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2017年1月

2017年1月31日 (火)

服装

 美容院に行ってきた。行く前に必ずチェックするのが、着ている服がみすぼらしくないかということ。美容院というと、嫌でも大きな鏡の前に座らされて自分の容姿とガチで向き合わなきゃいけないから。以前、あまりにも適当なかっこうで行って自己嫌悪に陥ったことがあった。それ以来、シミはないかな、破れていないか、(その程度なのが逆につらい)それくらいはちゃぁんとチェックするようにしている。
とまあ、自分がいかに着る服に対して無頓着かってことなのだけど。
 午前中は仕入れに仕込み、午後からは部屋に閉じこもって自分の時間を過ごし、夕方近くに仕事着に着替える、という生活の中では、まずおしゃれの必要なんてないのです。動きやすくて、ガラガラ洗濯ができる機能的な服がいちばん。コーディネートなんて考える時間がもったいないって、今の生活の中ではそう思っちゃう。

 ハワイ島で、毎日Tシャツ短パンビーチサンダルで過ごしていたのが楽でよかった。おそらくあの島の観光客の大半は、どちらかというとセレブな層の人たちなんだけど(とくに中国人ファミリーとか、アメリカ人だといろんな意味でゆとりのある年配のご夫婦、そしてたまに日本の新婚さんカップルがいたりして。ちなみに我らはどこにも属していない一般ピープル)、ローカルな人たちも、セレブな観光客もみんな同じような楽ちんなかっこうで歩いてた。いいなあと思った。
日本の夏を毎日このかっこうで歩いていたらちょっとやばい気がする。男の人はいいかも知れないけど、40半ばのおばさんにはちょっと痛い。なんて考えてしまうくらいだから、日本って、つまりそういう国なんだろうなと思った。いいとか悪いとかではなくて。
以前、栄にあるホテルに中華を食べに行こうとしたら、入口の黒服の男性が私たちのことを上から下までなめるように見て「ご予約はされていますか?」って、やんわりと断られたことがあった。さすがにテーシャツ短パンではなかったけれど、日本ってこういう仕組みになっているのねと、寂しくも、逆にそれがおかしく思えてきて、帰りに行きつけのラーメン屋さんでいつも変わらぬ味でほっこりして帰ってきたのを覚えている。
 というわけで、おしゃれする余裕なんてないけれど、洗濯された服と楽ちんな靴といつでもどこにでも飛んで行けるリュックサックさえあれば、私はじゅうぶん、
そういう話。

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2017年1月30日 (月)

バナナジュース

 いろいろあって、、、自分なりの理由から、息子たちと連絡をとることはなかなかむずかしかったりする。それでもやっぱり胸の奥にしまってある気持ちがどうしても抑えることができなくなって、ときどき思い切って彼らに連絡してみる。

 どうやら忙しいみたいだった、電話には出なかった、、、。
私にはもうここまでしかできないのですよね。元気にしているのか気になるけれど、ここでまた電話かけてしまうのは、なんか違う気がするから。
母ちゃんはいつでも見守っているよ、応援してるよって、心の中で彼らにエールを送って受話器を置いた。

 昨日の休日はのんびりと過ごすことができた。休みの日というと「何を食べるか」というのをまず一番に考える私。何をするかじゃなくて、食べるかっていうのがいかにも自分っぽいと思う。
普段はいろんな調味料や香辛料の中で仕事しているので、とにかくシンプルなものが食べたくなり、昼間からお刺身とか貝とかを食べられるお店を探した。名駅のまわりにはあるんですね、、、。市場が近いからかな。
そこで、蛤を焼いたり、いけすから上げたばかりの鯵とか、海鮮丼とか食べて明朗会計、大満足。店員さんの、とにかく笑顔が可愛いお兄ちゃんにおばさんは癒されまくりました。笑顔って大事ですね。ハワイから帰ってきて、日本の若い店員さんの疲れ切った愛のない対応にがっかりしていたところだったので、これでまた元気復活。やっぱりこうこなくっちゃ。
そして帰り道をとぼとぼ歩いていたら、看板のない八百屋さん(?!)のおばちゃんの呼び込みに吸い込まれていったら、店頭には並べられないような不格好なリンゴとかキウイとかが信じられないくらい安い値段で売っていて山ほど買ってしまった。ジュースにするにはまったく問題ないもんね。そうしたらおばちゃんが「バナナいる?」って言うから「欲しい!」って言ったら、これがまたものすごい量のバナナをただでもらっちゃった。もちろん茶色くなっちゃっているんだけど、いちばん美味しいタイミングのやつ。なんかこのノリ、ヒロのファーマーズマーケットを思い出しちゃった。
ルンルンで帰ってきた。
 そして夜は窓辺で栽培している豆苗ちゃんが食べごろになったので、鶏肉と一緒に塩味の鍋にした。肉はほんのちょっとで、野菜たっぷり。もう自分の食べるものなんて、こういうので十分。
 休日というといつも、せっかくの休みだから損しないように過ごそうとか、なるべく嫌な思いをしないような場所に行くとかいろいろ事前に考えたりするのだけど、こうやってなんとな~くふらふら~っと流れに身を任せていたほうが、楽しいことって舞い込んでくるんだなって思った。

今夜のメニューに小さい字でバナナジュースを紛らわせておこう。バーにバナジュー?!、ま、いいか。

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2017年1月28日 (土)

ふむふむ

 一週間のハワイ島の旅を終え、またいつもの日常に。帰ってきた翌日から頭の中は仕事モードになっていて、自分でもびっくりした。フラメンコのレッスンまで行ってしまった。無理してるとかじゃなくて、まったくそこに違和感がないのが不思議だった。しっかり味わってきたはずのものが、日本に帰ってきたとたんすべて消去されちゃったみたいで。
でもたぶん、消えていないんだろうな。普段は姿をあらわさないけれど、日常のすき間や、時間や空間のすき間にちゃんと残ってるはずだ。そしてそういうのって、時間が熟成させてくれる、というのもいつものことだから。そう思うと、思い出って楽しいことばかりじゃなくてもいいってことだよね。
 数年ぶりのハワイ島は時期的なこともあるだろうけど、空港や観光地的なところには必ず中国人ファミリーがいた、というのが驚きだった。数年前には見ない光景だった。オアフ島の観光地化しすぎているところが嫌でハワイ島にしたのだけれど、この島もここ数年の間にだいぶ賑やかな感じになっていて、道も混んでるし、ハワイ島ラブの私としてはちょっと残念な気もした。それでも、観光客があまりいないようなローカルな人たちばかりのところに行こうと頑張ったのはよかった。とくにヒロの街の、年中梅雨っぽくてけだるい感じとか、ノスタルジックな雰囲気とかはやっぱり最高だった。ローカルの人たちが行くお店で定食食べたりしたのもよかった。
島の広大な自然ももちろん大事なんだど、そこに住んでいる人たちの日常が垣間見れたりするのが旅の醍醐味のような気がする。もともと日本が大好きだから、わざわざよその国に行こうなどとは思わないのだけれど、ハワイという場所だけは別なんだな。どこか日本に似てるって思う。日本っぽいにおいがするというか。歴史的な背景も大きく影響しているんだろう。空気も自然もぜんぜん違うのに、どこか懐かしさのようなものを感じるんだよね。

自然の迫力がものすごくて、そんな中に一週間いたら、考え方だって感じ方だっておおらかになる。日本でいかに自分がみみっちかったかっていうことが分かって恥ずかしくなったり、ものすごく物事を客観的に見ることができたり。このおおらかさが、人にやさしくなれることだったり自分にやさしくなれることに繋がるんだと思う。素敵なことだな。
だからときどき(といっても、そんなに行けないけど)日常から離れることは必要なんだろうな。いつも時間ばかり気にして目の前のことしか見れなくて、自分追いつめてきゅうきゅうになっていた自分だけど、もちろんその感覚がなくなったわけではないけれど、その感覚の前にちょっとしたふんわりとした空間ができた感じが今はある。やわらかいクッションを抱えているみたいな感じ。これがいちばんの旅の土産だよね。
あと2,3日もしたらこのクッションもなくなっちゃうかも知れないけど、まだもうちょっと抱えておけたらと思う。
 あちらで買い物をしていたときに小銭を探すのにまごついていても、お店の人も私の後ろに並んでいる人たちも誰ひとりイライラせず優しく見守ってくれるところとか、道ですれ違うときはどんな人も必ずほほえみ返してくれるところとか、分からなかったり困っていたりしたらとことん助けてくれるところとか、、、あちらの人たちの心のゆとりみたいなものを感じて、いろいろ考えさせられちゃった。クッショ大事。

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2017年1月 5日 (木)

ことよろ

 2017年もスタート。昨年は父が天国に逝ったので、盛大に“あけましておめでとう”みたいにはできないなぁ などと思っていたけれど、やっぱり年が明けたらなんとなくめでたい気分にはなるので、結局いつもと同じような正月を過ごした。たぶんそのほうが父も喜ぶんじゃないかなって。
 年末のカウントダウンはお店でやった。初の試み!
常連のお客さんたちと紅白みながら一緒に呑んだり食べたりして、まるで家族みたいに和めたのはよかった。どちらかというと私はそういう和んでくつろいでいるみんなを見ているのが好きなので、そんなみんなの顔を見ながら料理できたことは最高に幸せだった。

0時を回ったらみんなでお参りに行こう~なんて決めてたけど、誰ひとり行こうという気にならなかったのもおもしろかった。
 そんな楽しい仲間たちと年明けして、そのあと新幹線に飛び乗って実家へ。
母ひとりになっちゃったからいろいろ心配なこともあるし、、、とか思っていたら、母は元旦から元気に仕事へ行っているでは。80過ぎてこのパワー、ほんとうにかなわないって思っちゃう。スーパーばぁやだ。
でもちょうど次男が遊びに来ていて合流できたのはよかった。会うの1年ぶり。たしか去年もここで会ったっけ。兄弟の中では一番こどもっぽかった2号君が、ずいぶんとたくましくなっていて胸がいっぱいになった。洗濯した服をきれいにたたんでカバンにしまっている姿とか、ごはんを食べる前には必ず手を合わせるところとか、ごちそうさまのあとに自分の食器を片付けているところとか、私がだらだらワインを飲んでたらさっと冷蔵庫からおつまみとか持ってきてくれるところとか(笑)、そういうのを見て泣きそうになった。普通なら母ちゃんがしてくれるようなこともひとりで頑張るしかなかった彼の状況とか、まわりでサポートしてくれたたくさんの人がいたことか、そういうことを思うと、なんといったらいいのか、、、気持ちはいっぱいになる。そしてこの先の自分の人生を生半可な気持ちで生きちゃいけない、って思える。
そんな2号君に、ひさびさにご飯を作ってあげて一緒に食べれて本当によかった。こういう瞬間を、もしかしたら死んだ父が創ってくれたのかもしれないなと思って、帰りにお仏壇に手を合わせてきた。死んじゃったけど、まだこの家のどこかにいる気がしてならないのだよね。まだ父の温度は確実に残ってるんだもの。
 そして翌日、2号君と一緒に名古屋に戻ってきた。帰りの新幹線で駅弁食べて富士山見て、私はいつものごとくワインを飲んで爆睡し、2号君はそんな母ちゃんのいびきを聴くはめになって、あっという間に名古屋に着いちゃって、ここでお別れ。別れるときはいつだって切ない。息子なのに一緒の場所に帰れない現実。いつだって心は混乱してしまうのだけど仕方ない。
ただ、息子たちが大きくなればなるほど、なんとなく母として気持ちのどこかが安心している部分があるのは確か。それは彼らが、たくましくなっているのが分かるから。きっとそうやって子は親から離れていくのかなぁという、一般の親御さんの気持ちが少し分かる気がした。私の場合は、会えなかった数年を、離れていながらもこれから少しづつ埋めていきたいと思っている。具体的に何かをする、とかっていうのじゃなくて気持ち的なもの。

 そしてなんだかんだであっというまに正月も終わって、昨日からはいつもどおり仕事している。ダラっとしていた気持ちも、一瞬にして緊張モードに切り替わった。あと一日お休み欲しかったな~というのが正直な気持ち。読もうと思って買っておいた本もそのままだし、撮りためていたビデオもほとんど見ていないし。でもこのくらいの気持ちで仕事にとりかかるのが、ちょうどいいのかもね。
自分の時間が欲しい~~と思ったので、この日記を書くことにしました。日記を書いているときは、丸々自分だけの贅沢時間だものね。
 
 今年もいっぱい泣いていっぱい笑って怒って悩みまくって、ありのままの自分でいたいと思います。よろしかったらお付き合いくださいませ。

メロディ

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