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2017年5月

2017年5月23日 (火)

一週間はじまる

仕事がおして深夜になる。しかもあとちょっとで日が昇る、ってところ。あせってお風呂に入ってカップラーメンをすすって寝る。とんだ一週間の幕開けに。週末までもつかちょっと心配だ…。
それでも仕事は嫌いじゃないからなんとか続けられているんだと思う。料理をただ作るだけの仕事だったらとっくに飽きてしまっているだろう。人がいて温度があってお互いの時間を共有できて、そこにはじめて料理が添えられる感じ。料理が主役じゃなくて、あくまでも目の前のお客さんが主役ってところ。
いろいろ手探りでやってきたけれど、今ようやくそういうイメージがつかめてきた気がする。まだまだな部分もたくさんあるけど、それは少しづつこれから積み上げていこう。

そんなこんなで今朝はヘロヘロになりながら仕入れに行ってボケボケなまま仕込みをする。そのあとちゃんぽんを食べに繰り出す。スタミナをつけなきゃと行ったけど、そのものすごーい量にしっかりと胃もたれに。どんぶりなんて洗面器くらいあったぞ。
もう量はいらない、優しくて丁寧に作られたものを少し食べられればいい…そういう歳だ。だからお店選びは毎回ほんとうに大変。
そのあとやることはいろいろあったけどカラダを休めるのが優先!と思い1時間ほど昼寝する。
起きて家事をこなして今にいたる。
さて今夜はどんな夜になるかなと考えて、毎回どきどきするこの感じは嫌いじゃない。新しい本のページをめくる前のあのワクワク感と似てるんだよね。

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2017年5月22日 (月)

日曜日の過ごし方

5月病ってほんとにあるのかなぁとどこかでうっすらと思っていたけれど、最近の自分がそれっぽいように感じるのできっとあるんだろう。4月ならではのほどよい緊張感から解放されて気持ちも緩んできたところに、すがすがしい新緑と過ごしやすい気候。ゆるっとした気持ちの隙間に、眠っていた感情とか目をそらしていた事柄が突然入り込んでくる。これが5月なんだな。
だから訳もなく涙が出てきたり感情のコントロールもうまくいかなくなるんだ、きっと。むずかしいね。

昨日はひさしぶりに大須まで出向いて、ギラギラの太陽の下バインミーとかサモサとか包子とかをむさぼって食べ歩きグルメを堪能した。昼間の屋台のハシゴって最高。小銭で楽しめる庶民なところもいい。ちょっと韓国っぽいところも。
などと、少しご無沙汰していた間に大須の雰囲気もだいぶ変わっていた。コスプレイヤーさんたちが普通に商店街に馴染んでいてその後ろにファンの人たちがカメラを持って列をなしていたり、いろんな国の言葉があちらからもこちらからも飛び交っていたり。町はどんどん若者化してきて外国人化もすすんできてオタク向けのお店も凄まじい感じになっていた。それでもこの町の活気だけは変わらないってところが大須のすごいところだと思った。たまに行くと面白い刺激をもらえるので、中年のおばさんでも楽しめます。
ハラルフードのお店で冷凍のレモングラスとかエキネシアのお茶とかスパイス類とかを買えたのもよかった。どれも近所のスーパーじゃ絶対にお目にかかれない品ばかりだもの。

夜は近所のおいしいラーメン屋さんへ。初めて食べたとき「あ!これ好きな味〜!」って久々に美味しいラーメンに出会えたあの感動を忘れはしない。だけどその記憶していた味とはぜんぜん違う味になっていてびっくりした。大将の人柄なのだろうか、お客さんの要望に応えて作り続けていったら今の味にたどり着いたみたいなのだけど、完全に方向がそれちゃってるじゃんって思った。またあの味を復活させて欲しいなぁとこのお店のファンのひとりとして小さく思いながら帰ってきたけど。
それにしても美味しいものをひたすらに追求して作り続ける人特有のストイックな感じとか孤独な感じとかが、一見明るく見える店内のそこかしこに感じられた、というのが一番の感想だった。これは店をやってる人間にしか分からないポイントだと思う。
どうかまた一周巡ってあの味に戻ってくることを願うばかりだ。だってほんとに美味しかったんだもん。

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2017年5月19日 (金)

バラのトンネル

なかなか気持ちが乗らないときってある。そういうテンションに持っていこうと必死になればなるほど逆効果だったりして…むずかしいのう。
こういうときこそ不良になってやろー!と、仕事を放棄してバラを見に行ったりガーデニングもどきなことをしたりして気持ちのバランスをはかってみた。外の空気に触れるのって大事だし、土に触るとなんとなく落ち着く。もう自分もそういう歳になったんだなぁ。
バラを見に行ったときに、立派なカメラを抱えたおじさまたちがいて、初対面であろうおじさまたちがお互いに写真の撮り方を教え合ったり、撮影した写真を見ながら絵を描いているおじさまもいたりして…そういうおじさまたちを見ていたら、なんだかこちらまで幸せな気持ちになった。おじさまたちの人生は分からないけれど、家族を支えるために第一線で働いていた時代もあっただろうし、そういうことをすべて越えてきた人たちが今ここで平和な時間を紡ぎ出しているということが、ものすごく尊いことに感じた。自分もそんなふうに歳を重ねられたらいいなぁとバラのトンネルをくぐりながら思ったことよ。

そしてそして、ノリが悪いこういうときこそ気持ちの刺激って欲しくなるもので、何かないかなーと探していたらやっぱり自分の場合は料理しかないかな、ってところに行き着く。
この間成城石井で買ったお塩がこれがなかなかよくて、今ほとんどの料理にこれを使っている。同じ塩味でも深みが違うってことが分かったり、まろやかさもぜんぜん違ったり。。。などと、最近のお楽しみというともっぱらこの塩味ってやつ。これに興味を持つようになってから、市販のコンソメとか中華スープの素とかの味が邪魔に感じてきて、どんどん素の味になっていっている気がする。もう味付けは塩だけでいいや、みたいな感じだもの。

へんな話、自分がどんなに料理が好きでも、気持ちや体が疲れていたりコンディションが悪かったりして作りたくないってときが時々あるんだけど、こういうときこそ楽しいことを見つけようって思うのは間違っていないと思う。最近塩にはまるようになって、少しづつテンションも上がりつつある自分だ。
楽しいこととか面白いこととかってそのへんに落っこちていなくて、自分の興味ある世界をいつもと違う視点で見てみたときにひょっこり見つかったりする。そういう繰り返しが世界を広げさせてくれるから、日々平坦であることよりも凸凹しているほうが悩んだり考え込んだりしたぶん、結果的に深みが出るのかもしれないね。


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2017年5月16日 (火)

コミュニケーションって

ちょっと前に心折れそうな出来事があって、時間の経過とともになんとなく薄れてきたかと思っていたけれど、今日たまたまその出来事に触れる機会があって、そうしたらまだ自分の中に心の後遺症としてしっかりと刻まれていてびっくり。
傷ついたわけでもなく、傷つけられたわけでもない。ただ後味が悪かっただけなんだけど、心で受けたショックは意外にも大きかった。
そのことについて、あのあと落ち込みながらもものすごく反省した自分だ。反省しながらも、どうして?っていう”?”はずっと付きまとった。付きまとったということは、自分の中で腑に落ちない気持ちがまだあるからだと思った。
所詮、人と人とのなにげないコミュニケーションの中で起きた些細な出来事。どちらが正しいとか間違いとかそういう話でもない。ただお互いにうまくいかなかった、タイミングが悪かったということなのかも知れない。
それでもやっぱり気分悪くなるよりは心地いいほうがいい、って思う。

コミュニケーションってほんとむずかしい。このむずかしさが怖いから、どちらかというと避けてしまう傾向にあると思う。そうするとどんどん孤独になっていって自分を追い詰めるしかなくなって狭い世界から抜け出せなくなる。それもあんまりいい事ではないよね。
そう思ったら、人の中にどんどん飛び込んでいっちゃうほうがまだましなのかな。
今の私ワタシには勇気がいるなぁ。

まぁそもそも。人慣れしていない自分だから、ちょっとしたコミュニケーションの刺激でいちいち落ち込んだり凹んだりしてしまうのかも。
強くなりたい…。


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2017年5月11日 (木)

懐かしいこと

世の中はツイッターだフェイスブックだインスタだとかって騒いでいるけど、何ひとつモノにできていないワタシ…。人と人が繋がる怖さもあるのだけれど、いちばん自分のダメなところは新しいものに対して覚えようという気がない、というところだろう。そもそもあまりそういう世界に興味がないというのが正直なところだけれど、昨日63歳のおじさまがツイッターをやっているというお話をされていてちょっとショックだった。負けたと思った。(?)
そういう興味心が若さに繋がるんだろうな、きっと。内面の若さって年齢関係ないものね。
そんなこんなでワタシもなにか見つけなきゃとちょっと焦ったりしています…。


最近ちょこちょこと北名古屋のときのお客さんが来てくださって嬉しいかぎり。
北名古屋のときは家の一部を改装してお店にしていたから、予約が入ればほぼ貸し切り状態みたいだった。私は奥の台所で料理してのれんの向こうからお客さんの様子を眺めるような感じだった。
今はだいぶ違う。作りながらお客さんの話聴いたりおしゃべりもする。お客さんとの距離がとにかく近い。お酒が入れば気持ちの距離だって近くなる。
かつては主婦の方々が中心だった店も、今は年齢層も様々で地元を愛してる人たちがこぞってやってくる店になった。とにかくお酒が好きで酒場の雰囲気が好きっていう人たちだ。酒が入るから時にはケンカもあるしいざこざもあったりするんだけど、ワタシはこういうの嫌いじゃない。人間ぽくてさ。
ここに越して来て3年目に突入した。店ってただ料理を提供するだけじゃないってことも毎日勉強させてもらってる。全部お客さんから教えてもらった。
北名古屋のときのお客さんがいらっしゃると、あのときの自分をふと思い出す。懐かしいなぁとか、それなりに必死だったなぁとか。緊張しすぎてハゲちゃったこともあったっけ…とか。
あのときとはだいぶお店の雰囲気も変わったけれど、あの時間の延長線上に今の自分があることは変わらないもの。
そう思うと、お店ってやっぱりお客さんが味つけしてくれてるんだと思う。だからそのベースを守っていくのがワタシの仕事なのかなって。

……などと、
なぜかこういうことを書いてみたくなりました。

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2017年5月 9日 (火)

五感リフレッシュ

日曜日、長野の花桃祭りを見に行ってきた。長野といっても名古屋から車で1時間っていう距離が嬉しいところ。こんな場所があったのねと、すごく得した気分。
山肌一面、桃色の絨毯。川縁にもびっしりと濃いピンクが。桃太郎とか花咲じいさんの世界に迷い込んだかのようだった。
桜と違うところは、桃色が一色ではなくて、淡い色合いもあればものすごく赤に近いような濃い色もあって、全体で見るととにかく元気で華やかなのだ。桜の花に含まれる儚さとはちょっと違って、花であるのに男性的な力強さみたいなものを感じた。
花を見て川のせせらぎを聞き岩魚を囲炉裏で焼いて食べたりして、五感ごとリフレッシュできた。
こういうのどかな場所に来ると、何をする?ではなくて、ただただぼうっとするのが一番!って最近思う。自然が包んでくれて時間を忘れさせてくれるから。
日常をほんの少し横に置いて、ときどき自分を開放してやるこは大事なことだと思う。
悩み事や心配事はどこにも行かなくていつも自分の中にいるけど、そこに柔らかい風が入ってきてくれてそこに少しだけすき間を作ってくれる。このすき間があるから、なんとか日々を送れている気がする。
そしてそれを自覚することが大事。
この桃の木はいったいどれくらいかけてこんなに美しい景色を創り上げたんだろうって考えることだったり、こういうのを見て感動する気持ちが年々育っていっているのを自覚したり…
自然と触れると自分の中のいろんな部品が磨かれていくような感じがする。だから私には必要なこと。見たぶん触れたぶん感じたぶん、今生きていることを表現したいと思ったり、長生きできるような…、そんな気になる。

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2017年5月 6日 (土)

カラダちゃん

風邪、ようやく峠を越えた感あり。調子が悪いときのあの、自分のカラダなのにやけに遠くに感じるっていうあれ、、、。昨日は一日中ふわふわして、気持ちとカラダがバラバラだった。
今日はちゃんと戻ってきたぞ、私のカラダちゃん。
でも思ったのは、調子が悪いときって適当に力が抜けていて(そもそも力なんて入らないしね)集中力も散漫になっていて、どこかでそういう諦めの気持ちも覚悟してて…普段緊張しっぱなしの自分にとってはちょうどいいかも、なんて思ってしまった。
だからヨレヨレしながらもそういう感覚を楽しんだりしていたのはほんとのこと。
人間はきっと、どこか弱い部分があったり、欠けている部分があったり凸凹していたりしたほうが”程よい”ってことなんじゃないかな。完ぺきとかって、あんまり面白味がないよね。
そんなことを昨日「あ〜しんどい…」って言いながら洗濯ものをたたんでいたときにふと思ったのだった。

そして今日はうちの店のママ(自分です)の誕生会を開催することにしているので、朝から買い物に走ったりして本人が一番張り切ってるような…。何を作ろうかな〜って考えているときは、お母さんになった気分なんです。
この時間があるから、カラダが疲れていてもどこかから元気が降ってくるんだと思う。


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2017年5月 5日 (金)

ゴールデンウィーク

仕入れ仕込みをして、今日は家のことをきっちりやる日にする。カーテンを洗って衣替えして、たまっていたアイロンがけをする。身の回りのことが整うとなんとなく気持ちも軽くなる。こういうことが定期的にできればいつもまっすぐな気持ちでいられるんだろうけど、なかなか難しいな。
気持ちは軽くなったけれど、肝心の体調はというと相変わらず優れずで…。免疫力が落ちているのが自分でも分かるんだけど、とくにこれといった対策をしていないのがそもそも。夜中のラーメンもなかなか辞められないし、十分な睡眠時間がとれていないことも影響してるんだろう。
気をつけなきゃと思っているうちに、なんとかせねば。

世の中はゴールデンウィークみたいだけど、生活パターンはいつも通り。ゆっくり休みたいとも思うけど、いつも通りっていうやつが今はちょうどいい。変にパターンを変えちゃったりしたら調子が狂いそう。
昨日は店の前で、お客さんたちと一緒にサムギョプサル大会をした。みんなの顔が夕暮れ色に染まるのを見たりとか、バラ肉をジュージュー焼き合ったりとか、知らずに普通にやってきたお客さんを巻き添えにして一緒に楽しんだりとか…幸せな時間をみんなで共有できたのは最高だった。


人生の後悔は数え切れないくらいあって、でもそこに執着することは自分の人生の時計を止めることになるから、苦しいけど前を向かなきゃいけないって最近思う。
ほんとうに苦しいんだけど、今できる精一杯のことをやることが前を向くってことなのかなもしれないね。

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2017年5月 2日 (火)

バーベキューの思い出

お店のお客さんたちと一緒にバーベキュー大会。きゅうだったにもかかわらず、たくさんの人たちが来てくれた。というのも、うちの店を盛り上げよう=町を活気づけよう って常日頃考えてくれている人たちがいるからこそ。自分たちだけじゃ絶対無理だった。
そういう表立っては見えない、でも、みんなの根っこにある温かい気持ちがじんじんと伝わってくる1日だった。肉を焼きながらも泣きそうだった。今でも思い出したら泣いちゃうな。
なんだろな。自分が口下手で思っていることを相手に伝えるのもすごく下手だということが、これだけもどかしく感じたことはなかった。なんにも言えない自分が苦しかった。
そんなこんなで、感じることが多すぎて昨日は心がパンクしてダウンしてしまった。感動とか感謝とか、そういう陽な気持ちがいっぱいになりすぎても人間の心ってパンクするんですね…。
朝早くから手伝いに来てくれた人たち、相方さんお手製のスペシャルメロディー号(自転車で引っぱるリヤカーです)を後ろから押して坂道を登ってくれた人たち、心のこもった差し入れを持って来てくれた人たち、一緒に酔っ払ってくれた人たち、最後まで一緒にいてくれた人たち…ほんとうにありがとう。
うまく言えないのだけれど、とにかく気持ちはいっぱいです。一緒に過ごせた時間は宝物。

数年前までは、何もできない自分を情けなく思って、だからなんとかできる自分になるために頑張ろうとしてきたけれど、ここにきて思うのは、できないことを情けなく思うんじゃなくて、できなければできないままでもいい、ってことに気づいたのだよね。それを気づかせてくれたのは、この土地の人たちだった。人が寄り添い集まれば、できないこともできるようになるし、それらをカバーしてくれる人たちは必ずいるってこと。もっと大きくゆる〜い気持ちでかまえてもいいんじゃない ってことを教わった気がする。

ある時期にいろいろあって自分の人生時間を止めようと決めたこともあったけれど、少しずつまた時を進めてもいいのかなと、最近思うようになってきた。
進めることは罪なことで、そんなことしたらただ哀しいだけだと思っていたけど、もしかしたら、いいことや楽しいこともあるかも知れないって。


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