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2016年10月

2016年10月31日 (月)

ひぃひぃ~

 少し前のこと。うちの店でいざこざが起きて、そのとき中にいた人のひとりが謝りにきた。
私の中ではもうすでに終わっていた出来事だったので、その人が深々を頭を下げたとき、「もうそんなことしなくていいですよ、終わったことなんですから」と、逆に申し訳ないような気持ちになってしまった。その人の気持ちのどこかに、ずっとそのことが引っかかっていたかと思うと、それはそれで辛かったんじゃないかなと。
まぁ、飲み屋さんならよくあること。はじめはお互い気分よく呑んでいたのに、何かをきっかけに、ものすごいケンカが始まっちゃたり。こういう人間っぽい感じというのは、私は嫌いじゃない。ケンカばかりっていうのもこまるけど(他のお客さんもいるからね)、まぁその現場に自分が立ち会えたことに関しては悪い気はしないのだ。リアルな人間どうしのやりとりって、近頃少なくなってきたんじゃないかと思うのですよね。この店のママとして肯定はしないけど、否定もしません。ほどほどにっていう感じでよろしいんじゃないかなと思ってます。
 こんな出来事もあれば、
昨日は日曜日だったけれど、フラメンコのギター合わせの日だった。自分のひよっ子っぷりにショックを受けて落ち込んだ。なんていうのかな、1+1=2にはならない無限の回答がある中で、自分なりの答えを見つけていく感じというか、、、(意味わかりませんよね)、それは自分の感性で導きだされるものであったり、自分の世界を築き上げることだったり。とにかく次元が違うというか、場違いというか、その場にいることさえもつらくなってしまった。早く帰りたりよーと、弱っちぃ私はずっと思ってました。こんなんでいいのだろうか。
しかもこのショックが、いまだに抜け切れず今日は思いつきで映画なんて観に行っちゃうくらいだった。でも、ストーリーなんてぜ~んぜん入ってこなくってさっき見てきたばかりなのに、ほとんど覚えていない。

 どちらにしても、ここところ心揺れることがいろいろ続いてる。敏感な自分は、ひぃひぃしております。この先どなるんだろうか。

 そろそろ仕事に行かなくちゃ。

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2016年10月29日 (土)

心理学とわたし

 今日は月に一度の心理学探究会の日だった。私にとっての心理学も、歳を重ねるごとに変わってきているように思う。理論的なことを学んで、それを自分の日常に落とし込んでいくだけのときは、視野も狭かったように思う。でもあの時期があったからこそ、今があるわけであのとき苦しみながらも素直に実践していった自分の心は間違っていなかったと思う。
今の私はどちらかというと、あらゆることを心理学という型にはめ込む必要はないんじゃないかな、というところにきている。自分の内側で起きている出来事を、ただ冷静に見ていく、素直に感じでいく、それだけでいいんじゃないかなと。それを誰も責めない、というか責められるはずもないというか。そこに理由づけする必要もないと。
自分の枠をどれだけ外せるか、そこに尽きるように思う。もっともっと自由になっていいのだ。(ここで言っている自由は、ただ好き勝手なことをする自由ではないです)
最近、そんなふうに思う。

 だから探究会に参加すると初心にかえれる。いろんなことが怖くて心理学というものにすがりながら生きていた頃の自分を思い出す。友人たちの話を聴くと、あたかも自分がその人になったかのようにその人の心情を自分の中でもなぞっていたりもする。こういうことが本当の心の勉強なんだと思う。

そういう心の柔軟体操みたいなことがときどき必要になりますね。
心がカチカチに凝り固まることほどこわいことはないと思う。常にいろんなことを感じていたいし、そういう自分の感情に素直でいたい。どちらかというと敏感すぎて困ることのほうが多いかもしれないけれど、たぶん私はそれでよかったんだ。


 

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2016年10月27日 (木)

ふろふき大根

 昨日あたりから体調がすぐれない、、、うまく循環できていないというか。
こういうときって、あらゆることがうまくまわらないことが多い。まだ起きていない出来事なのに悲観的に見たり思ったりして、あぁやっぱりそうなっちゃいましたね、、、ってなるのもいつものこと。おもしろいくらいに。
これってあえて自分で悲しいシナリオを作っているんじゃないだろうか。きっと気持ちの奥~のほうで、そうなりたい自分がいるんだと思う。おもしろいくらいにネガティブになりたい自分が。
運とかツキのせいじゃない。今、自分はそうなりたいんだ、たぶん。

 自分のごはんも作る気になれなくて、黄色い看板のカレー屋さんでスープカレーを頼んだら、肝心のカレーはぬるくて、中に入っている野菜はスポンジみたいだったし、いろいろショックを受けた。もはやチェーン店だから仕方ないか、、、ってレベルじゃないぞ、これって。
まぁこういう経験をすると、自分はちゃんとしなくちゃってなるから、違う意味でためになった。
 そんなこんなでますますテンションダダ落ちになったので、店の仕込みを続きをしたり、合間でこの日記を書いたりして、静かに気持ちの調整をはかる。

 今日はふろふき大根を仕込んだ。ゆうべのうちに下茹でしておいた大根に、たっぷりのお出しを含ませ中~。野菜は相変わらず高くて泣きそうだけど、この時期こういうほっこりしたものが食べたくなるのだよね。だから金額より気持ちを優先。美味しく炊けるといいけど。

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2016年10月26日 (水)

風ひんやり

 昨日はきゅうきょお店を休みにする。相方さんが食あたりでダウンした。たしか先週もそうだったような。
本当にこの仕事、体調管理がすべてな気がする。20代前半の頃、飲食の世界に初めて足を踏み入れたとき、、上司から言われたことを今でも覚えている。我々は舞台の上の役者と同じだと。いかにお客さんに楽しんでもらえるか、喜んでもらえるか、それはすべて我々にかかっていると。与えられた役割をこなすだけなら誰だってできる。目に見えない感動を与えるのが我々の仕事だと。
この言葉はいまでも自分がこの仕事をする上で大事にしている。だから体や精神的なものが少しでもずれていたら、仕事にはならない。
自己管理って大事だねと、夕べは相方さんとともに反省した。

 一方そこそこ元気だった私は、いざ仕事がなくなるとどうしていいものか分からなくて、コンビニでワインなぞ買ってきて、ブロッコリーをむさぼりながらひたすらひとり晩酌。こういうときこそ何かいつもとは違うことをしてみようとか、誰かを誘って呑みに行こうとか、もう最近はぜんぜん思わなくなった。自分の中にある触れたくない想いを、仕事やひとり酒に身を投じることによってなんとかバランスをとっているわけで、それ以外のことでは気持ちが埋められなくなってしまった。こんな自分って狭いな~とか小さいな~とかって思ったりもするけれど、今は仕方ない。これが精一杯だ。
そのぶん、料理という仕事の中で喜びを得られるので、それでいいかなとも思う。結局ひとりの世界に閉じこもってるだけなんだけど。

 まだ夕方5時だっていうのに、もう暗い。風もひんやり沁みてくる、、、。

 

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2016年10月25日 (火)

わかる、わかる の瞬間

 録画しておいた“仕事の流儀”を見た。今回はパン職人さんということもあって、食の世界にいる人の生き方というものに興味があったのだ。
その竹内さんという職人さん、こどもの頃から自分にはなんのとりえもないということにコンプレックスを持っていて不登校にもなったそうだ。そんな彼が当時いつも見ていた“日本の社長さん”という番組に興味をもち、いつか自分もお金持ちになるという夢を抱くようになる。これがきっかけとなり、彼は当時誰しもが食べる“パン”という世界に目をつけ、とある会社に入社し、成績もトップ、やがて自分の店を開く。そこでも彼はどんどん頭角を現し、いわゆる成功者となる。

でもここでは終わらなかった。
私生活では高級車やマンションなどを購入し、こどもの頃からあこがれていたお金持ちにはなった。それでもなぜか彼の気持ちは満たされるどころが、逆にどん底に落ちていった。
毎日店の前にはオープン前から行列がでるほどで、そのプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、ただひたすら仕事をこなしていくという毎日が続いたそうだ。
そんな中、日本のパン屋さんランキングで1位に輝いたほどのその店を、彼はある日突然閉めてしまったというところからが、彼の人生の本番だった
 3年発起して、彼は山奥に小さなパン屋さんを開いたのだ。規模も今までの半分ほどで、しかも完全予約制のパン屋さん。そんな今の竹内さんは幸せそうだった。彼が最後のほうで言っていた「僕は僕のパンが焼きたいんです!」という言葉がとても印象的だった。
 これを見たときに、自分の中に共感できるものがあって、「あ~わかる、わかるよ」みたいになったのはたしか。
なんだろう。私の場合ここまでストイックにはなれないし、ずっとずっと甘ちゃんだけど。自分の人生を自分でクリエイトしていくという彼の生き方だろうか。お金はもちろん必要なんだけど、お金以上にもっと大切なものがあるということを人生の中で知ってしまったということなのか。
結局、人生とか仕事とかって、ものすご~く孤独なものだと思う。その中で、自分にはいったい何ができるだろうってずっともがき続けることなんだと思う。今の自分はそう思う。

 かつて、今の前のお店にいたときに、小さな店だったけれどランチを気に入ってくださるお客さんが少しずつ増えていって、そんな中、ある日突然ランチの営業をやめてしまったことがあった。いつも楽しみにしてくださった常連さんがいたにも関わらず、口コミで広めてくださったお客さんがいたにも関わらず、私は自分勝手な判断でやめてしまった。
あのとき、申しわけございませんと言うことしかできなかったのだけど、本当はいろいろ想いがあった。手を抜くことだけは嫌だったから自分の時間を割いてでも料理する時間にあてていった。でもそのうちに自分の仕事がたんなる流れ作業(ひたすらこなす)みたいになっていったことに違和感を抱くようになった。自分ひとりでできる(気持ちを込められる)仕事の範囲を超えてしまった、ということなのかな。当時は、そんな勝手なことを言えるはずもない、、、と濁していたんだけど、本当はそうだった。
自分がどんどん自分でなくなっちゃうのって、やっぱり嫌なんだ。そしてそういう自分が料理したものなんて、誰にも食べてもらいたくないし。
などと、甘ちゃんの私が言うのもなんですが。

今になって当時のことを白状しました、、、。(テレビの影響?!)
人の生き方っていろいろだな。

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2016年10月24日 (月)

日曜の午後

 気持ちのどこかはまだ“今”に降りてこないまま、なんとなくここ数日間過ごした。でも昨日は休日で手を動かさなかったら、いきなり現実が降りてきてちょっとびっくりした。意識していなかったけど、あえて感じないようフタをしていたものがあったみたいだ。少ししんどかったけど、そういう気持ちがあったということに気づかされただけでもよかった。そして、料理という仕事、お店という仕事があったことによって、どれだけ自分が元気づけられたかということも同時に気づかされた。
お店がなかったら今ごろ自分はどうなっていたんだろう。いつのまにか、料理がお店が自分の支えになっていた。すごいことだ。

 そんな昨日ではあったけれど、なんといつもごひいきにしてくださっているお客さんのお家に相方さんとともにお招きいただいた。プライベートでこういうお付き合いができるって、なんか嬉しい。
テープルに並ぶごちそう、テレビでは旅番組が流れていて、その横のソファではご主人が昼寝中、ビールの空き缶がテーブルの隙間を埋めていて、そのなんともいえないリラック感よ。なんだか実家に帰ってきたみたいだった。
ビール飲みながらみた窓からの夕焼け。雲の輪郭がまるで鯛の鱗みたいに浮き上がってきれいだった。
家のそこかしこに大家族のぬくもりがあって、独り身の私にはいろんな意味で沁みた。なにかに包まれている安心感のようなもの、家族が創り上げてきた歴史のようなものなのかな。そういうのがテーブルに並ぶごちそう以上に、私にとってはごちそうだった。
可愛いお孫ちゃんにも会えたし、私にちっともなつかなかったワン子ちゃんとも帰り際にはじゃれ合いっこできたし、よかった、よかった。なにより、かっこつけない&ありのままって、これが本当にかっこいい!ってことなんだ、みたいに思ったのは初めてだった。

2年前は、知らないこの地にきてこんなふうになるなんて思ってもみなかった。だからこの地に恩返しできるように、今日という日も心を込めて過ごそう。

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2016年10月21日 (金)

夫婦って

 遺影の中の父は、こどもの頃に見た父の顔だった。肌艶もよくてまんまるで、満面の笑みを浮かべた父の顔を見ていたら、こどもの頃の記憶がよみがえってきた。4つか5つの頃、十五夜の日に近所の野原でススキを取ってきて飾って、お月見団子と私と弟と並んで写真を撮った。そのときカメラを構えた父の顔がこんなだった。
・・・なんて。ここまではなんのオチもない普通の話。ここからの話が実はおもしろいところ。
本当のことを言うと遺影の写真は、父が当時通っていた銀座のクラブのママと一緒に撮ったものだった。(笑)葬儀屋さんに頼んで、ママさんの部分は上手に切りとってもらったけれど。
たくさんあった写真の中から、わざわざこの写真を選んだ母はさすがだと思った。母いわく、この写真の父が、どの写真よりもいい表情をしていたとのこと。(笑)
天国に行ってまでも父は母に叱られ続けられるんだろうなーと、あの写真の真実を知っている娘としては、葬儀中お坊さんがお経をあげている間も遺影の中の父を見るたびに笑えてきて、こらえるのが大変だったのは本当のことです、、、。

 日記に何度も書いているけれど、うちの両親はほんとうに昔から仲が悪かった。といっても、私は父も母もそれぞれには大好きだったのだ。ただふたりが一緒になったときに繰り広げられるケンカっぽいやりとりが本当に嫌で、ここにいたら私まで汚染されてしまうと、こどもながらに感じて、早くここから出たい、安心できる場所が欲しい、、、とずっと思ってたわけです。
 でも。自分もこの歳になって、いろいろ人生もやらかしてしまって、そして今思うのは、夫婦のかたちに正解はないと思うようになった、ってこと。
心理学では、幼児の親子関係がその後のその子の人生に大きく影響すると言われていたりするし、それは確かなことでもあるけれど、だからといって誰も責められないじゃん!って、最近思うのですよ。
誰も悪くない、誰のせいでもない、でも誰かのせいにしたかったらしてもいい、要はなんでも自由だと。
ただひとつ真実は、自分には親がいるってことだけ。自分がここにいるのは、両親がいてくれたから。だから自然にありがとうって言葉が出てくる。今が最悪だとしても、この瞬間を用意してくれたのは親がいてくれたから。だったらこの最悪なものでも味わっちゃえばいいじゃん!てね。
うまく言葉に表せないけれど、今まで目の前の小さな世界の中で考えたり悩んでいたりしていた自分が、ちょとだけアホらしく思えてきたというか、どうでもよくなっちゃたというか、、、。だからといって、自分が良い方向に向かっているとか、レベルアップしたとかでもなくて。どちらかといえば、先を目指そうしたり、頑張らなきゃって力いれたり、そんなことしてどーすんの?
みたいに、今なっています、、、。

 

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2016年10月20日 (木)

 父のお葬式のとき、10年ぶりくらいに弟に会った。
そもそも弟とまともに会ったのは、中学のとき以来、数えられるくらいしかないと思う。当時、勉強熱心だった弟は、学校から帰ってくるとそのまま2階の自分の部屋に閉じこもって出てこなかった。思春期ということもあっただろうし、会話もほとんどなかったように思う。気づけば、私も弟も結婚して(私は離婚しましたが)それぞれに実家を出てしまったので、私の記憶の中にある弟は、幼い頃家の茶箪笥の前でプロレスごっこをしたことくらいしかおぼえていないのだ。
ひとつ違いの姉弟であるのに、弟という人間がどんなやつなのか正直今でもわからない。まぁ、うちの家族はちょっと特殊だったのかもしれないけれど。家族ってなんだろうっていう疑問以前に、私にとっては兄弟ってなんなんだろうというクエスチョンマークのほうが大きいかも知れない。
 そんな弟は両親にとっては自慢の息子だった。もちろんそれは今でも。
ずっと社会のエリートとして第一線にいる彼は、もうそれだけで十分親孝行をしていると思う。一方姉の私はというと、彼とは正反対のおちこぼれ人生できている。この間のお葬式のときも、久しぶりに会った親戚に、母は弟の話はしても私の話はいっさいしなかった。話の流れ的に私の話題に触れそうになるとさりげなく話をそらしていたのを、私は気づいていた。母なりの配慮だと思う。
そんなこんなで、姉が親孝行できなかったぶん、姉がダメダメなぶん、弟がしっかりとやってくれているので、やはり彼はすごいやつなんだろう。

 お通夜の晩、その日は実家に泊まることにした。弟も一緒だった。
コンビニでワインをしこたま買い込み、10年ぶりに一緒に呑んだ。テレビではくだらないバラエティー番組をやっていて、お通夜の余韻にはふさわしくなかったけれど、久しぶりに会う弟と酒を交わすには逆にちょうどよかった。
何をしゃべったかまったく覚えていないけれど、なんだか懐かしかった。私の中の弟像はもう思い出せないくらい遠い記憶の彼方に行っちゃったと思ってたけれど、酔っ払ってどうでもいい話をしていたら、はるか昔プロレスごっこしてたときの弟の温度を思い出した。

 兄弟って、こういうことか。

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2016年10月19日 (水)

 父が死んで、自分がどれだけ“お父さんっ子”だったかわかった。
小さい頃から両親は共働きで親が家にいないっていうのがあたりまえだった。でも唯一週末だけは父が家にいてくれた。
父は家事全般ができる人で、母の代わりに掃除や洗濯、料理もできる人だった。正直、私は結婚するまで男の人ってみんな父のようになんでもできると思ってたくらいだ。

 そんな父との週末の楽しみは、一緒に買い物に行くことだった。昔はスーパーなんてなかったから、魚屋みたいな八百屋みたいななんでも屋さんみたいな店があって、そこに父と手を繋いで行くのが日曜日のお決まりだった。買うのは決まってマグロの刺身だったことも。
 おしゃべりが好きな父は、買い物に行く先々でも必ずお店の人と世間話をする人だった。正反対な母は、そんな父をしゃべりすぎるとなじっていたけれど、今思うと私は父みたいなほうが好きだ。
そんな週末の父とのデートも中学生くらいまで続いたと思う。ある日父と手を繋いで歩いていたら、クラスの男の子に会って次の日に茶化されたことがあった。その頃からだんだんと父との距離を置くようになったと思う。それくらいお父さんっ子だった。
平日はいつもひとりでいたから、私にとって父という存在は、母や親友のようなものだったのかも知れない。世界でいちばん自分を理解してくれる人だと思ってた。

 そんな昔話が、今になって鮮明に思い出されるのだ。
ほんとうは、もっと一個一個ちゃぁんと感じなきゃいけないのかもしれないけれど、今はなぞるだけにしておこうと思う。日常の中でじんわりじんわりくるものを、これからゆっくりと味わっていこうと思う。父がのこしてくれたものだから。

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2016年10月18日 (火)

 10月11日の夕方、父は息を引き取った。前日、父の様子を見に行ったとき「もうそろそろかな」みたいに思ったけれど気持ちのどこかでは「まだ生きていて欲しい、死なないで」と現実を受け入れたくない自分がいて、その日は名古屋に戻ってきた。
でもやっぱり現実はそうはいかなかった。次の日の夕方母から「父さん、5時23分に息を引き取ったよ」と、その電話はもうすでに過去形になっていた。
その電話のときからずっと、お葬式を終えた今も、私は現実の世界と自分で勝手に創り上げた虚構の現実の間を行ったり来たりしながらふわふわと生きてる気がする。

 こどもの頃から、自分の親だけは死なないとどこかで信じてた。でもやっぱり死んじゃうんだ。
夏ごろからだんだんとやせ細っていった父。食べることが人一倍好きだった父が、だんだんと食べられなくなっていったのもこの頃だった。転んで骨折して歩けなくなっていって、肺炎になって入院した。お腹に管をつけているから動いてはいけないからと、手も足もベットにつながれていた父。そんな中でも、私が見舞いに行くと「じゅんちゃん、コーヒーでも飲みに行こうか」と誘ってくれた。それはこんな体になってまでも、父親であることを貫こうとするかっこいい父の姿だった。歩くこともおぼつかない父がそんなことできるはずもないのに。
 そのあとも何度か倒れて、ますます細くなっていった父はどんどん昔の面影から遠のいていって、もう半分あちらの世界に行っているみたいに見えた。

 棺の中の父は、たしかに父ではあったけれど、もうそこには父の気配はなかった。今まで親類や知人の死を何度か見てきたけれど、この感覚をリアルに味わったのは初めてだった。棺の中にいたのはただの抜け殻だ。だからそのあと焼かれたって、なにも悲しくはなかった。涙も出なかった。
私だけが知っている父の気配とか温度。言葉ではうまく表現できないのだけれど。
父は死んで消えて無くなったんじゃなくて、どこかに行っちゃったんだ。たぶんそう。きっとそう。

 人は死んでこの世からいなくなっちゃって、それはとても悲しいことだとこどもの頃からずっと思っていたけれど、どうやら違うみたいだ。
宗教とかスピリチュアルとかそういう世界のことではなくって、人は死んだあとに必ず何かを残すということを、初めて知った。
 母いわく、父の死はまるでろうそくの灯が消えていくように静かなものだったそうだ。それはそれは神秘的な絵だったと。

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2016年10月 5日 (水)

真実って?誠って?

 先日メロディヨガ部のワークショップで、今ちまたで話題の“オルゴナイト”を制作した。ヨガインストラクターでもあり我がヨガ部の部長でもあるりえちゃんの実体験とヨーガの世界の融合のお話は、私的にはとって~も心に沁みたワークショップとなった。
 そもそもオルゴナイトってやつは、環境中の有害な電磁波エネルギーをポジティプエネルギーに変換してくれるという、生命変換エネルギー装置とも呼ばれるもの。

感覚人間の私としては、そういう話だけでもなにやら難しそう~と頭を抱えてしまいそうになるのだけれど、実際のところ、オルゴナイトのコースターの上にコップに淹れた水を一晩おいておくだけで、コースターに乗せていない水とあきらかに味が変化している、というのを体感できる実にシンプルな話。
そして実際にこの私も、自分で作ったコースターの上に水をのせておいたところ、次の日の朝まったく別ものの水に変わっていて、そのことにえらく感動してしまったのだ。
そしてこの体感することの大切さみたいなものをあらためて今回、このオルゴナイトちゃんから教わった気がしたのだ。
 普段の生活の中でないだろうか。理性を優先にして、それを真実だと思い込んでしまうこととか、、、人のうわさや世の中の流れが正しいと思うことはないだろうかとか。なんて浅はかなのだろう。

 昔から、何においても“あいまい”という世界が好きだった。これだ!みたいに断定してしまうのはとても窮屈な気がして、いつもふわっとしておくのが好きだった。あいまいな世界は常に変化していくもの、正解がない、というのも好きだ。どちらかというと人からは「じゅんちゃんはいいかげんだね」なんてあまり良くないイメージで言われることが多かったけれど、私的には「それは良い加減ってことよ」なんておちゃらけていたくらいだ。
でも、、、この歳になって思うのだ。このふんわりした世界の中にときどき芯のようなものが欲しくなるときが。
この間のワークショップのあとそのことについてずっと考えてた。
そして今の時点で思うのは、芯のようなものが、真実とか誠とかってよばれるもので、おそらくそれらにも正解はないんじゃないかなって。だから自分自身をとことん掘り下げて体感していくしかないのだと。そこから得たもの導き出されたものが、真実とか誠っていうものに近いものになるんじゃないかなって。
もっともっと感覚を磨いていって体感したいな。

私に足りないもの、みつけたよ。

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