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2012年7月12日 (木)

ひとりが好き?!

夕べ王子とケンカして、気まずい朝。会話もないまま、ふたりで囲んだ朝の食卓は冷えたご飯を食べてるみたいでとても味気なかった。

ケンカするといつも思うけど、結局お互いの自己主張だけになると、こうなってしまうんだよね。自己主張の先に、相手を思いやる気持ちがなければ、ただ衝突するだけ。
自分たちの場合、ふたりの中の何かがズレ始めたときにいつもこうなるので、軌道修正の時期ともいえるだろうな。自分、見つめなおそう。


すっきりしない気持ちのままフラメンコへ。もう踊るしかないって感じ!

なんと生徒3人という超濃厚レッスン。そのぶん、粗が見えまくりのごまかしきかない で体じゅうが緊張しまくり。
でも、そのおかげで、ずうっと謎だと思っていた部分の意味が解けたり、自分では正解のつもりで踊っていた振り付けが実はデタラメであることが判明したり、得なことが山盛りだった。

そして今日あらためて気づいたことだけど。
フラメンコって、拍と拍の間の表現っていうのがとても重要で。

今までその間をどう表現しようということばかり考えていた自分であったが、実は『拍で締める』という作業にあまり意識がいっていなかったということに。きっちりと刻むということをしていなかった。
だから全体がぼんやりしてしまったり、輪郭が見えなかったり、そういう踊りになってしまうんだなと。

なにごとも、めりはりって大事なんだな。めりはりがあって初めて、そのものの本質に迫ることができると思うし、そこに秩序が生まれるのもそういうことだ。

フラメンコって、ほんと深い。だからやめられないっていうのもある。心理屋の自分が思うところでは、フラメンコって痛いくらい孤独と向き合う踊りだとしみじみ思う。


踊りはちっとも上達しないけど、なんとなく謎が解けたりしてすがすがしい気持ちでいたら、師匠が「どお?だいぶ覚えてきたかしら?」と、私の顔をのぞきこみながら聞いてきたので「はい!カンペキです!」と元気よく答えたら
「その元気が怪しい~。」と言われてしまった。師匠いわく、多少深刻そうなときのほうが、自分の場合真面目に考えている証拠だそうだ。逆に元気なときのほうが、師匠にとっては心配なんだって。
ぜ、全部見抜かれてる、、、、。(大汗)

しかしながら今日のレッスン、大雨警報の中、遅刻しながらも行った甲斐あった。
レッスンで学んだことも大事だけど、こうして師匠や仲間の顔が見られたり何気ないおしゃべりしたり、そういうことが今の自分にはとても必要なことだと思ったから。


夜は、カエルコール無しの王子が、いったい何時に帰ってくるかも分からなくて、心配&オイラ完全に嫌われた?! でなんとなく落ち着かない。
でも思い切ってメールして聞いてみたら、まだ仕事だという。いつもだったら、とっくに連絡の一本もあっていいはずなんだけど。(やっぱり嫌われた?!)

数時間後、いつもより静かに帰ってきた王子と静かな晩ごはん。
食べ終えたらいつもみたいにそそくさと自分の部屋へ行ってしまった王子、、、。さびしいのう。

なんだかんだいったってこの自分、どうしてだかいつもひとりになってしまう、というか、ひとりを創るのが得意なだけだ、たぶん。
子供のときからそう。

こんなとき、若いころだったら酒を浴びて紛らわしたものだけど、今はしない。この気持ちと地味に向き合うことにしている。

そしてこうなったらもう、「どうか王子に嫌われませんよーに」と神さまにお祈りするしかないわ。


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