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2017年9月 8日 (金)

日記を書こう

ここのところ、肉体的にではなくいつもどこかに疲労感があって、重たいな〜重たいな〜と思っていたら、たぶんこれだ。気持ちをここにはき出していなかったのが原因…たぶん。日記って誰かに読んでもらうためでもなく、自分で振り返ったりするものでもなく、私にとっては“今“の表現なんだ。
だから書こうと思った、今を。
もともと言葉として外に表すのが苦手なので、出さないぶん(出せないぶん)内側にたまっていく。当然、たまっていったものたちは行き場を失う。たとえばこういうとき、目の前にピアノがあって思い切り弾けちゃったりしたら、だいたいチャラになる。これは過去に経験済み。でも今はなかなかそういう環境にいないので一生懸命探す、行き場を失ったこの子たちの解決法を。もっともっと踊りが上手になってそれができるようになればいいのだけれど、そうなるのはまだまだ先な感じがするし。
料理っていうのもかつては解決法のひとつではあったけれど、がっつり仕事になってしまった今、これもなかなかむずかしい。とすると…残ったのは日記なのだ。文章を書くのは得意なほうではないけれど、自分なりのシンプルな言葉を並べるだけでも、その重みはずいぶんと軽くなるものなのだ。
ということを、今さらながらに気づかされて久々にパソコンの前に座っている。正直、時間に振り回されている日常の中では日記を書くなんてまず後回しになる。そんな時間があったら仕込みの時間にあてたり、普段なかなかできない家事の時間にあてるのがまっとうな気もするけど。でもどうやら自分の場合はそれだとダメみたい。自分をいう人間が保てないというか、不安定になるというか。
ただ単純に今の気持ちを誰かに話すことができたらどんなに楽か。自分以外の人間と共有できることの幸せ感とか、そういうのを味わってみたいとも思うのだけど、今はできない気がする。強がってるわけじゃないし、壁を作ってるわけでもない。今はただそういう場所にいるということ。そういう時期なんだと思う。
最近、相方さんによく言われるのは「キミの言うことに返答するのってすごくむずかしいんだ」と。
はいはい、どーせ私は宇宙人ですよ!とは言わないけれど、たぶんそういうことなんだと思う。コミュニケーションがうまくできないというか。そのとき一瞬だけ寂しくなるのだけれど、これが自分だからしょうがない。普段ほとんど喋らない私の言葉を、分からないなりにもひとつひとつ拾ってくれたことにありがとうだ。(でも傷つく言葉はやめてほしいとも思うけど)
そんなこんなで、言葉を外に出すのが不得意な私の唯一の手段として、この場所を使っていこうと思う。この気持ち、誰か分かって〜、というのもあるかもしれないけど。
日記なんてそんなもんでしょ。

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