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2012年7月 8日 (日)

心理学ワークショップ2日目。

家族コンステレーションワーク2日目。

昨日の興奮覚めらやぬまま、会場へ。
自分の体の中で起きている出来事が、痛みをもって自分に何かを訴えかけている。
目の前で繰り広げられる誰かのワークを観るたびに、自分の中のものが呻き声を上げてるのがわかる。いまにも口から、その得体の知れない生きものが飛び出してきそうな、そんな勢い。
今までの人生で味わったことのないものすごい体験をしている感あり。


そんな中、今日は自らのワークをやろうとクライエントになることを決意。
でも実はすごくこわかったのだ。
自分の抱えているものの正体を知ることは、生きていくために必要な条件かも知れないけれど、自分の場合、知ることは同時に失うことでもある、というのをなんとなく子供のころから身に付けてきた。

でも結果、やってよかった、というのが正直な感想。もちろんその中で、失うという出来事も経験したけど。

そもそも自分にとっての痛みとは、カタチを変えながらも温存していくものだった。それはたしかに痛みを伴うのだけれど、それは幼い頃に味わった温もりといえるものでもあった。

それをスティーブに見事に見抜かれたとき、なんだかわからない涙が出てきて止まらなかった。知らない自分が見えた瞬間だったし、まさに大きな気づきでもあった。

スティーブが自分に言った「君って、いつも切腹しようとしているね」という言葉、
あまりにもストレートにはまりすぎてハッとなった。

たしかに、いつもどこかに、「自分みたいな罪人は、切腹するしかない」、みたいな思いがあって、(死を覚悟している)いつもぎりぎりのところで命をつなぎとめて生きている、という感触があるからなのだ。人の痛みを知るためには、まずこの自分が痛みを背負わなければならないという考え方だ。
実際に切腹するわけではないけれど、いつもどこかにそういう意識を持っている自分がいるのはたしかなこと。


そんなこんなでいろんな気づきがあり、だけど自分がこの2日間で一番得たものというのは、実はセラピストの愛であった。セラピストとは愛の象徴のような気がした。

その愛とはなにかといえば、セラピスト自身が、どれだけ自分という人間を救うことができたかというところにすべてが集約されていると思った。
たぶんそれが愛の正体なのだと。

愛は肉眼では見えないものかと思ってたけど、ほんとは見えるものだったんだ。


そして最後にスティーブが言った「セラピストとして一番大事なことは、自分自身への探求だ」とおっしゃっていたことが、まったく自分と一緒だったのがすごく嬉しかった。
だってどう考えたってここしかないじゃん、って思う。


2日間、日常を離れて、まるで違う星へ旅した気分。
なかなか戻ってこれなーい。

人間の生の感情が交錯してた場所だったし、エネルギーに満ちていた空間だったし、愛が見えた場所でもあったので、すごく名残惜しい気持ちで今いる。

明日からまたいつものメロちゃんに戻るんだわ。








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