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2020年11月 9日 (月)

少女たちのティーパーティー。

 小学校4年生のときクラスに友子ちゃんという女の子がいた。
友子ちゃんは手先が器用で図工の時間はいつも先生をも唸らせるほどのアイディアを発揮してクラスのみんなをびっくりさせていた。
そんな彼女は、普段はとてももの静かな子だった。目立つような子ではなかったけど、友だちはたくさんいるように見えた。席の近かった私とも、ときどきおしゃべりした気がするけれど、それほど印象には残っていない。顔も声も思い出すし、図工が得意だったことも思い出すのだけれど、実はそれ以上の何かがあるかといえば、とくに何もない。

 でもなぜふと、友子ちゃんを思い出したかといえば…


それは小学校4年の冬の帰り道、ランドセルを背負ったまま私たちは友子ちゃんの家にお呼ばれされた。友子ちゃんを含め5人くらいだったと思う。当時から友だち付き合いの薄かった私は、帰り道がたまたま同じ方向だった子たちと一緒に、ただなんとなーく金魚のフンみたいにくっついていったのだ。
そして"お呼ばれ"というよりどちらかというと、「友子ちゃんちで遊んでいってもいい?」という流れだったのかも知れない。思い起こすとたしか その女の子の中にマサミちゃんというクラスの女番長みたいな子がまじっていたのだ。マサミちゃんは女の子なのに声がガラガラでしゃがれていて"いかにも"な雰囲気の子だった。当時は誰も彼女には逆らえなかったので、おとなしい友子ちゃんもおそらく断れなかったのだろう。

 「おじゃましまーす!」と入っていくと奥のほうから「おかえりー」とやさしそうな友子ちゃんのお母さんの声が返ってきた。そしてなんといっても部屋が暖かい。小さい頃から鍵っ子だった私にとって、家に帰ると誰かがいる ということ自体が驚きだったし、まして帰宅するとすでにお部屋がぽかぽかに温まっているなんて天国みたいだった。
うらやましい というより、ただただ すごーい!って感動したのをおぼえている。

 友子ちゃんちで女子5人で何をして遊んだかといえば、それはまったくおぼえていなくて…

私が今でもしっかりとおぼえているのは、友子ちゃんのお母さんが「おやつよ〜」と台所に呼んでくれたときのこと。

石油ストーブの上にはヤカンがかかっていて、ヤカンの煙で台所の窓はくもりガラスみたいになっていた。冬の夕方は短くて窓の外はもうすでに暗くなりはじめていた。そういう景色も鮮明におぼえている。
夕暮れ時はどこからともなく寂しい気持ちが降りてくるものだったけど、友子ちゃんちの台所は不思議とそういう気持ちにはならなかった。誰かに守られているような、安心できるあったかい場所だった。

  そして何よりも驚いたのは、あつかましい私たちが突然押しかけたのにもかかわらず、テーブルの上には人数分のケーキ、そして見たこともないような素敵なティーカップが並べられていたこと。小学4年の小娘にソーサー付きのティーカップを出してくれるなんて、今思うと友子ちゃんっていろんな意味ですごい子だったんだなということ。だって、こんな素敵なお母さんのもとで育ったんだもの。
 ティーカップのおかげか、私たちはいつもよりお上品になれた。そして生まれてはじめてレモンティーの味を知ったのも友子ちゃんち。ソーサーの傍に、スライスしたレモンが添えてあるのを見たのも初めてだった。
なんだかちょっとだけ大人に近づいた気がした。


 そしてこの日以来、私は学校の帰りに友だちを誘い、自分の家でティーパーティーを開くことにした。友だちとよべるような仲の子はほとんどいなかったけれど、とにかく私はティーパーティーがしたかった。誰でもいいから来て来てと、なかば強引な感じで誘った。こんなこと以前の私だったらできなかった。
 ランドセルを床に置くと、おもむろに台所に向かいヤカンにお湯を沸かした。
そして普段は開けたことのないような茶箪笥から、人数分のティーカップを出した。もちそんソーサーも一緒に。
そして友子ちゃんちにあったのと同じ黄色い箱の紅茶のパックをそれぞれのカップにおとしヤカンのお湯を注いだ。
さすがにケーキは無かったので、どこからかの頂き物で置いてあった丸い缶に入ったクッキーを木のお皿に並べた。
誰を呼び、何をおしゃべりしたか、何して遊んだとか、そういうことはまったくおぼえていない。ただティーパーティーがしたかったのだ。
 その日を境に、このティーパーティーは毎日のように開催された。この時間がすごく好きだった。

このことに味を占めた私は、やがてお菓子も手作りするようになったりと発展(?)していくわけなのだけど、


ふと今朝、車を運転しながら思った。
私の原点みたいな場所ってもしかしたらここにあるのかなと。


 とくに料理を勉強したわけでもないし、とくべつ何か得意料理があるわけでもないし、なのにお店をしたいと思うのは

小学4年の友子ちゃんちの想い出が創ってくれているものなのかなって。


 あれからだいぶ歳をとってしまった今も、心ん中に生きているものがあると思うと
いまの自分にはちゃぁんと理由があったんだな としみじみ思うわけです。




 

 


 

 

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