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2015年7月

2015年7月29日 (水)

見えてきたこと

 きっと喜ぶだろうな、元気になってくれるだろうなと相手を思ってしたことが、全部空振りになるって、結構こたえるなぁ。要は相手にその態勢が整っていなかったということなんだろうけど、こっちとしては淋しいよね。お互いの気持ちの温度の違いなんだろうけど。
 仕入れに向かう車の助手席で、うっかり居眠りしちゃったら相手の機嫌を悪くさせてしまったんだけど、これも私が淋しくなる理由のひとつ。ごめんさないって謝る自分に、なんだか泣けてきた。
むずかしいね、、、。
 まぁ、いろいろな最近の出来事を含め、見えてきたことは、私はただ単に、心の安心できる場所が欲しかったということ。わがまま言ったら、「わがまま言うな」じゃなくて、そう言ってる私という人間の温度を、そのまま受け止めて欲しかったのだと。ただそれだけ。
お互いに同じ次元で争っていたって、何も見えてこないもんね。私が求めすぎていたんだろうな。
 そんな気持ちを抱えながら過ごすのはほんとうに大変で、仕事へ切り替えるときのエネルギーも半端ない。心はヘロヘロ。
料理をする仕事って、腕でもなく食材でもなく、やっぱり心が元気でいることなのだ、というのをしみじみ感じた。遅がけに来てくださった地元の人たちのぬくもりがみょうに沁みてきたなぁ。がんばるべ。

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2015年7月28日 (火)

どうなるのかな

 落ち込むのにも沈むのにもエネルギーがいる、というのをしみじみと感じる今日このごろ。
そういう自分を客観的に見てみると、なんだか笑えてきちゃう。健気だなぁ、俺って、と。
相変わらず嫌われっぱなしの、避けられっぱなしの私であるが、自分の心のお部屋だけは誰にも邪魔されないわけで、そう思うと、せめてこの場所だけは楽しく明るくしておこうと、あらためてそう思った。お花を飾って心地よい風を通して。私だけの秘密の場所だ。
きっとそのうち何か見えてくるだろう。
 ほんとうに毎日が重くて辛くて、ここ数週間は地獄みたいな日が続いたけど、ここにきてようやく自分を立て直す作業にとりかかったところ。
信頼していた人から嫌われちゃうって、こんなにも辛いことだとは思ってもみなかった。今も正直辛いけど、ふたりして苦い顔してても何も始まらないもんね。だったら私がバカにでもアホにでもなってやろうじゃないの。
 そんなこんなで今日は怒りんぼう王子(笑)を無理やりランチにお誘いしました。近所にできた素敵なイタリアンのお店に行きました。
相変わらず料理を待ってる間もずっとスマホしてましたけどね。でも運ばれてきた料理のこととか働いてるスタッフさんの動きとかいろいろ観察しまくって、それを話題にしてみたりして、ほんの少しですが久しぶりに会話っぽいものをしました。

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2015年7月27日 (月)

簡単にはいかないなぁ

 暗く沈んでいるよりやっぱり明るくて楽しいほうがいいよねと、のうてんきな私はシンプルにそう思うのだけど、そうではないパターンもある、というのを最近勉強しました。
相方との関係も、良いほうに持っていくのがあたりまえと思っていたら、真逆のエネルギーを抱え続けるというやり方もあるのだと。あぁ、私には苦手だけどね。
 私のことを避けるのも無視するのも、もうどうでもいい。(正直淋しいけど)でも、理由があって今一緒にここにいるのだから、せめて心が欲しい。温度が欲しい。ゴハン作ったら、何か言って欲しい。女って感情のいきものだから、そういう単純なハートのやりとりが元気の源とかになるんですよ。明日も頑張ろうってね。
でもなぜ、ここにきて相方の私に対する態度が急変しちゃったのかが、いまいちよく分からないのです。彼いわく、ずっと溜めてきたものがあるとのことだったけど、そんなのいちいち言うか?とかって思っちゃうから、私嫌われちゃうんでしょうね。嫌な女って。
それくらい、抱えていたのだろうかと思うと、こちらとしても申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだけど、今になって言われても、、、って感じだし。
まぁ、今さらこの性格をどうにかすることもできないので、でも悪いところはなるべく改善しようとは思ってるし、相方にもそう告げた。だって、ひとつ屋根の下の共同生活。うまくやっていきたいじゃん。
でも、そう思っていたさなか、面と向かって私の嫌いなところをひとつひとつ挙げられちゃうのも、けっこう凹みますね。どうせだったら好きなところをひとつでいいから挙げる、とかだったら嬉しいんでけどね。
あぁ、毎日心は地獄のようです。

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2015年7月23日 (木)

ココロのしくみ

 釣り帰りのお客さんが、カワハギとか黒鯛とか持ってきてくれて刺身どんぶりを作ったり、ギターをかついだ若人たちがやってきて大好きなクラプトンを演奏してくれたり、、、楽しいことって身近にいろいろあるんだな、というのをしみじみと感じる今日このごろ。泣いてばかりいてもダメよね。
と思って、ここ数週間の我らの関係にも、そろそろ疲れを感じていたのでなんとかしたいと思い、お互い黙りこんでいてもダメだわと、思い切って話を切り出してみた。またケンカになるのは目に見えてたけど、やっぱりとことん話して理解し合わなきゃ(たとえ理解できなくても)と思って。
そして案の定ケンカになるのだけど、自分がどうしてこんなにも相手から憎まれなきゃならないの?という理由が分かったので、結構自分としては身軽になっちゃったというのが正直な気持ち。なにも解決してないし、いい方向にも向かってないけど、理由が分かりさえすれば、もうどうでもいい、ちゃんちゃん、ってなっちゃうんだよね。人間、分からないから不安になるし、見えないから怖いのだ。こういうとこ、シンプル人間でほんとによかったと思う。
相方のほうはというと、そんなのうてんきな私を見て、さらにイライラがつのったようで、輪をかけて嫌われちゃったみたいだよ、私。まったくめんどくさいっつーの。
そんなこんなで、この先俺たちの関係はどうなるか分からないけど、私は私でいいんだ!と思い直したところなので、少しだけ元気が製造されたところ。
この間、「その性格を変えろ」と言われて、自己否定に陥ってた俺。性格なんてそんなに簡単に変えられませんよーだ。

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2015年7月21日 (火)

ううむ

 心が死んでる、、、。女は愛がないと死んじゃうんだぞ。
相変わらず今日も何の進展もなし。
嫌われてるって分かってて、一緒にいるのってつらい。こんな気持ちでゴハンなんて作れないぞ。(作ってるけど)
もはや、嫌われるのも憎まれるもの、そんなのどうでもいい!要は、この気持ちを抱えて今ここに居ることのほうがつらいのだ。
こんなの私らしくないとも思う。ほんとの私は、こんなところにじっとしていないはず。でも耐えているということは、何かの可能性を信じているからなんだろう。1%でも良くなる可能性があるのなら信じたい、っていう愚かな女の正直な気持ちなのだ。
 そんな中、気持ちを立て直して(ほんとは立て直せないけど)頑張って仕入れに行ったり仕込みしたりして、私だけの時間を満喫。ほんとは満喫なんかしてないけど、とりあえず時間の流れに乗っていないとしんどいしね。
 夜は早めに店を閉めて、お腹がすいたのでうどんを作って食べたけど、味のないものを噛んでるみたいでちっとも満足しなかった。無言で飯を食うって、けっこうエネルギーがいるなぁ。

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2015年7月20日 (月)

笑っちゃう

 とことん落ち込んで「もうダメだ~」ってところにきたとき、思わず笑いが出ちゃうのは、人間の強さなんだと思う。これがあるから生きていけるのだ。
いろいろあるけど、毎日泣いてたっておもしろくもないし、落ち込んでばかりいても時間がもったいないし、怒ってばかりいても自分が疲れちゃう。人生はかぎられているのだから、どうせだったら笑って過ごしたほうがいいいに決まってる!
そんな究極にシンプルなことを、人はなぜかややこしくしてしまうんだね。
などと、ここ数日の自分を振り返って思ったこと。
 とはいえ、何かが解決したわけでもなく、良い方向に向かっていったわけでもないのだけど、こんなに嫌われても私の中に相手を想う気持ちがまだあるかぎり、その部分だけはもう少し温めていたいと思うのだよね。意外にも健気な自分に、ちょっとびっくり。
でもそんな中、いろいろ悪い妄想は働くわけで。
人って、その人の一部が嫌いになった瞬間に、その人のすべてが嫌いになっちゃうことってあるんじゃないかと。その人の容姿とか行動とか考え方とか、とにかく全部。
きっとアホずらこいてる私の寝顔とか見ても、ひとりムカついてるんじゃないかって。
勝手な妄想がどんどん膨らむのだけど、かといってどうすることもできないので、せめて相手の好きなものでも作ろうかと、マグロとかステーキとか買って来てせっせと料理しましたけどね。
 仕事以外では会話もほとんどなし。ちっとも楽しくなーい。

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2015年7月19日 (日)

落ち込み

 淋しすぎて死にそう。
「もうダメかも」って言葉が頭をよぎるたびに、底知れぬ淋しさと空しさにつぶされそうになる。相手に依存しすぎていた自分、知らぬうちに相手を傷つけてた自分、、、ダメなところしか見えてこなくて、最終的にこの自分の存在さえも否定したくなってくる。
今は、「どうなるんだろう」と、未来を何かにゆだねる余裕もなくて、ただひとり今という時間にびびりまくってるだけ。なんとも情けない。
 そんなこんなで揺れまくっているここ数日であるが、昨晩なんとかフラメンコの舞台を終えて、ひとつ肩の荷物をおろしたところではある。打ち上げでは普段見ることのできない師匠の素顔に触れることができたり、なかなかゆっくり話す機会のない先輩たちと杯を交わすことができたり、有意義な時間を過ごすことができてよかった。そしてやっぱりフラメンコって、魂であり、人間くささなんだ!っていうのを再確認した夜だった。みなさん、そういう人ばかりだし、踊りはまだまだだけど、自分という人間も、どちらかというとそっち寄りだと思うし。
 それにしても、肩の荷物をひとつおろして身軽になったかと思いきや、新たな試練(?)が待ち受けているとは、、、。神さまっていじわるっ。
今日も一日ぎこちなかった。相手の正直な気持ちを聞いて落ち込みまくって、ずっと子供みたいに泣いてた俺。いい歳こいて、ほんと恥ずかしいったらありゃしない。でも私という正直な人間が正直に反応している、という事実だから仕方ないとも思う。
正直といえば。私がいろんな意味で正直すぎて相手を傷つけている、という指摘もいただいた。なんとなく分かるし、きっと「もっと大人になれよ」ということなのだろうけど、これがなかなか難しくてうまくいかない。まぁ要するに配慮がないということなんだろうな、私。
 深くて真っ暗な洞窟にひとりでしばらくこもりたい。今、まさにそんな気持ち。
これなら誰にも迷惑をかけないし、自分が傷つくこともないし。
いろいろむずかしい。

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2015年7月15日 (水)

今日も暑い

 部屋が42度くらいあって死にそうなので、スーパーでネギとか大根を買いに行くみたいに、電気屋さんに「これひとつくださーい」ってエアコンを買いに行く。
人って「もうダメだ、限界だ」くらいになったら、余計なこと何も考えず買っちゃうんだな。こういうノリというか勢いみたいなのって大事ね。いつもこうだったら、人生はもっとシンプルにいくのにねぇ。
しかーし、肝心の工事が、建物自体が古すぎてコンセントがなかったり、エアコン本体を取り付ける場所がなかったりで(これは窓枠に無理やり板を貼ってなんとかなりそう)、まずは環境を整えなきゃならないみたいで、簡単には設置できないとのことだった。しかも、工事の見積もりを見たら、エアコンがもう1台買えそうな勢いだったので、目が飛び出そうになったことだよ。頑張って働くべ。
そんなこんなで、まだしばらく汗まみれ生活は続きそうだ。
 そして今日、日記を書こうと思った一番の理由は、ここのところ我らのケンカがたえず、一緒にいながらも、一緒にいる気がしない感を常に抱いている自分、というのを整理してみたかったらだ。
相手の顔を見れば、何を考えているかなんてすぐに分かるし、自分に興味がないという温度だって手に取るように分かる。女って敏感なのだ。
この感じが女としては淋しくもあり、ただこうなったのも何でもかんでも言い放題の自分のせいだというのも分かってる。過ぎたことはもうどうにもならないけれど、なんとかして取り戻したい、というのが正直な気持ちだ。しかしこちらがどう仕掛けていっても、相手はそう簡単には振り向いてはくれないのよね。男には男のプライドがあるからなのかな。ううむ。とにかく不安でいっぱい。
自分みたいな人間にとって、この不安の中、毎日を過ごすのって、けっこう大変なのよね。何もかももが哀しいフィルターを通してしか見えないから。今とってもつらい。
どうなるのかな、俺たち。

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2015年7月12日 (日)

暑いー

 日曜日だけど発表会のリハーサルなどがあったので体は休みなし。だけど頭は休業しているので気分的にはリラックスモード。
炎天下、伏見のスタジオを目指し、踊る前から汗だくだくに。先輩たちの踊りにうっとりしながら自分の番を待っているときのほどよい緊張感ったら。40過ぎて味わえるとは。
今日も目立つ位置で思いっきり違う踊りをしてしまって師匠をどきまぎさせたり、一緒に踊る仲間から非難を浴びせられたり、いろいろ大変だった。本番はどうなることやら。
 仲間といえば、こんな自分なので未だにどこか馴染めていないところがあって、今日もそういう空気をびんびんに感じ取って、一瞬淋しくなったけど、私は仲間のためにフラメンコしているわけではなく、ただ純粋にフラメンコが好き!というだけでやっているので、そういうめんどくさいことはあまり気にしないようにしている。まぁ、基本、フラメンコに携わっている人というのは、わりと個性の強い人たちばかりなので、いろいろあって当然。よくある、ネチネチ系ではないところが唯一の救い。みーんな分かりやすい人間ばかりだ。
 帰りに、名駅で王子と待ち合わせて、西口の立ち呑み屋へ。明るい時間から呑める幸せをかみしめつつ、キンキンのビールを一気に流し込む。刺身とか美味しい天ぷらとか堪能し、立ち呑みなのに最後のシメの天丼まで食べちゃう王子。さすが炭水化物王子。
ハシゴしたかったけど、疲れと暑さで体はヘロヘロだったので、名駅の冷房がガンガンにきいたイタリアンカフェでカクテルを飲んで涼んで帰ってきた。外はまだ明るくて、なんだか得した気分。
 王子はさかんに「誰か遊んでくれる人いないかな~」と言ってたけど、私にはそんな元気も余裕もないのでまっすぐお家に。
 今夜も暑い。エアコン無し生活、いよいよ辛くなってきたという感じ。一番いけないと思うことが、夜ぐっすり眠れないこと、そしてイライラが募るのでいろんな意味で健康上良くないということだ。なんとかせねば。

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2015年7月 9日 (木)

なんだか忙しい?!

 特別なことなにもしてないのに、どこにも行ってないのに、なんでこんなに忙しいの?
と思ったら、忙しさを作っていたのはこの自分だった、ということに気づいたけど、要は気持ちの持ちようなんだと思う。この感じ、人生で3度目だ。1回目はピアノに明け暮れてた学生時代、2回目は20代後半で初めてお店をやって、子育てと仕事の両立で突っ走ってたとき。そして今。
のめりこむととことん頑張っちゃうタイプなんだと思う。まぁ、そもそも嫌いなことじゃないから頑張れるのだけど、自分を見失わないように気をつけなきゃな。
そんな今の生活といえば、ほとんどお店のことを考えて一日が終わる感じ。朝の仕入れからそのまま仕込みに流れて、夕方20分ほど仮眠して家事をちょこっとやってから店に入る。日によって深夜に食い込んだり、ときには朝になってたり、いろいろ。かなり地味な一日なんだけど、けっこうこれが濃厚。
息抜く間なんてほとんどないのだけど、今はこうしていくしかないと思ってる。きれいなお洋服やアクセサリーも、もう今の私には必要ないみたい。がっつり肉体労働系で攻めてる感じ。
 ただ、ふと思うのは、私の中にある哀しい気持ちや淋しい気持ちに触れている余裕も今はないということ。何かに夢中になっている時間があると、そういう気持ちさえも忘れちゃっているというか、考えなくなっているというか。つまりこれっていいことではないか?!。
そう思うと、「きっと神さまが私のために、そういう今を作ってくださっているのだわ!だから頑張って修行なさい、ということかしら。」などと、おめでたい自分はそんなふうに思ってしまうのだよね。
 さらに最近思うことがもうひとつ。料理を作るという仕事の怖さ。
人さまの口に入るものを作らせていただいている、という責任の重さが一番大きい。
ものすご~くデリケートな部分でもあるし、作る人間が全部そこに出てしまう、というのもあるし、とにかくごまかしがきかないぶん(べつにごまかすつもりもないけど)、中途半端な自分ではできない仕事だ。ちょっとでも気持ちに曇りがあったら、それが全部料理の皿の上に出てしまう。あー、こわいっ。
そのプレッシャーでかつて(北名古屋時代)頭にハゲがいっぱいできちゃったこともあったけど、今はハゲていないから、少しは慣れてきたのかな。でもやっぱりこわいな。
 
 今日はフラメンコの日だった。もうすぐ発表会で、師匠ぴりぴり。オチこぼれでごめんなさい、、としか言えない。
いい緊張感に包まれた濃厚な時間だった。
今、フラメンコが、仕事と同じくらいの比重で自分の中を占領している。早く終わって身軽になりたい、というのが正直なところ。

 

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2015年7月 6日 (月)

ゆったりと

 ここしばらく日記も書けないくらい毎日がバタバタだった。忙しいというよりは、気持ちの余白がまったく無かったというのが正しいかと思う。とはいえ、“日記を書く”というささやかな一日の業務も、無くなってしまえば意外にも楽ちん、というのを実感したのはたしか。
ただ、普段外とのかかわりを閉ざしてしまっている自分にとって、ゆいいつのお喋り(ほぼ独り言ではあるけれど)の場がなくなってしまうと、いろんな意味で循環が悪くなった、というのも本当のことだった。自分の中に、行き場を失ったたくさんの言葉や感情が溜まっていって破裂しそうだったもん。
そう思うと、ここは私にとって大事な告白の場なんだと思った。
これからは、ひとつ力を抜いたところで、この日記をほそぼそ続けていけたらと思う。緩くいこう。
 今日は友人とランチなどしてしまった。女友達とランチだなんて、何年ぶりだろう。
普段、日常にない慣れないことをすると自分の一日の流れが変わって逆にストレスがたまるから、そういうのはたいがいご遠慮させてもらってる私なのだけど(付き合いが悪いと昔から有名)、今日は大好きな友人たちとの約束だし、私の中でいろんな膿もたまっていた頃なので、めずらしくこの自分から「行きたい!」と言った。
美味しいカレーを食べながら女子トークに花が咲いた。それぞれの過去を語り会ったり想いを分け合ったり、セラピーみたいな時間だった。たまにはいいなぁ、こういうの。
 ここ最近、ガッチガチに頑張り過ぎてたのかも知れないな。もっともっとゆったりと世の中を見てもいいのかも知れないし、ありのままに時間の流れを感じでもいいのかも知れないな。誰も私を急かしてなんかいないのだから。
そんなことを感じた今日だった。
 

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