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2020年2月

2020年2月24日 (月)

あさくまのコーンスープ。

無性にあさくまのコーンスープが飲みたくなっていそいそとランチに出かけた。
ランチタイムはお肉料理を注文すればコーンスープを始めサラダやフルーツなどが食べ放題というシステム。大好きなコーンスープを好きなだけお代わりできるだなんて夢のようだわ。

 というのも、私にとってあさくまは子どもの頃に初めて家族で外食に行った場所。
明るいイメージのファミリーレストランとはちょっと違っていて大人の雰囲気が漂っていた。少し薄暗くてテーブルや椅子も深みのある色合いで、飾ってあるものや壁の風合いは和と洋が合わさったよう感じで子どもながらにかっこいい!って思っていた。
当時、毎週土曜日に通っていた英語教室がその近くにあったこともあって、帰りにはあさくまに寄ってケーキやアイスクリームを食べる というのもお決まりだった。父はタバコをふかしながらコーヒーを飲む というのもお決まり。
今もあるのかな、アイスクリームに花火がささっているやつ。弟があれを注文して目の前に運ばれてきたとき、びっくりして固まってたもんね。
そしてたまに晩ごはんを食べに家族で出かけたりもした。外食の味があまり得意でない母が、あさくまのサラダのドレッシングを美味しい美味しいと言って食べていたっけ。ちょっとセロリっぽい味がして私も大好きだった。
私はもっぱらここのコーンスープが大好きで必ず注文していた。コーンスープは大好きでいろんなお店で食べたけれど、やっぱりここのが一番。コーンの甘さがちょうどよくって、なにしろ濃厚。飲むというより食べるって感じ。

 そんな家族との思い出のお店の本店がなんと愛知県にあるということを知ったときはほんとにびっくりした。
千葉県の野田というところで育った私にとって、あさくまは野田にしかないものだとずっと思っていたから、まさか名古屋で再会できるだなんて思ってもみなかった。

 そしていちばんにその思い出のコーンスプーンをなみなみとカップに注いで、じっくり堪能したわけです。思い出のまんまの味。これぞあさくまのコーンスープ。わー懐かしい〜。
そしてそのあとサラダにあの思い出のドレッシングをかけて食べて、メインのお肉を食べたらもうお腹いっぱいという状態に。
コーンスープをお代わりする気満々でいたにもかかわらず、もう入らない…。(涙)
 
思い出はすぐにポケットの中から取り出せてあの頃にタイムスリップできるのだけど、知らないうちにこんなにも年とっちゃったんだぁと思うと、時の流れに空しさを覚えちゃうね…。トホホ。
でもまぁ、このべろはちゃんと覚えているんだな。そう思うとべろの記憶ってすごい。

今度実家に帰ったら母をあさくまに連れて行ってあげたいな。

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2020年2月20日 (木)

外時間。

ようやくキャンプに行けた。1ヶ月ぶりくらいだろうか。天気は雪 時に暴風。
前回は雨ザーザーで地盤が緩んでペグが抜けちゃうという騒ぎ。それにくらべたらずいぶんマシ。
そして前回同様、テントじゃなくてポールとブルーシートでの空間作り。ついにその域にいってしまった。もはやテントじゃなくて小屋である。
これのいいところは、安い費用でできてしまうのと翌日の片付けが楽ということ。
この時期テントは夜露と結露でびっしょりになる。これを乾かすのもひと苦労なのだよね。それにくらべてブルーシートは翌朝さっと干して雑巾で拭いたらすぐたためる。難点はなんといっても"ぜんぜん映えない"ということだろう。でもまぁそんなことはまったく気にしないので、このチープ感を楽しんでいたりもする。キャンプ場では逆の意味で目立っていると思う。

 簡易小屋なのですきま風もハンパない。底冷えもすごい。ダルマみたいに着込んでホットウイスキーで体を温める。ビールなんて寒くて飲めたもんじゃない。

夜には雪もやみ空には満天の星。オリオン座の中にあんなにもたくさんの星たちがいたことに驚かされる。
寒すぎて水道の水が凍っちゃったりお風呂も入れなかったりトイレまでやたら遠かったり、いろいろ不便なことはあるのだけどなぜかまた来たくなる。このいろいろめんどうな感じをわざわざ味わいたくなるのが不思議。
薪割りしている時間、火を見ているだけの時間がとても貴重なものに感じる。"生きてる"をかみしめてるんだろうか。
 それでもって朝がやってきて日常に戻らなきゃと思うとさびしくなる。これも毎度のこと。
長い瞑想から解けるみたいに。もうちょっと味わっていたいって思うのだ。

 そして帰ってくると、日常が少しだけ新鮮に見える っていうマジック。いろんな"便利"やいろんな"あたりまえ"をありがたく思えてしょうがない。

 外時間は私にとってリセットするためのスイッチなんだな。



 

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2020年2月17日 (月)

日記じゃないけど。

  書かないでおこうと思ったけど、やっぱり書きますね。
人のブログを荒らすのはやめましょう。
私自身に対して言いたいことがあれば、コソコソこんなところに書かないで
ちゃんと顔を合わせてお話してくださいね。

 かなしいことだけど、負の言葉が与えるエネルギーって強いのだよね。
いい言葉をもらうよりも、ずっとずっと強くて怖い。
そういうことを平気でできてしまうって一体どういうことなのだろう。
それってすごく淋しいことだと思うよ。

 今はネット上になんでもかんでも書き込めてしまう怖い時代だからこそ
ひとつひとつの言葉に慎重になるべきだと思う。
 まぁいろいろ言われて当然の人間だけど。

私ひとりだったらまだいいですよ。
このブログに訪れてきてくださった人たちの目にも当然触れるわけですよ。
みんな不快に思うんじゃないかな。

 私も最初はかなりショックを受けました。落ち込みましたよ。
でもこれって、よくあるネット荒らしみたいないたずらなんじゃないかなと思って
エイっと気持ちを切り替えました。(いたずらだとしても趣味悪いよ)
と思っていたら、忘れたころにまた同じような悲しい内容の書き込みがありました。

 このブログに関しては誰でも自由にコメントできる設定にしていたのですが
今回このようなことがあったので、こちらで一度確認してからコメントとして掲載させていただこうと思いますね。
もちろん例の辛い内容のコメントはサヨナラさせていただきました。

 そして自分自身もあらためて言葉の持つエネルギーについて考えさせられました。
同じ言葉なら相手ハッピーになるような言葉をチョイスしようと思いました。
日記は顔の見えない文字だけの世界。
だからこそ気持ちを込めようと。


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2020年2月16日 (日)

ほのぼのな風景。

「車の整備とかってさぁ、ひとりでやってるとむなしくなってくるんだよね〜」とちょっとぴりぴりしながら言ってくる相方さん。きっと本音は「てめえも車乗ってんだから手伝えよなー!」なんだろうけど、優しい相方さんは絶対にそんなこと言ってこないので ここは黙ってお手伝い。
ふたりで初の共同作業?!"オイル交換"に挑みました。
こんな面倒こと 相方さんはいつもひとりでやっていたんだ などと今まで知らんぷりでいたことを少しばかり申し訳なくも思ったり。
オイル交換なんて面倒だから、オー◯バックスに持っていてやってもらえばいいじゃん なんて無責任に言ったこともありましたよ。
工賃がもったいないというのもあるけれど、そもそも相方さんはなんでも自分でやらないと気がすまない人。それを知りながらも私はけっこうバッサリと言ってしまうわけです。
 そういうこともふくめいろいろ反省しつつ、しっかり(?!)お手伝いしました。といっても何もできない私は隣で「ガンバレー」的なエールを送るくらいのことしかできなかったけど。

 そんな作業をしていたら、ご近所のおじいさんがよちよち歩きのお孫さんの手を引いて公園の方へ歩いていきました。
私たちの前を通りかかるおじいさん、こいつら一体なにやってんだ〜みたいな目で見てきたので「こんにちは」と声をかけてみました。するとかなり疲れきった声で「こんにちは」と返ってきました。
年老いたおじいさんには、元気のかたまりみたいな小さい子のめんどうなんてさすがに応えるだろうなぁ。そんなことを思いつつ作業の続きに戻りました。

 1時間後、おじいさんとお孫さんが戻ってきました。
さっきまで疲れきった感じのおじいさんは別人みたいになっていました。顔からは笑みがこぼれ、さきほどまで孫の手を引きとぼとぼ歩いてたおじいさんは今度は孫を抱っこして「たかいたか〜い!」とあやしながらこちらに歩いてくるではあーりませんか。
お孫さん以上に元気になって戻ってくるおじいさん。なんかいいな〜とほほえましく思いました。
 それでもって、そのあとおじいさんは今度はおばあさんに孫のめんどうをバトンタッチ。おばあさんは孫をあやすのがとっても上手でした。
その光景もなんだかとてもほのぼのしていて、こちらも作業しながらそういう家族のあったかい風景を見させてもらってほっこりしました。
 
 私も父や母を思い出しました。
当時まだ元気だった父は孫3人をつれて動物園に連れて行ってくれたり夏はプールにも連れていってもらいました。父はいつも本気で遊んでくれました。それを母が見守る感じでした。
男ばかりだから、とにかく常に動き回っているし部屋は汚すしで父も母もヘトヘトになって「めんどうなだ〜」なんてこぼすときもあったけどやっぱり孫が遊びにくることを楽しみにしていたのはたしか。「夏休みは来るの?」「冬休みはいつから来るの?」なんて電話口の父の声のトーンを今でも覚えています。孫っていうのはジイジやバアバにとって特別な存在なのだな。

そんな自分の昔話も思い出しましたよ。

 そしてなんとか無事にオイル交換も終了。
といっても私はたいしたこと何ひとつやっていなくて、きょろきょろ周りの景色に心をうばわられていただけなんですけどね…。 
 

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2020年2月13日 (木)

ラーメンもとめてお出かけ。

 名古屋ラーメン祭にお客さんと一緒に行ってきた。
そういえば20代のころに横浜にある"ラーメン博物館"というところに行ったっけね。そう思うとラーメンブームには終わりがないんだな。味の流行りはあれど、どの時代にも愛される食べものなんだ。
そんな私、とくべつラーメン通というわけではないけれど、美味しいものならなんでも大好き。よだれを垂らしながら事前にパンフレットでしっかり予習してきたのだ。
それでもって会場につくなり小走りでお目当の店の前の列に加わった。今日は暖かいから並ぶのも苦じゃないな。
ただね、お店によって列の長さが違うからラーメンが出てくるタイミングもみんな違うのね。我ら4人もとりあえずみんなで集合する場所を決めてここで食べようという場所を決めたんだけど、並んでいる列がみんな違うからタイミングがバラバラ。みんなの集合を待っていたら大事なラーメンが伸びちゃう。
 いちばん最初に集合場所に着いたのはこの私。まだ誰も来てない…どーしよ、でも待ってたら大事な旨旨タイミングをのがしちゃうじゃん。先に食べちゃうぞとばかりにひとり勢い勇んでズルズルっとラーメンをすすり始めた。少したら他のメンバーもパラパラと集まってきてそれぞれにズルズルタイム。これでいいのだ。
そんなわけで、それぞれのジャストタイミングでとくに会話もなく勝手に食べる!というこの感じがよかった。ラーメンも美味かったし。
私以外、相方さんを含めみんな男子だったというのもあるのなか、そういう気楽な感じがすごく清々しかった。
そして、我らはそれぞれひとり2杯ずつ完食して腹ぱんぱんになってさくっと帰ってきた。女子どうしだったらそのあとお茶しよ〜みないな流れになるかもしれないけど、目標達成したらハイおしまい みないなこんなシンプルな感じもいい。
 
 帰ってきて時計を見たらまだお昼の12時半。相方さんがオートバックスに行くというので着いていったけど、これが実に長くかかってしまった。探し物がなかなか見つからなくて私が「店員さんに聞いたらどーお?」というも 「いや、いいんだ」と言ってきかない。同じ棚の前で腕を組みながら何十分も眺めている。じっとしているのが苦手な私は店内をくるくる何周も歩いたりして時間をつぶした。
 そしてようやく諦めて「ネットで買うからいいや」と言っていた。はて、この何十分の間はいったいなんだったんだろう。あえては聴かないけど。
男の人ってさくっとシンプルにいくときもあれば、こうしてじっくり時間をかけることもあるのだね。
男子の世界はほんとよく分からぬなぁ。
でも着いてきちゃったのはこの私なので、今日は文句も言わず静かにしてたけど。
 そしてその帰り道、バッテリーがおかしなことになってエンジンがかからなくなった。ここ最近よくある症状なのだけど、道の真ん中できゅうにエンジンかからなくなっちゃうのは、何度経験してもやっぱり怖いわぁ。
相方さんの超絶運転技巧でなんとか戻ってきて只今充電中。
そして気づけばもう夕方。お出かけする日は1日があっという間。気分転換できてよかったわ。
そろそろ支度をして仕事に向かおう。



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2020年2月 6日 (木)

友人との再会そして実家に帰るの巻。

 まったく筆が進まず久しぶりの更新。
ここのところ、今の自分をキープしていくことは果たしてどうなんだろう、などと思ったりして。
とはいっても仕事は好きだし、自分のお店もあるわけだし。
こんなことを思うのは贅沢なことなんだろうか。
ただ、自分の中に生まれた”違和感”のようなものがある以上、そいつともちょっと向き合ってやらなきゃとも思う。

 火曜日に、突然思い付いて高校のときの友達ちひろちゃんに会いに新幹線に飛び乗った。
5年ぶりくらいだろうか、、いやもっとかな。それでも会えばあの時の空気に自然に戻る。おばさんになったって気分は高校生だ。(無理あるか)
昭和感漂う駅前のしぶ〜い居酒屋でひっかけて懐かしの友の話で盛り上がって、その勢いではしご酒もしっかりこなしてサクッと別れた。とてもいい時間だった。
 高校のときの帰り道はいつも一緒だったちひろちゃん。ふたりで駅の階段を駆け上がりホームを突っ走った。たま〜に途中下車して美味しいケーキなんか食べたりもして。
そんなときいつもちひろちゃんは私の左側のちょっと前を歩いてた。そんなことを47歳になって思い出したのもよかった。
私は昔から女の人とはカラッとした付き合いしかできなくて、今でもときどき「冷たい…」みたいに言われてしまうことがあって、でも彼女といるとそんなことぜ〜んぜん考えなくていいよーみたいに同じ空間にいられることがすごく楽。もちろんちひろちゃんもカラッとしているほうだけど、いろいろ話を聴いていると、彼女がいろんな人に誠意を持って接していることだったり、人と人を繋げていく天才だったり…。これって思いやりがないとできないことだ。つくづく尊敬する。
まぁ昔からそういうところあったけど、こうしておばさんになってみてあらためて彼女の素敵な側面をたくさん感じる。高校生のときにはただなんとなーく空気みたいに一緒にいただけだったけど。おばさんになるっていい。
でもまぁ空気みたいに一緒にいられるのっていちばんいいことなのかもな。
持つべきものは友!ってひさしぶりに思っちゃった。

 それでもってそのあと実家に帰った。
84の母はその日は仕事が休みだというのでそれもちょうどよかった。(84になってもまだ仕事していることがまず信じられんのだけど)
こちらがいいよって言ったのに、母は自転車に乗って駅まで迎えに来てくれた。
見るたびにシワシワになって小さくなっていく母。それでも母は母という位置を今でもキープしている。娘より上に必ずいる。
孫が来るときとは違ってごはんもおかずもとっても質素。お米炊くのめんどうだからおにぎり(スーパーの)でいいよね、とか言う母。
刻んだ大根の上に納豆をのせたやつは、私が子どもの頃に嫌なくらい食べさせられたおやつだ。これも何十年ぶりかに食べた。それとブリの照り焼きとヒジキの煮たの。味噌汁はめんどくさいから作らないよだって。
どれもこれも地味なおかずだけど、こういう気をつかわない食卓がなんだかしみじみよかった。母らしい。

 そして茶箪笥の上には、父が退職して初めて母とふたりでタイ旅行に行ったときの写真が飾ってあった。この日記にも何度も書いたけれど、両親は本当に仲が悪くて子どもの頃からずっとそのことで悩まされていたのだけど、こうして父はいなくなって母ひとりになっても写真がまだここにあるということがなんだかとても不思議なことのように思えた。
母の中にはちゃんと父の存在があるということを、この年になって感じられるようになった。子どもの私には知り得なかった父と母のこと。
お仏壇の中の父は、子どもの頃によく見た父の顔。この笑顔が今でも母の中にしっかりあるということを確信した旅だった。

 自分の中の何かがゆっくりだけど循環し始めた気がした。
名古屋に来て20年経つけど、やっぱり自分が育った場所だったり昔の友人だったり、かけがえのない宝物なんだな。

 

 

 

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