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2015年11月 8日 (日)

作ること、食べること。

 朝から雨で気分もどんより。ひとり生活、初めての日曜日。部屋の片付けをしつつも、心はどうしても過去に引っ張られてしまってなかなか手が進まない。人生いろいろすぎて、心が追いついていきませぬ。
 そんな中、なんとか元気を製造しようと試みた作戦が“自分のためにメシを作る”であった。
普段、仕事で料理しまくっているので、今さら自分ひとりのためのゴハンなんて作る気にもならないんだけどね。

 振り返ってみれば、我が人生、ずっと誰かのためにゴハンを作ってきた気がする。それが生きがいだったし、私にとっては自分の存在位置を確認する大事な作業でもあった。
 その昔、共働きの両親の間で育った私は、母から一週間分の家族の食費を預かって家族の食卓を任されていた。学校から帰ってくると毎日のように近所のスーパーに走っていき、その日の献立をあれこれ考えながら買い物するのが楽しかった。家族のために大事な責任を任されているということが、当時の私にはとても誇らしかったのだ。そんな大事な役割を、ぽ~んと小学生の私に任せちゃう母って、今思うとすごい人だったんだなぁ。なんだか尊敬してしまう。
友達と遊ぶことより、家でゴハンを作ることのほうがずっと意味のあるものだと思ってた私。今思えば、ちょっと変わった子だったと思う。友達がいないのは、そのときからなんだな。
家族で食卓を囲むことなどほとんどなかった家だったから、唯一自分の作るゴハンで家族がつながっている、というのを幼いながも確認したかったのだと思う。
そのときからずっと、ゴハンは誰かのために作るものだと思ってたもの。

 そんな自分が、この歳になって初めて、自分のために作ろうって思ったのだから、ものすごく違和感があるしぎこちないのだけれど、結局、人間の生活の満足感(心の充実感)って、“食べる”という行為に行き着くと思うのだよね。しかも、コンビニとか出来合いのものではなくて、自分で調理する、っていうのがいいみたい。ゴハンを作るということは、生きるエネルギーにつながるものだし。

 引っ越してきて、心の淋しさに支配されっぱなしだった。もちろん今もまだ淋しいけれど、それらを過去のせいにしてみたり、環境のせいにしてみたり、自分の弱さのせいにしてみたりしても何も始まらないもんね。
そういうずる賢い自分をも全部受けいれつつ、なんとか今日も明日も生きていかなきゃいけないのだから、この世の仕組みって厳しいなぁと思う。生きてくってほんとに大変。

 そんな中、ただ今、近所のスーパーに走ってきました。
まだ調味料も道具も整っていないし鍋も1個だし包丁も1本。その範囲で、ササミとキノコとトマトのスープをつくりました。自分のためにだけと思うと、ものすごーく適当な味になってるし、ちっとも美味しくはなかったけど(涙)、野菜もいっぱい入れたし、体にはいいだろう。
明日はお米を買いに行こう。

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