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2016年10月 5日 (水)

真実って?誠って?

 先日メロディヨガ部のワークショップで、今ちまたで話題の“オルゴナイト”を制作した。ヨガインストラクターでもあり我がヨガ部の部長でもあるりえちゃんの実体験とヨーガの世界の融合のお話は、私的にはとって~も心に沁みたワークショップとなった。
 そもそもオルゴナイトってやつは、環境中の有害な電磁波エネルギーをポジティプエネルギーに変換してくれるという、生命変換エネルギー装置とも呼ばれるもの。

感覚人間の私としては、そういう話だけでもなにやら難しそう~と頭を抱えてしまいそうになるのだけれど、実際のところ、オルゴナイトのコースターの上にコップに淹れた水を一晩おいておくだけで、コースターに乗せていない水とあきらかに味が変化している、というのを体感できる実にシンプルな話。
そして実際にこの私も、自分で作ったコースターの上に水をのせておいたところ、次の日の朝まったく別ものの水に変わっていて、そのことにえらく感動してしまったのだ。
そしてこの体感することの大切さみたいなものをあらためて今回、このオルゴナイトちゃんから教わった気がしたのだ。
 普段の生活の中でないだろうか。理性を優先にして、それを真実だと思い込んでしまうこととか、、、人のうわさや世の中の流れが正しいと思うことはないだろうかとか。なんて浅はかなのだろう。

 昔から、何においても“あいまい”という世界が好きだった。これだ!みたいに断定してしまうのはとても窮屈な気がして、いつもふわっとしておくのが好きだった。あいまいな世界は常に変化していくもの、正解がない、というのも好きだ。どちらかというと人からは「じゅんちゃんはいいかげんだね」なんてあまり良くないイメージで言われることが多かったけれど、私的には「それは良い加減ってことよ」なんておちゃらけていたくらいだ。
でも、、、この歳になって思うのだ。このふんわりした世界の中にときどき芯のようなものが欲しくなるときが。
この間のワークショップのあとそのことについてずっと考えてた。
そして今の時点で思うのは、芯のようなものが、真実とか誠とかってよばれるもので、おそらくそれらにも正解はないんじゃないかなって。だから自分自身をとことん掘り下げて体感していくしかないのだと。そこから得たもの導き出されたものが、真実とか誠っていうものに近いものになるんじゃないかなって。
もっともっと感覚を磨いていって体感したいな。

私に足りないもの、みつけたよ。

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