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2013年5月31日 (金)

金曜日のお父さん

 梅雨の晴れ間。待ってました!とばかりに、庭の木を剪定したり、お店の看板が夜でも見えるように電気を設置してくれたりする王子が、日曜日のお父さんみたいで頼もしかった。
庭仕事みたいなのは、以前だったら、あたりまえのように私の仕事になっていた。「俺は外で働いてきてるから休みの日は疲れてるんだ」とは言わなかったけど、、、そういう空気はなんとなく感じてた。
今は自分から率先して家のことをやってくれているのでありがたし、なんといってもお互いの気持ちの距離が近づいた感じがする。相手の新たな一面を発見できて胸がきゅんとなったり。
 サラリーマン時代のお給料みたいなのはなくなったが、今まで手にしたことのないような時間とか空間とか、そしてこれを共有できるということは、何よりもの収穫だと思う。

 子供の頃の話になるけど、私の父というのはなんでもやる人だった。共働きというのもあったと思うけど、母が忙しいときは父がごはん作ったり洗濯したり掃除したり、、、なんでもやってた。台所仕事はそんな父を見て覚えた。なんといっても毎朝、自分のお弁当作って会社に行くような人だったから。
こういう家庭で育った私だから、初めての結婚のときはそれはびっくりしたものよ。どうして男の人はごはん作ったり洗濯したりしないのかなと。しかも、それがあたりまえみたいにしているのが不思議でたまらなかったのよね。(でも、彼は彼で尊敬すべき人だった)
きっと子供の頃に刷り込まれたものっていうのは今でも私の中にしっかりあって、王子がいろいろ家のことをやってくれるたびに、あの頃の記憶がふっとよみがえって温かい気持ちになるんだよね。
自分が本当に欲しかったものは、この温もりだったんだと今あらためて気づかされたことだよ。

 そして今日も一日料理を作りまくった。頭で考えながら動くというより、手が先に動くという感じ。手が動いているときは、もうすでに自分の中でシナリオでできてるみたいだけど。(自分のことなんだけど、もうひとりの自分がいるような感覚になぜかなってしまう)
そのシナリオを、考えすぎてもいけないし、煮詰めすぎてもつまらなくなるし、かといって意味がないのはダメだし。要は何かの瞬間にピピピと感じる(ヒラメキのようなもの)ものを逃さずキャッチしておいて、それをカタチにするというのがどうやら自分のやり方みたいなのだ。
しかもこのピピピ、つかもうとしてもつかめないので、常に頭ん中を白い画用紙にしておいて、ただ降りてくるのを待つ というのがポイント。
この作業の繰り返しなので、同じものを2度と作れないというのは、こういうことです、、、。(ちょっとの言い訳も込めて)

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