーっと静かに心を落ち着かせて、自分の中のものとの対話をね。

火曜日。火曜日になってようやく自分の一週間が始まる。月曜はまだ疲れを引きずっているようでなんとなくエンジンがかからないのだ。昨日もそれなりに頑張ってはみたけれどまぁ60点ってとこだろう。その悔しさが残るのでそれをばんかいしたくて、火曜は目覚まし時計よりも早く起きる。家のことをすませて仕入れに走ってそのあと仕込み。昨日後悔したぶん、流れもスムーズだ。
そしてまたきっと今夜もどこかで自分を反省するはずだ。そしてまた次の日にばんかい…って具合に。毎日がその繰り返し。ゴールなんてないんだな、きっと。

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2017年4月10日 (月)

お花見会。

雨を心配しながらも土曜日はメロディ花見会を無事に終えることができた。朝早くからテントを張りの手伝いをしてくれたり、家からわざわざテーブルとか敷物を持って来てくれたり、お刺身とかワインとかビールの差し入れをもらったり、もう胸がいっぱいって感じだった。北名古屋のときのお客さんも来てくれて可愛いベビーちゃんにも会えたことも。
人と繋がるのはあまり得意なほうじゃないのだけど、繋がったときに味わえるなんともいえない感覚って最高だな。繋がるというより、人の温もりに人は自然に集まるんだ、っていうことなんだろうな。ひとりの人間の寂しさが消えるってことではないけれど、寂しさの温度を共有してくれる誰かがいるってだけで、ほっとできるというか。
自分が気持ちがいいと思える場所に、これからもどんどん便乗していきたいって思った。

それにしても、うちのお客さんの酒好きな人の多いことといったら。そういうところも私的には嬉しいんだけどね。
楽しいことにお酒の力を借りるのは大賛成。お店やってて良かった。

そんなこんなでお酒が完全に抜けきれないまま夜の営業に入った。なんとか正気を保ちながらもコースの最後の料理をお出しして、そうしたら一気に緊張の糸が切れてしまいヨレヨレに。ヨレヨレなところをカバーするのにこれまた必死。
それでもカウンターの向こう側でお客さんが楽しく会話を弾ませているのを見ているのはほんとうに幸せ。自分がほろ酔いなこともあったけどなんだか夢の中にいるみたいだった。

ここのところ北名古屋のときのお客さんがちらほらと来てくださったりして、4月っていうのはお別ればかりでなくて、新しい出会いやきっかけに恵まれる季節でもあるんだなあというのを感じる。寂しいような嬉しいような…なんとも歯がゆい季節。だから苦しくなるんだね。

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2017年4月 6日 (木)

雨ふり

NHKのみんなのうたで今流れてる”おべんとう箱のうた”の歌詞が泣ける…。
自分の場合、息子たちに届けてあげられなかった想いがこの歌詞の中に詰まっているから聴けば聴くほど胸が痛むのだけど、世の中のお母さんの気持ちをお弁当っていうものを通して歌ってくれてるシンプルながらすばらしい作品だと思う。歌っている半崎美子さんっていう方の声も素敵。歌の背景のアニメーションもとっても可愛らしくてこの歌にぴったり。
ぜひ観てみてください。

久々の雨。桜の花びらが落ちてしまいそうで心配。
午前中に仕入れと仕込みをすませて、お昼には相方さんがぜひ行ってみたいというラーメン屋さんへ。
ラーメンといっても、まるでフレンチレストランで出てくるようなお上品なスープ&麺という感じ。一品料理というよりどちらかといえば作品って雰囲気。スープも丁寧に作られていて上にのっているチャーシューなんかも、たぶん真空低温調理で作ってあって口に入れると溶けちゃうやつ。ちょっと太めの麺はこだわりの国産小麦粉で作っているみたい。香りがよろし。
こういうのを食べると真似したいな〜ってなるのがいつものことだけど、ちょっとこれは無理っぽい。せめてこのとろけるようなチャーシューを作ってみたい…って言ったら、隣の席の相方さんがあの低温調理ができる機械を作ってみたい…と言い出して、こんなふうだからなんだかんだあってもなんとなくコンビでいるんだなと思ったことだよ。まぁ相方さんの場合、私のためにではなくてただただ機械を発明して作るのが趣味ということなのだけど。だから口だけで、実際にカタチにならないままで終わることのほうがほとんど。でもそれを突っ込むのも違うしね。
お互い他人どおし。その距離感ってとっても大事。すべて失敗から学ぶしかないんだけど。自分の場合、失敗だらけです。

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2017年4月 5日 (水)

桜の前に

最近知り合ったある女の子が、昨日自ら命を絶った。
まだその事実を受け入れられない。でもどうすることもできないこの気持ちをここに絞りだすことは自分にとって必要だと思ったので、ペンをとることにした。

彼女と知り合ったのは数ヶ月前のことだった。笑顔のかわいい女の子だった。彼女はいつも顔をくしゃくしゃにして笑った。それを見ると思わずこちらまでにっこりしてしまうくらいに。幸せのおすそ分けをもらったような気になった。
そんな彼女は人一倍面倒見がいい子だった。大好きな彼氏に寄り添っては、その姉さん女房っぷりを発揮するのが常だった。将来きっと幸せなご夫婦になるだろうというのが、約束されているみたいだった。
いつだったか、ふたりの将来のためにと頑張って貯金をしているという話をしてくれたことがあった。そのためにと毎日彼のために愛妻弁当を作っているという話も。
その初々しい感じというか、可愛い感じというか、なんともいえなくて、思わずふたりを応援したくなった。
そんなふたりの唯一の楽しみが、月に一度うちの店に来ることだった。
彼女は決まって可愛い色のカクテルを注文した。20代前半の子にとってはカクテル一杯の値段は決して安いものではないと思う。でもこのときばかりはと、ふたりは羽を伸ばした。そんな彼もいつもは我慢しているタバコをここぞとばかり、おいしそうにふかすのだった。
そういうふたりの絵はほんとうに見ていて微笑ましかった。

ところが先週の土曜日に会った彼女はいつもと感じが違った。別人になったかのようだった。黒い影を背負っているみたいにも見えた。
その日はしっかり者の彼女にしてはめずらしく、酔いつぶれるまで飲んでその後彼を残したままひとり帰って行った。そのとき何かものすごい胸騒ぎがしたのを覚えている。
でも絶対大丈夫!と自分が彼女に代わって自分を立てなおすかのように、何度も何度も心の中で唱えた。

でも…
自分は彼女になんかなれなかった…。彼女の苦しみさえも理解することはできなかった。
ただひとつ思うのは、彼女は寂しかったということだけ。その寂しさは誰にも理解できないものだと思う。
だから最後の最後にそれを絞り出して、この世を去っていったのかも知れない。

そんな彼女の死にいろいろ言う人間もいるだろう。何もしてあげられなかったと悔やみ続け自分を責め続ける人間もたくさんいるだろう。

何を言ってももう彼女はいない。
それが現実なんだ。それだけなんだ。

満開の桜を見ずに逝ってしまったひとりの女の子…。
そしてこれからもこの桜を見るたびに、彼女のことを思い出さなきゃいけなくなるんだ。
そう思うと、人生はなんとも過酷なものだ。
それが生きていく人間の使命なんだろうけど。

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