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2018年3月

2018年3月13日 (火)

寝込みそして復活。

息子を見送ったあと丸2日間寝込んでしまった。体じゅうが痛くて熱も出たりして、もちろん飲み食いもできず。ずっと寝ているので体力も落ちて寝返りも打てない始末。しんどいのをぐっとこらえていたらこどもみたいに涙がぽろぽろ出てきた。どうなってしまうんだろう…と意識が朦朧としていく中、2日目の夜にものすごい量の汗が出て、これで一気に熱が下がった。人間のカラダの治癒力に感動。
そして熱が下がったおかげで、歩きたいとか食べたいとかの欲求が生まれてきた。さっそく布団から起きて、ふらふらと壁をつたってやっとこさ台所まで行き、冷蔵庫の残り野菜を片っ端から刻んでスープを作った。味付けは塩とオリーブオイルのみ。
1時間後スープの完成。2日ぶりの食事。ゆっくりとスープを口へ運ぶも、最初のひとくちでびっくり。野菜だけだというのに、どうしてこんなに口の中が痛いんだろう。どうやら病気で口の中の粘膜までおかしくなっちゃったみたいだ。痛いだけで味がしないから食べていてもちっとも楽しくないのです。
それでも、何か無理にでも食べなくちゃ歩くこともできないと思って、おかわりして食べた。
そうしたら自分の中にある元気がムクムクと育ってきているのがリアルに分かって、おもしろかった。カラダが復活してきてる!。自分の手でこしらえたものを食べる というこの一連の流れがいかに大事かってことだな。やっぱりそういうことか!
寝込んでいる間、部屋の観葉植物とかがくたっとなっていて「あー、この子が私にエネルギーをくれていたんだ」と思ったら植物という生きものの生命力にも感動しちゃった。今度は私が元気をあげる番だ。

ほんとうにこの2日間心細くてしおれてしまいそうだったけれど、なんとか復活できてよかった。病気はしんどかったけれどやはりそこには意味があったと思う。いい意味で緩くなれたし、広くもなれた。(意味わかりませんよね)

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2018年3月11日 (日)

旅立ち。

さいごにタクミと会ったのは父が亡くなる直前だったから、1年半くらい前だと思う。そんなタクミがこの度レスリングが有名な大学への進学が決まり、寮に入るというので見送りに行くことにした。1年半ぶりに会った彼は、背も伸びてひとまわりガッチリして筋肉ムキムキマンという感じだった。紙袋いっぱいに入っていたプロテインを見たら納得という感じ。
名古屋駅で待ち合わせしてお弁当を買い込んで新幹線に乗り込む。タクミが小さい頃、千葉の実家に帰るときのシチュエーションとまったく同じ。タクミは決まって窓際の席。こどもたちが小さい頃は、3人席にこども3人と私とで4人でぎゅうぎゅうになって座っていたものだ。ケンカしながらだったけれど、これはこれで楽しかった。そんな騒がしい中で母ちゃんだけは勝手にビール片手におつまみ食べていたりして、当時からダメ母ちゃんの図、さく裂でした…。
そんなことがついこの前の出来事のように思っていたけれど、隣に座るタクミはもう立派な青年だ。3人の中で一番泣き虫だったタクミがいまや日本を背負うレスリング選手になろうとしているとは。
東京駅から池袋まで出てそこから東武東上線に乗る。池袋といえばかつて高校大学と7年間通った懐かしの場所でもあるし、東上線の成増という駅には毎週通っていた声楽の先生のお宅もあった。なんとなくぼんやりと思い出す景色はあったけれど、20数年の歳月というのがいろんなものをぼかしてしまっている気がした。でもこの場所に重たい鞄を背負って毎週通ったという事実だけは変えられない思い出。今回の遠征は自分の思い出も辿るという意味もあったみたいだ。
成増よりもさらに奥にタクミの学生寮はあった。名古屋から4時間、やっと到着。駅から一緒にてくてく歩いた。タクミは以前に合宿で来たことがあるというのでそのへんは安心だった。まったく知らない場所にいきなり連れてこられて今日からここで生活するぞ、というのとはわけが違う。
タクミに案内されて入った合宿部屋は、テレビとか漫画で見るような体育会系男子臭プンプンの部屋だった。はっきりいって汚いし畳もぼろぼろだし、トイレもとてもきれいとはいえない。天井にはりめぐらされていたくたびれたロープはきっと洗濯物を干すためのものだろう。底冷えしてとにかく寒い。置いてあったエアコンのリモコンの設定温度が30度になっていたから、たぶんそういうことなんだろう。
こんなところで生活していくんだと思ったら、なんだかかわいそうにも思えたけれど、だぶんそれって違うんだと思った。耐えるしかないし、こういう経験もしなきゃいないないんだよなきっと。
時計はすでに16時を指していた。平日ということもあって私は戻って仕事をしなければならないし、万が一仕事をおやすみにしたとしても、翌朝のお弁当の仕事が入っている。なにがなんでも今日中に帰らなきゃいけないという義務感が先立って心もちあせった。それでも集合時間まであと5時間もあるタクミが、この広くて寒い部屋の中でひとりでぽつんといることを思ったらいてもたってもいられなかった。
「ちょっとだけ駅前でお茶しようか」と誘った。再び来た道を戻りファミレスの明かりを見つけた。
ドリンク飲み放題のそのお店でタクミはコーラとかメロンソーダとか、相変わらずこどもっぽい飲みものばかり飲んでいて、母ちゃんはそんなタクミにチョコレートケーキ頼んであげちゃう始末。目の前にいる息子にしてあげられることなんて、こんなことくらいしかないもの。
とくべつな会話はなかったけれど、ここで1時間くらいまったり過ごしたところでエイっと心を決めて「帰るね」って告げた。お店を出てすぐのところで、駅への道と寮の道と分かれてしまう、切ない…。「じゃぁね、カラダ気をつけてね」とかしか言えないダメな母親だった。こちらのほうが先に信号が青に変わったので先に歩き出さなければならなくて。振り返ろうと思ったけれど、苦しくなってしまいそうなのでそのまま前だけ見てずんずん駅を目指した。
帰りに切符がひとり分で寂しかったし、我慢している気持ちが外に出てきてしまっては大変なので、大きなマスクをしてごまかした。風邪をひいていたし、ちょうどよかった。
帰りの電車の中で、いろんなことを思った。もし息子たちと離れることなく過ごしていたとしてこの状況を迎えたらやはり今と同じ気持ちになるのだろうか。離れてしまったからこそ、私の知らない時間を過ごしていた息子を愛おしく色濃く思うのだろうか。
いろいろ考えてみた結果、母親が子を愛する気持ちは、おそらくどんな状況においても変わらないんだと思った。ただ自分のような罪人はそれを堂々と公言はできないけれど。
それでも…私の中にある息子たちへの気持ちは変わらないのだ。

1日も早く、寮生活に馴染めるといいな。タクミへのエール。

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2018年3月 8日 (木)

雨の木曜日。

ここ数日ずっと心がモヤモヤしていたら、ついに体調を崩した。身体の不調ってこうやって製造されるんだな、という過程をしっかり踏んだ気がする。人間の身体っておもしろい。
しかしながら、実際おもしろいと言っている場合じゃないくらいしんどくて、午前中の仕入れと仕込みを済ませたら夕方の出勤時間までほぼほぼ横になっているという状態。病人だ。
それでもカウンターに立てばじわりじわりと身体がなじんでくるからほーんと不思議。無理にコントロールしているわけでもなく身体が自然にそうなるという感じ。料理の神さまが降りてくるのかしら…。

それにしても今日は久々に朝からずっと雨。しかもちょっとばかり寒い。半分しまいかけたジャンバーをまたひっぱり出してきて、お昼に近所のうどん屋さんに行った。調子の悪いときって、どうしてだかうどんが食べたくなる。こどもの頃に風邪をひくと、きまって父が鍋焼きうどんを作ってくれた。だからなのかな。アツアツはふはふな感じが沁みるのですよね。
残念ながらそこのお店には鍋焼きがなかったので、かわりにきつねうどんを注文したけれど。お揚げにじゅわ〜っとしみた甘いおつゆはお母さんの味だった。癒し〜の味でした。
ほかほかになって帰ってきてまた横になり、今むっくりと起き上がってこの日記を書いている。出勤前の準備体操にと。
さて今夜はどんな夜になるのかな。雨だからヒマな気もするけれど、まず自分を楽しいモードに設定しなくてはと思う。何を作ろうかなとか、いつも作っているものを違う方法で調理してみようかなとか…そんなことを考えている時間がいちばん楽しい。


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2018年3月 5日 (月)

春ですね。

ここ数日で一気に春めいてきて、心が追いつかないという感じ。意味なくしんどく感じたり、思い出に浸ってみたり…春の初めはそういうもの。
そんなモヤっとした時期には自分自身を見つめ直したりもする。ここ数年で身に付いてしまった心のクセについて反省してみたりした。できるだけ傷つかないようにと自分の周りに壁を作り、その中だけでここ数年は過ごしてきた気がする。外の世界を見てみたくとも、怖くてなかなか最初の一歩が出ない。自分意外の人たちと関わりたくとも、「こんな自分なんか誰も相手になんかしてくれない…」って思いが先立って勇気がでなかった。それを理由に自分を勝手に悲劇のヒロインに仕立て上げていたんじゃなかって…。
強くなんかなれなし、ならなくてもいいんだと思っていたけれど、なんだか違う気がしてきた。強くならなくちゃいけないのですね。心の筋肉を鍛え直す時期なのかも。
そんなことをモヤモヤと考えているここ最近。

話変わって食べ物のはなし。
昨日初めてスリランカカレーなるものを食べてきました。スパイスの効いたサラっとしたカレーとパラパラのバサマティライス。そのまわりには、あちらのお惣菜的なものが何種類も盛り付けてあって、いろんな味をちょっとずつつまみたい食いしん坊さんにはうってつけのカレー。パラパラのお米はご飯を食べている感覚というより野菜を食べている感覚。けっこうな量をいただいたけれど、ぜんぜん重くならなかった。
スパイスの感じが複雑すぎて、真似して作りたいとはさずかに思わなかったけれど。
それでも、初めて食べるものというのはいろんな意味でいい刺激をもらったり脳みそが元気になったりするので、こういう感覚はときどき味わうべきですね。
こどもの頃、ひとりで過ごす時間が寂しくてしんどくてしかたなかったとき、唯一それを紛らわしてくれたのが母が花嫁修業でそろえたであろう料理本の数々だった。そこには世界各国の食べたことも見たこともないようなカラフルな料理の写真が載っていて、ちいさな私は頭の中で勝手に世界のグルメ旅をしていたのです。
そんなことをふと思い出しました。

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