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2015年12月

2015年12月15日 (火)

材料探し

 冷蔵庫開けて、ゴクゴク牛乳飲む俺。もちろんパックごと。
昔は旦那さんや子供たちに「ちゃんとコップに入れて!」なんて口うるさく言ってたものだけど、今となれば自分がやってるじゃん。なんだかなぁ。
最近は洗い物も面倒になってきて、一皿ですむようにしたりとか、鍋ごと食べちゃったりとかしてるし、、。
どんどん野生化してる。いけない、いけない、、、。
おじさんにならないように気をつけよっと。

 今日は自転車で仕入れに行った帰りに、ちょっと冒険して初めての道を走ってみた。車だと絶対に通らないような細道とか、あえてイチョウの絨毯を踏みながら走ったりとか、これもチャリンコの醍醐味だ。子供の頃に戻ったような気持ち。
すごく小さなことだけど、こういう日常のゆとりって大事だと思った。心に余白ができた感じ。
 淋しいにしがみついててもダメよね。前を向くための材料、自分で探しに行かなきゃ。
 

 

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2015年12月13日 (日)

日曜の夕方

 今のお店もなんとか1年越すことが出来て、少しづつ馴染みのお客さんもついてきてくださって嬉しいかぎり。地元の人たちに「3ヶ月もつかね~」「こんな場所によく引っ越してきたね~」など心配されつつも(イジワルではなく愛を持って言ってくださった)気づいたら1年経っていたのは奇跡のような偶然のような。
これも支えてくれた人たちがいたから というのはもちろんのこと、さまざまな衝突があった中でも店だけは守っていかなくてはという気持ちを持続できた自分の結果だったと思う。
店の仕事は楽しいに尽きるけれど、その裏で自分の身に起きた出来事を咀嚼していくのは本当にしんどかった。毎日仕込みしながら泣いてたような気がする。
何かを達成したわけでも、努力したわけでもないけれど、こんな自分にお疲れ様を言いたい。
などと、12月にもなると、こうやってなんとなく1年を振り返ってみたくなるものだな。
 ゆうべは仕事のやり方で相方さんともめて衝突。そのあとのご機嫌とりがこれがまた大変だったけど。
それだけ真剣に店のことを考えてくれてるんだなぁと、私としては嬉しい出来事だったし、こうやってお互い意見を言い合えるのはいいことだと思った。
飲食の仕事は嫌いと言っていた相方さんが、ここまでになるなんて、ちょっとすごい。(上からで失礼)
そしてケンカしながらも、最後まで仲良し夫婦を演じきった俺たちもすごいと思う。

 さて。今日は日曜日。
休日だけど早起きして、洗濯したり店の雑用したり自転車で買い物に行ったりして地味に過ごした。
ちょっと前の私だったら、休みの日だからどこかへ行こう~とか、普段できない特別なことをしようとか思ったけれども、今はただただ地味~に普通に過ごす、というのが疲れなくて一番のような気がしてきた。
というより、ひとりだとそうなっちゃう、というのが本音だけど。
少しづつ行動範囲も広げていかなきゃいけないなぁなどと模索中である。
 男の人をたててそこに慎ましくついていく、というのが女の生きがいだと思ってずっとやってきたので、いざひとりぼっちになると、どうやって自分を生きていったらいいのか分からない、というのが本当のところである。いつのまにかどこかで萎縮しながら生きてたのかもしれないなぁと思うことさえある。
自分、どうしたい?というのが最近の課題である。

 外も暗くなってきた。腹が減ってきた。
がしかし、スーパーで出来合いのお惣菜とかを買うのは、なんだか躊躇してしまうな。淋しくなっちゃいそうで。

 

 


 
 

 

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2015年12月11日 (金)

おじいちゃんとおばあちゃん

 昨日は母方の祖父母のお墓参りに茨城のほうへ遠征に行ってきた。というのも、以前からずっと気になっていた自分の祖父母の存在というものについて知りたかったというのもあるし、最近ある人から言われた「お墓参りに行くといいよ」というひと言で、「もうこれは行くしかない!」となって、その流れにそのままのってみた。

 おじいちゃんおばあちゃんの話の前に、私の中に常にある“淋しさ”とか“孤独感”について少し書いてみようと思う。この話が今回の流れと直接繋がるかどうかは分からないけれど。
 私の両親というのは、娘の私が言うのもなんだが、良くも悪くも独特な人たちだと思う。幼い頃から両親のケンカを目の前にして育った私には、安心できる居場所というのがなかった。ケンカの仲裁に入るのは私だったし、4歳のときに初めてそんな両親に向かって、「いい加減にして!」とずっと堪えてきた気持ちをぶつけたことは今でもはっきりと覚えている。それ以来私は、両親という存在を大事なかけがえのない存在と意識しつつも、気持ちのどこかで軽蔑していた。「大人になんかなりたくない」と思い始めたのはその頃からだったと思う。
そんな両親でも離婚という選択をしなかったのは、私たち(弟)子供のためだったと思う。たしかにそこは感謝しているけれど、私としてはとても複雑な気持ちもあった。
 もし、この人たちが離婚という選択をしたとして。私が母方についたとしたら、気持ちのどこかで父を憎しみながら大きくなったのかもしれない。もし父方についたら、ずっと母を憎みながら成長したであろう。
でも結果として私は、どちらの味方にもならなかった。というか、あるときは、母の味方をし、あるときは父の味方になる、みたいな、ある意味要領のいい仲裁役になっていたと思う。でもそれで家族が仲良くなれるのだったらなんでもしようと思った。子供ながらに自分が接着剤の役目になろうといろいろ頑張っていた。
 ひとつ下に弟がいるけれど、彼も早くから家を出ていった人間なので、今でもほとんど関わりがない。姉である私が推測するに、きっと彼も居場所を求めて人生を放浪するのだろうと、なんとなく予測がつく。ただ私とは正反対のエリート路線の彼なので、そのへんは私より上手にやっていくんだろうなと、なんとなく頼もしくも思えて安心はするけれど。
 兎にも角にも、いいとか悪いとかではなく、私はたまたまこのような環境の中で育ったので、幼い頃から「家族って?」「親子って?」「兄弟って?」というのが、よく分からなかった。成長するにつれて、その疑問符が底知れぬ淋しさと孤独感に変わっていったのは確かだった。さらに、その気持ちを誰に打ち明けたらいいのか、いつも悩んでいた。私の味方って誰?と。

そんな中で、祖父母の存在というものには、今までの人生の中でほとんど触れてこなかった部分で、気にはなっていたものの、最初から味わったことのないものにはなかなか関心が持てない、というのが正直なところだと思う。
恥ずかしながら、祖父母を知らないでここまできた私の人生だ。赤ん坊の頃に一度会ったとか、もしくは私が生まれる前に亡くなっていたとか、その程度しか知らない。もちろん顔も名前も分からない。両親からも聞いたこともなかったし。

 今回このような流れにいたって、初めて知った祖父母の存在。おじいちゃんおばあちゃんがいるから、父や母がいるわけだし、そして私という人間がここにいるという現実。この感覚が私にとってはとても新鮮だった。
父方の祖父母に関しては写真を手に入れることがてきた。写真の中のおじいちゃんおばあちゃんは「初めまして」とは思えないくらい近くに感じたのも、すごく不思議な感じだった。

 今回の一件で、私の中にある淋しさと孤独感が、少しだけ薄らいだ感覚があったのは確かだ。何かに見守られている感を確認できたのは、すごく大きかった。

 子供の頃からずっと苦しくて「もうヤバイ」と何度も思った。いつもぎりぎりのところを生きてる感じだったけど、それでも“生きる”のほうを選択してここまで来れたのは、見守っていてくれたじいちゃんとばあちゃんのおかげかもしれない。

 見えない力に私は支えられてたんだなと思うと、私という人間はひとりで勝手に生きているというのではなくて、繋がってきた命を受け継いで今ここにいるということなのだろう。そう思うと、なんとなく力強さとか頼もしさや責任感みたいなものを感じる。
そして自分の父や母にも、お父さんやお母さんがいたことを思うと、父も母も子供だったんだと、ちょっと愛らしく思えたり、そういうことを冷静な立場から見えたり考えたりもできる。なんかおもしろい。
人間ってみんな凸凹していて不器用でいいのだ。だけどそこにはいつだって愛がある。そしてその愛は繋がって受け継がれているってことを今回初めて知った。
 そして、私のこの人生のシナリオを作ってくれたご先祖さまや、ここまで育ててくれた父ちゃん母ちゃんに感謝したいと思った。全部が“〇(まる)”になるって、こういうことか。

 それにしても実家に帰るたびに、ものすごく長い旅路を終えてきたような、そんな感覚になるのはなぜかな。まだ43年しか生きていないのに。

 お墓にいるおじいちゃんおばあちゃんと、写真の中のおじいちゃんおばあちゃんに、ありがとうとこの歳になって初めて言えて、胸のつかえが少し取れた気がした。

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2015年12月 6日 (日)

日曜日

 睡眠時間2時間で一日かけぬけた昨日。早朝のお弁当作りから、ヨガ部、店の仕入れ、フラメンコ、夜の営業とほとんどすき間なく動いた。我ながら頑張ったと思う。
いつもならヘロヘロになるものの、深夜までしゃんとしていられたのはヨガの効果だと思う。特に、ヒロシ君のクリスタルボールの音色の中でやったヨガは今までで一番だった。音の中に完全に溶け込んじゃっている自分のカラダの感覚が不思議すぎておもしろすぎて、爆睡する予定が意識さえまくり。なかなかできない経験なので、すごく得した気分。シンプルなこの体にも感謝だ。

 深夜に帰ってきて風呂に入ったら一気に緊張がとけて、今朝は風呂の中で目覚めるという事態。40過ぎのおばさんがまったく恥ずかしい、、、。
家事をしたり、店の掃除したり、ゴミをまとめたりと、休みの日でもいろいろとやることあって、休みなんだかどうだか分からないけど、休日の淋しさを紛らわすにはちょうどいい。
でも、夕方くらいからきゅうに淋しさが倍増してきて、いつものモードに戻っちゃう。腹が減るので、てきとうに何か作って食べるのだけど、味なんてちっともしない。
早く朝にならないかな、、、。(って、まだ夕方だよ。泣)
 

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2015年12月 3日 (木)

ぽう~っ。

 いいとか悪いとかではなく、「男の人って自由でいいよなぁ」、とか、「まったくいくつになってもこどもなんだから」、、などと、いろいろ感じたこの1週間。男と女とはそもそもにおいて種族が違うし、だからこそお互いのいいところを尊重し合って生きていくのが本来なのだろうな~
などと、ひとり暮らしになって、そういうことを冷静に考えたりできるようになったのは、いいことだと思う。ただ感情だけに流されて、相方さんに迷惑をかけていたあの頃の俺は小さかった、、、。
とはいえ、仕事で毎日相方さんとは顔を合わせるので、以前のようにゴハン作ったり洗濯したり、身の回りのことはとりあえずやっていたりする。というか、女って生きものはつい世話してしまうものなのだ。仕事では仲良し夫婦を装い、いざプライベートになったら知らんぷり、なんてこと、なかなかできるものじゃないのよ。そうやっちゃう自分も嫌いじゃないし。
まぁ、気になるのは、「もしかして私って相方さんにとって、ただの家政婦?!」ってところなんだけど、そこを突き詰めるのはやめておこうと思う。もう傷つきたくないもんね。
そんなこんなで家を出てから1ヶ月がたち、少しずつ生活にもリズムができてきた。あとはこのリズムに乗っかっていけばいい。とりあえず1ヶ月頑張った俺にお疲れちゃんである。

 話は別で。
ここ数日の間に、いろんなご縁があってその中で気づきもあって、いい意味でぽうっとなっていた。
いい刺激をもらって「さぁ頑張ろう~」って話ではなく、もっともっと優しくて深い愛のかたまりみたいなものの存在に気づかされたというか。
そういうのを頭で感じたのではなく、この肉体と精神をもって感じることができた。
感じすぎて知恵熱が出たほど。
 などと、いったいなんのこっちゃ?!な話ではあるけれど、「すごく良かった~」という感覚ではなくて、「あぁ、そうだったんだ~」という感じの話。 
こういう出会いやご縁があったのも、すべてがタイミングだと思うと、生かされていることにただただ感謝。
人間はひとりで生きてるわけじゃないんだな、という基本中の基本みたいなところに気づかされたことが一番大きかった。
 

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