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2016年10月21日 (金)

夫婦って

 遺影の中の父は、こどもの頃に見た父の顔だった。肌艶もよくてまんまるで、満面の笑みを浮かべた父の顔を見ていたら、こどもの頃の記憶がよみがえってきた。4つか5つの頃、十五夜の日に近所の野原でススキを取ってきて飾って、お月見団子と私と弟と並んで写真を撮った。そのときカメラを構えた父の顔がこんなだった。
・・・なんて。ここまではなんのオチもない普通の話。ここからの話が実はおもしろいところ。
本当のことを言うと遺影の写真は、父が当時通っていた銀座のクラブのママと一緒に撮ったものだった。(笑)葬儀屋さんに頼んで、ママさんの部分は上手に切りとってもらったけれど。
たくさんあった写真の中から、わざわざこの写真を選んだ母はさすがだと思った。母いわく、この写真の父が、どの写真よりもいい表情をしていたとのこと。(笑)
天国に行ってまでも父は母に叱られ続けられるんだろうなーと、あの写真の真実を知っている娘としては、葬儀中お坊さんがお経をあげている間も遺影の中の父を見るたびに笑えてきて、こらえるのが大変だったのは本当のことです、、、。

 日記に何度も書いているけれど、うちの両親はほんとうに昔から仲が悪かった。といっても、私は父も母もそれぞれには大好きだったのだ。ただふたりが一緒になったときに繰り広げられるケンカっぽいやりとりが本当に嫌で、ここにいたら私まで汚染されてしまうと、こどもながらに感じて、早くここから出たい、安心できる場所が欲しい、、、とずっと思ってたわけです。
 でも。自分もこの歳になって、いろいろ人生もやらかしてしまって、そして今思うのは、夫婦のかたちに正解はないと思うようになった、ってこと。
心理学では、幼児の親子関係がその後のその子の人生に大きく影響すると言われていたりするし、それは確かなことでもあるけれど、だからといって誰も責められないじゃん!って、最近思うのですよ。
誰も悪くない、誰のせいでもない、でも誰かのせいにしたかったらしてもいい、要はなんでも自由だと。
ただひとつ真実は、自分には親がいるってことだけ。自分がここにいるのは、両親がいてくれたから。だから自然にありがとうって言葉が出てくる。今が最悪だとしても、この瞬間を用意してくれたのは親がいてくれたから。だったらこの最悪なものでも味わっちゃえばいいじゃん!てね。
うまく言葉に表せないけれど、今まで目の前の小さな世界の中で考えたり悩んでいたりしていた自分が、ちょとだけアホらしく思えてきたというか、どうでもよくなっちゃたというか、、、。だからといって、自分が良い方向に向かっているとか、レベルアップしたとかでもなくて。どちらかといえば、先を目指そうしたり、頑張らなきゃって力いれたり、そんなことしてどーすんの?
みたいに、今なっています、、、。

 

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