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2012年6月21日 (木)

踊ること

空がどんよりしてるせいか気持ちもすごく下向きだ。

こういうときの淋しさって消えなくて。気持ちはいつも同じ場所に行く着いてしまう。子供の頃に味わった場所だ。
「淋しい」は嫌だけど、その場所は自分が慣れ親しんだ特別な場所なのだろう、だから自分の中からは消すことはできないのだ。
「淋しい」を感じるとき、お腹の下のほうがほのかに温かいのは、そういうことだったんだ。

何かがぴっかーんとわかった瞬間だった。

それにしたってこの時期、おへその上のほうはいつもしくしく泣いている感じで、喉のあたりは重たいし、なんとなく子供の頃に泣きたい気持ちをこらえていたあの感覚に近いのが分かるんだよね。

でももう大人だし、泣いてばかりもいられないし!とか思って、よっしゃ!とフラメンコへ行く。


 な、な、なんと、今日はギターリストさんとの共演であった!
音楽が鳴り始めると、とたんにやる気100万倍になる私としては、もう嬉しくて嬉しくて最初からテンション上がりまくり。
ギターの音に聞き惚れて、途中何度もぽかんとなったけど。

だってそもそも、自分がフラメンコを始めたきっかけはフラメンコギターの“音”に惚れたからなのだ。それくらい好き。

が、しかし、ギターにしびれまくっていたら肝心の踊りがデタラメで、師匠が途中何度もぺこぺこしながらギタリストさんにストップをかけていた。この私のデタラメを修正するためにだ。
ということは、もちろん仲間たちも、私のタコ踊りに何度も付き合わされるということになって、犯人の私としては申し訳ない気持ちでいっぱいに。
でもみんな、優しい仲間たちなので嫌な顔ひとつせずに最後まで付きあってくれた。いい人たちだなぁ。
おかげで、今までずぅっと疑問に思っていた部分の踊りの謎がやっと解けた。その謎を解いてくれたのは、やっぱり生のギターの音だった!生の音は導いてくれるんだ!そしてやっぱりライブ感がほんと好きな私。何が起きるか、何が始まるのか分からないあのドキドキ感、たまらない。

 音があったおかげで、今日はいつもよりのびのびとしていた私だが、師匠に「肩に力が入ってる」「背中をもっと意識して」の2点を何度も注意された。昔からずっと言われ続けてきていることだ。
自分の場合、楽しくなるとその気持ちと一緒に身体もふわふわしてしまう。意識が上のほうにいってしまうのだ。でも、楽しいときこそ、地に足をどっしりとつけ、体の重みを感じて踊る、、、ってことが大事で、それが課題だし、、、、。踊りだけじゃなくていつもの自分にも言い聞かせたいことのひとつでもあるなぁと思った。

最近思うのだけど、「今」をここに降ろしてくる方法として、「身体の重心を感じる」というのがひとつあると思う。


帰り道はどしゃぶり。どしゃぶりの中を仕入れに行ったり。
フラメンコ帰りは、もうすっかり日常のスイッチに切り替えされているところが切ないが。自分の中でのフラメンコの位置はそういうものだから、それでいい。ほんとは浸かろうと思えば浸かれるし、もっとのめり込んで取り組みたい気持ちもなくはないんだけど、今の自分にはやることがある。優先順位間違ってしまうと、身体が壊れちゃう。

でも、そういうちょうどいい位置に「踊ること」があるのは、気持ちの安心につながる。ココロの保険みたいなものだ。そういう保険をいくつか持っていると、軽やかに生きれると思う。これは、3歳のときから私にピアノを習わせた母の教えのひとつでもあるのだ。母に感謝。


夜はかなりお疲れモードで帰ってきた王子と、ゆっくり晩ごはん。ワインも開けた。
ここのところハードな日々を送っている王子が唯一、息を抜けるのが晩ごはんの時間しかないんだよね。男の人って大変。
なので、今日もせっせとゴハンを作った。
ネギだく牛丼(吉牛ふうに。たまねぎは乱切り、しかも歯ごたえ残して)とみょうがのおすまし、ねぎぬた、豆腐のサラダ。

一日の終わりにだらっとする。これがあるから明日も頑張ろうってなる。

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