« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月

2015年9月27日 (日)

バランスむずかしい

 連休明けバタバタが続いて、自分と向き合う時間もない。目の前の作業を坦々とこなすだけ。今はこれでいいのかなぁとも思うけど。
とはいえ、やっぱりどうしたって淋しいのだ。相方との仲を修復しようと頑張るのはもうやめた。頑張ったけど無理だったから。
捨てられた女はどうしたらいいのかねぇ。
周りがいろいろ応援してくれて、そこに応えなきゃと思うんだけど、その裏で「もう頑張れないよ」って弱音を吐く自分もいるのはたしか。この間でバランスとるの、すごくむずかしい。

 昨日は、相方さんの出演するライブがあって、ニコニコのハイテンションで帰ってきて、お客さんに写真を見せまくってたけど、私にはな~んにも無し。なんだかずいぶん遠い人になっちゃったな~と思って、ちょっと淋しかったよ。
そして今日も早朝からお客さんとお出掛け。なんだか楽しそうだった。
 そんなこんなで、私は私の道を切り開かなきゃいけないという状況になってきたんだけど、正直言って、そんな元気湧いてこない。今いちばんに思うのは、息子たちに会いたいということ。それだけなんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月24日 (木)

じわ~

 落ち込んだり凹んだりしているときは、自分がこの世でいちばんの悲劇のヒロインみたいになるのだけど、それはそれでいいことのように思う。
自分よりもっと哀しくて辛い思いをしている人たちはたくさんいるから、こんなで落ち込んではいけない!と考えたところで、立ち直れるわけがない。だから、かっこつけずにとことん孤独になって悩んでいる自分をじっくり味わったほうが正解のような気がする。
そうすると、何かが流れ始める。自分の中で変化が起き始める。

 ここ数日、自分という人間を想ってくれている周りの人たちの温度を感じて、毎日心が揺れた。
そもそも悲劇のヒロインになりきっているときって、周りの声が聴こえないのだ。でも、聴こえてきたということは、私の中で何かが変わってきたということ。
やっぱり人間は人のぬくもりに反応するものなのよね。
特別、誰かから手をさしのべてもらったとか、お助けマンみたいに誰か飛んできてくれたとかじゃなくて、ただただ私の温度に寄り添ってくれる人たちがいた。実際に会って話したわけでもないけれど温度を感じた。癒されまくったよ、、、。
 ここのところ、何においても自信喪失気味で、(今でもそうだけど)どうにかなってしまいそうだったけど、ふと思えば、そもそも自信なんてものは必要もないのかも、、、とか、自信は自分で作り出すものだから正解なんてないのかも、、とか。ぐにゃぐにゃな自分を情けないと思いつつも、こういうふうにしか生きられない自分というのを認めてもいいのかも、、、という想いに移行しつつある。
 独りよがりになっているときについ見落としてしまいがちなこと、“人はひとりでは生きられない”というのをあらためて感じて、じわ~~っときた。この数日間。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月20日 (日)

小さな変化

 夕暮れ時の涼やかな風は、どこか切ないな。子供の頃の思い出がよみがえってくるよう。昔っから淋しい子だったけど、この感覚がおばさんになった今でも、たぶん好きなんだと思う。
 ここ最近の我らの話。
お互い良かれと思って頑張っていたことが、実はふたりとも違う方向に向かって走っていた、ということに気づき始めた昨今。
相変わらず会話はないけれど、空気が少しだけ変わってきた気がする。冷凍庫から冷蔵庫になったみたいに。(すごくびみょう)
だからちょっとだけ居やすくなった。
 そしてお互いが自分の欲求を相手にぶつけることだけに集中していたのも最近はなくなってきた。まぁそもそも会話自体がないから、言い合いにもならないんだけど。相手の言葉を、いい意味でのみ込む余裕ができたというか。心に小さなポケットができた感じ。
この先どうなるかはまだ分からないけれど、この小さな変化を大事に拾っておこうと思って。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月18日 (金)

母であるということ

 仕事で、架空の仲良し夫婦を演じるのにもいいかげん疲れてきたぞ。でもそれをやるのが仕事!な訳だから頑張るしかないのだけど。プライベートとのギャップがあまりにも大きいので、その温度差に心が痛いよ。
しかしながら、私の中の元気が減っていくと、逆に相方は元気になっていくので、この構造はおもしろいなぁと思う。ただ、元気になっても家庭をかえりみる人ではないので、もっぱらエネルギーは外側に向けてである。男の人は仕事ができてなんぼなんだろうけど、家を守る女としては、ちょっとでいいからこっちも向いて!とか思っちゃう。毎日ゴハンが出てきてあたりまえとか思って欲しくないし、たまには優しい言葉のひとつくらいかけて欲しい、とか思っちゃう。コミュニケーションはとって欲しいよ。私がわがままなのかもしれないけど。
 そんな気持ちを抱えつつ、今日も朝から仕入れに行ってそのあと仕込みに流れ込んだけれど、いったい自分が何のためにこの仕事をしているのかが分からなくなって、キッチンでぽろぽろ泣いてしまった。我慢してた気持ちが涙と一緒に出てきたみたいだった。
ただ家賃や生活費を稼ぐためにだけ働かされてるのか?私、、、などと、嫌な自分が顔を出した瞬間でもあった。でも正直な気持ちだった。
人間、愛情がなくなっちゃうとこうなっちゃう、という悪いパターンを確実に踏んでるな、私。
いやだね、、、。

 昨日、いろいろに悩み(?!)を抱えたタクミがやってきた。母親として息子の相談にのっているとき、昔の懐かしい家族の温度を感じて胸がきゅぅんとなった。
やっぱり母でいるときの自分のほうが気持ちが安らぐというのは、本心だと思う。今の自分がぜんぜんダメダメだから、あの頃が愛おしく思えてしまうのかも知れない。ルール違反かも知れないけど、やっぱり母でいたいという気持ちは譲れないんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月17日 (木)

街路樹の脇に

 店の仕事を頑張ろうとすればするほど、素の私が空しくなってくる。仕事と割り切ればなんだってできるけど、ふとした時間のすき間に、ものすご~い淋しさが襲ってくる。
だから、すき間を作らないようにとまた頑張るのだけど、自分がどんどん空回りしていってるような気がしてならない。
 相方からすっかり飽きられてしまっていること、そして自分の、相方に対する温度も日に日に冷めつつある中、いったい何のために今があるのかも分からなくなってきて、とりあえず毎日の時間をまわすことだけに集中している。唯一、店の仕事をすることで自分をキープしている。こんなんでいいのかな。
一件の店を守っていくという責任、経済的な問題、いろいろ考えるとなんとしてでもやっていかなきゃいけないのだけど、本当の自分は今すぐにでも逃げだしたいのだ。
いろんな自分と戦ってる。
 
 街路樹の脇で曼珠沙華の花を見つけた。いろんな日常に心を振り回されることにいっぱいになっていた自分が、少しだけ恥ずかしく思えたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月15日 (火)

変化

 周りの人たちが、自分たちのことをいろいろ心配してくれて、仲良くやってね的な言葉をたくさんかけてもらうのは、ものすごくありがたいことなのだけど、素直に受け取れない自分がいるのはたしか。「仲良く」なんて、もう無理なんじゃないかなって最近思うのだ。
今はとりあえず、お店を守っていくことだけしか考えていなくて、いいのか悪いのか分からないけれど、仕事でもしてなきゃ心がもたない、、というのが本当のところ。日常では相変わらず会話もないまま。これを淋しいと思っていた時期もあったけれど、今は何も思わない。時間の経過って怖い。
ただひとつ気になるのは、ここまできて、はたして同じ屋根の下で生活する意味があるのかってこと。
相方のためにやっていることは、3度のゴハンと洗濯くらい。無言で食べるメシにも慣れた。
相方の仕事の邪魔をしないようにと、自分の生活空間を確保するのもけっこう大変だし。キッチンで仕事するか、寝るかのどちらかしかない。なんだかなぁ。
 今の自分、心が死んじゃったみたいだ。泣いたり笑ったりケンカしてた時期のほうが、心はエネルギッシュだった気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月13日 (日)

人情に触れるって

 店を再開して、さっそくいつもの常連さんたちがやって来てくれて、いい意味でお説教してくれた。なんて人情の厚い町なんだろう。
普通だったら触れないような部分に、あえて踏み込んで入ってきてくれて本気で心配してくれる感じって、大人になればなるほどなかなか遭遇しない。話聴きながら、何度も泣きそうになっちゃった。しかも、すごーくさりげなく相手の懐に入ってきてくれる感じも、まるで母ちゃんに抱かれているみたいで温かかった。
こういう人間っぽいやりとりに弱い私。心が張り裂けそうだったよ。
頑張らなくちゃと素直に思った。

 今日は朝から相方は出掛けていてひとり生活。仕込みしたり昼寝したり、地味に過ごしている。出掛ける元気はなし。
そんな中、いつもだったら相方がどこに行って何時に帰ってくるか気になってメール入れたりするのだけど、なぜだかまったくそういう気持ちにならない。相方が何をしているかもまったく気にならないのだ。自分でも不思議なくらいに。
相手から冷たくされ続けたからこうなったのか、それともいい加減、精神的な自立をしなきゃいけない時期にきたということなのか、つまりいい意味でチャンネルを切り替える時期にきたということなんだと思う。
いろいろ理由はあると思うけど、今後の自分についてしっかり考えなきゃいけないという時期なんだろうな。
淋しかった時期を、ずっと相方のせいにして泣いてばかりいた時期は正直辛かったけど、いい加減自分の足で立てよ!っていう神さまからのお告げがきたのかも。
とはいえ、生活の中に会話がないのは淋しいな、という女子としての本音もまだあるのはたしか。




 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月11日 (金)

朝しごと

 この休暇中、何かが変わったかといえば、何も変わっていないというのが正直なところ。
私的には、まずは相方との気まずい関係を改善することが目標であったけれど、まったく何も変わらなかった、というより、ある意味悪化したかも、、、ってくらい。
良くも悪くも相手に対するあきらめのような気持ちが生まれて、ただただ淋しさにしがみついていた自分だったけど、そこから少しだけ開放されたような、、、そんな気持ちでいます。
 いい意味で(?!)相手から突き放されて、哀しいけど、最終的にはひとりでなんとか生きていかなきゃダメなんだな、ってところに行き着いたわけです。
今回の長~い一件は、つまりはそういう教えだったかもしれませんね。
兎にも角にも、なぁ~んにも決着ついてないし、そもそもつけるべきものではないような気もするけれど、いろいろ考えてたって何も始まらないので、今日からお店を再開することにした。
 朝一番で仕入れに行って、そのあと仕込み。久々のこの流れが新鮮に感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月10日 (木)

相変わらず

 翌朝、相方さんが帰ってきた。何も言わず布団にもぐっていったけど。
一方、私はというと、着々と店の再開に向けて準備をすすめてます。もうケンカばかりしてたってつまらないし、私たちの関係がどんどん悪化していったのをなんとかしなきゃと思っていったんお店を閉めたわけだけど、ちっとも改善しなかったという現実もよく分かったし。
とにかく。つまらないことにこだわりつづけるよりも、自分の中の時計をすすめようと思って。これしか今の自分を支えられるものはないもの。もし、「これ以上無理」ってなったときには、そのときまた考えればいいや。
 そしてやっぱり夕べもケンカになって(ちっとも成長しない俺たち)、今は何を言われても冷静でいられる(ここだけは成長したと思う)のだけど、相方さんの中にある絶対に譲れない感情がどうしても優先してしまうので、やっぱり毎回お説教形式になる。なぜこんなにも相方さんはそのこだわりにしがみつかなきゃいけないんだろう?という疑問のほうが、私的には気になっているところ。
それにしても、今日もバイキンみたいな扱いで、(小学校のときにこういういじめられ方をされていたので慣れてはいるけど)この部分だけはどうしても立ち直れないところ。やっぱりいくつになっても女子としてみてもらいた~い。(女としての素直な気持ち)
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 8日 (火)

どうなる?

 このお休み期間中に何か出来ることはないかと、メニューをちょっとだけリニューアルしてみたり、試作しまくったりして、自分の周りの空気が動き始めたこの感じに、気持ちが前を向いていることを確認する。風を起こすのはこの自分。いつまでもいじけてたって何も始まらないもんね。
などと、試作のための食材をかき集めたりして、なんだか一日中バタバタだった。失敗作もたくさんあって、そのたびにまた買出しに出て作り直したりして、ずっと全力疾走してるみたいだった。感情が止まらない~ってこのこと。久しぶりだな、この感じ。
この集中してるときの人間のエネルギーって、いったいどこからくるんだろうな。自分の中にもまだそういう部分があったことを、ちょっとだけ嬉しく思った。
 そんなこんなであっという間に夕方になってしまって、今夜は相方と今後のお店のことについて作戦会議したかったんだけど、今日も彼はお出掛け。(なぜだか、肝心なときにいつもいない)早めに帰ってきてくれたのはよかったけど、ここでもまたケンカになって、なんと今夜はついに相方が出てってしまった。(泣)
せっかくお互いに前を向き始めたところだったのに、またもとの嫌~な関係に戻っちゃったよ、、。
しかしながら、今までだったらこういう場面のとき、本気で「どうしよう」と悩んで落ち込んだものだったけど、なんだかみょうに冷静な自分がいて、私は私でさっさと電気を消して布団に入っていたりした。私の中で何かが確実に変化してる。
 さて明日の朝、彼は帰ってくるのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

軽くなってきた

 まだ店の仕事が復帰できず。
ブツクサ言わずとっとと仕事しろっ!と甘ったれた根性に喝を入れてやりたいところではあるが、そう単純にいかないところが我ながらメンドクサイなぁと思う。
仕事しないと生活ヤバイからなんとかしなきゃという気持ちと、今復帰したところでまたもとの気まずい感じになる怖さとが、同じ分量で自分の中にある。
とはいえ、どういう状況においても、良くなりたい!という気持ちがあるのは確か。
 相方さんに変に気をつかいながらの生活というのも、なんだか違うような気がしてきて、今日は思い切って通常モードに切り替えちゃったよ。あー、楽チン。きっと私の中でひとつの区切りがついたのだと思う。
今までは、無視されるのが怖いとか、嫌われて捨てられちゃったらどーしよーとか、常にびくびくしながら行動してたのだけど、もうそういうの疲れちゃったんだよね。自分がどんどん自分じゃなくなっていく感じって、けっこう哀しい。その上で相手を思いやる気持ちを大切にしたいと思った。
 まだまだこの先どうなるかも分からないけれど、今を楽しく生きなきゃ意味がない、というのがこの長いケンカ生活の中で見つけたひとつのこたえだ。楽しくするのも淋しくするのも、この自分ってこと。
 この間はサチコちゃんがゴハンに誘ってくれたり、たまたま近所で会ったお客さんが、「みんなふたりのこと心配してるよ」と声を掛けてくれたり、迷惑かけてしまっているという反省と、頑張らなきゃという気持ちが芽生え始めたことと、自分の中で何かが動き始めた感がある。
少しずつ、軽くなってきたかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 4日 (金)

見つめる時間

 相変わらず会話無し。まぁ、こうなってしまったのも仕方ないかと、ありのままを受け止める余裕も、今少しずつ自分の中に芽生えてきた。とはいえ、やっぱり淋しいけど。
いったいいつまで続くのだろ~な~、ちょっと疲れてきた。
 店は今日も休み。時間はたくさんあるし、相方はカリカリ仕事しているので正直部屋にも居ずらくて。こんなだったら店開けたほうがましと、何度も思うのだけど、いろいろあって今の状況になったのだから、もう少しの間じっとしていよう。開けたら開けたでケンカになることは目に見えてるし、こんなよどんだ空気のところにお客さんが来るわけないもの。
 なかなかとれない休暇なのでこの際ゆっくりのんびりしようかとも思ってたけど、なんせ店の2階に住んでるから、落ち着かないったらありゃしない。お隣の店の活気は伝わってくるし、カラオケもガンガン聞こえてくるし。夜中のタクシーの音もいちいち気になっちゃうし。なんだかな。
 ただ、普段なかなかできない自分自身を見つめるという時間があるのは貴重なことだと思った。
今日は白い紙に、自分の悪いところダメなところを書き出してみた。正直、自分で書いたものを見るだけでも痛い感じになるのだけど、これだから嫌われて当然だよな、と思える分析もできたので、これからの対策ができた感じ。気持ちも少し前向きになった。自分で自分を改善していかなきゃね。
 そして今夜もひとり。淋しいからこの日記を書いてます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 3日 (木)

なんだかなぁ

 もうほとんど鬱。ただ、そんな自分を客観視している自分がいるので、なんとかなっているんだと思う。
 自分の存在が相方の負担になっているというのも理解しているし、相方の私に対する思いも憎しみに変化しつつあるというのもうすうす感じてはいる。哀しいけど。
どんどん居場所がなくなるなーと思いつつも、サヨナラの決断に急ぐのも、なんだか違うような気がするし。
となると、もっと自分がしっかりしなくちゃいけない!という結論に至るのだけど、これはこれで今の自分には試練だったりする。でも、頑張らなきゃね。自分を立て直すことができるのは、この自分だもの。
ただ単純に仲良くなりたい、という私の想いは、相方にとってはそう簡単なものじゃなかったということを、ようやく今になって冷静な気持ちで受け止めることができた。そうできない理由が相方にはあるのだろうし、そこが納得いかないかぎりは、今の状態をキープし続けるのだろうな。まぁ理論的っちゃぁ理論的なお話。
兎にも角にも、男と女の違いというのはどうにもならないことなので、そこをお互いが理解し合うってことが大事なのだろうけど。
自分みたいな感情の塊みたいな人間は頭で理解したり組み立てたりっていう冷静な作業がなかなかできないから、いろいろと相手に迷惑をかけてしまうのだと思う。
反省しつつ、今をじっと耐えるしかないのかな。
 さて。お店お休み1日目は、相方が飲みに出ていくは、帰ってきていろいろと叱られるは(私が早く帰ってきてと電話してしまったこと)お説教されるは、なんだかちっとも楽しくなかったけど、いろいろあってもやっぱり私は店の仕事が好きなんだなーということを再確認できたので、それはそれでよかった。店の仕事の何が好き?と聞かれると、正直分からないのだけど、ただ単に人の笑顔が集まっている空間に自分がちょこんといるのが好きなんだと思う。ただそれだけなんだと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 2日 (水)

酔っ払いながらの本音

 そこそこに酔っ払っているので、リアルな本音が出てしまうのを恐れながらも、この日記を書くことにします。
 ついに今日、お店の仕事をしばしお休みすることを決めました。本当の顔と、仕事での顔とのズレにシンドクなったというのが正直な気持ちです。
こういう部分は本当に不器用だと自分でも思うのですが、作り笑いというのものはそもそも無理なんですね。とはいえ、これでも少しは頑張ってみたんですよ。でもね、やっぱりその温度差に耐えられなくなっちゃいました。。
 というのも、ここ最近の私の日記というと自分自身の悩み中心に書きまくってますが、そもそも相方自身も悩んでいるということなんです。
私が何気なく投げた言葉に傷つきまくっているということはつまり、傷つくなんらかの要因を相方自身が持っているということだと思うのです。
もうここ最近は、私が何も言わなくても(ほとんどコミュニケーションをとっていません)相手が勝手に私の何かに反応して一方的に責めてくる感じなのですが。(マジ、被害妄想もいいところ、なんだけど)
病んでるのでしょうね、きっと。
ということは、相方も辛いわけだから、これを私は冷静な立場で相手を信じて見守ってあげる!というのが正しいやり方なんです。カウンセラーだったらそうします。
ただね、ここでカウンセラーにはなれない自分がいるんですよ。
ただただ見守り続けることをちょっと前に決意したのですが、やっぱり正直な感情が抑えられなくなっちゃうのです。
とにかく淋しい。素直な感情です、、、。
仲良くなるためにいろいろこちらが工夫してやっていることも今は全部突っぱねられちゃうし。さすがに3ヶ月つづくと辛くなってきちゃいました。
きっと、このやりとりがいけないのでしょうね。
 などと、今の私がなんとか生き延びているのは、ここにたらたらとくだらない本音を綴ることでなんとかキープできてたりするのです。
もっともっとピアノが上手に弾けたり、フラメンコで発散できたりすれば違う次元に飛躍できるとも思うのですが。
今の私がせいぜいできるのは、この小さなページに想いを詰め込むだけ。聞き苦しい部分も多々あると思うのですがどうかゆるしてね。そして相方さんが早く元気になることをみなさん祈っててね。
 そんな相方さん、数時間前に飲みに出てっちゃって、あんまりにも淋しいからこの日記を書いている、というのがほんとうのところ。
めんどくさい私みたいなのに付き合うのも、いいかげん疲れちゃったんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »