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2021年10月

2021年10月17日 (日)

今日の日記。

  寒くて目が覚める。夕べうっかり網戸のまま寝こけてしまったのだ。昨日と今日の境目は大きいなぁ。
あわてて窓を閉めて熱いコーヒーを淹れて、洗濯機回したり家のことを片付けていく。
窓の隙間から入ってくる風がとても心地いい。これも今だけ。あと数日もしたらすぐに次の季節がやってきそうだ。天気予報のお兄さんが木枯らしの話をしていたので、ここから急ピッチで進んでゆくことだろう。衣替えまだしていない。唯一タンスに入っていた長袖のシャツを羽織る。でも足はビーサン。

 午前中は宅配用のお弁当の仕事。緊急事態宣言が緩和されてからほとんど注文が入らない。そーだよね、みんなお外に行くよねぇ、こんなにいい天気だもの。など、ブツクサ思いながらもとりえず仕込みを進める。食べものってやっぱり生ものなので、仕込み過ぎてもダメだし、そのあたりのあんばいがとてもむづかしい。考えてばかりで動きが止まるのももちろんダメだ。とりあえず手を動かそう。
大きな食堂みたいなところで、じゃんじゃん作ってじゃんじゃん食べてもらえるような、そんなやり方にもあこがれるなぁ。まぁこのご時世だからむづかしいか。
 今回の流行り病のおかげで、いろいろ考えさせられたわけで。1年半前のあの感じってまた戻ってくるんだろうか。戻ってくるかこないかわ分からないし、そんなことをウダウダ考えていても仕方ない。今できることをやるしかないし、悩むくらいだったら思い切って方向転換したほうがいいかもしれない。やっぱりワクワクがないとワタシ、ダメだわぁ。

 お昼は、中途半端に残っていたお惣菜をつまんだり塩むすびを作って立ちながら食べたり。ひとりだから適当にすます。
自分で言うのもなんだけど、手作りの味ってホッとする。入っている材料が分かる安心もだけど、自分で作るから当然自分が食べたい味に仕上がっていることである。もしかしたらこれって、すごく贅沢なことかも。





 

 

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2021年10月16日 (土)

今日の日記。

 午前中、ちょっと遠くまで仕入れに出た。いつもの近所のスーパーもいいのだけれどさすがに毎日だと飽きてしまう。たまには刺激が欲しいからねぇ。
めずらしい食材を見るとどうやって料理しようかなぁと、いろいろ考えるこの時間がとにかく好き。見たことのない果物が売っていたりとにかく野菜でもなんでもびっくりするくらいの大袋で売っていて、外国人もいっぱいいて、ここはどこ?状態。
あれもこれもいろいろ買いたいけれど、うちの店の冷蔵庫じゃ入りきらない。そもそもワタシひとりではこの食材たちの面倒は見きれない。結局のところ、魚類とお肉類を少しづつと保存の効きそうなお野菜たちを買って出てきた。でも楽しかった。
帰りにくるくる回るお寿司屋さんに寄ろうと決めていたけれど(とにかく茶碗蒸しが食べたかったのである)相方さんが昼過ぎに仕事に出かけるとのことで中止。コンビニでゴハン買って大急ぎで食べて相方さんは出掛けて行った。うーむ、コンビニゴハンってやっぱりなんだかさびしい。味うんぬんというより、なんだかさびしい気持ちになるのだ。隣で、背中丸めてコンビニの小さいスプーンでカレーをかっ込んでいた相方さんの姿がなんともいえなかった。ちゃんとゴハン作れなくてごめんなさい。
 買ってきた食材を冷蔵庫にしまってアパートに戻ってきた。ひと休みしてこの日記を書いたら仕事場に戻ろう。食材たちが気になって仕方ない。手を入れてやらないと。


 今日はたしか天気予報では雨だったはずだけど、秋の空は気まぐれもの。このお天気と吹く風がもったいなくて2度も洗濯機を回した。物干し竿もただいま大渋滞。


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2021年10月15日 (金)

慣れたやりとり。

 先日休みの日に突然相方さんから「今から飲みに行こう」と電話があった。めずらしい。
その日は本当だったら相方さんの仕事仲間との飲み会があってそれが急きょキャンセルとなったとのこと。こういう急なお誘いは嬉しいわけなのだが、もうこっちはジャージ着てゴロンとふんぞり返って完全にオフモードのかっこう。すでにひとり晩酌を始めていたところだった。
しかも今はまだ世間様は時短営業中である。今から支度して飛んでいっても飲めるのは1時間ほどだろう。その旨を相方さんに伝えたところ、いきなりブチっと電話を切られた。
あり?もしかして怒られたということかと、すぐさま「今から支度して向かうよ」と伝えようと電話したのだけど出やしない。
ここで冷静に考える。怒らせてしまったこちらも悪い。がしかし、ブチ切るってなんだよ。電話出ないってなんだよ。心の中でコノヤロウを連呼しつつ「今から電車に乗ります」とメールを送った。
たしか、名駅って言っていたような。まぁ違ったとしても電車に乗って向かっているという姿勢だけ相手に伝わればいいかと、もしすれ違って合流できなかったとしても、それはそれで良いかと。
駅に着いてメールした。「どこのお店にいますか?」と。どうせ電話には出ないんだろうからメールで。
しばらくして写真とそのお店の地図が送られてきた。ずいぶん前に一度だけ行ったことのあるお店だった。だが、地図がまったく読めないバカチン女としては、それを見てもまったく分からず。グーグル先生に尋ねると教えてくれる方式的な地図であったが、過去に何度もこれでたどり着かない経験をしているワタシには、こんなの到底無理なのである。しかも、しかもだよ、このことを一番よく知っているのは相方さんなのだ。お主、ワタシがあえてできないこと分かっていてこんなことやりやがったな。キ〜〜むかつく〜〜。
とまあ、ここでワタシが怒ってしまったらおしまいなのである。地図が読めないから、とりあえず昔の記憶をたどりながらとぼとぼ歩き進んだ。
途中、雨が降ってきて心細くなった。それでも全然目的地は見えて来ず、ダメもとで相方さんに電話。そうしたらようやく出てくれた。
「今このあたりにいるのだけど、どっちの方向に歩いて行ったらいい?」
「だからー、グーグル先生の地図送っただろ」
「ワタシ、読めないの知ってるじゃん」
「できるようにならないとダメじゃん」
……(どうでもいいから早く教えろ)←心の叫び
気持ちあらためて、
「今近くに〇〇が見える。ここからどちらの方に向かったらいいのかな」
「かに料理屋を目指して、その先を右」
「わかった」とワタシ。
早く教えんかい!

というわけでなんとか無事に店に到着し、小さなカウンターの居酒屋さんで焼酎を2杯、相方さんは生ビールを2杯ほどをいただいて帰ってきた。何事もなかったように。

こういうのには慣れている。


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2021年10月14日 (木)

卵焼きちゃん。

 毎日作る卵焼きの良し悪しで、その日の気持ちのコンディションが分かる。
自分の作る卵焼きというと、出汁が多めのちょっぴり甘いタイプだ。その日の気分でネギを刻んで混ぜたり海苔をちぎって入れたりもする。シンプルなのももちろん好きなのだけど、切った断面が華やぐので最近はなにかしら混ぜて焼くのにはまっている。先日などは絹ごし豆腐を出汁の代わりに加えてやったら、なんともプルンプルンの仕上がりに。
毎日作る卵焼きだもの、作る本人も楽しまないとやってられない。それくらい卵焼きへの想いは特別なもの。

 フライパンがしっかり温まったのを確認したら薄く油を敷きそこへジュッと卵液を流し込む。ぷくぷく膨らむ大きな泡を菜箸の先でつぶしながら手前から奥の方へ卵を寄せる。この時点でうまくまとまらなくても大丈夫。
そのあと2度目の卵液をジュッと流し1度目の卵の下にも液をもぐらせてやる。頃合いを見て今度は奥の方から卵を巻いていく。右手と左手で息を合わせてエイっと畳んでゆく感じだ。このとき右手より左手のほうがポイントになる。そこに自分の呼吸をのせる。
その都度油を敷いてやって、これを5、6回繰り返すと出来上がる。出汁が多めに入っているので火加減は常に強めの中火くらい。途中目を離してしまうと色が強く入ってしまうし、火加減が弱すぎても卵の香ばしさが薄れてしまう。
なかなか主役にはなれない卵焼きではあるが、なかなかどうして奥が深いのである。

というわけなのだが、毎日こんなふうにうまくいかないのも卵焼きの性分だったりする。
何ゆえ、作る人間がそのまま映し出されてしまうのもこの卵焼きちゃんなのだ。
まず一番最初のフライパンの温めが足りなかったりすると、もうこの時点で「今日はアカンなぁ」となる。
たいがいそのようなときは、その後の工程もイマイチな感じになるものだ。最後までアカ〜ンってな感じでいってしまうと「今日のワタシ、調子悪いな」となる。心の乱れ精神の乱れが、目の前の卵焼きちゃんに投影されるのである。
また、こういうのもある。
最初はアカ〜ンだったけど、途中で我に返って気持ちを整えて最後は華麗なゴールを決めるパターンもあるのだ。途中ワタシがやったのは、たった一回の深呼吸である。深呼吸によって自分自身と向き合うのである。
だから最初から最後まで流れがうまくいったときというのは、なんだか朝から気分がいい。そういうときはたいてい無になっているんだと思う。気付いたらいい感じに仕上がってるじゃん、みたいな。


たかが卵焼き、されど卵焼きなのであーる。

 そして今日は後半戦で失敗しつつ、あぁもうダメかもと一瞬思ったけれど、なんとか最後は持ち返したパターン。
途中でよからぬ考え事をしてしまったのが原因だろう。

 さて。今日の後半戦もがんばっていこうっと。

 

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2021年10月13日 (水)

朝からびつくり。

 朝仕事に出かけようとするとアパートの階段で若い兄ちゃんが倒れていた。息しているか確認して何度も声掛けしてそれでも返答がない。かすかに酒の匂い。こりゃ酔っ払ってそのまま寝ちゃったんだなと思って、相方さんに話したところしばらく様子を見ようということになった。
昼の仕事を終えて再びアパートに戻ってきたら、兄ちゃんまだ寝てるじゃん。しかも体制変わってる。
うーむ、こりゃ風邪でもひいたら大変だ思い慌てて向かいの大家さんに連絡した。そのあとすぐ大家さんが「今行きますよー!」と飛んできて、兄ちゃんをやれやれという感じで部屋まで引っ張って行って、ひと安心ということになった。大家さんとのナイスな連携プレーであった。
久しぶりにこういう酔っ払いを見たし、おおごとにならずに済んでよかったけど、それにしても朝からびっくりな出来事であった。

実はそんな大家さんとウチとは、かつていろいろ揉めることがあったりしてちょっと複雑な関係でもあったのだけど、今回のこの一件でなんとなく距離が縮まったような気がした。いざっていうときに出る言葉とか行動には、何かを簡単に越えてしまう力があるのだなぁ。
常にそういう気持ちで過ごしていきたいものだけど、人って装ったり偽ったりごまかしたりしながら生きていかなきゃいけない動物だから、そこいらへんってほんとうにむづかしい。


天気予報には傘マークがついていたけれど、今日はまだ雨らしい雨は降っていない。どんより空の下を自転車こいで買い物に行ったり、仕事の合間にこの日記をつけたり、なんでもない日常を味わうことのありがたみよ。
もういい歳だしなるべく刺激のないよう、静かにひっそりと…という感じに過ごしていきたい。今までわーっという感じでここまできたので、その間に見落としてきたこととか、足元に埋もれていることとかを、これからひとつひとつ拾って見つめなおしていきたい。そんなふうに思うのだ。




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2021年10月12日 (火)

気持ち揺らぐ。

 朝晩すっかり秋めいてきた。アパートの前の街路樹も紅く染まり始めた。
毎年のことながらこの季節というのは心持ちも敏感になって、感情のコントロールもうまくいかなくなる。

 数日前に久しぶりにものすごく落ち込むことがあって「もうダメだぁ…」みたいになったけれど、そのまま放っておいたらいつしか薄まっていた。年をとるというのはこういうことなのだなぁと思った。
もう少し若いときだったら、過去の感情に必死になってしがみついていたものだ。悲劇のヒロインを演じる自分を、遠くから愛おしいと思ったものだ。青かったなぁワタシ…。
とにもかくにも、ひとつの感情にしがみつくというのは気力と体力がいるものだ。膝とか腰とか痛い痛い、なんて言っているワタシには、もうそんなの無理。湧いてきた感情には付き合うけれど維持はしない。かといって我慢もしない。我慢はカラダに悪いからね。
ワタシの場合は夜中であろうがなんであろうが、ガバッとタンスを開けて大きな鞄にガーッと詰め込んで「実家に帰ります!」宣言をやるのだけど、荷物を詰めているうちだんだん我に返ってくる。こんな時間に新幹線動いていないよなーとか、そもそも新幹線代もないくせに何してんだ みたいに。
そうすると自然に気持ちがすうーっと落ち着いてくるものなのだ。さっさと歯磨いて寝るべ となる。こういう部分は単純である。
まったくもっておばさんになっても、どこかまだ子どもじみた部分があってそのことでいろんな人たちに迷惑をかけてしまうことも分かっているのだけど、これがなかなか治らなくて。ほんと申し訳ない。。。


 自粛期間中はとにかく料理しまくってお弁当の仕事も自分なりに頑張った。
お客さんの前に立つことより、どちらかといえば人目のつかないところでコツコツやる仕事のほうが性に合っていると思った。
子どもの頃に一日中部屋に閉じこもって新聞紙やらティッシュの箱やらで工作していたあの頃の感触を少しだけ思い出したりもした。楽しいとかそういうのじゃなくて、とにかく無心になって没頭できることが自分にもあるんだってこと。



 

 

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