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2015年8月

2015年8月31日 (月)

気づいたこと。

 一緒に居ながらも、ずっと嫌われっぱなし、、、というのもなんだかなぁ。最近はまるでバイキン扱いだし。
もはやここまでくると、哀しいとか淋しいを乗り越えて、ただただ腹立たしい!という感情に移行しつつある今日このごろ。どうしてこうなっちゃったのか、、必ずそこには何か原因があるはず!と見切り始めている私。
昔の私だったら、もうここまで来たら、泣いてわめいてさっさとお別れしていたと思う。めんどうなことにいちいち突っ込みたくなるこの癖、心理を勉強していてほんとに良かったと思う。
 昨日の日曜日も、相変わらずな感じで、しゃべりかけると怒られるので黙っておとなしくしていたのだけど、あまりにも相方の空気が怖かったし、このままじゃいけないような気がして自分から話を切り出したのだけど、やっぱりケンカになっちゃった。でも、その会話の中で、ひとつ気づいたことがあったのだ。
それは、相方がいつも言う「お前が俺のプライドに傷をつけた」という、そのプライドという鎧の内側に隠されているものが、その会話の中でなんとなく見えた瞬間があった。そしてケンカになりながらも、その塊の正体と(あくまでも私の予測したものですが)しっかり向き合うことをすすめてみたのだけど(やっぱり私お節介)怖くて見られないとのことだった。
そこで、ある程度確信した。そこがすべての原因のような気がして。たぶん、きっと・・・。
おそらく、相方一人の力ではどうすることもできないように思ったので、(相手を信頼していないわけではなく、共に人生を歩んでいくものとして力になりたいと思った)一緒にその部分と向き合っていこう、って言ってみた。でも、そういうふうに上から言われるの、相方は好きじゃないから、どう思ったのかは分からないけど。もうここまで嫌われちゃってるから、怖いものなしだもんね。
 そんなこんなでここのところ、ずっとこんな感じだから、お客さんには「いつ別れるんだ?」って聞かれたり(たぶん私たちのことを気にかけてくれているんですね)、「仲良くなってね」って優しい言葉をもらったりして、その度にありがとうと思うのだけど、正直心がついていっていないのだよね。少し前までだったらまたすぐに昔のように戻れると思っていたし信じていたんだけど、ここまで荒んじゃうと不安のほうが大きいかな。
 昨日はタクミが遊びに来て、奴の前ではいつもの元気な母ちゃんで頑張った。
だって、母ちゃんは、中途半端な気持ちで今の人生を選択したのではないから。息子たちのためにも、母ちゃんは元気でニコニコな人生を生きなきゃいけないんだもの。泣いてなんかいられない、って強く思った。
 

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2015年8月26日 (水)

ゴハン

 居場所がなくて、結局仕事しちゃう。でもちっとも身が入らないので手だけ動かしてる感じ。悪循環だなぁ。
いままで一緒に行っていた仕入れも、今はひとりで行かなきゃならないので重たい荷物のときは大変。
いろんなことが何かに向かっていってるこの感じ。淋しくてたまんない。。。
一緒にいても会話がないし。いったい何のために自分がここに居るのかが分からないことが今は一番辛いかな。
ゴハン作るのも、正直エネルギーがいるのだけど、食べなきゃ死んじゃうから相方の分は作ってる。自分はというと、ほとんど食欲もないので、腹が減ったらそのへんのものをかじっておしまい。心が元気でないと、ゴハンって食べられないんだなぁ。
それでも、私が作ったゴハンを食べてくれる、ということだけが、今唯一相手と繋がっていると思えることなので、この部分だけでも大事にしようと思う。哀しくても、淋しくても、ゴハンを作ろう、って思ったよ。

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2015年8月22日 (土)

バトルはやまない

 ここのところずっと悩んだり落ち込んだりで、どうにかなってしまいそうだったけど、最終的に自分の心身を守れるのはこの自分、ということにようやく気づき始めたところ。人は弱いから、誰かに甘えたり助けてもらいたかったり、そこを相手に要求してしまいがちなんだけど、でもまず自分の足で立たないと、相手にとってはただの負担になってしまう。そんなふうに自分は知らず知らずのうちに、相方の負担になってたんだろうな。
 そんな相方にとって、すっかりお荷物的な存在になってしまった自分だけれど、さてここからどうするか、というのが今後の課題。数ヶ月前までの陽気なあの人はどこへ行ってしまったんだろう、というくらい、別人と化している相方さん。あの楽しかった時間はもうもどってこないのだろうか、と思うと、ほんとうに淋しくてたまらないのだけど、もう少しここに居てみようと思う自分の中には、まだきっと相方への気持ちがあるからなんだと思う。
まったく、あれだけ厳しいことを言われて「こんな奴にごはんなんか絶対作らないぞ!」って誓ったことも何度もあったけれど、会話がなくなった今でもせっせと飯を作る自分もなんだかなぁ。
さらに。最近のケンカのネタといえば、価値観の違い、というのがもっぱらなんだけど、そもそも違う人間どうしなんだから、違って当然!と思うところだけど、お互いがお互いの価値観を押し付けようとするバトルを毎回繰り広げるんだから、どっちもどっちだよな。そして決まって相手から指摘されるのは、「お前は男だ!」なんだけど、だからなんだって言うんだろうね~。

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2015年8月21日 (金)

凸凹

 ヘロヘロなままフラメンコのレッスンに行って、師匠のまっすぐな情熱に打たれたら泣きそうになっちゃった。人間ってやっぱりこうだよね、って思った。
いろんなことがめちゃくちゃになっていても、踊るとか歌うとか演奏するとかっていう日常とは別次元にあるものが、ヘロヘロの自分を救ってくれたりする、というのは確かだと思う。今は音楽に触れていない自分であるけれど、子供の頃母ちゃんが「大人になったときにピアノが弾けてよかった、って思うときがきっと来るから」という言葉の意味が、大人になって分かったというのも。
今の私の支えになっているのはフラメンコなんだよね。そしてこういうモヤっとした時期にこそ、そういう感性の部分が発達するというのも本当のことだと思う。これっていいのか悪いのかびみょうなところだけど、自分はどちらかというと表現者寄りの人間だと思うので、こういう人生の凸凹がその肥やしになっているのかも知れない、、、っていうかそう信じたい、、、。
 とはいえ、やっぱり凸凹というのは辛いもの。今日はついに相方に、自分のような人間は俺の手には負えない、、というようなことを言われた。これってどう考えてみてもお別れの言葉だと思うのだけど、、、どうなんだろう。
どうしよう。

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2015年8月18日 (火)

ほんとの自分って

 会話のない部屋にいてもしんどいだけなので、キッチンで仕込みとかしちゃう自分も、なんだかなぁ。仕事ははかどっても心はちっとも進展しないので、いいんだか、、、悪いんだか、、。
やっぱり何をするにも心が健康でいることが一番!って、つくづく思う。心の健康は生きるための土台。ここがぐらついていたら何も始まらない。どれだけ元気の鎧をまとっても、ほんとの自分とのズレにしんどくなるだけだ。
と言っているくらいの自分はというと、正直かなりへにゃへにゃ。いまだ自分をどう立て直していいのか方法が見つからないので、そのままでいる。へにょへにょのぐにゃぐにゃだ。
 そんな中、ここ数日の間、栄のイベントで踊ったり、タクミがひょっこり遊びにきたり、いつも通り仕事をこなしたり、あたりまえのような日常を送っているようにも見えるけど、その裏では本当の自分とのズレに、少しずつストレスがたまりつつある。見た目、元気だけど、心は泣いてる、、、みたいな。
大人になったって、でっかい声で泣いたり叫んだり、いろいろサボってみたりしたよね、、、などと、ほんとの自分の声が聴こえてくるよう。
 なんだかちょっと疲れちゃった。
 
 

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2015年8月17日 (月)

むずかしいな

 相方の、子供みたいな無邪気さが好きだった。たぶんそこが、自分の中のものとリンクしてたんだと思う。子供の頃からずっと引きずっている“大人になきりれない自分”“淋しさと共にある自分”とかって、相方との共通項だと思った。この人ならきっと感じてくれると思った、ずっとずっと誰にも理解してもらえなかったこの自分の温度を。
 だけどどうやら、そう思っていたのは私だけだったみたい。一緒に笑ったり歓んだり、同じ温度を共有してきたと思ってたけど、、、。全部作り笑いだったんだ、って分かった瞬間、こんなにも人間って落ち込むものなんだね。どうせだったら、嫌いになった瞬間に言って欲しかったよ。そのほうがずっと傷は浅かったと思うよ。
こんなに同じ年月を過ごして、いまさらそんなこと言うなんて、、、。
 などと、毎日がとっても憂鬱でどうにかなってしまいそうだけど、現実をぱっと置き去りにして今すぐここを出て行くことは大人の事情上できないのだよね。そこがとてももどかしいのだけど、いつかきっと答えは出ると思う。
「出てってくれ」ってシンプルに言ってくれたら、どんなにか楽か、、、。

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2015年8月13日 (木)

笑顔

 料理教室したり、店の仕入れに行ったり仕込みしたり、合い間に家事をしたり、息つく間もないのだけど、今はこれでなんとか自分をキープしている感じなのでありがたい。いろんな感情に流されなくてすむもんね。
 1ミリの希望を信じて毎日頑張ってはいるのだけど、あぁやっぱり無理かもと、その光が一瞬にして消えちゃう瞬間もあったりして、いったいどうすればいいのだろうね。また光を見つけて信じるしかないのかなぁ。
今、とても中途半端な位置に自分がいるような気がするのだけど、白黒はっきりさせるには、まだ早いような気もするし。
とにかく今は自分の元気を見つけようと思う。
 今夜は、北名古屋のときのお客さんが来てくださって1年ぶりの再会をした。子供たちの笑顔に、こんなにも癒されるなんてと、涙が出そうになっちゃった。

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2015年8月10日 (月)

「嫌い」の理由

 最近の悩み、、、「ごはんが作れない」ということ。
仕事ではもちろんやるけど。プライベートのゴハンはちっとも作れない。まず、作りたい!っていう気持ちが湧いてこないというのが問題。
こんな気持ちになったのは初めてかも。お腹はすくのだけど、食べる元気もないし。そのへんにあるものかじっても味のないものを食べてるみたいで。
世の男性陣に言いたい。女は愛情を感じていないとゴハンなんて作れないのだ。掃除だって出来やしない。家事ができるということは、そこに愛があるからなのだというのに、今さらながら気づいちゃったよ。家っていうのは愛のある場所なんだよね。
ここ数週間の会話なし生活において、どれだけ自分が萎縮してしまったか、この「ごはんが作れない」という気持ちで分かってしまったよ。こんな状況を続けるなんて、大事な人生の時間がもったいない!というのがいかにもな気持ちなんだけど、ここですべてを切り替えて新たな人生を!とは簡単にいかないというのも、過去の人生の反省点から思うところでもあるのだよね。
 そもそも誰かを憎み続けるなどというネガティブな感情っていうのは、それを維持していくのにもエネルギーがいると思うのだよね。ならば、維持しなきゃいけない理由がきっと本人の中にあると思うのだ。相手(私)というフィルターを通して相方は自分の中のものと戦っているんじゃないかと。
相手を「嫌い」というのは簡単なこと。でもその「嫌い」には理由があるはず。最初から「嫌い」と分かっていたら、一緒にいるはずがないもの。
 なんだかこれって、自分が「本当は嫌われてなんかいない」という理由を一生懸命に探しているようにも見えるけど、、、。人は一瞬にして簡単に目の前の人を嫌いになれるんだろうか、、、という疑問が私の中にはまだあるので、回りくどいかもしれないけど、そんなふうな考え方もあるんじゃないかと。
まぁ、「新たに女が出来た」っていうのだったら話は別だけど。
 ほんとうに、なんでここまで冷たくされてもまだここにいるのかと、自分でもよく分からないのだけど、ここまで嫌われたら、ある意味どうなってもいい!とかって思っちゃって(ちょっとハイになった)、ゆうべは沈黙を破って言いたい放題言ってみた次第。“これを言ったら俺のプライドに傷がつく”、という領域なんか糞食らえ~で。(そしてまた怒られたけど。っていうかこのループをなんとかしなきゃだよね。)
あーーーすっきりした。怒らせちゃったけど、相方の心を久しぶりに近くで感じた。
やっぱり無視され続けるより、ケンカしながらでもコミュニケーションがとれたほうが100万倍気持ちは楽ですね。(おめでたい人)

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2015年8月 6日 (木)

淋しいのう

 あー、ほんとに淋しくて死にそう。
などと、好き勝手に書いてしまうのもいかがなものなのだろうか、、と思いつつも、だけど頑張るのも強がるのも、もう限界だ。ありのままの自分の気持ちしか出てこないや。
相手を憎んでいるわけでもなく、(この日記を読んでくださっている王子ファンの皆様。王子を責めているのではありませんよ)どちらかというと、どうしてある日を境にこんなにもぎくしゃくした関係になってしまったのかまったく分からない、という悔しさなのである。相手の中にずっと蓄積されてきた私への憎しみがあるとして、でもどうしてこのタイミングなの???と、頭の中は謎だらけである。ただ単に、私が鈍感なだけ?
まぁ、その理由を探るのはもはや疲れたし、聞けば聞くほど傷つくので、そこには触れないほうがいいのかな、とも思う。ほんと、むずかしいなぁ。
 まぁ、とにかく今の自分の気持ちを支配しているのは、ただめちゃくちゃに俺は今淋しいぞ、ということだけ。一緒に居ながらも相手に無関心という態度しか示さない相方。そこに理由があるとしても、あまりにも残酷すぎないか?それって。
この淋しさを埋めるためのいろんな手立てを見つけてはいるのだけど、なかなか思いつかなくてね。
そんなこんなで、ゆうべは頑張ってもゴハンが作れなかったよ。

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2015年8月 5日 (水)

がんばるっ

 毎日なかなか思うようにいかなくて、心折れまくり凹みまくり。
“想い”って相手に届くものかと思ってたけど、そのまま突きかえされちゃうこともあって、でもそれは、相手の心の都合が整っていないということなので焦ってはいけないし、なにもかも簡単に良い方にはいかないものなのだなぁ、というのをしみじみ感じる今日このごろ。
とはいえ、毎日がこんなだと、落ち込むのを超えて、心がいっさいの感情を持とうとしなくなってくる。感じるのが怖いからだ。人間って都合よくできてるなぁ。でもこのままだったら俺、ロボットになっちゃうんじゃ、、、という不安も。
普通に笑ったり普通に怒ったり普通に泣いたりしてみたい。そしてそれを共有できる誰かの存在が欲しい。
今、本当にひとりになっちゃった、、、って感じだ。あー、さびしーよー。(と思う俺は、まだロボットじゃないよな)
 などという気持ちを引きずりながら仕事はできないので、(そもそも哀しい気持ちで料理なんて作れない)エイッ!と気合いを入れて仕事場に入る。そしていつものお客さんが来てくれて、何気ない会話したり、お客さんどおしの会話を見守ったり。そういう時間が、今の自分の支えになってたりするので大事。仕事が支えなんて、今まで思ってもいなかったけど、自分の位置確認できる場所が唯一ここなのだよね。ほっぺたつねりながらでも笑顔作って、とりあえず頑張ってみるか。正直、心はしんどいけど。

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