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2015年11月

2015年11月30日 (月)

ぽかぽか

 土曜日の心理学探究会で、今年1年の自分と向き合うという課題に向き合えなかった自分。向き合えないのではなくて、向き合った自分を表に出す勇気がなかった。まだ自分の中に渦巻いている感情がいろいろあって、全然整理できてないや。
それにしても今年も波乱の1年だった。まだあと1ヶ月残っているけれど、まだ余波がありそうでちょっとこわい、、、。
 そんな中、昨夜は相方さんと名駅にゴハンを食べに行った。別々生活になってから、ケンカというものはなくなったから、(良くも悪くもお互いを干渉しなくなったので)かつてのような“いつケンカになるか分からないハラハラ感”はなくなった。そう思うと、こういう結果になったことも意味があったのかなぁとは思うのだけど、やっぱり女として、心は複雑、、、。いまだに腑に落ちない想いが自分の中でうずいてる。
 ただ、そういう思いをいつまでも引きずっているなんて自分らしくないし、めんどくさいので、早く切り替えなきゃいけないのだろうけどむずかしいなぁ。
 
 今日はお天気が良かったからチャリンコライフも快適。
柔らかな風を切りながら、黄色に染まる街路樹の下を走るこの“今だけ感”、宝物である。背中に当たるお天道様のぬくもりに癒された。
私の味方がちゃんとついていてくれるこの感じ。ありがたい。


 

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2015年11月27日 (金)

寒いな

 冬が来た。寒いぞ。
でもひとりだと我慢しちゃう。家族や自分以外の誰かがそこにいるから、暖房つけようとか、温かいものでもこしらえようとか、ってなるんだな。
自分だけだったら毛布にくるまってりゃいいんだし。料理しなくても誰に迷惑がかかるわけでもなし。
なので、ひとり生活ってある意味気楽なように見えるけど、ひとりじゃない生活が長かった私にとっては地獄。もはや家族や誰かに尽くすって感覚が沁みこんでいるから、なかなかそこから抜けられないというのが正直なところ。
真っ暗な部屋に帰ることとか、音のない空間とか、まだまだ馴染めないことだらけ。

 そんな中、1日3食の自炊生活はとりあえず続いてる。食器もいろいろ使うと洗い物が面倒だから1枚のお皿の上になんでも乗せちゃったり、鍋も1個でまわしてるし。
帰りが深夜になろうと、酔っ払ってよれよれになっていても、ちゃんとゴハンだけは作って食べて寝るようにしている。我ながらここだけはすごいと思う。(ものすごくてきとうメシだけど)
あらためてゴハンって大事なんだなと思った。腹を満たすことは気持ちを満たすことに通ずる。空腹のまま寝てしまうなんて、やっぱり心が淋しすぎる。
栄養を摂ること以上に、今は気持ちが死んじゃわないようになんとか続けているのだと思う。食べるって大事だ。

 寒空の下、今日もチャリンコライフ。
帰ってきて見ると、カゴの中に落ち葉のお土産。
なんだかほっこりしちゃった。

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2015年11月25日 (水)

冷たい雨

 人は目標とか夢とか希望とか目指すものがあるから、その日を頑張って生きれるのだと思う。たとえ小さな夢であっても、それを抱いているという自分の状態が気持ちがいいのだ。
だから、悩みがあったとしても前を向ける。失敗して転んだとしても立ち上がることができる。
 でも、今の私にはそんなものなくて、ただただ今日一日をどうやって生きていこうかと、そのことに悩んでしまう。我ながら病んでると思う。
「自分ガンバレ」みたいなことを言い聞かせてみても、「ガンバレナイヨ、、、」という本当の自分がいる。
これは時間がかかりそう。しばらくは放っておこう。

 今日は月末恒例のいろいろな事務的な作業をこなし、その間に仕入れ&仕込みをこなし、そのあと近所の美容院に走りこんで、今やっとひと息ついたところである。
ひと息つくと、心にたまった言葉たちの整理をしたくなるのもいつものこと。日記をぽつぽつと綴ることで今の居場所を作っている気がするので、私にとっては大事なこと。

 それにしても外は冷たい雨。いろいろ沁みてきて心は痛いけれど、この雨の中に、なにか小さな楽しみを見つけたいものだな。

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2015年11月23日 (月)

日曜は嫌い

 淋しすぎてどうにかなってしまいそうな日曜日をなんとか乗り越える。日曜日なんて大嫌いっ。
 夕暮れ時に部屋にともる灯りとか、夕げの支度をする匂いとか、無邪気な子供の声とか、休日の家族連れとか、、。今の自分にはすべてがつらすぎる風景。
この痛みが神さまからの罰なのかも、、と思って受けいれるしかないのだろうけど、やっぱり痛すぎるぅ。涙止まんない。生きてくのってほんとうに大変。
 眠れない夜に酒をあおる自分もなんだかなぁと思うけど、今の自分を支えるためにはどうしても必要。いろんなものに依存する行為は良くないことのように思われがちだけど、その裏に「なんとしてでも生きていかなきゃ」という人としての使命感があるからこそ、人は何かに寄りかかりたくなるのだと思う。ただ、子供のようになんでも好き勝手にとはいかないのが大人だから、そのへんのバランスをとっていくのがほんとうにむずかしいところ。人や世の中に迷惑をかけてはいけない、というのが大前提だから。
 
 ここのところお天気がびみょうで私のチャリライフも思うようにいかず。
そんな中、買い物した荷物が前のカゴに入りきらないという問題があったので、アマゾンで後ろ用のカゴを購入した。黙って相方さんが取り付けてくれたのはいいけれど、“40過ぎのおばさん単身生活”&“おばさんチャリライフ”を陰から応援してくれてるみたいで、なんだかものすごーく複雑な気持ち。そういうことを適当にしてくれちゃうとよけいに淋しくなるのだよなー。
それにしてもチャリの後ろにカゴをつけるだけで、ぐぐっとおばさん感が増したような気が、、。
ここにネギとかゴボウとか乗せて走ると、なかなかいい景色になりそうだ。
 今日も一日がんばろう。
 
 

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2015年11月19日 (木)

たまごちゃん

 晴れたのでチャリで仕入れに行く。今まで車でしか行ったことがなかった場所に、チャリをひたすらこいで向かうこのアナログ感よ、悪くないぞ。膝のリハビリにもなるし。
だけど、毎回帰ってくると卵が2、3個カゴの中で割れてるのよね。走り方が悪いからかな。なにか良い方法はないかな。
 そう。卵といえば、ここ最近ハマっているもののひとつ、“蒸したまご”というのがある。
茹でたまごとは違う独特のふんわり感がたまらんのよ。
今住んでいるアパートには換気扇がないの。キッチンで煮たり焼いたりした日にゃ、もう部屋じゅうが煙だらけ&ニオイもすごい、、、みたいになっちゃうので、“蒸す”という調理法が唯一害がないのよね。なので、食パンでも野菜でもなんでも蒸しちゃっているけど(電子レンジもないので)、これがなかなかいいんですね。素材そのものの味がするというか。
中でも卵が一番のお気に入り。ぜひ試してみてください。小さな蒸し器か、セイロ(私は100均のものを使ってます)に入れて、中火で8分かけます。おすすめです。
そんなこんなで、不便なことから楽しみって生まれるんだな~というのを実感しつつ、小さく地味に暮らすのも悪くないですね。

 一方、私がいなくなったとたんに、でっかいテレビを購入したり、昨夜は店のキッチンで自分専用カレーを大量に仕込んでいたりして。お一人様ライフを楽しんでいる相方さんの様子を見ていると、「男って、、、、」とか思っちゃう。
「じゃ、私って最初から必要なかったじゃん!」と思って、ムっときたりもするんだけど、そういうことを思うのも、もうやめたほうがいいよね。
部屋の隅に山になってた相方さんの洗濯物、こっそり持って帰って洗ってたけど、それももうやめようかな。
なんだか淋しくなってきちゃったぞ。
 
 

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2015年11月17日 (火)

チャリライフ

 雨の降らないうちに、、、と思って朝いちばんで自転車で仕入れに向かう。
以前は車で気軽に行っていた場所に向かうにも、今では事前にいろいろ作戦を練ったりする。まずはお天気。雨だとつらい。そしてあまりにも大きな荷物はカゴに入りきらない&俺の自転車テクニックでは危なっかしい ので、工夫して買い物をする。まとめ買いじゃなくて、毎日ちょっとづつ小分けで買ったりとか。
そんな中、今日は食材を買った帰りにお花屋さんでポインセチアなんか買っちゃったもんだから、もう大変。行き交うおばちゃんたち(チャリライフのベテラン)に助けられながらなんとか戻ってきたけど。汗だく。
でも、こういう何気ない人とのふれあいとかって今までなら味わうことなんてなかったもんね。不便なことって案外楽しい。
 体は疲れるけど、満喫してる感あるぞ、我がチャリンコ生活。

 相方さんは、相変わらず忙しそうにしているけれど、私がいなくなったおかげで、家に戻る時間を気にしなくていい&好きな時間に好きなことができる&いろいろうるさく言う人間がいない というあらゆる自由を得たようで、なんとなく気持ちも表情も軽くなったようでよかったね、という感じ。私的には、ちゃんとごはん食べてるのかなとか、風呂に入ってるのかな、とか身の回りのことをいろいろ気にしてしまうのだけど、今となればその領域にも入れないので、頑張って知らんふりしてるけどね、、、。
男ってマジで分からん。
 まぁ、私もしっかり自立しろということなのかな。うーーむ。


 

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2015年11月15日 (日)

夕暮れ

 仕事を終え、真っ暗な部屋に帰ってきて、明かりを灯すこの瞬間、毎日涙出ちゃう。なかなか慣れないなぁ。。。
 まったくどうして、私の人生ってこうなっちゃうんだろう。腑に落ちない悔しさと、40過ぎのおばさんとしての情けなさとが、同じ分量で今私の中に存在している。
この気持ちで、インスタントラーメンを作った鍋ごとすするとか、ひとり部屋でコンビニおにぎりをむさぼる、とかいうのをやってみると、間違いなく空しさで押しつぶされます、、、。(経験ずみ)
 
 そんな中、昨日は久々にフラメンコのレッスンを受けて心身ともにリフレッシュしてきた。
皮肉なことに、心が辛かったりしんどかったりするほうが、内面のものが踊りに反映されるというのは確か。これって、穏やかな現実の中だけでは麻痺してしまっている感覚だと思う。いろいろ味わった人間が表現できる領域なんだろう。
そう思えば、すべての経験はひとつも無駄にはならないということなんだろうな。そういうふうに自分に言い聞かせてみるか。
 心の傷を何かのせいにするヒマがあったら、その気持ちを表現というカタチに代えていくのが自分のやり方なのかも知れない。
子供の頃に、なんとな~くそういう世界があるということを教えてくれた母ちゃん。「苦しくなったときに、順ちゃんを救ってくれるものが必ずあるはず」と。
そんな母ちゃんに今になって感謝したい。
だからとことん向き合うぞ、自分の内面と。それを表現の肥やしにしていけばいいんだ。

 今日は日曜日。日が暮れ始めてきたこの時間、自分を支えるのがとっても大変な時間帯なのだけど、今ぐにゃっとなったらおしまい。頑張れ俺。

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2015年11月13日 (金)

ちっともわからん。

 部屋の小窓から、街路樹が色付く姿を見られるのが最近いちばんの贅沢である。日に日に紅が深まっていって、下には落ち葉の絨毯。
季節の移り変り代わりをこんなにも静かな気持ちで迎えられるのは何年ぶりだろう。失ったものの引き換えには、必ずご褒美があるんだなぁ。神さまありがとう。
 
 相変わらず自炊生活は超テキトー。鍋に野菜とかキノコとか、この間買いだめしておいたビーフンとスープを入れて、ゴトゴト煮ておしまい、、、みたいな一皿で済む雑なごはん。
ただ、これでもちゃんと手作りしているから気持ち的にはしっくりくる。
やっぱりゴハンって、誰かのために作るから、そこに想いが入って美味しくなるものなのだ。はっきり言って自分メシなんて、どうでもいいんですよ。(ちょっと投げやりです)

 そんな中、昨日は、前々からずっと気になっていた甚目寺の朝市に出かけてきた。なんとめずらしく相方さんと一緒に。さらにめずらしいことに、ケンカにもならず、そのあと無事に帰ってきて、いつもの別々の生活に戻った、、という不思議な一日だった。
 お互いに馴染みのある空気っていうのはやはり悔しいくらい落ち着くわけですよ。追い出されちゃって(悔しいので、自分から出ていってやった、くらいに思っていますけど)、すべてが終わっちゃったみたいな喪失感の中に、こうして馴染みのある空気に触れることは正直ちょっと嬉しかったりするんですよ。ただね、なんだかちょっと複雑な気持ちにもなりますけど。「私、何ものなんだ?」ってね。
そして「わぁ~ぃ、仲良かった頃に戻ったぁ。るんるん。」とか浮かれていたら、相方さんの、「ここの領域からは俺に関わるな」みたいなグサっとくる線引きがあるんですよ。マジ凹みます、、、。
むずかしいですね。。。
男の人って何考えてるんだかちっとも分からん。

 そんなことで悩んでたってしかたない。私は私、強くならなくては。

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2015年11月11日 (水)

自転車デビュー

 足がないので自転車を買いに行った。「とにかく一番安いやつくださ~ぃ」と、大根買いにいくみたいなノリで。即決。
自転車屋の兄ちゃんが手早く調整してくれて、そのまま乗って帰ってきたのだけれど、これがまた自転車なんて中学生以来だから、ヨタヨタのくねくねで危なっかしいったらありゃしない。自転車ってこんなにむずかしい乗り物だったっけ、、、、。
とはいえ、これで買い物にも行けるし、ちょっとばかり行動範囲も広がるだろう。どちらかというと今は仕事以外はほとんど引きこもりなので、これがいいきっかけになるといいけど。
それにしても久しぶりに風を切って走って(ヨタヨタしながらも)、ものすご~く気持ちよかった。
ちょっとづつ心のリハビリしていかなきゃ。

 そんなこんなんで、一日の大半が落ち込みモードになっている今だけど、そんな中でも、自分が元気になれる方法をいろいろ考えていたりするのだから、人間って案外しぶとくできてるんですね、、、。

 夕べ風呂に入りながらつくづく思ったのは、自分って、回り道の多い人生だなー、ということ。23で初めて結婚したときは、まさかこんな人生を歩むとは思ってもみなかったもの。
 ただ、いろんなことがあるたびに、良い人間になろうとはなぜか思わなくて、自分らしく生きようという思いのほうが強くなるのはたしかなのです。
だから嫌われちゃうんですね、、、。

 

 
 

 

 

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2015年11月10日 (火)

ひとりめしはうまくない

 ケンカしながらでも、一緒に暮らしていたほうがどんなに心が安らいだか、、
などと今になって思うことはたくさん。
振り返っちゃいけないと思いつつも、捨てられちゃった哀しみ&悔しさはそう簡単にはぬぐいきれないぞ~。
今いちばんつらいのは、店の仕事で相方さんと顔を合わせること。これ、すごくつらい、、、。さらに、仕事を終えて、今までだったら「お疲れさま~」とか言って、なにか食べたり飲んだり深夜の暴飲暴食を楽しんだものだったけど、今は私は私のおうちに帰らなきゃいけない。夜道をとぼとぼ帰るとき、勝手に涙が出てきちゃう、、。40過ぎのおばさんとしては、かなりかっこ悪いことだけど、心がそうなってしまうので仕方ない。そのうちなんとかなればいいけど。
 
 さて。ひとりになったところで、今後の人生をまた新たに考えなくてはいけないという課題があたえられたわけだけど、そう簡単に前を向けるわけがないじゃん!と強く開き直りたくもなっちゃう。
今の自分の精神状態はというと、こんな感じ。
ものすご~く前向きエネルギーが強くてぎらぎらしている人を見ると、正直顔がぼ~っとほてってのぼせてしまうし、かといって、後ろ向きが強い人を見ると、その場から逃げ出したくなるし。あと、理論詰めでくる人も苦手。
基本前向きだけど、ほどよく緩くてちょっと抜けててテキトーさもあって、そんな感じが今の私にはちょうどいい。いろんな刺激が痛くてたまらない~、今日このごろ。

 そんなこんなでゆっくりいこうと思う。ちょっと気を抜くとダダーっと崩れてしまいそうなくらいの弱さ。これをなんとか立てなおしながらもほんのちょっとだけ前を向いて、小さな小さな幸せを見つけることに専念しよう。
 ちなみに、自炊生活もなんとか続いてはいるけれど、やっぱりひとりメシってうまくない。味なんかちっともしないし、涙が出てきちゃうよね。
とりあえず、毎朝のジュースは欠かさず作って飲んで、あとは野菜をゆでたのをその場でかじったり、パンにチーズをはさんでむしゃむしゃ食ったりして腹を脹らましてる。ひとりのメシなんてこれで十分だと思う。(この間の日記と全然違うし(笑)。)

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2015年11月 8日 (日)

作ること、食べること。

 朝から雨で気分もどんより。ひとり生活、初めての日曜日。部屋の片付けをしつつも、心はどうしても過去に引っ張られてしまってなかなか手が進まない。人生いろいろすぎて、心が追いついていきませぬ。
 そんな中、なんとか元気を製造しようと試みた作戦が“自分のためにメシを作る”であった。
普段、仕事で料理しまくっているので、今さら自分ひとりのためのゴハンなんて作る気にもならないんだけどね。

 振り返ってみれば、我が人生、ずっと誰かのためにゴハンを作ってきた気がする。それが生きがいだったし、私にとっては自分の存在位置を確認する大事な作業でもあった。
 その昔、共働きの両親の間で育った私は、母から一週間分の家族の食費を預かって家族の食卓を任されていた。学校から帰ってくると毎日のように近所のスーパーに走っていき、その日の献立をあれこれ考えながら買い物するのが楽しかった。家族のために大事な責任を任されているということが、当時の私にはとても誇らしかったのだ。そんな大事な役割を、ぽ~んと小学生の私に任せちゃう母って、今思うとすごい人だったんだなぁ。なんだか尊敬してしまう。
友達と遊ぶことより、家でゴハンを作ることのほうがずっと意味のあるものだと思ってた私。今思えば、ちょっと変わった子だったと思う。友達がいないのは、そのときからなんだな。
家族で食卓を囲むことなどほとんどなかった家だったから、唯一自分の作るゴハンで家族がつながっている、というのを幼いながも確認したかったのだと思う。
そのときからずっと、ゴハンは誰かのために作るものだと思ってたもの。

 そんな自分が、この歳になって初めて、自分のために作ろうって思ったのだから、ものすごく違和感があるしぎこちないのだけれど、結局、人間の生活の満足感(心の充実感)って、“食べる”という行為に行き着くと思うのだよね。しかも、コンビニとか出来合いのものではなくて、自分で調理する、っていうのがいいみたい。ゴハンを作るということは、生きるエネルギーにつながるものだし。

 引っ越してきて、心の淋しさに支配されっぱなしだった。もちろん今もまだ淋しいけれど、それらを過去のせいにしてみたり、環境のせいにしてみたり、自分の弱さのせいにしてみたりしても何も始まらないもんね。
そういうずる賢い自分をも全部受けいれつつ、なんとか今日も明日も生きていかなきゃいけないのだから、この世の仕組みって厳しいなぁと思う。生きてくってほんとに大変。

 そんな中、ただ今、近所のスーパーに走ってきました。
まだ調味料も道具も整っていないし鍋も1個だし包丁も1本。その範囲で、ササミとキノコとトマトのスープをつくりました。自分のためにだけと思うと、ものすごーく適当な味になってるし、ちっとも美味しくはなかったけど(涙)、野菜もいっぱい入れたし、体にはいいだろう。
明日はお米を買いに行こう。

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2015年11月 6日 (金)

味って。

 11月に入った。そして新たな環境でのひとり生活も始まった。
名残惜しい気持ちいっぱい、未練もいっぱい。だけど、このままじゃいけないと思ったから。
こんな自分ではあるけれど、前を向いていきたいし、元気になりたいし、強くなりたいもの。
でも今はまだ、複雑な気持ちのほうが優先していて、なかなか一歩が出せない、というのが正直なところ。環境は変えてはみたものの、不安のほうがいっぱいなんですよね、まだ。
そのうちなんとかなるといいけど。

 夕べ、お客さんに「ママの料理が好き」って言ってもらって、ものすごーく嬉しかった。味って好みがあるから、私が美味しいと思ったものでも、それを相手が美味しいと感じるかは別。
味覚って、人生の経験で培われていくものだから、実はものすごーく深くて複雑なものだと思うのだよね。
きれいで正しくて整った人生を生きてきた人が作る味と、道外れたりどん底見てきたりたくさん失敗してきた人間が作る味とでは全く違う。味は相手の心に響くものだから。私は後者のほうが断然好き。
だから夕べは本当に嬉しかった。元気出ちゃった。なにより、もっともっと頑張ろうって思っちゃった。

 落ち込んでばかりいてもダメですね。
 

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