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2013年2月

2013年2月28日 (木)

春が来た~

 春が来た!ぽかぽかな一日だった。
コートもマフラーももういらない。いろいろなものが身軽になってゆく。
 そんな中、今日はフラメンコ。発表会が近いので師匠はぴりぴり、生徒はひやひや。
出来ていないところの細かな修正と、「これぞフラメンコ!」っていう踊りの奥にある芯の部分の表現を学ぶ。前者は練習すればできるようになること、後者は目に見えない魂の部分なので長年かけて自分で培っていくというもの。最終的には自分でつかむしかないものなのだけど、師匠いわく、「まだ分からなくてもいいから、とりあえず伝えるから!」とのこと。
こういうのって、その人がこれまでに歩んできた道とか経験とか魂で得てきたものを分けてもらっている感覚だ。お金にはかえられないもの。
経験の浅い自分にはまだピンとこないところも沢山あるんだけど、いつかそれが理解できるようになる日がくるかも知れないと思うと、もっと知りたい~ってなる。そして、この師匠のもとで自分が勉強できてほんとによかったと思う。
 今日いちばんのポイントは「上半身の内臓を上に引き上げながら、下半身はあたかも地面に接着剤でくっついたように踊る」であった。フラメンコの基本中の基本なんだけど、「内臓を上げる」とか「接着剤」とかっていう言葉を使って教えてもらうと、イメージが具体的になってすごく分かりやすい。いろんな意味で不器用にできているこの自分のこともよ~く知っている師匠なので、あえてこういう表現をしてくださっているのも知ってるの。そういうのって胸キュンだ、頑張らなきゃってなる。

 仕入れして戻ってきて仕込み。そんな中、王子はさささと自分の部屋にこもって晩ごはんができるのを待つというふう。どうってことない日常なんだけど女としてはちょっと淋しくなる瞬間。あたしゃメシ炊きおばさんかぃ?!
別に手伝って欲しいとか何かして欲しいとか、そういうんじゃないのよ。ただ、ココロがそばにあって欲しいとかって願っちゃうのが女の本音だったりするわけです、、、。

 もう明日から3月だ。

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2013年2月27日 (水)

春かな

 「大丈夫?」って聞かれると、ほんとは大丈夫じゃなくても、大丈夫になった魔法がかかる。たぶんそれは、「大丈夫?」って声を掛けてくれた人のその気持ちがありがたくて、嬉しくて、自分で自分を元気にできちゃうからなんだと思う。ものすごい魔法だ~。
 周りをみんな敵にまわして生きてる人をつい最近まで見てきて心は荒みきっていたので、自分は真逆の人間でよかった~と思った。仲良くするほうが簡単だし、楽ちんだし、そしてなにより楽しい。この自分ワールド、誰にも邪魔されたくな~い。

 今日は久しぶりに歩いて買い物に行ったりして、外の空気に触れてみた。まだ寒いけど、ふわりとする風の感触とか匂いとか、もう春だ。この体が、ちゃんと「春」を覚えていることにびっくりだ。40年生きてりゃ、あたりまえかぁ。 鼻の上のほうに感じるもやっとした感触は、この時期ならでは。恋の季節だな。(?!)
王子も自分も春生まれだし、なんとなくこの季節は特別な感じがする。空気にも風にも敏感になるよ。

 今週末くらいから、いよいよ春休み前の駆け込み寺状態で店も忙しくなりそう。ヒマなときは本当にヒマだし、忙しいときはガガっとかたまるし、この仕事は先がまったく読めないというのが大変なところだけど、それが面白いとこ。だからヒマなときはだら~っと過ごし、忙しいときはビシっと気合い入れて、メリハリつける。ずうっとヒマなのも、ずうっと忙しいのも自分は苦手だ。波があるのは楽しい。


 



 

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2013年2月26日 (火)

等身大

 いつもの生活が戻ってきた。台所の音も気にしなくていいし、掃除も洗濯もガンガンにできる。もう我慢もしないし、自分を小さくすることももうしない。ありのままの等身大の人生を生きるんだい。
今回ものすごく落ち込んでいたときにある人が「自分の好きなように生きるのがいちばん」と言ってくれて、抱えてた何かが一瞬にして軽くなったのを覚えてる。そうか、そりゃそうだよなって。
わざわざ荷物を背負うことなんてしなくていいのだ。一度しかない人生を好きなように生きなくてどうする。何かがぴっかーんと分かった瞬間でもあった。

 今日もいろんなお客さんの笑顔で元気をチャージ。美味しいものを作ろうと頑張っていた時期もあったけど、今は心を込めて作ろう、というふうに変わってきた。等身大の自分が降りてくる感じ。かっこつけた料理じゃなくて、ありのままの自分が今ここで作る料理。なので、自分という人間がそのまま皿の上に乗るの。
ゴハンって、言葉以上のメッセージだと思う。私が私になっていないと作れない。
そう思うと、いつも自分の内側と向き合っていないとできない仕事だなぁと思う。ほどよい緊張感が常にある感じ。この緊張感があるから元気でいようって思える。

 夜、おばあちゃんのお葬式から帰ってきた王子が、「今日はウルっときた」と言っていた。いろんな想いがあっただろうな。身内の死って考えさせられることがいっぱい。でも死んでいく人は、ただいなくなるんじゃなくて、必ず生きてる人間に何かを残して去っていくものだというのも、この歳になって感じるようになった。
自分のおじいさんおばあさんの存在をほとんど知らずにここまで来たので、「大好きだったおばあちゃん」と言える王子がなんとなく羨ましかった。その人はいなくなっても、その人との思い出は永遠に生きるってことなんだろうな。隣にいる王子を見て、いろいろ感じた数日間だった。
 そして、風呂から出てきた王子が「いろいろ疲れたよ」としみじみ言っていて、その疲れの意味がすごくよく分かった自分ではあった。ほんとに大変だったもん。

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2013年2月25日 (月)

むずかしい

 自分の中の問題も、自分というフィルターを通していつも同じ角度から見ているので同じカタチでしか見えないが、違う視点から見たり、違う人間から見たら、問題でもなんでもない、ってことってあるのかも。

 おばあさんが亡くなられて、お通夜やその準備で母上と王子は早々に出かけて行った。母上とはここで、またしばらくの間さよなら。肩の荷が下りるとともに、何もできなかった自分を責める気持ちもあって、しこりは残る。なんともいえない気持ちだ。
 自分みたいな人間が現れたせいで、ここの家族の仕組みががらりと変わってしまったのは事実で。王子とお母さんの関係がすごくむずかしくなってしまったり、弟さんからは完全無視。めちゃめちゃにしてしまったのはこの自分なんだよね。この自分さえいなかったら、もっとスムーズにいっただろうに、、、と思うと痛くてたまんない。
 全部自分のせいだというのは分かっているけど、家族なのに、いがみ合ったり憎しみ合ったりしている現実を傍から見ているのはやっぱり辛かった。この現状がなんとも腹立たしく思えて、他人である私が爆発してみたことも何度かあったけど、、、。要はたぶん、親とか子とか関係なく、理屈抜きで、人が人を憎むって状態が許せないって思ってしまうんだろうな。
家族にはいろんなカタチがあるので、他人が立ち入る場所ではないけれど、王子が昔から母親との関係のことで悩んで苦しんでいたのは知っていたので、その間に自分みたいなのが入っていったら何かが変わるんじゃないかと思ったんだろうな、そのときは。今思えばかなりずうずうしいことだし、生意気だった。
でも結果としては、変わるどころか、さらにその関係を悪化させてしまったというのが現実。親子の関係はそう簡単には変わらないということだし、もし変えたいと思ってもなかなか難しいということなんだろうな。ある意味、死を覚悟するようなものだと思う。王子は苦しいだろうな。

 そんなこんなでいろいろやってしまったので、今ではすっかり他人と言われる位置の人間に。そりゃそうだよな。

 お通夜から帰ってきた王子は、ひとまわり小さくなってた。大好きだったおばあちゃんとのお別れだもんね。ごはんもほとんど食べずさっさと寝てしまった。

 人が死ぬっていう現実とか、家族とか、、、そういうことについていろいろ考えさせられたここ数日間だった。他人の位置はそれなりに淋しいが、他人だからこそ冷静に見られたというのも正直なところかも。

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2013年2月24日 (日)

沈むー

 「許せないー」とか言っていたらこちらのおばあさんが亡くなった。なんて罰当たりなこと言ってしまったんだろうと反省しつつも、それでもまだ治まらない想いがある自分って、、、。
 王子と母上は早朝から病院や葬儀屋さんなどをめぐっていたらしいが、居候の自分はもちろんひとり留守番。居候なので当然のことなのだけど、こういうときに「やっぱりひとりなんだー」というのをしみじみ思ったりする。これも、過去のいろんな人生の経験があったから沁みてくるのであって、何もなきゃいちいちこんなことで落ち込んだりはしない。経験の数だけ想いの器もでっかくなるってことなんだろうけど、感受性の塊で生きてる自分にとっては痛すぎることばかりだ。刺激物多すぎ。こういうとき、生きてくのって大変 とかって思っちゃう。
 こういう状況になると、なんとなくこの家に居るのも申し訳なく思えてきて図書館へ。読書しないでずっと本の下で寝てた。
閉館ぎりぎりまでねばり、帰りに弁当を買う。
部屋で食べる弁当の味は空しすぎ。なんでこうなっちゃうんだ~とも思ったりもするけど、ココロはもう完全に閉じてしまった。こんなかたくなな自分、人生で初めてかも。自分でもびっくりだ。
王子にごめんねと思いつつも、こうなってしまう自分が情けない。もしかしたら王子がいちばんつらいのかもなぁ。
でも、どう考えても、自分のココロの膿をすべて他人のせいにしてしまうそのやり方は人としてダメだと思う。きっとその人は、そうやりながら自分の周りにバリアを張っていると思うんだけど、バリア張っちゃうくらいの人にわざわざ近づこうとは思わないよ。
自分がもっと広い人間だったら、そういうこともすべて受けいれられるのかもしれないけど。まだまだちっこいので無理。
 そんなこんなでココロは沈みっぱなしであったが、明日からまた1週間始まるのよね。仕事も入ってるのでシャキっとしなきゃ。

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2013年2月23日 (土)

なんだろな~

 時に言葉は暴力になる。しかも受けた傷はなかなか治らないというのを今日また味わう。
息子(王子)を思う母上の気持ちは痛いほど分かる。それは自分も母親だから。
母親というのがこの世の誰よりも自分の子を守ろうとする気持ちとか、その愛の深さとか、そのはかり知れない大きさとかってよく分かる。
だけど、その母としての想いを獲得したいがために、自分の欲求の埋まらなさを他人にぶつけるのはよくないと思う。あまりにもそのやり方が子供じみていてあきれてしまったほど。何も言えなかった。
 でも、受けた言葉は痛かったし、この親子の深い絆みたいなものを目の前で見せ付けられたようで、こっちのココロはとても複雑。と同時に、「もう絶対に嫁なんて無理」とかって思っちゃった。
このふたりの間には入れないや。入ろうとすると自分が痛い目に遭うし。
母上が女ひとりで育てあげた大事な息子だもの。自分の位置としては、ちょっとそこから離れておいたほいがよさそうだし、なにより自分の身が安全だ。
まったく厄介な人を好きになってしまったことだよ。

 それにしてもどうして憎しみ合うことをわざわざ選ぼうとするんだろうな。気の毒としか言いようがないが、周りをみーんな悪者に仕立てちゃって自分だけが悲劇のヒロインを演じようとするそのやり方、その人の過去がそうさせてしまっているというのもあると思うけど、私は絶対に許さない。
いったいこの傷、どうしたらいいんだよ~。痛い~。

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2013年2月22日 (金)

いろいろドキドキ

 朝いちばんでいつものスーパーへ行ったら、入り口のところに10人ほどのふんどしマンが。これは夢か?!みたいな光景に目のやり場に困りながらもどきどきしながら聴いてみると、今日はこの地区のお祭りだそう。な~んだ、そうだったのね。
お祭り男、かっこいいー!熟年男子のお尻しびれるぅ~!
朝からよいものを見せていただいた。幸先いいぞ。

昨日の余韻も引きずりながら、いつもどおり仕事。キッチンに入ればいつもの自分が降りてくる。日常でいろいろあると、尚のことこの場所の大切さを思い知る。今、私が私でいられるのは、ここしかないんだよね。だからこそありがたく頑張れる。
 今日来てくれたお客さんが、お帰りになったあとにわざわざお礼の電話をかけてきてくださった。その中で、「やっぱりゴハンですよね」と言っていた彼女の言葉が印象的だった。日々、いろんなことがあって悩んだり落ち込んだりするのだけれど、ゴハンが力になってくれるということ。ゴハンはココロの栄養なんだな。これからもそういうゴハンを作っていきたい。
そして食べものには、もともとそういうパワーが宿っているので、そのパワーを上手に生かしてあげるのが私の役目だと思った。ココロのゴハンを作っていこう。そして届けよう。

夜は山下ファミリーが来てくださるとのことで、ダッシュで仕入れしてメニュー組み立てて仕込み。仕込みというより、もうすでにみなさんおそろいになっていたので即興料理だ。
いつも思うけど、料理って、ただ作るだけじゃなくて頭の中でいろいろ組み立てる作業のほうがたぶんメインな気がする。作るのは一瞬。
なので、常に工夫したり考えたりしてるし、それも食べてくれる人を想いながらする、というのがまず基本だ。そう思うと、いろんな意味で柔軟でいないとできない仕事だな~としみじみ思った。
そして、こういう短時間にぎゅっと濃縮して頑張るやり方は、なによりもの訓練になるので、今日もたくさん勉強させてもらった、というのが正直な感想。1年前の私ではできなかったことだ。

 

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2013年2月21日 (木)

家出から帰ってくるの巻

 今日も父ちゃんと母ちゃんのケンカの間にはさまれながら一日が始まる。今思えば、子供の私はずっとこのふたりの仲介役だった。どちらの味方をするでもなく、だたいつも本気で怒ってた、この感じが嫌で。きっとそれが今の自分を作っている要素のひとつだとも思うけど。人生に無駄なことなんてひとつもないんだなぁ。

 日用品とか温かい下着とか買ってもらったりして、両親のぬくもりを感じる。絶対言わないけど、「どんなことがあっても順ちゃんの味方だから」って言ってもらってるよう。親の位置ってここなんだな。
 そんな両親と近所のイタメシ屋さんでお昼を食べたり、帰りに自分たちのお墓に寄ったりもする。このお墓、娘の私とか弟に迷惑をかけないようにと、両親がまだ生きているうちに建てたお墓なのだ。墓石に名前まで彫ってあるし、準備万端という感じなんだけど、まだ迎えはこないらしい。
私もなんだかんだ人生いろいろ回ってきて、結局今は親の姓に戻ってきてしまったので、もしここで自分が死んだらこの墓に入るわけで。とりあえずいろんな意味で知っておかなきゃいけない場所だったりするのだ。
3人でその場所で、「誰が先に死ぬかは分からないけど、とりあえずこの場所だから!」みたいに妙な約束を交わして、「ちなみに水汲み場はあそこだぞ」などと細かな確認をし合っていたら、たまたまうしろにいらした住職さんが苦笑いしてらっしゃった。ヤングのイケメン住職さんだったので、あらゆる意味でこのお墓気に入っちゃった!って、、、縁起でもねぇか。

名残惜しいけど、、、ほんとは帰りたくないんだけど、、、仕事のことも気になるし、なにより王子と会えないことが淋しいので、暗くなる前に実家を出た。
ココロはものすご~く淋しいんだけど、今自分の前にあるものの責任とか重みとか、そういうことを考えると足もすっと前に出る。大人になるってこういうことの繰り返しなんだな。

 駅についたらきゅうにどどどと涙が出てきた。こらえていたものが一気に溢れるみたいに。
それでもプチ家出、してよかったって思う。

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2013年2月20日 (水)

家出する?!の巻

 「どうなるんだ~」と考え込んでいても仕方がないので、ランチの仕事を終えて新幹線に飛び乗る。とりあえず健康的な場所に身をおくために。
 というのも、昨日から京の都から姫(王子の母上)が来ていて、嫁でもない居候の自分の位置としては、なんとなく居づらいのだ。かつて、いろいろなことがあったし、衝突もしたし、そのたびに考えさせられることもたくさんあったけど、結果としては今もまだ解決せず、、、という感じ。自分の中の大きな課題としていつも抱えてはいることだけど、今となれば、その抱えることさえもしんどくなっちゃった というのが正直な気持ち。
20代、30代の若さがあったら、乗り越えようとしたり歩み寄ったり(これは何度も試みた)する元気も残っているんだろうけど、もう無理だ。チャレンジしようとするだびに空しくなるだけだ。
王子には申し訳ないけれど、プチ家出。自分が苦しくない場所に移動する業も必要だと思うし、なにより、この自分さえいなければ王子と姫の間にある障害物がひとつなくなるわけだから。
姫や王子がいろいろ気をつかってくれていること自体がもう痛いし苦しいんだよね。自分さえいなけりゃスムーズにいくものを。

 というわけで、向かうは千葉の両親のところ。
ここ数年帰っていないし、親不孝ばかりしてきた自分としては、実家といえどなかなか立ち寄りずらい場所なのであるが、こんな自分でさえも、このときばかりは父ちゃんや母ちゃんが恋しくなる。なんだろうな、この感覚。優しくしてもらえる場所に行きたくなるの。
それってやっぱり自分のことを一番理解してくれている人たちのところなんだよね。

 いきなり帰ってきた娘に驚くふうでもなく、子供の頃から見てきた父ちゃんと母ちゃんがそのままいた。夜は久々に父と酒を飲み、母の卵焼きを食べ、布団を敷いてもらい、温かい風呂もできていて、至れり尽くせり。「そんなに頑張らなくてもいいじゃん」って言われているみたいな空間がここにはあるし、「許されている」っていうのを肌で感じる場所。実家はいいな~と、この歳になって初めて感じた。この歳になっても甘えてもいいんだな。甘えられる親がいることにも感謝だなぁ。
それにしても父ももう足が悪くて歩くのがやっと。母は20年くらい前に入れた人工関節の寿命がそろそろということでびっこをひいている。ふたりとも80を目前に体は小さくなりつつあるけれど、まだまだ魂は元気。なぜならば、子供の頃からずっと見てきたふたりのケンカ風景は、今もまだ健在だったのだ。こんな歳にまでなって本気で言い争いできるなんて、元気がなきゃできないこと。子供の頃は、これが本当に嫌で何度も家出しようかと思ったけれど、今はただの傍観者のひとりとして見ていられる。夫婦に理屈はないんだなぁと、ふたりを見ていると思う。

 今回いろんな意味で、癒されたかったんだと思う。
相変わらず、ゴハンを食べ終わるとさっさと片付けていなくなっちゃう母、その間に空いた皿をこまめに洗う父、この風景も昔のまんま。みんな自分の好きなようにするし、相手に気を遣うことなんかしないし、ある意味ここは、ひとりひとりが自由でいられる場所なんだな。子供のときは気づかなかったけど。
このふたりの要素を半分ずつもらったのがこの自分なんだと、今になってなんとなく分かる。
今夜はゆっくり寝られそう。

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2013年2月19日 (火)

どうなる?!

 向き合わなければならないココロの問題が目の前に。痛い想いをしたくないので、そうっとそうっとココロのフタを開けてみるんだけど、やっぱりシンドイ~。普段自分がいかにその部分を見ないようにしているかってことだ。
だってわざわざそんな想いしたくないじゃん。正直40にもなって傷つきたくなんかないよ。どちらかといえば今は防御の仕方のほうを覚えてくらいだもの。
でも、
現実はうまくいかないね。やっぱり痛いし、苦しいし、硬直しちゃうよ。それくらい自分にとっては深刻な問題なんだろうな。

 そんな中、唯一息していられたのが台所で仕事している時間。お客さんの笑顔がこんなにも沁みてくるだなんて、、、。「メロディさん、美味しかったよ」って言われて泣きそうだったよ。
弱っているときに感じる人の優しさほど尊いものはないよなぁ。そして自分の場合は、こういう経験が全部皿の上に乗るので大事なことだなぁと思う。強くなんかならなくったっていいっていう弱い自分を慰める理由にもなるし。

 夜、深呼吸しに王子が喫茶店に連れて行ってくれた。相変わらず目の前でゲームに没頭している彼だが、いつもだったらその姿にイラっとなるところを今夜は、ただ黙ってそこにいてくれるだけでじゅうぶん、という気持ちになった。どこまで弱ってる?!オレ。
 帰ってきて酒をあおる。覚めてしまうのは分かってるけど、束の間でもいいから夢が見たくて。ダメな酒だとわかっているけど、もうここまでくるとやけくそだ。もう頑張って元気を装うことなんてしないぞー。
明日のオレ、いったいどこへ向かうんだろう。

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2013年2月18日 (月)

いろいろだ~ 

 どんよりな月曜日。雨とか雪とか降ってきたりして、冷たい一日だった。
体調がいまいちすぐれない王子は寝てばかり。こういうときって体が勝手にそうなっちゃうんだろうけど、一日じゅうテレビの前でゴロンとされていると、なんとなくこちらとしてはカリカリしてきて(朝からずっと立ちっぱなしで仕事してる自分としては)ついイヤミなことを口走ってみたり。いけないなぁと思いながらも。
 こういうときは、自分を満たしてあげていない証拠だと思い、CD聴いたりフラメンコのDVDを観たりしてココロを別世界へ持っていくことに。これがいちばん。
この場所にずっぽりと浸かると、そのあとものすごくリフレッシュされるんだよね。ココロでつかんだ経験は、なによりもの肥やしになるということなんだろうな。こういう種類の栄養は必要なので、ときどき補充してあげないとと思う。薄っぺらい人間にならないために。

 すっきりしたー!ってなったところに、落ち込むような出来事があり撃沈。正確には、まだ何も起きていないので落ち込んでいても仕方ないのだけど。
ココロのトラウマはそう簡単には消えないということだ。その傷を思い出すたびに勝手に痛みがぶり返すわけで、めんどくさいな~と思いながらも、そうなってしまう自分が情けない。いったいどうなるんだろう。
せいぜいその傷に塩をすりこまれるようなことにならないように自分守るしかないわ。
今の自分には、そのトラウマを丸々受けいれるココロの余裕はまだないんだよね。この件に関してはまだまだ時間かかりそう。
なので、せめて自分が痛い思いをしないように工夫することしか今はできないのよね。

夜はわけもわからず酒をあおった、、、。しかもあんまり楽しくない酒を。


 

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2013年2月17日 (日)

日曜日晴れ

 朝寝坊から始まる日曜日。時計ばかり見て過ごすいつもとは違って、日曜時計はゆっくりだ。しかも全部が私時間。普段どれだけ時間に支配されてるか、ってことだよな。
支配されるほうが実は簡単で、、、そこで大事なものを見落とさないようにすることのほうがむずかしいんだろうな。そもそも時間っていうものさしで、私は測れない。
 日曜の朝のいつまでも出られない布団の中で、ふと考えたりしたこと。

 かといって、何か特別なことをするというわけでもなく、仕入れに行ったり仕込みをしたりして、やることはいつもと一緒。それでもココロは自由なので、なんとなくキッチンに立っていても気持ちは軽やか。こういうときに降ってくるアイディアって貴重だ。まったくおもしろくできてるよな。
王子の体調もだいぶ快復してきて、家の中も元の明るさに。健康であることのありがたみをこういうときに感じる。自分のこと以上に隣にいる人の健康のことを。
そしてやっぱりこういうとき、食べることの大切さにもあらためて気づかされる。食べたものだけで、この自分の体ができているわけだから、健康になるのも病気になるのも、食べ物しだい、食べ方しだいだということなんだろう。

 今日、何気なく手にした本が、今流行の糖質制限食の真逆をいく、ひとりのおばあさんの話だった。要は、日本人の主食である米を中心に食べ、お肉や乳製品などの動物性脂肪はいっさい摂らないという健康法。なんとこのおばあさんはその食生活で、夫の癌を治してしまったというんだからすごい。そもそも日本人の食生活は歴史的にも米主体であったわけだから、自分的にはこちらが正解のような気もするけれど。
 でもまぁ、この類の本が売れに売れているということは、今まさに日本人の「食」が見直されつつある流れにきているのだろうな。「食」は今の体を作る基本だし、精神を作る源だったりするので、いい傾向だなぁと思う。
個人的には、そこで何をチョイスするかは、本人しだいでいいような気もするけど。好きなものを我慢することほどココロに不健康なことはない、、、と、米も肉も大好きな自分は、そう思わずにはいられない、、、。

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2013年2月16日 (土)

最強女子たちと

 朝いちばんで野菜の仕入れ。新鮮な野菜を買いに行くという目的ももちろんのこと、なにより自分の感覚をフレッシュにするのが仕入れの目的だったりもする。
10数年前、初めてこの仕事に就いたとき、その業界の大先輩が教えてくれたことのひとつに「売り上げがなくとも仕入れは毎日する」というのがあったけど、まさにその通りだと思う。モノを仕入れるというよりも、毎日新鮮な感覚を仕入れに行く、ってことなんだろうな。
「食」って、誰にとってもいちばん身近にあるものだし、当たり前すぎて特に気にもとめなかったりするけれど、だからこそ自分みたいな人間がそこに色づけしたり、立体的に表現することって必要なことだと思う。「食べること」はまさに心の栄養。感謝する気持ちの原点はまさにここにあるんだもの。
そう思うと、まずこの自分がいろんな刺激を受けて、それを表現しなきゃと思う。それが自分に与えられた使命だと。その使命の重みさえも今は心地良く感じる。

 夜はスリジェさんとこのイベントの打ち上げでメロディ食堂に集合。職人&セラピストの集まりだけど、ただの酔っ払いの集まりみたいになっていておかしかった。ボスであるスリジェのリエさんが、「今日は反省会です、、、」と言っていたけれど、誰ひとり反省している人間なんていなかったというのも、さすが自分というのをしっかり持っている方々ならでは。笑
 そしてみなさんそれぞれに分野の違う人たちなんだけど、どこかに共通点があるというのも今日感じたことのひとつだ。そういう人間は自然に集まる、というのはまさにそのこと。料理を作りながらだったけど、今日も“その人からもらえる刺激”というのをいっぱいもらった。
 そして、“どうせ飲むんだったらとことん酔わなきゃ”っていう最強女子たちと一緒に飲めたこともなによりだった。ジンを軽~く一本空けちゃう女って、、、。
同じペースで飲める人、しかも女子、この確率はとても低いのでこういう仲間は貴重だなぁ。
それにしても、男子がいなくてよかった、というあらゆる意味で最強な飲み会だったよ。笑

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2013年2月15日 (金)

イライラのち晴れ

 ものを大切に思う気持ちあってのことなのだろうけど(王子が)、捨てられないものたちであふれている。片付けたくても片付けられないし、捨てたくても捨てられないしで、これがかなりのストレス。ずっと我慢してきたけど、今日ついに切れてしまった!
片づけの約束を王子がどんどん先延ばしするので、「先延ばしするくらいだったら、今できるじゃん!」と突っ込んだら、怒って部屋から出て行ってしまったのだよ。あとから反省したことだけど、たしかにこの突っ込みはまずかったなと。
でもやっぱりぐちゃぐちゃは嫌だ。それでなくとも、王子の過去の家族との思い出がいっぱい詰まったこの家のものは、なんとなく触れないし、勝手に片づけることもできないわけで、ストレスはたまる一方なのだ。もしかしたら彼に対して、「もういい加減、過去とサヨナラして欲しい」みたいな思いがあって、それが「片付けて欲しい」っていう言葉になってつい出てしまったのかもしれないな。そもそもモノには“想い”ってもんがこもっていたりするじゃない。これじゃ過去に囲まれて生活してるみたいだよ。
しかもこんな足の踏み場のないような場所から新たなものを発信していくだなんて、想像できないよぉ、、、。
どうなるんだろう~片付くのだろうか、、、。待つしかないんだろうな。
 こちらも怒らせてしまったのは悪かったけど、とりあえず想いはぶつけてみないと伝わらないので、今日のところはよしとするか。(鬼嫁) しかも病気の人に、こんなこと言うだなんて悪魔だな。(反省してます)

 この一件は一件としてとりあえず横に置き、夜は一緒にお店の仕事。気持ちが集中する場所に来てしまえば、さっきまでの荒々しい感情なんてどんどん薄まっていく。おもしろいくらいに。
「今日はなんとなく誰かが来るような気がする、、、」と思って店を開けたらほんとに来てくださって、そのことをお客さんに話したらびっくりされていた。びっくりというのは、うちの店のそのシステムにだ。
お客さんから見たら、いつやっているかも分からない、気まぐれな店だと思われているに違いないけれど、美味しいものを美味しい状態で召し上がってもらうためにはこのやり方しかできないのよね。なのでこれからもこの感じでやっていこうかと思ってます。




 
 

 

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2013年2月14日 (木)

ふんばる!

 朝いちばんでフラメンコへ。始まったばかりの栄の街並みは空気も透明ですがすがしい。街路樹の枝先に小さな膨らみを見つけ、春の足音を確認。行き交う人たちの波に、なぜか自分もついていこうと知らず知らず早足になってる。都会はなんでもスピーディーだなぁ。

 今日のレッスンも濃厚だった。濃厚と思えるのも、自分の中で「なるほど~」なポイントがたくさんあったから。今までだったら、週一度なんとなく体をほぐしに行くためだけに通っていたけれど、ここ最近はもう少し踏み込んだところを意識するようになった。意識し始めると一気に視界が広がるし、そしてなによりどんどんおもしろくなる、というのを今まさに味わっている最中。でも逆に、あらたな難しさと直面する、というのもあって葛藤することもしばしば。難しさの中にしかヒントってないんだろうね。
 それにしても来月に発表会を控えて、今日もまたひとり仲間が不参加を申し出てた。みんなそれぞれに都合があるので仕方のないことではあるけれど、一緒に踊る予定だった彼女だけに気持ちは複雑。ダメダメな自分なので、いろんな意味で彼女を頼りにしてたのよね、、、実は。でもこれでまた、自分の気持ちは引き締まるわけで、頑張ろうって気持ちがまたさらに前進。ほどよい緊張感も。
 そしてまだ小さいけれど、自分の中の本気度が膨らみ始めると、師匠がそれをキャッチしてくれて、そこからさらに一歩踏み込んだところを伝授してくれるこのやりとりがまたたまらない。基本、体育会系の師匠であるので甘くはないのだけれど、生徒の中にあるものを確実にキャッチしてくれて、本気で向き合ってくれる姿勢っていうのは、愛以外なにものでもないと思う。

 そんなこんなで体ももちろんのころ、内面的な充実感もしっかり満喫して帰ってきた。そこへちょうど王子も帰ってきて、朝見た彼より、ひとまわりもふたまわりも病人っぽくなっていてびっくり。
薬もない、体温計もない我が家なので、とにかく布団かぶって汗かいて体じゅうの熱を一気に出す、っていう原始的な方法しかないので王子もさっそく実践。その甲斐あって、夜にはだいぶ復活していたけど。でもやっぱり辛そうだ。
 自分自身はもちろんのこと、隣にいる人の健康って、それと同じくらい大事だなぁとしみじみ感じるここ数日。今はとりあえず、この自分も倒れないように踏ん張ることよね。
 

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2013年2月13日 (水)

元気は作るもの?!

 ドッシャーンという聞きなれない音とともに目覚めた朝。夕べ降り積もった雪が朝日に溶けて雪崩れみたいに屋根から落ちてくる音だった。氷みたいにカチカチになった雪だったので、まるでガラスが割れるみたいなこわい音だった。朝からびびりまくり。
 
 王子はとうとうダウン。やっぱりなぁという感じ。布団で寝てればいいものを、「昼間から布団に入ったらいけないような気がする」などと意味分からない言い訳をしてコタツで寝ていた。ダメじゃん!
ここのところのそんなダメダメ生活も原因のひとつじゃないのかなぁ、とも思う。家で仕事するようになった王子にとっては、まだONとOFFの切り替えの感じがつかめていないのかも知れないし。そのへんは自分も経験しているのですごくよく分かる。たとえば私の場合は、仕事がおままごとにならないように気をつかうこととか、台所にいるときも、仕事で料理しているのかプライベートの料理なのか、気持ちを切り替えるところとか。最近はもう何も考えなくとも勝手に切り替えができるようになったけど、慣れるまでは大変だった。実生活がずっと仕事の延長のような気がしたり、またその逆の感覚もあったりして、すごくストレスがたまったのを覚えてる。なにしろ家には自分を甘やすための誘惑が満載なので、そうとう軸をしっかり持たないと流れてしまうのは簡単。
と、王子に言ってやりたいところではあるが、、、。そんな上からの私、つくづく嫌な女だ。(言わないけどね)

兎にも角にも相棒が病気になると、この自分がつまらない、というのが正直なところ。家の中はどんよりだし、話し相手もいないし、気分は灰色。
そんな中、「早く元気になってくれないと、おもしろくないよぉ」と病床の王子にぼそっとこぼしてみたら、いきなりむくっと起きて体じゅうにお灸をすえ始めた。そしてなんと30分後には復活していたからびっくり。鬼嫁の言葉おそるべし。

 鼻をすすりながらの王子の提案で「元気になるものでも食べに行こう」と、夜はいつもの寿司屋へ。
カウンターで寿司を食べながら大将とやりとりするのは、楽しみのひとつでもあるなぁ。大将の、今は養殖ものが普通に出回っているから若い板場は魚の旬というのを知らない、という話とか、昭和30年代今よりずっと高級品とされてきた寿司を腹いっぱい食べてみたかったから寿司職人を目指したという大将の意外な人生の一面を垣間見ることができたり、、、話が弾んできたところでいつのもごとく頼んでいないのに勝手につまみが出てきたりしたのもシナリオどおり。カウンターの醍醐味はここにあるなぁ。
王子もすっかり陽気になって、「体調悪いときはやめておいたほうがいいよ」という私の忠告も無視し、生牡蠣をむさぼり食っていた。元気が戻ってきた証拠。

帰ってきて窓を全開、部屋の空気の入れ替え。冷たい夜風が沁みてきて背筋がしゃきっとなる。
明日は久々に朝から出勤の王子。なんとしてでも元気にならなきゃと、なぜか隣にいる自分のほうが気合いが入ってしまうのだけど、なぜかな。

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2013年2月12日 (火)

胸がきゅーん

 王子が体調を崩し家の中もなんとなくどんよりという感じ。ここ最近、いろんな意味で大変な状況にある彼なので、バランスとるのがむずかしいところだと思う。毎度のことながらそういうココロの状況が、そのままカラダに出るというピュアでシンプルな作りの王子ではある。
そんな彼の隣で、ただ黙っていつもと同じ日常を繰り返す自分ではあるが、やっぱりどこか気持ちは重たくなりがち。こういうとき、彼のために何かをしようとするのじゃなくて、自分がへこたれないように工夫することのほうが、一緒に暮らしていく上では大事なことだと思う。

 そんなどんよりな感じの日ではあったが、すこしでもすっきりしたくて部屋の片付けをしたり、たまっていた事務仕事をしたり。午後からは保健所の立ち入り検査があるので、キッチンの細かいところまで磨いたりした。おかげでちょっとリフレッシュ。もやっとするときは、とりあえずなんでもいいから動いてみる、っていう法則はたしかだね。周りの空気までが回り始める感じだ。

 今、ユーチューブでちょっとした話題になっているノッポさんのメッセージ。さっそく見て、ウルっとなってしまった。子供の頃に見ていたノッポさんが、大人になった私たちへメッセージを送ってくれているんだけど、まるで自分の親から言われているみたいな感覚になるのはなぜかな。
あの番組には、子供の頃の思い出がぎゅうっと詰まっていて、今大人になった自分が、あの頃の自分を抱きしめてあげるような感覚もあったり。素直だったこども時代に一瞬にしてタイムスリップしちゃうみたいに。
 毎日楽しみにしていた『北の国から』の再放送が終わってしまい、つならないなぁと思っていた矢先だったので、ココロがきゅんとなる感覚を味わえてよかった。
それにしても、あれから何十年経った今でも、画面の中のノッポさんはあのときのままだった。そのことにも感動してしまった。ノッポさんは永遠なんだな。

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2013年2月11日 (月)

母ちゃんになる

 今日もタクミがいて休日っぽく過ごす。一日じゅうパジャマで過ごしたり、コタツでゴロゴロしながらお菓子をぼりぼりしている奴の隣で、テレビを見たり本読んだりしてダラダラと過ごす自分。この空間が、この一瞬が、愛おしいと思いながら。
 ダメな母親である自分を責め続けて自分が萎縮していた時期は、息子と会うのにも変に気をつかったりしたものだけれど(息子たちを不憫に思う気持ちから)、今はなんとなく変わってきたと思う。息子たちと一緒に暮らしていたころの当時のお母さんになっている自分に近づきつつある今だ。 不憫に思う気持ちが、いつのまにかココロの壁みたいになって距離をつくってしまっていたみたい。今ようやく、そのことに気づいた。
あのときのことは、一生をかけて償おうったって償いきれないのはわかっているけれど、母である自分が自分らしく生きていくことが、何よりも息子たちの希望に繋がるものなのだと、ようやくそう思えるようになった。この世の誰よりも、あの子たちを信じてるもの。
 それでも、ふつうの子みたいに思春期の反抗期が来てもぶつける相手さえいない彼らのことを思うと、ごめんねという気持ちでいっぱいになったりもするけど。
 これからどんなふうに大人になっていくのかは分からないけれど、彼らの人生の応援団長の位置で自分はいたい。それしかできないし、それが親の役目っていうものなんだろうな。

 王子と3人で休日のスーパーに行ったりしたのもよかった。奴の大好物のアイスクリームもたくさん買ってやって(親ばか)、それを同じものを王子にも。(面倒なことにならないための対策。)
 夜は王子のリクエストで、中華風焼きそばを作る。麺と同じくらいの量の野菜を入れたヘルシー焼きそば。ちょっとでも炭水化物を減らそうと思って。
食卓について、大皿からタクミの皿に取り分けてやっていたら、そこへすかさず王子も自分の皿を出してきた、「俺にもよそって」とばかりに。なんとなく息子がふたりいるようなそんな気分。女はいつでもどこでもお母さんになるというのに、男の人って。

タクミが帰って、また一週間が始まるって感じになる。一日を頑張って生きること、これしかできないし、自分が自分として頑張れることはここだけ。
そう思うと、高い目標もなにもいらない。一日を精一杯、これだけだよ。


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2013年2月10日 (日)

食いしん坊探訪・in高山

 旨いラーメンが食べたい!と思い立ち、いざ高山へ。以前、うどんが食べたくなったから香川へ、というのをやったことがある我らにとっては、高山までの距離くらい、どうってことない。なんてったって旨いラーメンが待っているのだ。食いしん坊威力は、こういうところで発揮させたりするのであ~る。(ちなみに食べもの以外には働かない)
タクミは何がなんだか分からない状態で半ば強制的に付き合わされることに。でもいい大人たちが楽しそうにしている姿を後ろ座席で見ているのも悪くはないんじゃないかな。(と勝手に思ってる)

 途中渋滞にはまりながらも2時間ほどで到着。高山ラーメンと言っても今はいろいろあって、たまり醤油ベースのちぢれ麺という昔ながらの中華そばもあれば、名物の飛騨牛を使ったものもあるし、創作麺もあったりと、さまざま。
前回の高山探訪で、腹がいっぱいで断念せざるを得なかった気になる店が実はあったので、迷わずそこへむかう。
せまい店内へ入ると、魚介だしの濃厚なにおいと、魚介の発酵系の匂い(魚醤のような香り)が入り混じって、正直いい匂いではないのだけど、食べている人のどんぶりのスープが透明だったのを見逃さなかった自分は期待に胸が膨らんだ。いちばんシンプルな塩を注文。
手間のかかった丁寧なスープに感動。塩といえば、ほとんどが化学調味料で最終的な味のバランスを量っちゃったりする中、ここのはおそらく無化調。食べ進めていくうちに旨みが広がる感じだ。旨かった。グルメなタクミもそう言っていたので間違いないだろう。“中華そばM”っていうお店です。
昨日、炭水化物制限食を小さく宣言していた王子が、さっそく宣言取り消し宣言していたのがおかしかった。(早っ)そしてそのあと、橋のたもとにある団子屋でみたらし食べたり飛騨牛の握りをつまんだり、ほとんど嫌がらせのように炭水化物祭りになったので、取り消してよかったね、という感じ。
 酒蔵をのぞいたり町並みを歩いたり、地元のスーパーに寄ったり、美味しいパン屋さんにも行ったりして、食いしん坊バンザイ状態。トランブルーというお店、噂には聞いていたが、やっぱりすごかった。職人さんの愛が感じられるパンだった。ひとつひとつのパンにあんなにも表情があるだなんて初めて味わう感動かも。新たな「食」の刺激をもらった。

 「食」の用事を済ませたので、そのあとはさっさと帰路をめざした。帰りも渋滞にはまりながらだったけど、後ろで寝息をたてるタクミと、運転席で頼もしくハンドル握る王子の左腕を眺めていたらしあわせな気持ちになった。これもまた思い出のかけらになるんだね。
それにしても、何も考えず薄着のまま家を出てきた我らにとっては、高山の寒さがいろんな意味で沁みてきたよ、、、。

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2013年2月 9日 (土)

そうだ、煮込み料理にしよう

 関市のほうまで仕入れに行く。新鮮な野菜を求めて。
近所のスーパーばかりではさすがに脳ミソがマンネリ化してしまうのでたまに珍しい野菜と出会ってフレッシュな刺激をもらうことは大事だ。ワクワクの源だもの。
これともうひとつ、自分にとって欠かせないのが、うまい店に食べに行くというのがある。ここでのポイントはおごってもらうのではなく、自分のお金で ってところ。
「食」の仕事に携わる人ならこの感じ、すごくよく分かるんじゃないかな。
定期的にこういうちょこっとした刺激を自分に入れてあげることは、ひとつのことを同じテンションで長~くやっていくために必要なことだと思う。

 帰りにホームセンターに寄って王子の工具欲を満たし、近くにあったパン屋さんで美味しいサンドイッチを買い頬張りながら帰ってくる。外はキンキンに寒いけど、助手席から入ってくる日差しはやわらかい。いつまでも日向ぼっこしていた気分。
 戻ってきてエイっと気合いを入れて夜の仕込み。寒いので煮込み料理がいいなぁと思い、昨日からブロック肉を赤ワインに浸けておいたのだ。炒めた香味野菜と一緒にゆっくり煮てみよう。いしし。
冬の台所で鍋がコトコトしている絵っていいもんだねぇ。

 お客さんが来るまでになんとか煮込み料理も完成。今夜もポカポカ家族に寄り添えることができ、しあわせだった。しあわせは分け合うものでもなんでもなくて、勝手にそうなっているもの、 という法則があるのも最近感じるところである。しあわせは独り占めしていいものだと思うよ。
と感じつつ、お客さんの笑顔で元気100倍になり、しあわせになって、今日も自分のココロのお部屋が温まったのを感じている次第。

遅くに久々のタクミ登場。1ヶ月ぶりくらいかな。
腹が減ったというので、餃子の王さまに連れて行き、たらふく食べさせた。食べっぷりはもう、一人前の男という感じ。ぽっちゃり体系だった奴がここのところきゅうに細長くなってきた。サッカー部のゴールキーパーとしてしぼられているみたいだ。青春だな~。
そんな話をしながら、深夜に和んだのもよかった。奴に会えて王子がちょっと楽しそうになっていたのがさらに嬉しかった。週末は久々になんちゃって家族だ。

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2013年2月 8日 (金)

エコでニコニコ

 ここ最近、毎日どこかでギターの音を聞いてる。というのも、王子がどうやら目覚めたらしいのだ、ギターに。
週1のレッスンもおっくうがっていた彼が、今日は颯爽と出かけて行った。本人いわく、「なんか楽しくなってきた!」とのこと。そう言ってる顔がまた、少年みたいだったよ。
大人になってそういうものに出会える幸せっていうのは、なにものにも変え難い。そして隣にいる人のそういうニコニコって、自分事のように嬉しいということも。
ここ1、2ヶ月、仕事環境ががらりと変わり、お財布事情も生活事情もかなり厳しい我が家ではあるが、お金では得ることのできないものを日々手にしているように思う。今まで見落としてきたものたちに、実はものすごい価値があるということに、あらためて気づかされているような。
ほんとの幸せってなんだろね、、、というのを考えさせられている毎日。

 それにしても野菜が高い~。野菜中心の我が家の食卓事情も厳しくなりつつ、買ってきた野菜たちをベランダに干したりして保存食作り。保存食とはいえ、大根もキャベツも白菜もこうすると驚くように甘くなるので手間は惜しまない。キャベツの外葉や芯とかセロリの葉っぱとか、捨てちゃうような部分は最近はみんなジュースにして飲んでいる。なので捨てるところはほとんどなし。別にこだわっているわけじゃないけど、いろんな意味でエコな生活。
節約って言葉はケチっぽくて好きじゃないのだけれど、エコはいいね。ものを大切に思う気持ちとか、健康にいい方法を選択することとかって、自然にエコにつながるものなんだな。その結果、節約ってことになるんでしょうね。その順番がポイントだな。

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2013年2月 7日 (木)

宝物だよ

 2週間ぶりのフラメンコ。すっかり鈍ってしまっているだろうなと思いきや、意外にも体は動いた。ここ2週間、頭ん中はずっとフラメンコになっていたのだ。以前のレッスンであまりにの出来なさに落ち込んだので、なんとかしなきゃという気持ちにようやくなったわけで。
人間やっぱり、落ちてみないと分からないことってあるよな、としみじみ思った。
来月の発表会に向けて仲間たちも真剣。置いてきぼりにならないようついていかなくっちゃ。
 とはいえ、今日は今日でまた新たに、自分のダメダメさ加減を思い知る。
そしてこのダメな自分を知ったときに、「もう無理だー」に流れるか、「なんとかしなきゃ」と立ち直るか、自分の気持ちのコンディションによって違うということが分かったので、まずココロの状態を整えておくことが大事だということも。レッスンはひとりじゃないから仲間のペースに合わせることが大事。自分だけ出来ないとなんとなく申し訳ない気持ちになるし、、、むずかしい。
 そんな中、今日は師匠がご自身の体験談をまじえてリアルな話をしてくださったことが何よりの収穫だった。聴けば聴くほどフラメンコの奥深さを知り大好きになっていく。フラメンコはただの踊りじゃなくて、あくまでも歌い手とギタリストに合わせる添え物役だということも。添え物なんだけど、それぞれの間を感じ取ったり雰囲気を読み取ったりして踊らなきゃならないので、大事な位置にあるということも。そしてそれが本当のフラメンコの醍醐味だし、おもしろさだというのも、師匠の話から感じていつもいいなぁと思う。
早く、その域まで行きたーい!と思いつつ、まだまだお遊戯状態の自分だ。先は長いのう。でもそういう長い時間をかけてじっくり向き合うものに出会えたことは人生の宝物かも。師匠とも、不思議な縁を感じてならないのは、そういうことなんだろうな~。

帰ってきて仕入れと仕込み。体は少々お疲れ気味だが、ここでだらっと力抜くと立ち直れなくなるのは知っているので、とりあえずすき間なく動いてみる。流れているので作業はとてもスムーズに運ぶ。ようし!ビールが待っているぞ!と目の前ににんじんぶら下げながら作業すると、さらにやる気倍増~。

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2013年2月 6日 (水)

刺激的

 毎月恒例、サチコさんたちのアロマイベントの日。みなさんのほんわかした雰囲気は料理を作る自分のほうまでも伝わってきていつも癒されている。そういうのって温度として伝わってくるし、居心地のよさにもつながるものだと思う。
今日もそこに自分のゴハンが寄り添えたことを嬉しく思う。

 午後はベビーマッサージの先生ヒロちゃんを囲み、まゆちゃんやそのお友達のマイちゃんが来てくれてランチ会&勉強会。
赤ちゃんを抱っこしているマイちゃんは20代とは思えないくらい考え方や今後の目標とかがしっかりと定まっていてキリっとしてる子だった。彼女が、「女の人は恵まれていますよね。男の人と違っていくつになってもいろんなことにチャレンジできるし、、、。男の人はとにかく家計ために働かなきゃならないわけですから。」と言っていたのが印象的だった。愚痴こぼしながら日常を送る世の女性たちがたくさんいる中、今ある自分の位置に感謝している彼女の生き方は、すごくいさぎよくてかっこいい。ある意味、男前だ。
ぜんぜん自分を甘やかさないし、いつも考えているし、こういう若者がいるということは40過ぎのおばさんからしてみればとても誇らしいこと。自分たちも子育てや仕事に没頭し頑張っていた時代はあったわけで、そのバトンをしっかりと次の世代の子が握ってくれているという安心感みたいな。
そんな彼女からいっぱい刺激をうけたおばさん3人は(まゆちゃん、ヒロちゃん、私)はマイちゃんの赤子をかわるがわるあやしたりしてすっかりおばあちゃんになっていたのがおかしかった。世代交代?!
 そして今日感じたのは、チャレンジすることに年齢は関係ないということ。同世代のまゆちゃんもヒロちゃんも、まだまだ先を見ていて勉強もし続けていて、すごいなぁと思った。「目標にしていたことがクリアするとまたその先を目指したくなる」 みたいなことを言っていて、もうここ最近そういうのがすっかり冷めきってしまっている自分は喝を入れてもらった気分。もうなるべくなら、刺激的なものからは遠ざかろうとしているへなちょこな自分であるが、久々に同世代の生き方を見て背筋がしゃんとした。
「でもやっぱり刺激はもういい」、と思ってたりして。まぁ、この自分の生きかたも否定せず、ときどき刺激をもらいながら自分なり歩幅を大切にすることのほうがたぶん大事なのかも。

 今日もいろいろ思うこと、感じることはいっぱいあったけど、ココロはとても穏やかだ。そういう人たちにたくさん会ったというのが、その理由だと思う。おおらかな人たちばかりだったからなぁ。

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2013年2月 5日 (火)

笑顔の処方箋

 笑顔ってこんなにも癒されるものなんだぁ~というのをあらためて感じた日。お客さんの笑顔で元気になれた。特別落ち込んでいたわけではないけれどエネルギーをもらった気がした。
そしてそういう人を見ると、日々面倒なことはいっぱいあるし、傷つくこともいっぱいあるけど、下向いてたってしょうがないじゃん、笑っていこうよ!ってシンプルに思える。
きっと笑顔の人っていうのは、そういういろんなことを乗り越えてきた人なんだろうな。そういうのって全部伝わってくる。
元気100倍になって料理したよ!
 そういえば街を歩く人たちも、駅のホームで電車を待つ人たちも、なぜかみんな険しい顔しているよなぁ。そういう世の中になっちゃってきてるから、今日の笑顔が新鮮に感じたっていうのもあるんだろうな。

愛車メロディ号が入院中なので、ここのところずっと王子号に乗せてもらい一緒に仕入れに行っている。ひとりよりもずっと心強いし、重たいものも持ってもらえるので楽ちんだ。なにより夕方のスーパーとか、日曜日の家族連れがいっぱいいるスーパーの風景は、いろんな意味で気持ちが辛くなってしまうので、隣にいてもらえるだけでなんとなく落ち着く。
最近は王子も、○○スーパーは牛乳が安い、とか○○スーパーは肉が新鮮とか、卵は何曜日に買ったほうがいいとか、、、私以上に主婦知識を熟知していたりする。そういうところは私なんかよりずっとマメな彼である。そして女の私としては、男の人が仕事以外の家庭のことに興味を持ってもらえることは、なんとなく嬉しかったりもする。

そして今日も『北の国から』。
ついに別れたお母さんが死んでしまった。今日の時点ではまだ子供たちはそのことを知らないまま終わったんだけど。
離れて暮らしているとはいえ、あの子たちのお母さんであることは一生変わらなくて、そのお母さんがもうこの世にいないという事実を子供たちの小さな心でどんなふうに受けとめるんだろう。そのことを考えただけで、もう心が張り裂けそうだ。
 このドラマ、自分のある部分とかぶるところがたくさん散りばめてあるゆえ、毎回感じることいっぱい、心はいっぱいだ。今までの人生では、ある一方向でしか見えなかったことを、あらためていろんな角度から感じることができる、というのがこのドラマにはまっている理由だったりする。
それにしても、明日の回を見るのは辛いな~。とか言いながらたぶん見ちゃうんだろうけど。ドラマだから見れるんだよな、これノンフィクションだったら痛すぎて無理だ。
 

 

 

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2013年2月 4日 (月)

雨な月曜日

 雨音で始まる月曜日。ぬれた庭にはもう春の匂いがあって、雨なのに気持ちはうきうき。こういう季節の移ろいとかって若い頃はたくさん見逃してたと思う。今この歳になって敏感に感じる毎日だ。歳をとるって退化することじゃなくて開花することなんだな。いままで縦に広げていた世界を新たに横に広げていくイメージ。わるくないな。

 ランチのあと仕入れにむかう。日によっては一日に何度も通う近所のスーパー。もはやメロディ食堂の冷蔵庫?!的な存在だ。そして毎回必ず誰かに会う、というのが定番。レジのお姉さんともすっかり顔見知りに。この店があるからあの値段でランチが出せるわけで、ここがなかったら大変。メロディ食堂にとってはすごーく大事な店なのだ。
しかしながら、そんな大事な店でもここのところめちゃめちゃ野菜が高くて泣きそう。特に葉もの野菜。いろいろ工夫したりしているけれど、生野菜のしゃきっとした食感も必要だからな~、と日々頭を悩ませる部分ではある。
でもこういう悩みはとても楽しいし、好きなことので、降ってくるアイディアを待つ時間もなかなかいいもの。

 ここ最近考えていることがあって、それは40を過ぎた今だからこそ思うことなのかもしれないけど、まだ何か自分にできることがあるんじゃないかなと。
もちろん「食」の世界を広げていくことに違いないんだけど、未来を担う子供たちに向けて発信したいんだよね。それをどんなカタチで表現するかはまだ未定。食育って言葉はあまり好きじゃなくて、、、もっと子供たちのココロにリアルに響くような何かをね。
 そもそも、もし明日自分が死ぬとなったとき何か遣り残してることはないだろうか、、、と考えたときに浮かぶことがあればそれが自分の仕事だと思ってるから。仕事というより使命のようなものかな。
そう思うと、まだその遣り残しがあるので(まだ死なないけど)じっくり取り組んでいこうと思う。
 それでもって子供たちに向けて発信する何か の話に戻るけど、、、、自分が思うに「食」で未来は変わると思っているんだよね。「食」はその人を創るものだから世の中を明るくするのも暗くするのもすべて「食」にかかっていると思うんだ。




 

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2013年2月 3日 (日)

近ごろ思うこと

 2時間ほど仮眠して深夜からニコ弁作り。朝のキンキンした寒さも今日はだいぶ緩んで、作業もはかどった。この時間に仕事するのは初めてなのでいろんな意味で新鮮だった。
5時過ぎに無事お客さんの手にお渡しすることができた。なんとか間に合った~とほっと一息ついた瞬間に、ものすごい眠気が降りてきた。徹夜明けの受験生の気分。この歳になってまた味わえるなんて思ってもいなかったよ。るんるん。
 そんなニコ弁ですが、お客さんのあらゆるご要望に添うようにお作りいたしますので(もちろん自分のできる範囲内でのことですが)なんなりとご注文くださいね、などと、とりあえず宣伝しておこう。
というのも、シナリオのない店だからできること。
そう思うと、ここまでこられたのもいろんなお客さんの要望をいただけたからだと思うんだよね。自分ひとりではここまで広げることはできなかった。
お店のストーリーは店主が作るものではなく、お客さんが紡いでくださるものなんだなと最近しみじみ思ったりする。そこに寄り添うのが自分の位置だと。
今日もありがたく頑張った。

そのあと無理やり王子を起こして明け方のファミレスにコーヒー飲みに行ったりしたのもよかった。辺りはまだ暗くて、朝なんだか夜なんだか分からないという空気も新鮮。
たまにはこういう普段とは違った時間の過ごし方をするのも悪くないな。まぁ、体がついていければのことだけど。
 帰ってっきてしばし寝る。そのあとはダラダラと過ごした。今日はもう台所入らないぞーと決めて、おせんべとみかんとテレビだけで。
でもやっぱりそうもいかなくて、明日のための仕込みをちょっとしたり、余りものを工夫して晩ごはん作ったり、あっというまにいつものモードに。戻るのが簡単なほうがストレスってたまらないのは分かってるけど。

 そういえば今日、王子が町の会合に参加してきたみたいだけど、、、今、町の動きにはじめから参加しないと申し出る人が増えてきたみたい。これってなんとなく寂しいように思う。
義務ではないことなので強くは言えないし、意見を言う立場の人間でもないけれど、、、町というひとつのコミュニティを大事にするということは自分たちがその土地で暮らしていくのに絶対に必要なことだと思うのだけどね。自分たちが便利に暮らすことができるのも、見えないところで動いてくれている人たちがいるおかげだし、ゴミ出しの日にゴミが出せるのもそのひとつだし、それらは町のみんなで出し合ったお金で成り立っているということも。そういう現状をその人たちは知ってのことなんだろうか。
それよりも、そんなふうに「自分には関係ない」という主張が簡単にまかり通ってしまう社会の流れのほうがほんとはこわいと思う。
 個人的には、町に参加しない(町のお金を払わない)と主張してしまうのは、給食費払わない親と同じだと思う。
などと、自分たちがこの仕事に携わったからこそ感じることができたのだけど。
 いろいろ言う人は、一度、町の仕事に携わってみたらいいと思う。この町にはいろんな人が住んでいて、強く言ってくださる人もいれば、温かい人情に触れ合うこともできたりして、そうやってとにかくいろいろ感じてみるべきなのだ。

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2013年2月 2日 (土)

2月だねヨガ部

 早起きしてニコ弁作り。ヨガ部の日。
この流れにもだいぶ慣れてきた。今までだったらおべんと作るだけでエネルギー使い果たしちゃって肝心のヨガのときには心ここに在らずな感じだったもんな。まぁ、これも自分のヨガなので、それはそれでいいのだけど、、。でも自分的にはもっとヨガに浸りたかったのよね。
今日は、ものすごくスムーズな流れでヨガするところまで自分を持っていけた。気持ちと体が思うように廻っていなくて、家を出るとき毎回お腹が痛くなっていたのも、今日はまったく平気だったし。
引きこもり癖がすっかり馴染んじゃってる自分にとっては、もはや外に出るのもひと苦労なのである。だからこの日は、自分にとっての刺激的な月1イベントなのだ。
 今日もまた新しい部員が集まり、新しい風が舞い込んでくる。ヨガする空間ってやっぱり特別な感じがする。ひとりひとりが自分に返っているので、神聖な空気が自然に漂う感じとか。ヨガしながらわけも分からず涙が出てくるときって、きっとこの空気があるからなんだろうな。私が私でいられる空間。
 なぜかカウンセラー仲間が4人も集合したり、そのほかにもいろんなセラピストさんも来ていて、ものすごく濃い~人種の集まりになっていたのがおかしかった。毎回さまざまなメンバーがいろいろな方面から集ってくるというのが、このヨガ部のおもしろいところかも。
やっぱり刺激的だー。
 今日のヨガの中で得たもの、体の中に風を入れるということ。
体の硬い自分はポーズをとることに必死で、そこに呼吸を流してあげるっていう作業まで意識していなかったのよね。でもその必死な感じをちょっとだけ緩めてあげて体の感覚に意識を向けてあげると自然に呼吸が流れてくる、というのが今日の発見。
体の中に新しい風がどんどん入ってきてすごくフレッシュな感じ。普段しているのは呼吸じゃないんだな。これ、毎日続けたらどんどん健康になりそうだ。
 そして部員みんなでご飯を囲み、和んだのもよかった。このまま飲み会へと流れたいくらいであった。

そのあと仕入れして仕込みして夜のお客さまをお迎えする。
ごひいきにしてくださっているご家族なんだけど、ほんとに温かくて、あらためて「家族っていいな」って思わせるようなみなさん。
そこに自分のゴハンが寄り添えることは、この仕事をしていて嬉しいことランキングの中でもトップだ。




 

 

 

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2013年2月 1日 (金)

春よこい

 ここのところずっと家で仕事していた王子、今日は久々の出勤日。いつも居てくれる人が家にいないというだけで、なんとなく気持ちはぽかんとしてしまうのだけど、なぜかいつもより掃除とか洗濯とかはみょうにはかどるのであった。
 仕入れに行ったり仕込みしたりして今日も一日あっという間。充実はしているのだろうけど、ここのところ大量の食材を見すぎているせいか食欲があまりわいてこない。作りっぱなしだと、なんとなくいつも腹いっぱいの気分なのだ。エコ?!
これは一点に集中しすぎだ、ヤバイと思い、午後からは仕込みの手をとめ近所に散歩に出たりした。
今日は温かかったせいか、空気の中にはもう小さな春が芽生えているような、そんな気さえ。温かくなるにつれて、縮こまっていたこの体も少しずつほどけていくよう。春が待ち遠しいなぁ。

 そういえば今日、灰色の影の人に会った。お会いして少しだけ会話したのだけど、ものすごく重たい空気が漂って別れたあとにもなんともいえないもやもやしたものが残った。普通の会話しただけなのにどうしてこんなに苦しいんだ?!
 たまにこういう人に出会う。こちらは何も悪いことしたつもりないのに、勝手に自分が罪人みたいになっちゃったりしてものすごく後味悪いパターン。オイラ、なんか悪いことでもしたかな?!ってなる。
そんなこんなで、わけもわからず落ち込んだりしたが、よくよく考えてみたらやっぱり自分は何もしていないので、そこに流される自分がアホだ、という結論に。
 言葉の向こう側にあるものって、やっぱり全部伝わるってことだと思う。
その人の中にも、おそらく相手を責める気持ちはないと思うんだよね。たぶんこれって、自分を満たしてあげられていない人のパターンだと思う。こういうのってほんとに気の毒だなぁと思う。
でもこういうことがあって、自分を戒めたりもするのでよい出来事のひとつであった。

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