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2016年3月

2016年3月27日 (日)

2分咲き。

 近所のブタ公園の桜が2分咲きに。季節は確実に前に進んでいるというのに、自分だけが置いてきぼりになってるみたい。だから苦しいんだね。
ひとり暮らしにもだいぶ慣れてはきたけれど、夕暮れ時のこの時間ってほんとにしんどい。自分の中に染み込んでいるものたちの重みにつぶされそうになる。逃げたいけど、逃げちゃいけない。しっかりと感じきってやろう。きっとそれが、自分が生きていくための肥やしになると信じて。
 今日は一歩も外に出ないでひきこもり。無理に外に出て、人やものや環境とつながるのはもうやめよう。頑張っている人の温度が今は痛い。そのうち自分も変わっていくだろう。変化という無理に時間や空間をよじまげるやり方はあまり好きじゃない。できないときはできない自分を楽しめばいい。

 千切りキャベツが山盛り食べたくて最近購入したVスライサー(たしかドイツ製)。これがなかなかいい感じなのだ。なんといっても、力がいらない。しかも切れ味がすごい!ということは野菜の切り口から栄養が逃げにくいということなのよね。まとめて切っておいても数日間はパリパリのまま、というのにも感動してるの。
などと、まるでVスライサーのまわしものみたいな私。久々にヒットな調理道具と出会えました。今晩ももちろんひとり千切り祭りにだにゃ。

 

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2016年3月22日 (火)

連休のこと

 連休中はいろいろあった。
ご近所に住む人生の大先輩のお友達の家にお招きいただきみんなでパーティーしたのは最高だった。こちらに越してきて1年半経つが、こんな新参者に対してフレンドリーに接してくださるし、なんといってもみなさん裏がないのが素晴らしい。ありのまんまでこちらのハートに飛び込んできてくれるので、自分もありのままになるしかないという感じ。裏がないって楽。もうこういう付き合い方がいいなと思う。
あまりにも楽ちんになりすぎて、ワインをひとりで2本くらい空けてしまい久々にヘベレケに。次の日のお弁当の仕事が入っていることを思い出し、深夜の道をべろべろになりながら走り抜けた。
そして明け方に、寝坊してお弁当を作り損ねてみなさんにごめんなさいをしているというリアルな夢を見たおかげで、なんとかぎりぎりの時間に目が覚めてお弁当作りに取り組めた。ふぅ~。
そのあとお弁当を届けに行った先で、ヨガ女子たちの1ミリも隙のないボディーをガン見していたら隙だらけの自分のたるんだ腹に落ち込みまくり、そのあと大盛つけ麺をやけ食いした。
なんていうんだろうか、ヨガの達人って自分の表面的な部分だけじゃなくてマインドも含め全部を知り尽くしてそれを操ることもできちゃうイメージだ。キレがあってブレがない感じというか。
いろんな意味でゆるみまくっている自分にはとうてい無理な世界だけど、そういうのを知っているか知っていないかではやっぱり少しでも知っていたほうがいいから、そのへんはいろんな人から盗もうと思う。
 夜は相方さんにベトナム料理をおごる。パクチーとかタイバジルとかミントとかコブミカンとかの香りの刺激ってときどき欲しくなるのよね。自分はこういうの大好きなんだけど、これをお店で出そうと思うとやっぱりまだ考えちゃう。得意な人と苦手な人の割合ってまだ半々くらいな気がするから。パクチーはだいぶ浸透してきたけど、他のはまだまだかなぁ。と言いつつも、以前ハワイで買ってきたタイバジルの種を撒いてみよう作戦を決行。ガパオに入れると最高なのだ。
そして夕べは11時に布団に入った。朝かと思っておきたら夜中の2時であった。こんな感じで明け方までなんども目が覚めてしまい、早寝の意味があったかどうかびみょうだ・・・。
さて、今日もそろそろお仕事へ行く時間。

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2016年3月19日 (土)

バタバタはよくない

 なんだか気忙しい・・・。気持ちと身体と行動がバラバラになっているこういうときに、ミスが増えるのも当然。反省することもたくさん。
落ち着かなきゃと思って、今のこの日記を書いている。書くことで整理されることはあるし。少しだけ冷静な自分と向き合うこともできる。大事なこと。
そして夕べは仕事を終えたあとに、たまっていた数々の愚痴を相方さんにぶつけたら案の定「そういうの聞きたくない」とあっさり叱られて凹み~。愚痴くらい聞いてくれたっていいじゃんっ。これをずっと我慢し続けたらいつか何十倍かになって爆発してちゃうぞ。
なにかで発散しないと!
 ということで、今日はこれからフラメンコのレッスンに行ってしぼられてきまーす。体動かして汗かいたら、いろんな毒素や膿も排出されるであろう。
やらなきゃいけないこと山積みでやばい感じなのだけど、ちょっとだけ現実逃避して外の空気吸って、また戻ってくればいいや。

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2016年3月18日 (金)

毛糸玉

 最近、髪を25センチくらい切ったのだけど、こんなに切ったのに誰も気づいてくれないじゃーんとか思っていたら、お客さんが3人ほど気づいてくれてワーイ!って感じ。しかもみんな女子。
やっぱり女子はこういうとこ敏感だよねって思う。こんなおばさんが髪切ったって、どおってことないのだけど、そういうどおってことないことをわざわざ言葉で表現してくれるその心のゆとりというか優しさというか、私も見習おう。

 夕べはめずらしく女子率高くて、相方さんノリノリ。いつもそのテンションで仕事して欲しいものだ。それにしてもあまりにも分かりやす過ぎ。
そしてお店に飾ってあった相方さんのおもちゃコレクションに目が入ったお客さんと、偶然にも意気投合してルンルンになっていたのでよかったねと思っていたら、そのあとそのお客さんが近々お引越しされると聞いて撃沈。せっかくマニア話ができると思ったのにね、残念でした。

そして私は料理を作りまくってヘロヘロだったのだけど、お客さんが「ここの空間って落ち着くよね」とか「おいしいね」とか言ってくださったので、一気に疲れもふっとんだ。料理ってつくづく身を削る仕事だと思うのだけど、こういうお客さんとの気持ちのやりとりがあるから、もっと頑張っちゃおうって力が湧いてくるのだ。おうちのゴハンも一緒だね。家族の喜ぶ顔があるから母ちゃんは毎日頑張れるのだ。世の男性陣、もっともっと奥様をほめて差し上げてください。おかずがもう一品増えるかも知れませんよ。
 そして久々にお酒もほとんど飲まずに寝たので、朝の目覚めのいいこと。
こんなにも違うんだぁ、と体の軽さを実感したけれど、あまりにも健康的な感じも自分っぽくない気もするので、体を労わりつつお酒とも仲良くなりつつ、ほどほどに過ごしていきたいもの。もういい歳だし。

 最近、自分の幼少期と向き合う作業をしていて正直すごくしんどいのだけれど、今の自分の要素がものすご~くいっぱい詰まっているのが見えてくる感じがおもしろい。もうすっかり自分の中では終わりにしちゃっている出来事とかが、実はまだ未解決だったこととかに気づく感じとか。
これって絡まった毛糸を少しずつほぐしていく作業に似てる気がする。





 

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2016年3月14日 (月)

鍛える~

 昨日の休日は久しぶりにまったりと過ごすことができた。昼過ぎに起きて韓国料理屋さんでチジミとかチャプチェとかつまんで、そのあとスーパーで買い物したらあっという間に夜になっちゃって、鶏とセロリの鍋を作ってしみじみ食べてそして0時前に布団に入った。

時間に追われないってなんて贅沢!を満喫した。
本来ならば、人間誰もが持っている自由のはずなんだけど、どうしても自分を枠にはめて自分をどんどん狭くしていくのが得意な我ら。とはいえ、枠がなかったら、なんでもありで整う部分がなくなっちゃうから、ときどきこうして日々の隙間に生まれる自由をありがたいと思いながら過ごすくらいがちょうどよいのかな、とも思う。

 ここ最近の相方さんとの関係も落ち着いてきたところ。よくもわるくも「俺の領域に入るな」オーラばんばんの相方さんなので、かつて私はその領域に土足で入っていこうとしたもんだから、そりゃぁうっとうしかっただろう。そういうことも離れて分かるようになってきた。
今となれば愛とか恋とか親友とか友達とか、そういう温度はまったくなくて“ただの他人”という感じなのだけど、それがお互いにちょうどよいということも分かってきたし。
一時期はそれが寂しくてしかたなかった自分ではあるけれど、時がその気持ちを薄めてくれた気がする。もちろんその間、自分自身ととことん向き合って葛藤して、そこから何かを導きだそうと努力した。ただ答えは出なかった。だけど自然と流れが今を創ってくれたと、今はそう思っている。
距離が離れていれば、相手に対してイラっとすることもないし。良いこともいろいろあるし。
ようやくここまでこれた。長かった。そして辛かった。

 最近のマイブーム。体幹を鍛える!です。
フラメンコの師匠に教えてもらったチューブを使ったトレーニングを、朝テレビ見ながらちょこちょこやるのが楽しい。とはいえ疲れない程度にしかやらないから、ちっとも鍛えられていないのだけど、体を動かすと何かが流れ始める感じがして心地いいのだ。
悩みごとがあるときは、まず体を動かすといい!っていうのを最近リアルに感じてます。
なんでしょね、やっぱり心と身体って一緒なんだな~というのが実感できるところかな。
そんな感じなので最近は、踊りを上手になるというより、まず体幹をしっかり鍛える!というのを目標にしてたりします。
誰がどう見ても運動神経0(ゼロ)の私。見えないところに筋肉つけてやろうかと企んでるところですっ。いひ。
それに、ダンサーって、舞台に立った瞬間に特別なオーラを放ってるでしょ。あれってどうやら鍛えられた体幹からくるものらしい。う~む、奥が深いにゃ~。

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2016年3月10日 (木)

いじわるばあさん?!の巻

 バタバタしていてなかなか日記が書けないぞ。
何か特別なことがあったわけでもないけれど、書かないでいるとどこかにストレスが溜まってくるみたいで。今ここにいる自分というのを表現するひとつのツールになっているんだろうな、日記が。
やっぱり人間どういうカタチであれ、表現するということは大事なんだなぁ。そのツールこそ生きていく上での武器になるんじゃないかなぁ、と最近思ったりします。

 そういえば数日前にちょっとおもしろいことがあったので思い出しながら書いてみようかと。
その日は朝から出張お料理教室があって、いつものように生徒さんに駅に迎えにきてもらって、そのお仲間さんのお宅へと向かいました。
駐車場に車を停めたとたん、向かえに住むおばあさんがものすごーい勢いで飛び出してきて私たちの車がほんのちょっと道路に飛び出していることを指摘してきました。「こういうことされると迷惑なのよね」と。
「お母さん、ごめんね。すぐに直すね」と、その勢いを裏返すようにわざと私は穏やかに返したんですけどね。
実は私たちが停めた真後ろにもう一台車が停まっていたので、まず後ろの車をバックさせて、そうしてから私たちの車を動かさなければならなくて、ちょっとばかりもたついていたわけです。
するとやっぱりそのおばあさんが再びやってきて、「まだやっていないの?早くしなさいよ!」と怒鳴り込んできましてね。
さすがにここまでくると、私もなんだかおもしろくなってきちゃいまして、こういうおばさんっているんだなぁと。
とはいえ、さぁこれからみんなでお料理しよう~ってときに、こんなにややこしい一件(というか、人の心を勝手にかき乱すめんどくさい人なんかには関わりたくないのだ)に巻き込まれちゃうなんて、なんだかなぁという感じで。でも苦~い気持ちのままお料理したくなかったから、少しでも自分の気持ちを納得させたくて、最後におばあさんに言いに行きました。
「おばあさん、そんなに怒っちゃだめだよ。今車下げたからね。」と。
そうしたらそのおばあさん、「ありがとうね」って。
なんかありがとうってその言葉が、さっきまでのおばあさんとは思えないくらいみょうに寂しそうで。もしかしたら本当のいじわるばあさんではないかもなと、そのとき思いました。
そしてそのあと私たちは、いじわるばあさんみたいにプンプンなんてせず、みんなで楽しくわいわいお料理したのでした。
 という一件でした。

私が一番驚いたのは、おばあさんのきつ~い言葉の感じ。こんなふうに言われたら誰だって傷ついちゃう。まさに言葉の暴力。
言葉には表情があると思う。だとしたらちょっとでも優しいほうがいいよね、と思う。人にも自分にも優しくなれると思うな。
 それにしても、どうしてあんなにいじわるなんだろう。やっぱり寂しいのかな。ううむ、気になる。

 



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