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2012年7月 9日 (月)

いい人いっぱい

気持ちは遠い星に行ったまんま。空っぽな自分だけがここにいて、下を向いたら涙がこぼれてきそう。そんな鬱の一日。

今日見えたもの。
両親の子供時代。

自分の両親というのは、自分と同級生の親御さんより、ひとまわり以上年が上だったりする。子供の頃はそのことがなんとなく恥ずかしくて、授業参観の日はいつも憂鬱だった。

そんな両親から、子供の頃よく聞かされたのが戦時中の話だった。
食べるものがとても粗末だったことや、東京から疎開してきた子供たちの話や、サイレンとともに防空壕に入る話とか。
今思うと、そういう話のほとんどは、両親が子供の頃に体験したことばかりだったのだ。

ふとそれを思ったら、自分が同い年の子たちと比べていつも「自分だけなんか違う、、、」と感じていたのも当然だと思った。そういうことを経験した親に育てられたわけだから。

父も母も、とにかく生きることに必死、という子供時代を生き抜いてきた人たちだった。子供にとって耐え難いというような映像もたくさん目にしてきたかも知れないし、それは平和な時代に生まれた自分には想像もつかない世界だったと思う。

それを思ったときに、忙しく働く両親にほっぽらかしにされて育ったとばかり思っていた自分をすごく恥じた。それには意味があったのだと。
そして両親が子供の頃も、おそらく私と同じ想いを抱えていたのではないだろうかと。それこそ、そのことを「淋しい」などと思う余裕などなかったはずだ。とにかく生き抜かなくてはという状況下で子供ながらに必死だったろうし、そういう両親(私の祖父や祖母)を見て育ってきたのだから。


何かが解決したわけではないけれど、今まで思いもしなかったことが自分の中に降りてきた感覚があった。
それもこれも、昨日、一昨日のワークのおかげなんだろうな。
家族ってその人を創る要素がいっぱい詰まっている場所なのだな。

あれからいろんなものが見えてきたり、降りてきたりして、今日は一日重かった。でも、そこに寄り添っていくしかないのよね。自分を見つめる作業って苦しい。


 お昼に、がっちゃんが来てくれた。彼女は私が昔住んでいたところの地元の友達だ。自分が子供たちを置いて出ていったとき、その当時の友達のほとんどが自分から遠ざかっていった。でもがっちゃんは、違った。今でもつながってる。 出来事ではなく、私という人間をいつも見ていてくれてた彼女。1年半ぶりくらいに会ったんだけど、すごく久しぶりという感じではなくて、会えばあのときの空気にふっと馴染む、という感じ。よけいな気をつかわなくていいし、楽な自分でいられるというのがいい。この歳になると、もうそういう友達だけいればいい、とか思っちゃう。

そのあとまゆちゃんもふらっと寄ってくれて、やっぱり会えばいつもの感じに。
彼女ともやっぱりゆるゆるながらも刺激し合うという心地いい関係だし、何をしても言っても許してくれそうなので、言いたい放題言えるところがいい。何をしゃべったか覚えてないけど、なんだか楽しかったな。


 今日の自分、もしかしたらどこかでSOSサイン出してたのかもな。
なんだかいろんな人に助けられた気がした。


夕方王子と、町のお仕事しながら近所を歩いた。夕日がとてもきれいだったけど鬱な自分は言葉を発することもできなくて。でも黙ってそこに寄り添ってくれた王子。その温もりだけでもうじゅうぶんだと思った。
いい人はいっぱいいるんだな。

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コメント

え゛~!何をしゃべったか分からない???それじゃ~私とおんなじじゃんか~(笑)
二人、ゆるすぎだな(^_^;)

投稿: まゆちゃん♪ | 2012年7月10日 (火) 11時30分

>まゆちゃんへ♪
お互いゆるすぎ・・・
はい、そのとおり(○゚ε゚○)

たぶん
お互い空気みたいな存在なのではないでしょーか。


はたしてこれは
いいことなのでしょーか。ヽ(○´3`)ノ

投稿: メロディ♪ | 2012年7月11日 (水) 08時21分

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