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2012年8月

2012年8月31日 (金)

8月もおわり

 タクミが、千葉のおじいちゃんおばあちゃんのところから戻ってきた。手に持っていたデジカメ、「これどうしたの?」って聞いたら、おばあちゃんからもらったそうだ。
「ばぁばはね、もう足が悪くて海外旅行できないんだって。だからもう使わないんだって。」と。それを聞いてなんともいえない気持ちになった。
 母にとって世界を飛び回ることはひとつの生きがいだったから。還暦過ぎて英会話を習い始めたことも驚きだったし。そんな母を見て「この人は、いくつになっても生きる目的がある人なのだなぁ、このエネルギーはかなわない」と思っていた。
 母が海外へ行かれなくなったということは、本人があるところでひとつの決断をしたということだと思う。
だからといって、私が心配して実家を訪ねるとすれば、、、これまた「私の心配するより、自分の心配しなさい」と言われることは分かってる。母は、そういう人なのだ。
 
 普段から、お互い電話もほとんどしないし、でもだからといって気に掛けていないというわけではなくて、電話しなくたって気持ちはいつも繋がっている という感じなのだ。
今でも、日常でほんとにほんとに苦しくてどうしていいかわからないときに、真っ先に思い浮かぶのは、母なのだ。この苦しみは、母にしか分かってもらえないと思っている自分が今もいるのはたしか。
いい歳して、こういうところはいつまでも親離れできないでいる。
 時間作って、実家へ帰ってみようかな。


今日はいろいろバタバタしていて、(つまりそれは忙しいということなので、いいことなのだけど)気持ちが混乱気味。自分の場合、たいていパニックになる。気持ちを元に戻すことができないのだ。
 自分はどちらかというと、とろいほうなので、バタバタしてくるとまるで急かされているみたいで、どうやらそれが健康上あまりよろしくないみたいなのだ。まぁ、急かしているのはこの自分なんだけど。
気持ち、コントロールするのってむずかしいな。
 子供のころから、「じゅんちゃんは、のんびりやだねー」とか「まったくのんきだよねー」(あまりいい意味じゃないな)とか言われ続けてきたけれど、その意味がようやく分かった感じ。今まで気づかなかった・・・・。


 夜遅くに、仕事を終えた王子とタクミと3人でらーめん屋へ。
「夜のドライブって楽しいね~」と、お疲れ気味でよれよれになってる王子の後ろでのんきにはしゃぐタクミを見ていたら、
これはまさに自分のDNAかも、、、と、ちょっと複雑な気持ちに、、、。
 さらに、「夏休みは9月9日までだよ!」とずっと言い張ってたタクミの言葉が心配で、奴の友達の母に電話して聞いてみたところ、「3日が始業式よ」とのことだった。
いったいどこまでのんきなんだ~。あ~電話してよかった。ふぅ~。

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2012年8月30日 (木)

久々のフラメンコ

3週間ぶりにフラメンコレッスンへ。
 久々の栄の街、ショウウィンドウのマネキンたちもすっかり秋冬ものに。街全体も落ち葉色に。サヨナラ、2012年の夏、、、。

 今日も師匠の愛のスパルタレッスン。体がなまっていたせいか、なかなか柔らかい動きができない。「背中が硬いわよ~」と何度も注意されたけど、そもそも真っ平らな背中を柔らかくするって、、、。課題が多し。
 でも最近、この"柔らかく”という意味がちょっとづつ分かってきた。つまり“ほぐす”ということなんだけど。筋肉の緊張を解いてあげた先に、本当の表現が生まれるということ。決してぐにゃぐにゃになることではないのだ。
脳ミソで考えるのではなくて、まるで自分の体と対話するようなこの感覚、これができるようになってくると、きっと踊りも上達するんじゃないかしら。まだまだ道のりは遠いのう。でも地道に頑張ることにしよう。
 
 踊りながら思ったけれど、たぶん自分はフラメンコダンサーになることなんて目指していなくて、、、それはもうすでに気持ちのどこかでは「私には無理」って諦めている自分がしっかりといるんだよね。いろんなダンサーたちを見てきたけれど、あそこまで極めるために費やすエネルギーは私にはないから。自分の費やすべきところはそこじゃないって最近気づいた。
でもだからといって、フラメンコをやめる気はまったくない。あのラテンの匂いをかぐと体じゅうの血が熱くなるところとか、フラメンコの土っぽくて人間っぽい雰囲気も大好きだし。そしてなにより師匠の人間性を尊敬している。
そういう自分なりのスタンスでこれからものんびりやっていこうと思う。習い事する上で、ここをちゃんと意識してのぞむって大事なポイントだと思う。

 久しぶりに体を動かしたので、みんなして汗だく。のり子さんが「なんだか久しぶりだからドロドロした汗が出るわぁ」と、年頃のリアルな女事情を語っていたのが最高だった。それにしてもドロドロって、、、。マダムズトーク最高~。

 帰りに今日で最後になるというせつ子さんのお別れ会&ランチ会に出席。
どんなときもムードメーカーとしてみんなを盛り上げてくださった彼女。私が離婚した直後、ものすごく落ち込んでたときにまるでお母さんみたいに接してくれた彼女。
一度だけ手料理を食べさせてもらったことがあるけれど、温もりいっぱいの“お母さんのゴハン”という感じだった。優しい彼女そのものだったのを覚えてる。
正直、来週から彼女がいなくなってしまうと思うとすごく淋しいけれど、どんなときも別れって必ず来る。せつ子さんがこれからも元気でいられるように、そしてまたきっとどこかで会えることを祈ることにしよう。
 しかし、別れのときっていつも言葉が出なくて、今日も結局何も言えなかった。あとになってじんわりとくる。せつ子さんの笑顔にどれだけ自分が支えられていたかと思ったら、きゅうに淋しくなってきた。


 帰ってきてごろんとなったら、あっという間に夜が降りてきた。
ここのところ、やけに日が落ちるのが早くなってきた。切ない気持ちに浸るのも秋ならではなんだろうな。

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2012年8月29日 (水)

雨ふりとカエル

我が家の庭にいる親指の先ほどの小さなカエル。いったい彼らはどこからやってくるのだろう、、、謎。今日なんか2階の王子の部屋の網戸にしっかりとしがみついていた。壁をよじ登った?!ジャンプした?!
謎が多いなあ。


ここのところいろいろ考えることがあって引きこもってばかりいるけれど、これはこれでいいんじゃないかなぁと今日ふと思ったりした。いじけてるわけじゃないし、意地張ってるわけじゃないもんっ。この感じ、子供の頃に味わったものとまったく一緒。
そんなはるか昔の自分を、大人になった自分がもう一度なぞっている感覚というのはおもしろいもの。あの頃は、何気なく流していた感情を大人になった私が一個一個拾い上げてるような、、、そんな感じもする。
自分が、子供たちに対して、なにか強いメッセージを持っているのは、たぶんいつもこの作業をしているからなんだと思う。大人になった私が、子供の私に贈っているメッセージなんだよね。

 小さい頃から、人と交わることが苦手で、家族もバラバラで、学校も大嫌いだったし。そんな行き場のない気持ちをどうすればいいのか毎日悩んでばかりいるような変な子だった。
でもそれなりに学校も毎日行ったり、真面目に器用にこなしてた。今思えば、楽しいふりをしていただけで、それは周りの人たちを悲しませないように頑張ってたんだよね。
でもやっぱり苦しくって、誰も信用できなくて、そうなるとひとりにならざるを得なかったんだよな。
子供なんだけど、みょうにそういうところは冷静だった。自分だけ他の子と違うっていつも思ってたし。ほんとに毎日淋しかった。

だから今になって、生意気ながらも世の中の子供たちに向けてたくさんのことを発信したいと思ってる自分いて。たぶんこの想いの芯みたいなものはここにあるんだよな。
同時に子供の私を救う作業でもあるから。
最近、そんなことをよく考えるよ。


今夜も結構飲んでしまった。
自分の何かを埋めるようにして飲む酒は、あんまり楽しいもんじゃないよな。




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2012年8月28日 (火)

お腹がぐー。

「ようこそいらっしゃいました」とお客さんにおしぼりをお渡ししたら、「なんだか癒されます~」と言ってくださったのがすごく嬉しかった。ただこちらはおしぼりを渡しただけなんだけど。
普段女の人は、家庭を守らなきゃならないし、家族のご飯も作らなくてはならないし、、、
きっとこんなふうに誰かに何かをしてもらうなんていうことはあまりないんだろうな。
自分が美容院とかエステに行くときも同じような気持ちになる。
これからもそうやって、誰かの日常をふぅっと緩めてあげられるような、そういう場所になっていったらいいな、ここが。
ちなみに「癒されます~」という言葉を聞いたこの私が、実は一番癒された、、、、。


仕事しているときは、気持ちのどこかのスイッチが勝手にONになるのでまったくいつもどおりなのだけど、それ以外の時間はよれよれの自分。
この落ち込みよう、かなり久々なのだけどやっぱりシンドイ。でも、そこと向き合うしかないので、ただただ胸につかえた得体の知れない灰色の塊と葛藤している。
すごく重たい気持ちになるし、体も思うように動かないのだけど、この時期乗り越えるしかない。
逃げることは簡単、見て見ぬ振りするのも簡単。でもそれじゃなにも変わらないことをもう知っている自分がいるから。
もしかしたらこういうときって、自分で作った枠を苦しいと感じているのかも知れなくて、この枠を外す時が来たのかも、とも思う。自分なりの枠はいつも感じながら過ごしているけれど、日々いろんな刺激の中にいると、たまに息苦しく感じるときもあるんだよね、、今の枠が。変化のときなのかな。
でもここまで引きこもり癖がついてしまっていると、飛ぶのに勇気がいるというか、飛ぶ方法を忘れてしまったという感じ。助走がいるわっ。
でもきっと、ほんとに飛ぶときって、そんなことな~んにも考えないで飛べちゃったりするんだよね。

横着者の自分は、変化なんかしなくていい、って普段から思ってるけど、知らず知らず人は変化を繰り返してるんだろうな。くやしいけど。

ここのところ、どうしても気に掛かる友人がいてメールしてみたら返事が来た。
しばらく会っていない間にいろいろ身の回りに大変なことが起きているということが綴られていて、なんともいえない気持ちになった。
でも、その彼女がこうして返事をくれたということだけで、自分の気持ちはどこかほっとしていた。電話の向こうに誰かのの温もりがあるというだけで、人はこんなにも安心するものなのだということを実感。
頑張り屋の彼女だし、今までだってたくさんのことを乗り越えてきた人だから、私はそんな彼女の底力を信じてる。幼い頃から持ち備えている彼女にしかないパワーがあることを、私は知ってるから。


晩ごはんはさらりと食べる。「お腹いっぱいになると眠くなって仕事にならないんだよ!」と王子に言われたけど、思わずいっぱい食べちゃうのは王子のほうでしょ、と言ってやりたい。
なので、冬瓜と鶏肉の煮たのとか、お豆腐のサラダとか、かなりあっさり軽めなものにした。
どんなに自分がよれよれでも、ちゃんとお腹はすく。このバカがつくほどの正直さ、自分の体が愛おしく思えた。

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2012年8月27日 (月)

秋が始まる

8月最後の一週間。夏のシメというよりも、色づく空気はもうすでに秋。
早朝のひやっとする風の感触とか、匂いとかに、秋が宿ってる。
 今週からいよいよランチの時間も少しずつ埋まってきて、町が、人が、空気が、次の季節に向かって動き始めた感じ。エンジンかけていこう。


 最近、お店の仕事しながら思うこと。
背伸びをしないということだ。
 頑張ろうと思うと、ついかっこつけたり無理しちゃったりする。体に力が入ってしまうのだ。
料理の味としては、それなりのものが出来るのだけど、これって自分じゃないんだよな。完全に、私というフィルターを通っていない料理。
たぶん、こういう料理は食べてくれる人に伝わらないんだよね。

今まで食の仕事はいろいろやってきたけれど、自分がフライパンを握るのはこの店が初めてなので、その自信のなさを隠すためにたまに無理してしまうのだけど。でもやっぱり無理したところで自分はこの自分の大きさのままにしか伝わらないので、背伸びしても無駄ってことに気づくのだ。背伸びした私がそのまま伝わるだけなので、それはそれでいいのかもしれないけど、それってやっぱりしっくりこない。自分が納得いかないのだ。

 結局なんでもそうだけど、自分が自分であるということが一番のポイントだな。
でもこれ、簡単そうでなかなかできるこっちゃない。
 料理は、皿の上にのる作り手のメッセージだ。そう思うと、料理の腕を磨くのももちろんだけれど、自分と向き合うことの大切さを思い知る。
孤独な作業だ。


そんなこんなで、つい引きこもりがちになる自分であるが、今日久しぶりに鏡を見たら(いつも見てるけどじ~っとは見ない)、鏡の中の自分がずいぶんとくたびれていたのでこれはヤバイと、夜パックなどをしてみた。何年ぶり?!
ここ1年半、ずっと緊張の中にいたので、こういうことを疎かにしてきた。いけない、いけない。40って微妙だけど、これからって気がする。まだ女でいてもいい歳だ。
でもちょっと気を抜くと、だらっと見えてしまうのもこの年頃、、、大変だなぁ。
やっぱりいろんな意味で、緊張感を持っていないとダメということなのね、、、。


「腹が減って死にそうー」(死にません)と言いながら帰ってくる王子に、大急ぎで晩ごはんを用意する。
「今すぐ出来るから、お菓子食べないで待っててー!」と私。
食べ盛りの息子に飯を用意する母親の気持ち。






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2012年8月26日 (日)

懐かしい親友のこと

夏の終わりを感じてなんとなく淋しい日曜日。
そんな中、王子だけは「淋しがってる場合じゃない」というふうで、仕事に没頭していた。かっこいいなあ。


 毎年恒例の24時間テレビ。とても素晴らしい番組なのだが、いろんな感情があふれていっぱいいっぱいになるので苦しくて観ていられないというのが正直なとこ。もうここ最近、この手の番組は観られなくなった。
 あの北斗ファミリーの家族愛には多くの国民が涙したはず。自分もそのうちのひとり。家族ってこの世の一番大事な単位だ。


番組を観ながらふと、子供の頃の親友のことを思い出した。
彼女は生まれながらに足に障害を持ち、両足にいつも重たい器具をつけてた。
でも器具をつけていても、3,4メートル歩くとすぐ転んじゃうって感じで、いつもズボンの膝が擦り切れていたのを覚えてる。
 彼女は、当時から友達の少なかった私の唯一の親友だった。お互いなんでも自由に話すことができたし、楽ちんな存在だった。今思うと、自分は彼女のことを一度たりとも"障害を持った人”という目で見たことがなかった。私の中では、まったく他の子と同じ小学4年として接してた。
転んでばかりいる彼女に向かって「もう、これじゃ学校遅刻しちゃうよー」と平気で文句言ってみたり、転んでも手を貸すことさえもしなかった。転んで自分で起き上がるっていうのは彼女にとってあたりまえのことだと思ってた。
彼女のことを"かわいそうな人”などと一度も思ったことがなかったし、たまたまそういう体で生まれてきたということだけなのだと、、、子供の私はそう思ってた。

でも今考えると、私はなんて冷たい意地悪な子供だったのだろうとも思ったりもするけど、それは大人になってしまった私だからそう思うのだろうな。当時の私と彼女の間にはいっさい壁がなかったんだもの。
 大人になって知らず知らず壁を作ってる自分がいる、、、。

 電車に乗って出かけて美味しいもの食べに行ったり、お互いの家に行き来してお料理したりもした。大学時代に再開したときは、彼女の学生寮にこっそり忍び込んでベットの上で一晩中語り合ったりもした。懐かしいな。

 ふと、そんな彼女のことを思い出したのだ。今、どこにいるんだろう、会いたいなぁ。


今日は買い物にも行かず、一日家にいたので冷蔵庫にあるもので晩ごはん。
昨日買っておいた"なんちゃってレバ刺し”を、それらしくゴマ油と塩で食べてみた。
見た目はそれっぽいのだが、紛れもなくこれはコンチャクです。コンニャクの味しかしません!でもここまでして、レバ刺しラブな人々がいるということなのだな。

 レバ刺し、もちろん大好きだけれど、それが食べられなけらば他の美味しいものを食べればいいじゃん!(ちなみになんちゃってはもう食べない)って、単純に思ってしまうのは私だけかしら。



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2012年8月25日 (土)

若さって素晴らしい

悩みが悩みを呼び、悩みの中に埋もれてしまうときがある。そうなると、四方八方塞がれて身動きできないし、次に自分の前にやってくるであろう出来事さえも、“悩み”ととらえてしまうことがある。
要するにその場から抜け出せなくなってる状況だ。

ただひとつ言えるのは、今のその状況(ココロの仕組み)を作ったのは、紛れもなくこの"自分自身”であるということ。

だけどこの仕組みを簡単に変えることはむづかしいし、もしかしたら変える必要のないものかも知れなくて。

でももし、それを苦しく感じるのであれば、具体的な対策を考えるべきだと思う。

そのためには、今の自分自身の状況をしっかり把握しなくてはならないよな。
“悩み”と言っているそのひとつひとつの事柄も、もしかしたらそのときの自分の身を守るために必要な手段や決断であったのかも知れないし、(たぶんそう)そういう自分も認めてあげるという作業をしなくてはならない。結構それって苦しいけど、、、。

 今日、ランチに来てくれた若い女の子とおしゃべりしていて、感じたこと。


19の自分も、まさに彼女のように抜け出せない自分を作っていた。
だけど、若さゆえに足掻くことはできた。その場しのぎなんだけど、なんとか乗り越えることはできたんだよね。
でもやっぱり気づくんだよね。それってバカみたいって。何も変わらないって。
そのときの私は、"今”という場所から逃げることしか考えてなかった。今を知ることは怖かったんだよね。
 そのあと、結婚したり子供ができたりして自分の周りの状況がめまぐるしく変化していく中で、少しずつ自分の位置や居場所を見つけていったけど。

でもあの頃は本当に苦しかったなぁというのは今でもリアルに覚えてる。楽しいっていう言葉よりも苦しいことしか思い浮かばないなぁ。

 ぜひ彼女にも、迷って苦しんでその中から今の自分を見つけてほしいなと思う。あせることなく、慌てることなく、今を噛みしめながら。


そして19の私に、あのときはよく頑張った! と言える今の自分がいるということは、自分も人間的にちょっとは成長したということなのかな。

たぶん、そんなこと繰り返しながらこれからも生きてくんだろうな。平坦よりデコボコしてたほうが楽しいと思えるのも、それを実際に経験してきた自分がいるからかな。


う~ん。でも若さに優るものはないと思った。
おじさんおばさんにはないキラキラしたエネルギー。いいなぁ。

自分の若い頃なんて思い出してみたりして、普段あまり見ることのないココロの引き出しを開けてみた感覚。なんだかドキドキしてしまった。


ときどき必要だな。若い子たちのエネルギーから刺激をもらうということ。
吸い取るのではなく、交換。


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2012年8月24日 (金)

ぐにゃぐにゃの自分に

夏のパクパクも今日で最後、、、とか思うとなんとなく淋しい。
子供たちひとりひとりのココロと向き合おうって夏の始めに決めたこと、自分なりに精一杯やったつもりだ。気持ちは毎回、フレッシュでぶつかっていった。
何をしたか、、、何が出来たか ということよりも、なんとな~くでもいいから子供たちのココロにこのパクパクの映像が思い出として残っていてくれれば、メロディ先生としてはもう最高に嬉しい。
 今日来てくれた女の子たちに、最後に「メロちゃん、お疲れさま~」みたいにお手紙もらって、嬉しくて泣きそうだった。
メロディ先生っていうのは、たくさんの子供たちや、そのママたちから支えられてるんだなっと実感した。
 いつまでも元気でいなきゃと、まるで年老いたおばあさんみたいなことを真面目に思ったよ。
生きる力とかって、そういうところから湧いてくるものなんだな。


タクミが今夜、深夜バスで千葉のおじいちゃんおばあちゃんのところへ行くというので、道中食べれるようにと、一緒にサンドイッチを作ることに。
 母親がいない生活が長いので、料理は御手の物のタクミ。それでも、サンドイッチのパンを力ずくで切ろうとするのでパンがペシャンコに。ちょっとしたコツを教えてあげたりして、なんだかパクパクの延長気分。
というか、
パクパクに来てくれる子供たちへの自分の気持ちとか掛ける言葉とかが、自分の息子に対するものとまったく変わらないということにそのとき気づいた。台所に入ればいつでも私は“本当の私になる”、、、みたいな感じなのよね。
 たぶん、ここには料理することへの自分の正直な気持ちしかないってこと。だから自然に等身大の自分になってしまうのだな。

料理って魔法だな、と思うのはそういうことなんだ。おもしろい。


夜、まゆちゃんから心強い電話をもらう。
私の今までの人生に対しては、今でもいろいろな感想を抱く人たちはいっぱいいるんだけど、そんな中でも「どんなことがあっても私はじゅんちゃんの味方だよ」みたいな感じに彼女が言ってくれたので、嬉しくて涙が出そうになった。
 例えば、私が犯罪を犯したとしても(しないけど)、その罪を責めるのではなく、私という人間をまず色眼鏡なしで見てくれるのが彼女だ。
そういう友達がいると思うと、頑張って生きてこうって、ぐにゃっとした自分に喝を入れてもらった気分になるな。


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2012年8月23日 (木)

ジンギスカン

まさかこんなところで・・・と思うような場所で、不思議なくらいよく会う友達っている。しかもそれが、必ずといっていいほど、王子と一緒にいるとき。
お互い会うと、「私たち、おもしろすぎる~~」と言い合うんだけど、きっとなにか意味があるんだろうな。
Fちゃん夫妻、今度はどこでお会いできることやら、密かに楽しみにしております!


午後、突然タクミがやってくる。24時間テレビのTシャツを買いに行くので連れてってくれとのこと。そうか、24時間テレビといえば今週末だったね。
 小さい頃からこの番組が大好きで、この日のためにお小遣いをためて黄色いTシャツを買うというのが毎年恒例。母ながら、そんな息子には感心させられる。 Sサイズをぶかぶかに着ていたタクミも、もう大人のMサイズを普通に着ている。大きくなったなぁ。

帰りにスーパーで晩ごはんの買い物をし、“お母さん”を満喫。いつものひとりの絵にタクミが加わっただけでこんなにもしっくりくるものなのだというのを実感。母親を一度でも味わってしまうと、この感覚、なかなか抜けないものだ。
でも、そんな息子たちだっていつかは親元離れていく時がくると思うと、自分の場合、かなり早い時期にそれが来たということだなと、何度自分に言い聞かせたことだろう、、、。
いやはや、これ乗り越えるのはなかなかむづかしいものだよ。

でも会っている時間はとってもとっても貴重なので、そのときばかりはお母さんでありたいと思う。


夜、車屋ワカちゃんが来て、王子の車の修理をするために代車を用意してくれた。
ワカちゃんは、王子の大事な友達でミュージシャン仲間でもある。お互い見ているものや目指しているものが似ているので、気が合うのだろう。ワカちゃんの体からはいつも「いい人~」っていうのがにじんでるの。
最近町中で見る人々の表情がみんな険しいから、こういう人を見ると本当にほっとする。きっとココロのお部屋の広い人なんだろうな。


晩ごはんはホットプレートでジンギスカン。
久しぶりの羊肉に、普段ほとんど肉を口にしない自分がモリモリ食べていたのには驚いた。
3人で汗だくになり、体じゅう香ばしく燻され、すっかり獣になっていた。久しぶりに、「食べるって戦いだわ!」を味わいました。(笑)

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2012年8月22日 (水)

夏はまだまだ

8月も後半になってきて、田んぼの畦道でトンボ見つけたりしてなんとなく次の季節の気配を感じて切なくなったりするけれど、真っ黒に日焼けした子供たちが今日も来てくれて、「まだ私の夏は終わってないわ~」を実感。お得な感じ。

今日のパクパクは、おなじみメンバーということもあって、自分の気持ちもどこか安心してるところがあったのだけど、やっぱりこの時期の子供の成長ぶりっていうのはものすごくて、毎度のことながら気づくこと、感心させられることいっぱい。
歳の上の子が、どっしりとした安定感をもって小さい子たちを見守ってくれてる姿、そして小さい子はその中で好きなだけ甘えられるという絵がすでに出来上がっていて、まるでひとつの家族を見ているよう。温かい気持ちになった。
そしてなにより、パクパクがあって、こういう子供たちの成長に立ち会うことのできる自分の位置がありがたい。これからもたくさんの子供たちのココロに寄り添えるメロディ先生でありたいな。自分にできることって、それくらいしかない。


午後はカウンセラーのひろちゃんが来てくれて、おしゃべりしながらたくさんの気づきを得る。
自分の、殻に閉じこもる癖をなんとかしたいものだと思っていた話は、実はこの殻は、人や物事に触れるだけで過剰なまでに反応してしまうこの自分の身を守るために必要なシェルターだったということに気づく。だからケガしないように、やけどしないように、無意識のうちに距離をとっていたということに。

 そして子供の頃から母親からの愛情をもらうのが下手だった幼い自分が、ふと降りてきたのには驚いた。
要するに自分は、もらい下手ということ。そもそも愛情をもらうのに慣れていないのだ。
今でも人からの想いを感じるたびに、その想いが大きければ大きいほど、わざとそっぽ向く自分いて、それって素直じゃないよな~と思いながらも無意識にそうしてしまうんだよね。
愛情が痛いと感じるのはそういうことなんだろうな。

だから人一倍、誰かの想いとか、愛情とかには敏感で、それに過剰反応しないように知らず知らず身を守るための手段をとっていたということ。
自分が、自分にとって大切な人に対しても、微妙に距離を置こうとするのはそういうことだったのだな。

そんなこんなで、まるで海に浮かんでいるような心地よさを味わった感あり。目に見える世界と見えない世界の間を彷徨うような不思議な感覚。
カウンセリングってそもそもこの感覚を味わうためのココロのリラクゼーションだと、あらためて思った。大事だな。

ひろちゃんも、会うたびに男前っぽさを炸裂させて、あのなんともいえないたくましさとか、思わず頼りたくなるあの感じの意味が分かってきた。さすがドクロが似合う女だわ。(笑)


夜は王子の仕事の邪魔をしないように静かに過ごす。
今日も、肉ちょっと野菜たっぷりのゴハンを作ってしみじみと味わう。大切な時間。

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2012年8月21日 (火)

酔っ払い

「ようやく電話が繋がりました!」と言いながら来てくださるお客さま。
電話番号が変わってしまって、一時はどうなることやらと思ったけれど、こうして探し当てて来てくださるお客さんもいるんだよね。ほんとうにありがとうです!
こんな小さな店のこと覚えてくださっているだけで嬉しいし、お店やってよかったと、こういうとき思う。美味しいゴハンを作るものもちろんのこと、誰かの日常にそっと寄り添えるようなそんなお店であったらいいな。頑張ろう。


今日は王子が家にこもって仕事。
誰かが居てくれるそのことだけで気持ちのどこかが安心してる。足の裏がしっかり地につくような感覚。気持ちがここにあることを認めてる自分もいる。
人間ひとりじゃ生きていけないねと思う。誰かがいて初めて、自分という人間の存在の意味が生まれるのだわ。
ここ最近、なんとなく鬱の時期に入っていたし、ひとりでいるのがこわかったので、今日がとてもありがたかった。王子の仕事の邪魔しないようにしようっと。


でもやっぱりなんとなく淋しくて、晩ごはんのあと、絶対にうるさくしないからというのを条件に(小学生レベル)、王子の仕事部屋に入れてもらう。
ひとりでワイン飲みながら静かに本を読んでいたんだけど、そのうち酔いが回ってきて仕事してる王子に絡みまくっていた私。
おまけに王子のお尻にボールペンで落書きまでしていた私。(最低)
まったくたちの悪い酔っ払いなのだが、王子は少しも怒ることなくただ黙々と仕事をしていました。
すごい人だなぁ。
たぶん、もう二度と部屋には入れてもらえないだろう、、、。

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2012年8月20日 (月)

お盆明け

気持ちも体もよれよれだけど、朝から王子のお弁当作りなどをして気持ちを今に持っていく。
こういう気持ちのとき、誰かに素直にすがってみたらどんなに楽になるか、、、。子供の頃から思っていたことだけど、いまだ実践できず。
自分の中の答えを見つけるべく、とことん内側に向かう。だから苦しくなってしまうのだろうけど。
苦しいけど、おそらくこのやり方が自分には合っているんだろうと思う。そしてたぶん、その中で見てきたさまざまな風景があるからこそ、今のココロの仕事を選んだのだと思う。

孤独って決して淋しいものではなくて、自分の中の世界をとことん探求することなんだろうな。


「メロちゃーーーん」と言いながら走ってくる子供たちを見て元気100倍。
今日のパクパクも面白かった。
初対面の男の子たちと女の子たちが最初はまったく分かれてしまってどうしたものかと思っていたけれど、(メロディ先生的にはわざわざ一緒にする必要もないとも思ってる)時間の経過とともに少しずつ馴染んで打ち解けてきている様子がなんとも微笑ましかった。
お互いに照れくさくて、裏返しの気持ちを言葉でぶつけちゃうんだよね。
このときのポイントは、そんな子供たちの言葉を大人が否定しないことだと思う。

こういうとき、学校の先生とかだったら即、注意するのだろうけど、、、自分は完全に放っておく、、、というか、子供たちに任せるというやり方がパクパクではいいような気がして。
しばらく経てば、不思議なことに子供たちはその中から自分で答えを見つけ出すのよね、、大人としてはここが辛抱どころでもあるのだけど。 でもこれってすごいと思う。

毎回思うけど、ただ料理を習いに来ているだけじゃなくて、ここでは子供たちがいろんなことを感じたり気づいたりして、たくさんのココロの経験をしに来てるんだって。

みんなで食卓を囲んだとき、数が足りないおかずを分け合ったり、子供たちだけで協力してお皿洗いしているところなんか見たら、もうこれだけでパクパクやった意味ある!とか思っちゃう。

今日もたくさんのドラマを見た。子供たち、そして食材を持たせて送り出してくれたママたちに感謝。


夜は王子とだらだらテレビを見ながらのんびり過ごす。
王子の会社友達がインド帰りとかで、チキンカレーペーストをお土産にいただきさっそく作ってみたところ、箱の裏に書いてある文字がちっとも読めなくててきとうな感じになってしまった。だけどなぜか旨かった!
ついでにインドのこわい話もいっぱい聞いた。そんな中、よくぞ土産ものなど買ってきてくだすったと思うと、このカレーの味もよりいっそう貴重な感じに思えたよ。
それにしてもリュックひとつでインドをふらっと旅してきちゃうそのお友達、すげー!

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2012年8月19日 (日)

明日からまた

太陽がまぶしくとも、青い空が呼んでいようとも、今日も一日家で過ごす。
こういうとき、海だー!山だー!とか言って飛び出してゆく身軽さは自分にはないのよね。歳のせいかも知れないけど、今はそういう元気が湧いてこないって感じ。子供たちが小さい頃は毎週末どこかへ繰り出して行ったものだけど。あのパワーはどこへやら。

そんな中、王子は「暑いときはコレにかぎる!」とか言いながら小さい子供みたいに素っ裸のままベランダのプールに飛び込んでいた。(ちなみにベランダのプールとは子供用ビニールプールのことです)
自分は本を読んだりテレビ観たり、ときどき台所仕事したりして地味に過ごす。
いよいよ明日から王子の夏休みも明けていつもどおりの生活に戻るので、冷蔵庫の整理をしたりシャツにアイロンかけたりして、自分の中のチャンネルも切り替えていかなきゃと。自分の生活は何も変わらないのに、明日からまた王子がいなくなっちゃうと思うと、なんだかそれだけで切ない。子供の頃の8月31日の気分。

日が落ちてくる頃、ようやく外に出て庭の草むしり。伸びきった木の枝を王子に切ってもらったりして、日曜日のお父さんを見ているよう。
かつてこの家に来たばかりのときに、自分が植えたお花が、ある理由で全部処分されたことがあって、一時はその後遺症で土を触ることさえも出来なかったけれど、今は大丈夫な自分がいる。人って、そもそも大丈夫になるように出来ている生きものなのだとこういうとき思う。意外に頑丈なのだ。


晩ごはんは魚を焼いたり味噌汁をこしらえたり切干を煮たりして、白いご飯と一緒に慎ましくいただく。身体がまっすぐになるようなゴハンを食べて、明日からの生活に備えようと。

それにしても子供の私だったら、こういう日はわけもわからず泣いていたものだけど、大人になると泣かなくなるものなのね。たぶんそれって、自分が強くなったからじゃなくて、明日が見れるようになったりとか、明日に希望を託する能力が自然に身についたからなんだろうな。
大人になるって悪いことばかりじゃないのね。

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2012年8月18日 (土)

ちどり足

晴れたり曇ったり雷鳴ったりの夏の終わりの空。
そんな中、仕事してるとき以外は自宅部屋から一歩も出ないという日陰生活。病んでる?!
どんなときでもやっぱり居候気分は抜けないんだよね、、、というか実際そうだし、、とか思うとなおさら。
誰かに見張られてる恐怖感とか、ほんとにここに居てもいいのかな~という不安な気持ちとか、いつも自分につきまとうしがらみに、ときどき一気に押しつぶされそうになるのよね。

それでもやっぱり自分にはここしかない!って思う理由を一生懸命かき集めて今を噛みしめるしかなくて。現実なんて、そういうものなんだわ。
強くなろうなんて思わないけれど、流されないように足元踏ん張っていくしかないわ。もうそれで精一杯。


夜遅くに、仕事から帰ってきた王子と呑みに出かけた。王子のおごりで。
それなりのお店にたどりつくまで、なんと3件もはしごしてしまった。
たいていお通しが出てきた時点でそれがわかってしまう我ら、、、食いしん坊はこれだから辛い。
結局最後にたどり着いたビストロで手頃なワインを一本開けてようやく落ち着く。前菜の盛り合わせなどいろいろちょこっとづつ食べたけれど、その中でも店頭のショーケースからそのまま切っただけのゴルゴンゾーラチーズが一番旨かったという結論に。
王子が若い女の店員さんが来るたびに、オヤジギャグを飛ばしていて「いかにも中年の酔っ払いって感じだね~」と言ったら、どこの店に行っても店員さんを呼ぶのに、「おねえさ~ん」とか「おにいさ~ん」とか言う私のほうこそおばさんだと お互いくだらない中年争いをしたのがおかしかった。


ちどり足で帰る我らを、街灯のオレンジの光だけが温かく照らしてくれていた。
なんだかんだ言ったって王子も私も淋しい者どうしなんだよなと、こういうとき思う。

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2012年8月17日 (金)

入道雲

いつやっているか分からないこの店だけれど、今週は連夜の営業にトライ。
黒板メニューなども毎日書いてみたけれど、やっぱりこのやり方、自分には無理って思ったので、今日は何も書かないことに。メニューなし?!
お酒のメニューはもちろんあるけれど、おつまみはお客さんの顔見ながらその都度用意するほうが自分のやり方としてはこっちのほうが好き。
ビール1本呑んで、軽く2,3品つまんで2000円くらいだったら、、、そんな店あったら自分も思わずふらりと行きたいと思うので、それくらいを目安にしよう。
夜の営業も、自分の身体と内側と相談しながら少しづつ開拓していかなくちゃと思う今日このごろである。


お昼にはりえちゃん、なっちゃんが来てくれた。こんがり小麦色に日焼けしたりえちゃんが夏休みの終わりの小学生みたいで可愛かった。夏だし、日焼けしてあたりまえじゃん!みたいなりえちゃんの潔さ、いつもながらかっこいいなぁ。自分なんてすっかり日陰の子だ。
 なっちゃんからもらったもぎたてトウモロコシ、この夏食べたトウモロコシの中でピカ1だった!なっちゃんはいつもこんな極上の野菜を食べているのかと思ったら羨ましいかぎり。さすが自宅がお山に囲まれてるだけあるわっ。
この歳になると、ただ美味しいだけじゃなくて、土の匂いがする野菜が一番っていうのが分かるようになってくるんだよね。それにしても食べものの差し入れは、食いしん坊の自分にとっては何よりも嬉し~。
 相変わらずブレのないふたりから、今日もいろいろ感じた。ヨガしてる人たちって、なんであんなにまっすぐなんだろう、迷いがないんだろう。自分の中できちんと答えを出している人たちだからなのだろうな。それってたぶん、自分とだれだけ向き合うことができたかということなんだろうけど。
かもしだしてる空気に、そういうのって全部出る。
ふたりに会えて超得した気分。

 そのあと豊田市のほうからH氏もはるばる来てくれて王子とふたりで車ニアな話で盛り上がっていて微笑ましかった。車のことに関してはちんぷんかんぷん自分であるが、ほんとうに車が好き!という人々の話の内容のレベルの高さには驚いた。車って性能の良さだけじゃないのだというのを、しみじみと感じた。味わいとか、趣とか、そういうのって大事なのね、、、。もはや愛車とは、相棒というか、恋人とか、そういう位置にあるんじゃないかしら、この人たちにとって。
これまた面白い話盛り沢山で得した気分。仕事に煮詰まっていた王子の束の間の息抜きが出来て良かった。わざわざ来てくれたH氏に感謝!


夕方、タクミが帰って行った。さびしいのう。
でも確実に以前と違うのは、自分の居場所はここではなくて、帰る家にある というのが伝わってくること。成長したなぁ。
そんな奴の帰る後ろ姿見て、自分も成長しなきゃと素直に思う。
家の中がまた静かな感じに戻った。
いろんな意味で、夏の終わりを感じて切なくなる。入道雲がそう言ってるみたいだった。

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2012年8月16日 (木)

大事なともだち

なんとなく、今の自分にしっくりこなくて何をやっても中途半端な感じ。立ち止まると呼吸が止まってしまいそうな気がして、その恐怖からのがれるために一生懸命もがくのだけど、ただただ浅い呼吸を繰り返すのみ。悪循環だ。
身体とマインドと今のバランスがずれてる。馴染んでいない自分、しんどいなぁ。


昼寝から起きたら、ものすごい喪失感が襲ってきてどうにかなってしまいそうだったけど、王子がいてくれてなんとか生き延びる。
「いてくれてほんとに助かった~」と言ったら、「俺がしっかりしていなくてどうする」と言われた。さすが男~という感じの返事に感動した。
取り扱いのむづかしい自分みたいな人間の唯一の理解者だ。ありがたい。


タクミの読書感想文の手伝い。
手伝いというより、もうほどんど母ちゃんが書いたようなもん。
おそらく先生にはバレるであろうし、でもだからと言って何を言われるわけでもないと思うのでまあなんとかなるでしょう。
感想文って思ったよりむずかしい。ただ思ったことをつらつら書くのではなくて、全体の構成からまず考えなくてはいけないと。
それは自分の覚え書きではなく、誰かに読んでもらうため、誰かに想いを伝えるために書く文章だからだ。
子供の頃は、そんなこと関係なく無理やり原稿用紙のマスを埋めてた気がするけれど、実はそういうことだったんだと今さらながら気づいた。
って、
私が気づいてどうする!!!

それにしても、この感想文のために走り読みしたプロレスの本、思ってた以上に泣けた。
プロレスってただの格闘技ではないんだよ。リングに上がるまでの選手ひとりひとりのドラマがあって、それを鍛え上げられたあの身体どうしがリングの上でショーを繰り広げるの。エンターテインメントなんだけど本気勝負っていうところがまたすごいところ。
あの闘う姿っていうのは、そもそも人間の本能を揺さぶるものなんだよね。
タクミがあれほどまでに熱くなっている意味が分かったような気がした。


夜はまゆちゃんが来てくれて和む。
まゆちゃんのすごいところは、私が忘れかけているような過去の感情や出来事を、そのカタチのまましっかり覚えていてくれるところ。
その人の話を、その人の気持ちになって本気で聴いてくれる人でないとできないことだと思う。
まゆちゃん「じゅんちゃん、お店するようになって、ちゃんとしてきたね」(“ちゃんと”とは世間一般的なことを普通にできること)
私 「でもね、ちゃんとしようとする自分がつまらなく感じるときもあるんだよ」
この会話が成立するのはたぶんまゆちゃんとだけだと思う。

お互いココロはいつもすっぴんでぶつかり合えるので、ほんとに彼女といると楽ちん。
人こわいし、友達も少ない自分であるが、もうそういう楽ちんな友達だけいればいいって思う。
今日の終わりにココロがほぐれた。なんか温かい。





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2012年8月15日 (水)

お母さんはすごい

相変わらず王子は忙しそう。邪魔しないように自分のことだけに没頭しようとがんばる。

ランチには、ごひいきにしてくださっているお客さんが、帰省されている息子さんたちを連れて来てくださった。素敵な人だなあと常々思っていたその方、ご家族と一緒にいらっしゃる空間はさらに素敵な感じだった。なんていうのかなぁ、愛があふれているというか、笑顔がたえないというか、、、。幸せな家族の絵だった。

午後になって、王子が「ちょっと外の空気を吸いに行こう」と言うので待ってましたー!とばかりに張り切って出かける。出かけるといっても近所のスーパーマーケットだけど。それでもココロは弾んだ。
買い物しながら王子との会話
王子 「やっと頭が仕事モードで動き始めたんだよ」
わたし「じゃぁ、あとはそこに乗っかればいいだけだね、よかったね」
王子 「いやいや、動き始めるとなぜかそこから逃げたくなるんだよね」
なんかその感覚すごく分かるな~って思った。頭とココロは別物ってことだ。


夜遅くに、久しぶりにタクミがやってきて、お母さんになる自分を味わう。
普段はふにゃふにゃな自分であるが、このときばかりは体の芯のほうからムクムクと勝手に力が湧いてくる。無敵の力だ。お母さんになるということはこういうことなのだとあらためて気づかされる。守るべき者がいるという感覚は、母という位置になって初めて知るものなんだな。
そしてやっぱりそのとき、自分を産み育ててくれた自分の母親の偉大さに気づくんだよね。

そういえば、夜遊びにきてくれたななちゃんが、謎のお母さん伝説の数々を披露してくれたときも、なぜかそこにお母さんの愛をいっぱい感じて、だから今のななちゃんがいるんだとみょうに納得してしまった。ななちゃんの子供たちへの深い愛情は、お母さんから受け継がれたものだったんだなとココロが温かくなった。


23時をまわる頃、王子がいきなりベランダで炭を焚き始める。仕事のストレス発散?!
こんな時間からバーベキューを始めるとは思ってもいなかったけど、なんだか楽しかった。タクミもはしゃいでいたし、王子も陽気になっていたし、笑顔でゴハンを囲むって素敵なことだなと思いながら、こんな時間に2階から狼煙をあげている家もないだろうなと実はヒヤヒヤだったよ。塩豚を炭で焼いたの、めちゃうま!


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2012年8月14日 (火)

お父さんみたい

王子がいる日。もうそれだけで、気持ちのどこかが安心しているのが分かる。1日仕事部屋にいた彼ではあるが、同じ屋根の下にいるそのことだけで気持ちに一本芯が通ったみたいになる。子供の頃鍵っ子だった自分が、たまに父や母がいてくれる日に心強くなれたあの頃と、まったく同じ心境。

そんな自分を思うと、誰しも知らず知らずのうちに結婚相手に理想の保護者像を求めてしまっているのでは、と思う。それで一度は失敗する。実際自分も失敗してる。
王子もまさに自分の保護者みたいな存在なのだが、彼の場合、それを快く引き受けてくれているという感じ。それはやっぱりお互いを尊重し合うというのが根本にあるからだと思う。ここがポイントだな。

結婚って、(王子と正式には結婚していないけど)愛とか恋とかとはまったく別のところにあるものだと思う。命を分かち合うみたいな、それくらい深いもの。などと、結婚も何度か経験するといろいろ見えてくる。(決しておすすめしないけど。)


王子が仕事をしているので、その間店の仕込みをしたりして静かに過ごす。今日は気持ちがひとりじゃないので、なんとなく身も心も軽やか。
昔読んだ恋愛小説などをひっくり返してみて、胸きゅんの思い出に浸ってみたりしたのもよかった。気持ちが若返る~。
このお盆期間中は、特別な予定がないので身になることをしようと思ってる。
本を読んだり、いい音楽を聴いたり、眠っているピアノの腕を復活させてみたり、自分の内側に栄養を与えてあげようっと。美味しいものも食べたいな。


夜、店閉めたあと王子とカウンターで軽く呑んだ。
お父さんがいてくれるみたいな温もりをしみじみと感じた。




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2012年8月13日 (月)

雨宿り

駅の前を通ったら、いかにもおじいちゃんおばあちゃんのところに遊びにに来たというような、リュックを背負った半ズボンの小学生が立っていて胸がきゅんとなった。夏休みの絵だなぁ。
そしてあまりにもその子が息子にそっくりだったので思わず何度も振り返ってしまったけど、考えてみれば息子はもう高校生なんだよな~。
自分の中にいる息子たちは、ずっとあのときのままでいるんだなと過去をいまだに温め続けている自分に気づいた。時間は確実の流れているのよね。置いてきぼりにならないようにしなくちゃと自分を戒めた。

王子は今日も朝から仕事。
今とても大事な時期らしいので、仕事に出かけるときの表情からしていつもと違う。
「行ってきます」と颯爽とドアを開けて出ていくその空気に、もうすでに緊張感が漂ってる感じ。
女はただ黙って美味しいゴハンを作って待ってることしかできないのよね、でもそれが一番大事なことだと思う。


夜は、炭水化物抜きダイエットの巨匠M氏が来店。
この間よりも、さらにひとまわりシャープな感じになっていて、その「やると決めたらやる!」を実践している人の潔さを感じた。
今日は糖質の話を聴いた。糖質なしでも人間は生きていけるという話や、ぶどう糖こそが病気(とくに癌)の進行を早めるものだという話や、ごはんや小麦や雑穀は糖質のかたまりだという話などなど、今日も知識満載の話題、学習した感あり。

しかし、そんな話を聴いたあとに料理を作るとなると、正直すごく悩むのよね。
悩みながらも、野菜をたっぷりを添えたサーモンのマリネと、鶏のモモ肉をカリカリに焼いたのをお出しした。ご飯無しなので、鶏肉はさっぱりと塩と胡椒だけで仕上げて。
きれいに召し上がってくださってほっとした。M氏いわく、肉や魚には糖質は入っていないから、いくらでも食べていいとのことだ。

そんなM氏に、「ストレスはたまらないのですか?」と聴いたら、最初の2週間は葛藤するとのことだった。それを乗り越えるとどんどん快感に変わっていくのだとか。
メンタルをコントロールすることが成功の秘訣なのだ、と一番大事なポイントを聞いたような気がした。


おしゃべりしてたらものすごい雨がいきなり降ってきて、雷は夜空をバリバリと割って怖かったけど、3人で雨宿りしてるみたいでなんだか楽しい夜だった。

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2012年8月12日 (日)

蝉時雨

今日も王子は仕事。日曜日だというのに大変だなぁ。
そんな中、自分の日常だけはいつもと変わらず流れていた。
買い物に出ても、どこに行っても家族連れが多くて、なんとなく自分の内側がちくちくと反応してるのが分かる。
羨ましいというより、過去に経験した温かかいものをもう一度今ここで温めなおしている感じ。それが目に見えないものだから尚のこと愛おしく思えてくるって感じで。
単に自分の感情に酔っているだけだとわかってはいるんだけど、こういう時期ってある。
なのでさっさと買い物をすませ、家の中で過ごすことに。息子たちは元気にしてるかなぁ。

やることはある、だけど気持ちがのらない。こういうときの自分の判断は、「ならばやっても意味がない」というやつなので、ほんとに何もしなかった、というかできなかった。
我ながらそういうところは甘っちょろいと思うのだが、できないものは仕方ない。そういう自分をも認める、そんな年頃になってきた。諦めとは違う。

そんな弱っちい自分であるが、大きく強くなろうと頑張っていた時期もあるのだ。だけど結局自分は、自分好みの大きさに適当におさまるものだということもこの歳になって知ったりする。この自分を作るのは、紛れもなくこの自分だからだ。

この間夏のイベントでフラメンコを踊ったときに王子が撮ってくれてた動画を観てしみじみと自分の大きさというのを感じた。踊りがどうこうというよりも、自分の体からにじみ出ているものとか雰囲気とか、、、なんか弱っちいって。ヨガ部のときに撮ってもらった写真の中の自分も、実に小さくて、ふにゃふにゃな感じに見えた。
それ見て思わず笑ってしまった。
だってあまりにも自分が思っているような自分そのまんまだったから。人の姿にはその人が全部出る!というのは本当だわっ。


弱っちいながらもなんとか一日を過ごした。
蝉時雨が太陽の熱をよりいっそう暑く感じさせる。入道雲は、夏休みの絵そのものという感じ。

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2012年8月11日 (土)

ぼうっと過ごす

王子が、今日はなにもしないでのんびりする日だ!と言うので、ほんとになにもしなかった。
そうやって決めないとできないというのが切ないところだが。そもそも日本人は働きすぎなのだ。

起きぬけにコーヒーを飲みに行き、窓の外を見ながらぼうっと過ごし、午後からは庭で雨音聞きながらまたぼうっと過ごして、、、というふう。会話のいらない日だった。ある意味これって一番贅沢なことかも知れないな。
それでも時折 「雨が降ってきましたねぇ」 「風が気持ちいいですねぇ」などとぽつりぽつりと言葉を交わしたりして、老後のシミュレーションみたいになってた私たち。

たまにこうして、背負っているものをとりあえず地に下ろして、身軽な体勢になることは必要だと思った。ここのところの王子と見ていると尚のことそう思った。その人の代わりになることはできないけれど、その気持ちに寄り添うことならできる。人が人にしてあげられることは、これしかないんだよね。


夜は王子のおごりで、大好きなイタリアンの店に行く。
ビーチサンダルでも行けちゃうこの店の雰囲気、しかし味は超一流!という、この気軽さの中にも、いっさい手を抜きません的な職人さんの真剣な意気込みを感じられる素晴らしい店だ。
ほんとに美味しいものは、高級な雰囲気の中にあるのではなくて、実はすごく身近なところにあるというのをこの店が教えてくれたような気がした。
遠方から多くの食いしん坊さんたちとワイン通の人々が集まってくるお店なので、なかなか予約がとれないというのがむづかしいところだけど。なので今日はラッキーだった。
嬉しくなってまたしてもワインをたらふく飲んでしまった。せっかくの美味しいものを食べるのだからワインは欠かせないよね~、なんて 私と出会うまでワインなんて一滴も飲めなかった王子が今はこんなことを言っている。

よい刺激をもらった感あり。美味しいものを求めていくのは、舌の上の刺激ももちろんのこと、人生の刺激にも繋がることだと自分はそう思ってる。
自分の料理もそうなったら嬉しいな。素直に頑張ろうって思った。美味しいものの与える力、おそるべしだ。


オリンピックもいよいよ終わってしまう。なんだか淋しいのう。


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2012年8月10日 (金)

いろんな感動

なでしこに涙し、呑み過ぎのせいもあって、今日は一日顔がパンパン。
それにしても、生身の人間の与えてくれる感動というのははかり知れないものだというのを、このオリンピックを通してあらためて感じた。
自分と同じ人間が、数々の試練を乗り越えて世界の舞台で戦っている、 そのことだけで、なんだかものすごいドラマを観させてもらっている気がする。
これ以上の物語はないよな。
まっすぐに伝わってくる感動が、こんなにも心地よいものだったとは知らなかった。
これも、選手たちはみな、人と戦うということよりも、自分自身を戦っているというのが伝わってくるからだと思った。
人が、その人自身の世界を貫こうとする姿、これ以上美しく輝かしいものはないと思う。


今日のパクパク、可愛い子供たちに癒された。
きゃーきゃーワーワーいかにもその年くらいの子供っぽさがありながら、人に優しくすることだったり、思いやることだったり、そいういうことを知っている子供たちだった。
だからこのくらいの子たちにありがちなケンカみたいなものには不思議とならないんだよね。
みんながずうっとハッピーな感じ、なんでもかんでもハッピーに代えちゃう才能が、この子たちの中にはあるのだと、何度も感動した。

そしてやっぱり子供たちを見ていると、その向こうにママが見えてくる。
ママの温もりとか優しさとか、そういう無償の愛みたいなものをいつも感じる。
そんなママが大好きだというのも、子供たちの笑顔の中ににじんでる。

料理を通して、子供たちと一緒にいろんなものを共有できることに感謝だ。
今日もたくさんのことを学んだ。


夜はF氏が来てくださってまったり飲み会。
まったりということもあったし、大人の飲み会という感じだったので、いつもより渋めなつまみを何品か作った。
料理って、添え物だったり脇役だったりするんだけど、場の雰囲気に合わせることをしないと、料理だけが浮いてしまったりする。その場に馴染むということも、料理のひとつの役目だと思う。

王子がいつもより急ピッチでビールをあおっていたので、はたしてこれが正常なのかそれともよそいきの顔なのか、見ていてどきどきしてしまった。

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2012年8月 9日 (木)

体、動かしてみる

悲しい気持ちがたまっていて、アホみたいに泣いた。目も顔もパンパン。

ずうっと気になっていること、気にしていることがあらためて自分の前にひとつの問題として突きつけられた。身動きとれなくて苦しい。

憎んだり、いがみ合ったり、、、この世で自分が一番大嫌いなことを、好き好んでやる人がいる。

たぶん相手は、その気はなくて、自分の気持ちを清算する手段のひとつとしてやっていることなのだろうけど。相手の自己主張だと今はそう思っているけれど、それを受けとめるための自分の器がまだないのよ。痛いばっかりだ。

そんなどうにもならない気持ちばかりあふれてきて、そんな自分がくやしくて、夕べは泣き腫らしてしまったことだよ。


そんな悶々とした中、、パンパンのまま朝からフラメンコへ。
こういう気分のときには、体を動かすのが一番!と、最近すんなりそう思える。
体が解決してくれるわけじゃないけれど、凝り固まった思考を柔軟にほぐしてくれたり、今の自分にヒントをくれたりするのは、実はこの体だったりする。
体をほぐすことは、自分自身とお友達になることなのだと、最近しみじみ感じる。

今日は、なんと生徒が2人という、超贅沢レッスン。自分の体の悪い癖を、ものすごく近い距離で師匠に修正してもらう。頭で分かっていても体が付いていかないというのを、今日は手取り足取り教えてもらい、師匠のその熱心さに感動しまくる。ぜったいに手を抜かないし、生徒が疲れてきたとしても、師匠だけはまったく熱が冷めないという姿勢にはいつも驚かされる。
この師匠の、教えるというよりも、「この自分が持っているものを惜しみなく分けてあげるよ」という姿勢が、自分は大好きだし、そこに愛を感じるし、だからついて行こうと思う。

落ちこぼれ生徒だけど、そんなすばらしい人と時間を共有することができるだけで意味ある2時間だと思っている私。そこに技術が伴ってきたら言うことないんだけどな~と、自分でも思うところだが、おそらく師匠も同じことを思っているに違いない、、、。


夜、帰ってきた王子が、なんだかいつもとずれているなぁとか思っていたら、いきなりオモチャ屋(模型屋さん)に行こうという。もうこれは完全におかしい。
黙ってついて行き、あえて何も聞かなかったけど、たぶん何かを抱えてる。
だけどこういうとき、男の人は何も言わないものね。
ただ寄り添うしかないと思い、いつもの晩ごはんを作り、いつもより静な食卓でいつもみたいに食べた。


オリンピック、今夜は女子バレーになでしこ、、、見どころ満載。
今夜は寝ないぞー。

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2012年8月 8日 (水)

人生の足跡

4年ぶりくらいに友人から連絡をもらう。元気そうだったし、仕事も順調そうなのでよかった。
それよりなにより、声のトーンがいつも高めなところとか、おそらく受話器の向こうでは身振り手振りで話しているであろうことが想像できちゃうところとか、そんな昔と変わらない彼っぽさが私を安心させたのだった。

東京の飲食業界のトップにいる彼と、地味な田舎暮らしをしている自分、もう街でばったりってこともないだろうし、何かのきっかけで会うこともないだろうってどこかで思ってたし、人生なんてそんなもんだと思ってたから、今日の電話がどれほど嬉しかったことか。

友達と言っては軽すぎるし、恋人というほど甘くはなくて、まるで同志みたいな関係。
でも今思えば、彼と出会ったということが自分の人生の中には必要なことだったし、今も当時の思い出を大切に温めていたりする自分がいる。その思い出が、ふとしたときに自分を勇気付けてくれたり、なぐさめてくれたりする。
人生にはそういう出会いもあるんだよね。
仲良くさせてもらったのは、わずか半年くらいの間だったけれど、彼は確実に私の人生に足跡を残してくれた人。

受話器を置いて、当時を思い出し胸の奥が温かくなっているのがわかった。
もしかしから、これからもずっと死ぬまで会えないかも知れないけれど、それでもいいって思える。
こんなふうに思える友人は、たぶん彼ひとりしかいないと思う。
なんだろな、この不思議な感覚。


夜は、近所にできたイタメシ屋さんへ行った。
ピッカピカの広い厨房、スタッフさんもたくさんいて、うらやましいかぎり。
嬉しくなってがんがんにワインを注文し、陽気に酔っ払った。

ついに、北名古屋市にも新しい風が!という雰囲気のお店。
よい刺激をいただき、自分も頑張らなくっちゃ、とか言いながら自分の店をさぼって人の店に食べに行ってる時点でもうダメだよな。
でも、いろいろお勉強になってよかった。
すべてが初々しかったので、お会計のときに王子が思わず「頑張ってください!」と言っていたのがかっこよかった。

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2012年8月 7日 (火)

暑いね~

パクパクでは1年ぶりに会う子供たち。あまりの成長ぶりに驚かされる。
幼稚園児から小学生になる、 たった1年の出来事なんだけど、子供たちにとってものすごいことなのだとあらためて思った。

自分の気持ちをただ前に押し出すことしかできなかった子たちが、今は周りの状況を見ながら自分はどうするべきかの判断ができるようになっている。相手の気持ちを考えたりとか、思いやる気持ちとか、、、この「小学生になる」っていうのがひとつのラインになっていると思う。

料理にしても、なんだか分からないけどとにかく楽しければそれでいい とか、きゃーきゃー言いながらも楽しいひとつの思い出として残ることのほうが大事、というのが幼稚園までの子たち。
でも小学生の低学年くらいになると、料理を通して自分が感じること、 たとえば、包丁を使うことができた達成感とか、友達と協力することができたよろこびとか、、、そういうのが大事になってくる。
高学年になるともう、達成感とかよろこびとかのレベルももっと上になるし、メロディ先生なんてほとんど要らなくて、自分たちだけでどれだけできるか、みたいな「自分を知る」っていうのが大事になってくる。そして、このくらいの歳になると、普段のお母さんの前での自分とは違う“ひとりの自分”を表現する場所みたいにもここがなってきたりして。

そういう子供たちの成長段階を見させてもらっている自分の位置は貴重だと思うし、だからこそいつも真摯な気持ちで子供たちと向き合うことを大事にしようと思う。

そんな子供たちからこの夏もたくさんのことを学ばせてもらっているという感じ。
感じることが多くて、今日も終わったあとしばらくぽかんとしてしまった。
今日パクパクで作ったカボチャのスープ。みんなして口の周りを真っ黄っ黄にしていたのが可愛かった。

そんなのを見ていると、やっぱり子供たちっていうのは年の差あれど、ピュアで、ココロが奥に隠れていない、というところは共通してる。
なので、メロディ先生として何ができるかということよりも、そんなピュアな子供たちのココロを受けとめる自分のハートがどうなっているか、 そっちを考える。
これ、永遠の課題だな。


午後は仕入れと仕込み。
夏休みともなると、お店はめっきりヒマになるのだけど、それでもちょこちょこと予約をいただいているので、冷蔵庫を常に稼動させておかねばだ。そしてこの、“常に稼動” というのはかなり重要なポイントだと思うわけで、素材のフレッシュ感もそうであるけれど、それ以上に自分の気持ちのフレッシュ感につながることだと思うのよ。ここが死んじゃったら、たぶんお店はできないと思う。
自分のココロをいつもフレッシュにしておくこと、 人の伝わるものはここしかないもの。


夕方暗くなる前に草むしりの続きをやって、夏の庭が淋しいのでちょこっとお花を植えてみたりして植物と戯れた。

夜はオリンピック三昧。
日本人が出てくると、思わず目をつむってしまう自分。もう結果なんてどうだっていい、ここまでじゅんぶん頑張ってきたのだから、、、という気持ちと、ハラハラドキドキで見ていられない、 というがその理由。
いつも競技が終わってから、そっと目を開けてその結果をおそるおそる見ている自分。
女子バレー、最高!

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2012年8月 6日 (月)

イテテ・・・の日

転んでばっかりの日。
ベランダの掃除をしようと水をじゃばじゃばしながらデッキブラシをかけていたら、濡れた床に足を滑らせ転倒。階段降りるときに最後の一段を踏み外し転倒&壁に顔面をぶつける。お風呂掃除、まるでお約束?!かのようにバスタブで転倒、背中を強打。

さいわい、大きなことにはならなかったけれど、体じゅう痛い。青あざいっぱい。しまいにはこんな自分が情けなくて、痛みと一緒になんだか分からない涙が出てきた。

この自分のよく転ぶ癖、どうやら体の硬さとバランスの悪さにあるというのを、この間のヨガで判明された。それともうひとつ、自分の気持ちの癖みたいなものも影響してると思う。
いつも気持ちだけが体よりも出っ張る傾向にある自分。気持ちに体がついていかない、というのもあると思う。
わかっていても、自分の体や気持ちの癖って、なかなか修正できないというのが哀しい。

いろんなものがズレているのを感じながらも、今日をなんとか過ごした。


雨が突然降ってきたり、風がものすごい音を立てて窓ガラスを軋ませていたり、変な天気だった。
雨上がりに透明な風が吹いてきたのをいいことに、夕方庭の草むしりを始めた。
土に触れるとなんとなく気持ちも落ちつく。自分がここにいるというのを実感できるのもこういうとき。地味~なことを黙々としてるときこそ、今を感じられたりする。ってことは、人はそもそも流されやすくできているのだな。
日常の隙間にある地味な作業は、今を見つめたり自分を感じたりできる貴重な時間なのだ。隙間時間、大事にしよう。


夜は王子の大好物の空心菜炒めを山盛り作った。茎しっかり、歯ごたえ抜群の空心菜、炒めてもあまりかさが減らないので、食べ応えのある食材のひとつだ。
こういう場合、味付けを薄くしないと、食べ進めているうちに飽きる、というのがある。
なんでもそうだけど、最初から味にはっきりした輪郭をつけてしまうとひとくち目のインパクトはあれど、先がないんだよね。
ほんとに美味しいって思えるものは、最初はうっすら、食べすすめていくうちに味わいが広がっていくもの、 噛みしめていくうちに見えてくるもの、 そういうものだと思う。
そういえばこれ、人間も一緒だな。


風呂上り、体じゅうにシップを貼りまくりました、、、。

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2012年8月 5日 (日)

親って勝手ね

タクミが遊びに来て、王子と3人で日曜の午後のドライブ。
蝉時雨に入道雲、、、子供の頃から見ていた夏休みって永遠なんだな。

くっきりと輪郭を持つものたちが集まるのが夏。空の青さにも雲のカタチにも、他の季節にはない潔さと勢いがある。

そんな中、美味しいパン屋さんに行ったり、ホームセンターをはしごしたり、晩ごはんの食材を買いに行ったりして、いつもの日曜日を満喫する。

スーパーマーケットで駄菓子を買ってはしゃぐタクミを見ていたら、まだまだ可愛いなあと、なんか安心してしまった。ベランダのビニールプールに入って、水鉄砲と戯れてキャッキャ言ってる奴を見たときもそう思った。子供の成長を願うのが親の役目なのに、こういうときだけほんと勝手なのよね。

でも、今日会ったタクミは、確実にいつもと何かが違っていて、その何かが何なのかは分からないけれど。何かが吹っ切れたようにも見えたし、何かを乗り越えたようにも見えた。
それを見て、来るべき時が来たというような親としての実感みたいなものを噛みしめた自分。
母親がいなくても、タクミはちゃんと成長してるんだな。寂しさ半面、嬉しさもひとしお。
そして母である自分も頑張らなくちゃと自分に喝を入れてみたりもした。


晩ごはんには肉食男子2人のリクエストにより、ステーキどんぶりを作った。
市販のピザに、さらにいろいろトッピングしてゴージャスにしてみたり、なぜかシメにそーめんを食べるという、炭水化物祭り。

ちょっと前までぽっちゃりしていたタクミも、最近会うたびにシャープになってっきてる。
いろんな意味で大人の階段のぼってる時期なんだなと、淋しくなりそうな自分に懸命に言い聞かせたりした。


夜、タクミが家へ帰るときも、いつもだったら名残惜しそうに駅の階段を上っていく奴なのに、今日はなんとも軽快な足取り。気持ちはもう、次を向いているんだわと、またしても嬉しさ反面、複雑な気持ちにも。
親ってほんと勝手よね。


さて明日からまた一週間始まるのね。がんばろ。

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2012年8月 4日 (土)

メロディ♪ヨガ部の日。

今日は、りえちゃんとのヨガ部第一回目の活動日。朝からワクワクドキドキで、早く目が覚めてしまった。お弁当作りもあるからちょうどいい。

いつも思うけど、お弁当を作るときって、なぜか母の気持ちになる。お弁当って、ごはんを詰めるというよりも、想いを詰めるというものだからかな。作りながら、自然に温かい気持ちになるのも、そういうことなんだろうな。お皿の上の料理を作るときとは、また違う気持ちになるのも楽しい。
この役をもらった自分、幸せだ。


第一回目参加部員は8名。ヨガ経験のある部員もいれば、初めての人も。
自分はもちろん初めて。初めてのことをするときには、いつだってお腹が痛くなる弱っちい自分であるが、今日もやっぱりそうだった。でも最近は、そんな正直な自分の体の反応を楽しんでいたりもする。

始まってすぐに、りえちゃんワールドに引き込まれたという感じ。でもしだいに、そのりえちゃんワールドの輪郭が薄れていって、自分ワールドにずっぽり浸かっていくっていうのが面白かった。
自分を見つめる作業は、普段から癖みたに身についていることだけど、体の感覚を通してそれをやると、もっともっと繊細なところまで見えてくるような気がした。「自分」と「体」がどんどん一体になっていく感じ。
普段がいかにバラバラなのかが分かったし、。この体は「自分」なのね、って感じ。
この皮膚も、皮膚の下に透けて見える肉も、骨も内臓も、、、みんな私だったんだ、っていうのをリアルに感じて、こんな自分が愛おしくも思えた。

そして、りえちゃんのすごさをあらためて感じた。ただの酒呑み友達ではなかった!(笑)
りえちゃんのガイドには愛がいっぱいだった。そこに導かれていく先にあるものは、温かくて優しくて柔らかいものだった。
そこに、りえちゃんっぽさを感じて、酒呑み友達の私ではあるが、思わず何度かうるっとなったりも。何に感動しているかわかんなかったけど。

そんなすごいりえちゃんなんだけど、自分たちと同じ部員ってところがまたいいよね。


部員どおしが、同じ空間で同じ時間を共有することだったり、一緒にゴハンを食べておしゃべりする時間だったり、そういうのがみんな部活っぽくってよかった。
次回もまた楽しみ~。


王子と一緒に「なんか整えられたって感じがするね」と言い合いながら帰ってきた。
いつもの土曜日なんだけど、時間がゆっくり流れていたし、あせっていない自分がいたのにもびっくりした。
そうか。ヨガの時間って、自分だけのために使う超贅沢なおひとりさま時間なんだ!って思い、あらためて感動。自分に優しくしてあげる時間なんだ。こういう時間って必要。


自分に優しくしてあげようと(?!)、夜はうなぎを買ってきて七輪で焼いて食べる!というのを実践。
炭おこしに時間がかかって、焼きあがるまでにすでにべろべろに酔っ払ってるというマヌケなふたりであった。なんとうなぎが口に入るまで、2時間もかかった。そのかいあって、お店で食べる蒲焼なんかより、ずっとずっと美味しく感じた。


夜風が気持ちよくて、月明かりがまぶしい。
祭りの音が聞こえてきて風情ある夏の夜って感じだ。

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2012年8月 3日 (金)

笑顔の場所

パクパクに来てくれる子供たちが、時間とともにココロがほぐれていくのを見てるのはなんとも嬉しいこと。カチカチの表情もしだいに解けていって、その子らしさがキラキラの笑顔の中ににじんでくる瞬間だ。子供が持つ才能でもあるし、ひとつの技だな。
大人はいつしかこういう素直さを、どこかに置いてきてしまったのだなぁ。
学ぶべきこと多し。

今日のパクパクは、リーダー的な子がなかなか現れなくて、どうなることかと思っていたけれど、最終的にはムードメーカー的な存在の子が、みんなを引っ張っていくカタチになってなんとかまとまった。
大人が知恵や力を貸すことは簡単だし、そうすれば早く上手にまとまることも分かっているけれど、これしちゃったらまったく意味がない。
見ていてもどかしくなるときもあるけれど、子供たちの中から何かが生まれてくるのをじっと待つしかないんだよね。
7,8歳の子供たちには正直、むずかしい課題かも知れないけど、そこから子供たちに何かを感じ取ってもらいたいし、考えたり知恵をしぼったり、そういう経験をして欲しいな~というのがメロディ先生の想いなのだ。それって料理を覚えることよりも、実は大変なことだと思う。でも大事なこと。

ママたちがいないところでひとりの自分になって頑張っている子供たちの姿って、ほんとにけなげ。ママたちに見せてあげたいくらいだけど、この時間は子供たちひとりひとりが「自分でできる!」を経験する場なので、このやり方で正解だと思う。子供たちはママから離れてものすごいココロの経験をしてます!という報告しかできないのがつらいとこだけど。みんなたくましく頑張ってます!


午後は仕入れと仕込み。
台所暑いし、パクパクの後なのでココロが鎮火してないし、汗だくになりながら今が降りてくるのを待った。ココロって簡単には操れない。

でもお客さんの顔見ると、一気に安心してしまう自分は、やっぱりこの仕事が好きなんだなと思った。
賑やかな宴&癒しの時間であった。
笑顔は作るものじゃなくて、自然に生まれてくるものなんだなと思わせるようなみなさんであった。笑顔のある場所はいつでも居心地がいい、というのもこの人たちを見ているといつも思うことだ。

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2012年8月 2日 (木)

パンパン冷蔵庫

オリンピック。ついつい熱くなって観てしまうので、ほとんど寝不足。
試合を終えた選手たちの、体の芯のほうから出てくるまっすぐな言葉たちに毎回感動させられる。
数多くの経験とか、試練を乗り越えてきた人たちしか出てくることのない厚みのある言葉に思わず涙してしまう。
今まで、メダルの数でしかオリンピックを観ていなかった自分であるが、今は選手たちがここまで歩んできた人間としての背景みたいなものを感じながら観てたりするので手に汗握りながらという感じ。まるで選手たちの身内になった気分。
日本勢の活躍を祈るのみ。寝不足は続きそう。


今日から週末にかけてお店の予約が埋まっているので、時間を見つけてこまめに仕込みをする。
買ってきた食材を詰めるのに、家庭用冷蔵庫では、少々きびしく感じる昨今ではあるけれど、とりあえずこの中に入るぶんの仕事しかしないと決めてやっている。たぶんそれが自分にはちょうどいい仕事量。そういう意味で冷蔵庫1個分はいい目安になっている。

しかしながら、パクパクで来る子供たちが冷蔵庫を開けたとたん、みんなびっくりするのよね。「メロちゃんちの冷蔵庫、パンパン~」って。
ほんとに隙間なくびっちりな感じなんです。ときどき上のほうのものが落ちてきたりして、、、。あんまりいい見本じゃないな。


夕方、久しぶりに美容院に行く。
若いお兄ちゃんが新しく入荷したといういい匂いのシャンプーをおすすめしてくれたときに
「女の人が通りかかったときに、ふわっといい香りがすると、男はドキっとするものです」
と言っていたのが事前に用意されていたセリフみたいで最高だった。
こんな四十のおばさんにそんなことを言ってくれるだなんて、嘘でも嬉しい。
でもそんなお兄ちゃんのことを「なんて可愛いんだろう」と思ってしまう自分のおばさん度が切ない。
いろんな意味で若い子(とくに20代)の刺激が必要になるお年頃だわ。


夜はしみじみと野菜ばっかり肉ちょっとのご飯を食べ、王子と「最近もう、こういうご飯がいいよね」と言い合う。
体の声に素直に従うのが一番!という意味が、この歳になってようやく分かってきた気がする。

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2012年8月 1日 (水)

今日も暑かった

真っ黒に日焼けした子供たち、見ているだけで夏休み感満載。
今日もパクパクで子供たちと一緒にはしゃぎまくり。

次から次へと内側から何か新しいもの生み出す子供たちには毎度のことながら感心させられる。感情というより、エネルギーのかたまりみたいなもの。そこに「○○したい!」っていう想いが詰まっているから、あんなにも熱くなれるのだろうなぁ。

そして今日も、子供たちが持ってきてくれる食材を見て、そこにママの愛を感じた。
保冷剤が詰めてあったり、食材をひとつひとつ丁寧にラップでくるんであったりするのなんか見ると胸きゅんだ。
今まで、子供たちと向き合うことしか考えていなかったけれど、そこに確実にご両親の愛があるということに、今日は気づかされて温かい気持ちになった。

ママお手製のエプロンにも毎回感動するし、さっきまでやんちゃしていた子が、ママが迎えに来たとたん、きゅうに甘えん坊になるところとか、
今日も愛がいっぱいのパクパクに癒されたメロディ先生でありました。


夜、ヨガ部長のりえちゃんと電話で軽く打ち合わせ。
ヨガ部を作った以上、部員2人でもくじけずにやろうね!って誓い合ったりしたけれど、なんと嬉しいことに数人集まりそうな予感。「楽しみだね」と言い合って、まだ始まってもいないうちから浮かれまくっていたおめでたい私たち。
「当日、もしお弁当の数が足りなくなったらどうしようか」という話をしていたときに、りえちゃんが 「みんなのおかずを分けっこすればいいよ!」みたいに言っていたのが、すごくりえちゃんぽくて感動した。
いろんな意味で楽しみなヨガ部である。


晩ごはんは冷蔵庫のキャベツを消費するためにお好み焼き大会。
粉少なめ、油なしの超ヘルシーなやつ。
生地に水をほとんど加えないで山芋と卵でつないだのは大正解だった。キャベツを細か~く千切りしたので、キャベツの水分がほどよく出たためだと思う。外カリ、中フワで旨し。

料理に型はないんだよね。日々実験を重ねてるみたいなところもあって、だから面白いし、やめられないんだよね。

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