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2012年6月

2012年6月30日 (土)

痛いこと。

姫(王子の母上)がやってくる。半年ぶりくらいに会う。たしかあのときは円満な感じで別れたはずだったけど、月日というのは恐ろしいもの。あれからというもの、自分の中で、ある感情がどんどん膨れ上がってしまって、それが今日の今日まで自分を苦しめることになった。
たぶんそこには、自分なりに腑に落ちない想い、解決されていない想いがあったということなのだろうけど。


今日思ったこと。
私は王子と姫とのいろんなやりとりを見ているのがすごく嫌だということ。このふたりはほんとにねちっこいケンカばかりしてるのだけど、私から見たらケンカできる相手がいるだけでも幸せだろ、と言ってやりたいくらい。母親が息子に会いにくることができるその環境があるだけでも、羨ましいことではないか。
自分の感情の埋まらなさを息子に求めてはいけないでしょ、姫。この歳になってもお母さんと言い合えることのできる王子、あなたは幸せだよとふたりに言ってやりたい。

自分という人間は、息子たちを置いてきてしまった最低最悪の母親だ、ケンカできる相手もいなければ、会いに行くことさえもできない。だからふたりを見ていると自分の中の何かが刺激されてすごく痛い。姫が、とか王子が、というよりも、このふたりの関係が自分を辛くさせているのだろうな。要するに、自分の中のものと向き合うことにおのずとなるから辛くなるんだよな。

こんなことを書いている自分は我ながら幼稚だ。
でも、ココロは常に生きてるのだ。幼稚だと思われても自分の中から生まれた感情だ。大事にしたい。
そもそも嫁(実際は嫁ではないが)とはこうあるべきとか、そういう立場的なものは関係ない。
人生の先輩を敬う気持ちというのはもちろんベースにある。でもその瞬間瞬間の生の気持ちを大事にしたいというのが一番だ。


こういう感情が生まれてくるのも、そもそも自分の中で今何かが起きているということ。この出来事と向き合っていこう。少しは何かが変わってくるかもしれないな。それにしても痛い。

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2012年6月29日 (金)

好き。嫌い。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、はっきり決めたときに何かが動き出す瞬間がある。
嫌いなものを頑張って好きになるよう努力したことも昔はあったけど、今は無理。嫌いなものは嫌いでいい。自分は神さまでもないし、スピリチュアルでもないもの。

そして、はっきり決めたその瞬間から“嫌い”の意味が見えてきたりするからおもしろい。自分の中の“嫌い”の判断基準が見えてきたりするのも。

自分の場合、“嫌い”という言葉を使って、何かの感情を代弁してたりすることが多くて。もともと基本平和主義なので、“好き”でないことがそもそもおかしい、だから“嫌い”ととりあえず表現している、、、というのに近いんだけど。だからひっくり返したらすぐに“好き”と書いてあるのは自分でも分かってるんだけどね。

でもそんな自分の感情に嘘つけないし、その今の感情を大事にすることしかできないんだよな。


午後、まゆちゃんと電話でおしゃべり。
好きだの嫌いだのバカだのアホだの、言いたい放題。自分のかっこ悪いところを見せびらかせるのも、彼女だからこそ。どーだ!こんなに自分ってかっこ悪いんだぜ、すげーだろー、、、的なバカの自慢大会。バカ同盟?!
素敵なところの見せ合いっこなんて、そもそもあんまり面白くないわけで、その人の情けないくらいおバカなところに、その人の味がぎゅぅっと詰まってる。
今日も自分のバカ度&腹黒さ全開。あーすっきり。


夜、ようやく仕事にひと区切りついたという王子とお疲れ様会。近所のお好み焼き屋にて。

付き合っていたころは、お酒が入るといろいろ会話もはずんだものだったが、今はもうほとんど無言状態。でも言葉がなくとも、空気を共有してる感はある。もう言葉さえもいらなくなった、ということかしら。進化?!
めずらしくふたりともたらふく飲んで、つまみ料理ばかり頼んでいたら、肝心のお好み焼きまでたどり着かないうちにお腹ぽんぽんに。お好み焼きがヘビーに感じる年頃、、、。

帰ってきたら、昨晩1時間しか寝ていない王子はバタンキュー。自分はまだ呑みたりないような微妙な感じでこの日記を書いてる。
でもお酒って、ひとりで呑むとなぜか空しくなるものなので、もうさっさと寝ようと思う。

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2012年6月28日 (木)

意識をキープ

フラメンコへ。
先週のギタリストさんとの共演があったせいか、いつもスッカラカンに忘れてしまう振り付けが、なんと体に記憶されていた!もうほんとにびっくりした。いままで自分の中でぼんやりとしていた何かが、輪郭をもってイメージできた瞬間だった。音楽の力ってすごい。

それと、最近師匠が自分を見る目が、とても不安そうなのに実は気づいていて、せっかく全身全霊を込めて教えてくださっている師匠に対してさすがにこれでは申し訳ないと思い始めた、というのもある。期待に応えるとかではなくて、(そもそも期待はされていない)自分ができる精一杯のことをするのが人としての礼儀だと。
習い事とはいえ、やっぱりそこには人間どおしの生の気持ちのかけあいがあるし、まずそこを大事にしなくてはと今更ながら気づいたのであった。

一週間、ほんとにいろんなことがあって、考えなきゃならないこともいっぱいあって頭がぱんぱんになるんだけど、今週はいつも頭のどこかでフラメンコのこと意識しようと臨んでいたのはたしか。(進歩)

この、ただ頭のすみっこで「意識している」というのが、今までの経験からも実はとても大事なことだと思うのであって。それは、そのものと自分がいつも「近くにいる」状態にキープしておくことなのだ。キープしておくと、そのものと自分が友達みたいな関係になれる。
踊ることが、自分とぐっと近くなるみたいで。

いつもよりちょっとだけ踊れたことが嬉しくてレッスンのあとに師匠に「ようやくこの私にも真面目に覚えようって気持ちが芽生えてきました!」とか真顔で言ったら、師匠にお尻をぺんぺんされてしまった。遅すぎだ。いったい何年習ってるんだ。

でもこういう自分の変化が嬉しいし、それを自分で確認できたのがなにより。


2時間のレッスンの間、もうすっかり異次元の世界に飛んでいったような気分になるのもフラメンコのいいところ。終わるとあたりまえのように現実がゆっくりと降りてくるんだけど、体を動かしているせいか、やる前より自分が軽くなってる(体重じゃなくて)、いつも。
だから体は疲れているはずなのに、やりたいことが次々に浮かんできて脳ミソがはしゃいでいるのが分かるんだよね、、、面白い。

帰り道、そのはしゃいだ脳ミソで店の仕入れに行ったら、勢いあまって買い物し過ぎてしてしまった。(ダメじゃん)

そして仕込み。小さな台所で夕方まで頑張る。


王子は今日もとても忙しそう。「おかえり」と「いただきます」と「ごちそうさま」しか会話してない、、、それくらい忙しい。
しかもあの必死さを見たらうっかり声もかけられない感じ。となると、せめて美味しいゴハンを作ること、しか自分にはできないよな。ゴハンはなによりものメッセージだ。

ハムカツ、ポテサラ、冷奴、ごはんと味噌汁。
黙って食べたゴハンだったけど、やっぱりこの時間は一日の中で一番大事にしたい。










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2012年6月27日 (水)

梅雨だね

すご~くくだらなくてつならないことで悩んでたりする自分。くだらないと分かっていても、そのかたまりがしこりみたいにいつまでも自分の中にあって、ときどき痛くなる。
くだらなくとも、それも自分が作り出したものだから、供にいるしかないんだよな。

しかもそういうときって、くもった眼鏡をかけたみたいに視界がぼんやりしてる。霞がかった世界で生きてる気分で重たい。
今日もそんな中、なんとか一日を過ごす。


ランチは団体のお客さま。(団体といっても7人ですが)
こういう場合、全員のお皿を一気に仕上げなくてはならないので、そうなるとまず料理の内容から考えていくわけ。
たとえばここに、助手がひとりいてくれると、かなりいろんなことができちゃったりするのだけど、そもそもいないのでそこは知恵のしぼりどころ。
しかも、盛り付けている間に料理が冷めてしまうというのが自分の一番気にかけているところなので、とにかくスピード勝負。
こんなふうにいろいろなことを同時に考えながらすすめていくので手を動かすのももちろんのこと、頭を使うのがメインな気がする。

これも、1年前だったらできなかったこと。それを今やっている。そんなちょっと成長した自分をほめてやりたい。投げ出すことは簡単だけど、できないながらも立ち向かったことが今につながったのだろうな。

そういう自分の変化とかって、ほとんど気づかないことが多くて、あたりまえのように流れているものなのだけど、たまに立ち止まって自分の足元見てあげることも大事だと思う。
そういえば、ひろちゃんが前に言っていた「人間は死ぬまで発達してる」って言葉、まさにそうだよなと思う。たまにくじけちゃったり転んじゃったりして落ち込むこともあるけれど、これも発達の途中ってことなのだな~。人間ってすごい生きものだ。


頭がぼうっとしていたので夕方から昼寝(?!)。目覚めたら真っ暗になっていて、夜だし、ひとりだし、、、こういうときって無性に淋しくなるんだよな。いきなり異空間に投げ出されてどうしていいのかわかんなくなっちゃう感じ。子供の頃、昼寝から起きて、現実が受けとめられなくていつまでも泣いてたあの気持ちと一緒。

それでもなんとか起きて、晩ごはんのしたくをする。大人だし。

ごぼうハンバーグ、キンピラごぼう、ごぼういっぱいのけんちん汁、そしてごはん の繊維ずくし。ふたりでごぼう4本分だ、しかもごぼうのアクで爪の中真っ黒。

王子を驚かせてやろうと思ってはりきって作ったけれど、まだカエルコールがないのだよ。腹減るし、淋しいし、前向きに生きるって大変とか、こういうときふと思っちゃう。

いいのだ、後ろ向いたまま前に進んでやる!などと、ひねくれ者の自分はそう思ってしまうのだよ。
今日の自分、強がってる?!

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2012年6月26日 (火)

どんより天気

風が淋しそうに泣いていて、空気も冷たく悲しげ。
重たい気持ちが頭の上のほうにあって、なんだか一日ぼんやりしてしまった。
ぼんやりしながらも、家事したり仕事したり、やることはちゃんとやっていたみたいなので我ながらすごいと思う。

お昼に来てくれたお客さん、きらきらしてるお姉さんたちだな~とか思っていたら、あとから聴いたらアロマのお仕事をされているとのことだった。
その人の内側で創られているものって、見えるものなんだなあ。
アロマの世界もココロとつながってますよね~などと言い合いっこしたりして楽しかった。

同じようなところを見ている人たちとの出会いが多い今日このごろ。


そういえばこの間、王子と話していたことのひとつ、最近道行く人たちの表情がみなつまらなそうにしてるねと。さきほどのお姉さんの話ではないけれど、その人の内側が表に出るとしたら、なんと寂しい世の中になったんだろうと思ってしまう。
自分を満たしてあげること、自分を大切にしてあげること、今の世の中に大切なことだと思う。そしてそれができるのは、この自分しかいないということも。


ぼうっとしていたせいか集中していたせいか夕方まで休みなしでキッチンにいた。
仕事といえど、毎日が新しい感覚でやっているのでとにかく頭を使うのだ。これをマニュアル化したらどんなに楽か(同じ仕事量だとしても)想像はつくのだが、どうしてもそれをやる気にはならない。
たぶん、頭が楽になるだけで、自分の気持ちは満たされないのを知っているから。
悲しいかな遠回りの楽しさをもう知ってしまっている!

とはいえ、さすがに立ちっぱなしで足が痛い。
なので晩ごはんは、超簡単に。
鶏のモツ煮(王子の好物)、アジの干物、大根サラダ、ごはんと味噌汁。

王子はささっと食べて、すぐ仕事部屋に行ってしまった。
私のほうは、なんとなく一日石みたいなかたまりの気持ちと一緒にいたので重い。
でもそんな自分を放っておいてくれる王子の優しさが嬉しいときもある。そういう優しさっていうのはじんわり沁みてくる。

夜は静かだった。全部がのみ込まれたみたいに真っ暗な夜だけがそこに漂ってるみたいで。
明日の自分はどうなっているんだろう。




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2012年6月25日 (月)

月曜日はくもりのち晴れ

月曜日の朝、気持ちはいつも斜め。無理にまっすぐにしようと頑張ったこともあるけれど、今はちがう。斜めのままとりあえず動いてみる。こっちのほうがエネルギーがいらないということに気づいた。エネルギーは本当に必要なときに勝手に湧いてくるものだから、そうでないときにはそもそもいらないのだ。

そうやって肩の力を抜いたときに、初めて見えてくるものに気づかされることが多い昨今。もうそういう歳頃になってきたということなのだろう。中年ばんざい。


お昼にはヨガガールズさんたちが来てくれて、ほんわかムードに包まれる。
ここ最近、すっかりヨガというワードに引き寄せられてる私。ヨガやったことないくせに。

すごく居心地がよくて、自分が楽ちんでいられるような、そんな空間がそこにあるみたいで。たぶんそれはヨガ自体は知らないけど、ヨガをやっている人たちがそういう雰囲気を創り出していることに自分も共感してるからだと思う。

一緒の空間にいて、とても温かかった。温もりって分かち合えるものなんだな。


 昨日借りてきたビデオ、久々にヒットだった。“ラースとその彼女”という映画。一気に観てしまった。
人との関わりをいっさい持ったことのない主人公が、等身大の人形(リアルドール)に初めて自分の心を開いていくというところから物語が始まるのだけど。

何が面白いかといえば、人形に自分を投影していくその過程。そしてその人形が自分自身にそれを教えてくれるというところ。
ことばもしゃべらない、息もしていない人形なのに、人間が失ってしまったなにかに気づかせてくれたり、教えてくれたりするという存在になっていくというのがこの映画の見どころ。
登場人物の心理描写が手に取るようにわかったし、ハッピーエンドなところも自分としては安心どころであった。

人間は自分以外のなにものかに、自分自身を映し出して、そこから何かに気づかされることってあるんだな。たぶんそこが自分自身を見つめるということの基本なのだろう。

私の場合のそういう存在といえば、もっぱら王子なのだけど。


夜はふとしたことから、自分の中にたまっていた想いが一気にあふれてひとり風呂でびいびい泣いた。泣いてなにかが変わるわけではないけれど、泣くことによって想いを外に出してあげる作業は大事だ。気持ちの澱は、たまにこうしてすくってあげないと自分自身がどんどんよどんでしまう。

晩ごはんは、キャベツコロッケ、ししゃもの焼いたの、切干大根の煮付け、豆腐のサラダ、ごはんとしじみの味噌汁。
帰ってきてからも忙しい王子ではあるが、ゴハンの時間だけは、お互いのココロがすごく近くにあるような気がする。食卓の時間って大事。

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2012年6月24日 (日)

だらり日曜日

相棒みたいにいつもキッチンで一緒だったオーブンが壊れた。フタがぽろりと取れてしまったのだ。
お肉もお魚もケーキもみーんなこれで焼いていた。すごくチープな作りだし、小さいし、今までに何度も壊れたりして気まぐれだったりするんだけど、なぜか憎めない奴。今やいろんなハイテクオーブンがある中、ただ「焼く」しかできない超アナログ路線を貫いてる彼は立派だった。(笑) いつも一緒にいたのですっかり情も移ちゃってるし。人、ひとり分くらいの働きをしてくれたたいした奴だった。

それでしゅんとしてたら、王子がそんなの直せるよと軽く言うので、お助けマン登場~という感じでほっとする。

さすが王子!バラバラに分解して、壊れたところを修理して、あっという間にもとどおりにしてしまった。

男の人のこういうところっていつもほれぼれする。男と女の役割ってそれぞれにあるんだなと、こういうとき思う。うまくできてる。


 今日は何かがたまっていて、身体が重くて動きも鈍い。ちょっと動くだけでも息がはぁはぁだ。こういうときは寝るにかぎる!とか思い、ごろごろしながら過ごした。
もうこの歳になると、なにがなんでもまず寝ないと始まらない。

夕方からのそのそ起きてきて、明日からの仕込みをしたり、夕ごはんの仕度をしたりと、再びキッチンで過ごす。
休みの日のキッチンへは、ちょっとだけエイっと気合入れないとだめなのだけど、入ってしまえばもういつもの感じになるから最初が肝心。

週末はもっぱら冷蔵庫の整理もかねたゴハンを作るので、食卓に乗り切らないものすごい量のおかずが並ぶ。王子も私も晩ごはんだけで1キロ増えるだろうという勢い。でも、く、く、くるし~とか言いながら、ふたりでペロリと食べてしまった。

食べたいときは食べる、というのも、ここ最近の自分の傾向。もう欲望に逆らうことなんてできなくなってきた。
でもそうすると、無駄な間食をしなくなったり、体重の変化もなくなったり、健康になったりと、不思議とそうなっていくんだよね。

晩ごはんは、バターと醤油で焼きとうもろこし、空心菜の炒め物、上等な牛肉をちょこっとステーキにしたり、こんにゃくの煮付けなどなど。油ひかえめ野菜たっぷりのゴハン。
ゴハンが自分自身を調えてるって感じさせるようなゴハンだった。
明日からまた1週間はじまる。息子たちは元気にしてるかな。

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2012年6月23日 (土)

今日は暑かった。

朝から予定いっぱいの土曜日。
高速道路に乗ってあちこちに仕入れ。週末のまとめ買い。

高速道路の料金所を通過するときのバーが、どんな料金所も「あ~、ぶつかるぅ~」っていうぎりぎりのところで開くので、毎度ハラハラさせられる。「これ寿命が縮まるよー」といつもひとりで大騒ぎしているのだけれど、王子が「目をつぶって」というので実践したら何事もなかったかのようにいつのまにか通り過ぎてた。
わざわざ見なくていいものってあるんだな。


夕方からお客さんが来てくれて、料理作ったり、子供たち(お客さん)と戯れたり、おしゃべりしたり、王子の試作中のカクテルを味見したりして楽しいキッチン仕事。

夜の雰囲気は昼とはまた全然違うし、時間の流れかたも緩やかだ。昔から夜の仕事をメインにしてきた私としては、この雰囲気が好き。その人だったり、そのものだったりに、ぐっと近くなれるのは、昼よりも夜だと思う。
そしてなにより、超さびしがりの自分にとっては、夜誰かがいてくれるって、もうそれだけで安心~。

夜は良いな~とか思いながら今日も料理を作りまくった。


後片付けを終え、一週間のおつかれさま会で王子と焼き鳥屋へ。
すごく小さい店でおっちゃんひとりでまわしてるので、注文してもなかなか出てこないんだけど、なぜかぜんぶ許せちゃうという感じ。
閉店間際に行ったにもかかわらず、嫌な顔ひとつせず炭を新たに熾してくれて(こういう場合、マニュアル的にやってる人だったら絶対に炭なんか熾さなくて、焼きもの以外のものをすすめてくる。なぜなら早く帰りたいから。)丁寧に焼いてくれた。

お客さんが一番、っていうのが伝わってきて、その精神がぜんぜんぶれていなくて、おっちゃんの顔のシワにそういうのが刻まれてるみたいだった。
カウンターのすみっこにヒゲソリが置いてあったり、(たぶんおっちゃん用だ)歴史を感じる冷蔵庫にはすっかり茶色に焼けてしまったメモ紙がいっぱい貼ってあったり、昔ながらの手書きの電話帳がべとべとになって立てかけてあったり、、、普通だったらつい怒っちゃいそうな絵なんだけど、なぜか全部ほのぼのと見えた。

だからこちらも、串2,3本つまんで帰るつもりだったが、思わずひとり10本づつくらい食べてしまった。

こういう店はこれからも長く続いて欲しい。


心地よい疲れとともに、もう寝よう。
今日電話で王子と姫(王子のお母さま)が話してた。来週、その姫がやってくるらしいが、それを聞いた自分、すでに身体のいろんなところが反応してるんだよね。
痛いぞ、重いぞ。

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2012年6月22日 (金)

ヨガ部のこと。

風の強い日。でも台風のあとの風だから、透明感があってすがすがしい。

お昼には初めてのお客さんがいらしてくれた。初めてのときって、たぶん「ここは家?!店?!」って、たいていみなさんびっくりと思うのだけど、すわってゴハンを食べているうちに少しずつその気持ちもほぐれていって、この場所に馴染んでいく感じがこちらにも伝わってきたとき、お店やってほんとに良かったって思う瞬間だったりする。

相手の気持ちがほぐれていくのを見るのは何よりも嬉しいことだし、それは、まずこの自分がリラックスしているということだからだ。
ゴハンを作ること以前に、この自分がそういう状態でいるということ、ここが大事だ。

そして、そんなありのままの自分が作ったゴハンには、たぶんその皿の上にはありのままの私がいるだろうし、そう思うとこの自分を磨く作業こそがすべてのことに通ずる、とか思う。


午後、りえちゃんとヨガ部の打ち合わせ。ほとんど何気ない普段のおしゃべりで終わったけど。
でもりえちゃんとのおしゃべりは、口先パクパクのおしゃべりじゃなくて、まさに身体を使ってしゃべってる感じがして、マッサージを受けたあとの感覚に似てる。表面だけで生きてる人間が山ほどいる昨今、彼女みたいな人間もいると思うと未来に希望がわいてくる。
やっぱ人間、中身で勝負!っていう彼女の潔さが大好き。でもその中身が作られた人工的なものじゃなくて、とことん“素”を追求してそれがそのまま表に出ているっていうところがかっこいい。

こういう人は、はたから見ると不器用そうに見えたりするんだけど、でも自分を幸せにしてあげる方法を一番よく知っていてそこだけは絶対に譲れないっていう生き方をしてたりする。りえちゃんも私もこっちのほうの人間なので、今日も共通の国の言語でいっぱいしゃべれて幸せ。
枠が苦手という話や、自分が死ぬときにどうなっていたいっていう話とか、私の大好きなテーマが満載でこういう話ができる友達がいてほんとによかった~って何度も思ってしまったよ。


 ヨガ部の話からズレたけど、そんなりえちゃんが部長です。
ほんとはいろいろすごいりえちゃんなんだけど、先生じゃなくて部長っていうレベルにあえておとしてみました。(笑) そういうのをへへへとシンプルに受けいれるりちゃん、さすが。
 
部活のいいところは、部長も部員も同じラインにいるってところだもの。
どんな人間が集まるかなんて分からないし、そこでどんな空気が生まれるかも分からないし、どうなるかも分からないもの。だからみんなで創っていく!ここがいい。
ただいま部員、募集中です!


夜はお客さんとしみじみ飲む会。
お酒の席はいろいろあれど、ひとりゆっくり呑みたいときもありますよね、という話から入っていった。
ひとりカウンターでうなだれて呑んでる人って、たぶん何か重たいものを抱えてますよね、とか若い子たちがきゃーきゃーしてるお店はもう卒業しましたという話や、スナックのママの歌はプロ級だという話や、カラオケで歌う歌のラインナップな一緒なところとか、世代が同じ人の話というのは自分の中のどこかが反応するのでおもしろい。
酒好きにしか分からないという話題が全部分かってしまう自分の経験値の高さにも愕然としてしまったが。
でも、そういう話をそーだよね、そーだよねと聴ける自分がいてよかったと今は思ってる。


今夜は遅いのでもう寝よう、とか思ったけれどなんとなく金曜の夜はこのまま寝てしまうのがもったいないので、ワインをちょこっとだけ飲んでから寝ようと思う。ちょこっとだけ。







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2012年6月21日 (木)

踊ること

空がどんよりしてるせいか気持ちもすごく下向きだ。

こういうときの淋しさって消えなくて。気持ちはいつも同じ場所に行く着いてしまう。子供の頃に味わった場所だ。
「淋しい」は嫌だけど、その場所は自分が慣れ親しんだ特別な場所なのだろう、だから自分の中からは消すことはできないのだ。
「淋しい」を感じるとき、お腹の下のほうがほのかに温かいのは、そういうことだったんだ。

何かがぴっかーんとわかった瞬間だった。

それにしたってこの時期、おへその上のほうはいつもしくしく泣いている感じで、喉のあたりは重たいし、なんとなく子供の頃に泣きたい気持ちをこらえていたあの感覚に近いのが分かるんだよね。

でももう大人だし、泣いてばかりもいられないし!とか思って、よっしゃ!とフラメンコへ行く。


 な、な、なんと、今日はギターリストさんとの共演であった!
音楽が鳴り始めると、とたんにやる気100万倍になる私としては、もう嬉しくて嬉しくて最初からテンション上がりまくり。
ギターの音に聞き惚れて、途中何度もぽかんとなったけど。

だってそもそも、自分がフラメンコを始めたきっかけはフラメンコギターの“音”に惚れたからなのだ。それくらい好き。

が、しかし、ギターにしびれまくっていたら肝心の踊りがデタラメで、師匠が途中何度もぺこぺこしながらギタリストさんにストップをかけていた。この私のデタラメを修正するためにだ。
ということは、もちろん仲間たちも、私のタコ踊りに何度も付き合わされるということになって、犯人の私としては申し訳ない気持ちでいっぱいに。
でもみんな、優しい仲間たちなので嫌な顔ひとつせずに最後まで付きあってくれた。いい人たちだなぁ。
おかげで、今までずぅっと疑問に思っていた部分の踊りの謎がやっと解けた。その謎を解いてくれたのは、やっぱり生のギターの音だった!生の音は導いてくれるんだ!そしてやっぱりライブ感がほんと好きな私。何が起きるか、何が始まるのか分からないあのドキドキ感、たまらない。

 音があったおかげで、今日はいつもよりのびのびとしていた私だが、師匠に「肩に力が入ってる」「背中をもっと意識して」の2点を何度も注意された。昔からずっと言われ続けてきていることだ。
自分の場合、楽しくなるとその気持ちと一緒に身体もふわふわしてしまう。意識が上のほうにいってしまうのだ。でも、楽しいときこそ、地に足をどっしりとつけ、体の重みを感じて踊る、、、ってことが大事で、それが課題だし、、、、。踊りだけじゃなくていつもの自分にも言い聞かせたいことのひとつでもあるなぁと思った。

最近思うのだけど、「今」をここに降ろしてくる方法として、「身体の重心を感じる」というのがひとつあると思う。


帰り道はどしゃぶり。どしゃぶりの中を仕入れに行ったり。
フラメンコ帰りは、もうすっかり日常のスイッチに切り替えされているところが切ないが。自分の中でのフラメンコの位置はそういうものだから、それでいい。ほんとは浸かろうと思えば浸かれるし、もっとのめり込んで取り組みたい気持ちもなくはないんだけど、今の自分にはやることがある。優先順位間違ってしまうと、身体が壊れちゃう。

でも、そういうちょうどいい位置に「踊ること」があるのは、気持ちの安心につながる。ココロの保険みたいなものだ。そういう保険をいくつか持っていると、軽やかに生きれると思う。これは、3歳のときから私にピアノを習わせた母の教えのひとつでもあるのだ。母に感謝。


夜はかなりお疲れモードで帰ってきた王子と、ゆっくり晩ごはん。ワインも開けた。
ここのところハードな日々を送っている王子が唯一、息を抜けるのが晩ごはんの時間しかないんだよね。男の人って大変。
なので、今日もせっせとゴハンを作った。
ネギだく牛丼(吉牛ふうに。たまねぎは乱切り、しかも歯ごたえ残して)とみょうがのおすまし、ねぎぬた、豆腐のサラダ。

一日の終わりにだらっとする。これがあるから明日も頑張ろうってなる。

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2012年6月20日 (水)

台風のあと

台風一過の青空といきたいところだけど、やっぱり梅雨なのね、という感じで一日どんより。

でもバリバリと家事をこなしたり仕込みしたり蚊にさされまくりながら庭の草むしりもした。
雨あがりの草むしりは、土がゆるんでいるのでするする抜ける、気持ちいいくらいに。親指の頭ほどの小さな蛙が草の間をぴょんぴょんするのもこの時期の風物詩。

風物詩といえばもうひとつ。キッチンではこの時期、燻しものをよく作る。燻したときに出る煙が、この時期独特のジメっとしたあの感じをまるごと包み込んでくれるみたいで好きなんだよね。蚊も寄ってこない(気がする)。

スモークチキンも、最近やっとそれなりのものが作れるようになってきた。パサパサじゃなくて、しっとりのやつ!
ベーコンはもう今までに何度チャレンジしたか知れない、というくらい作ってるけど、満足いくものができるまではもうちょっとかかりそう。がんばろう。
まさに工作の時間である。時間の隙間を見つけては工作、、、すっかり習慣みたくなってる。よっぽど好きなんだろう。


それにしても今日はなんだかひとりでいる時間が長くて、(王子は朝早くて夜遅かった)なんだか落ち着かない一日だった。まだどこか居候させてもらってる感覚でいるので(実際そうだけど)ひとりでいる時間はいつもソワソワする。一生懸命この家に居る意味を探そうとあちこち動いたりするんだけど、けっきょくキッチンに居るしかなくて台所仕事しちゃうんだよね。

それでも、居場所があるだけ自分はいいと思う。人から見たら、なんて危なっかしい人生の渡り方だ(とくに両親はそう思ってる)と思われがちだけど、その時どきの居心地のいい場所を探しながら来たら自然にこうなった、ということだから仕方ない。
今の自分に必要なもの、今の自分がするべきこと、常に今を見ていきたい。明日の自分がもっと良くなっているとすれば、それは今の自分が頑張ったからそうなったということなのだから。

などと、
ぼんやり考え事する時間も多くあった今日。


今夜は昭和のカレー?!を作ってみた。
小麦粉炒めたりしてちょっと粉っぽい感じの。色は黄色っぽくて。
じゃがいもとにんじんはゴロゴロしてて、薄切り肉を使って庶民的に。

早く王子、帰ってこないかな~と思いながらも、この日記を書いている私だが
キッチン以外の自分の居場所がもうひとつ、それはこの日記の中かも。等身大の自分が住んでる場所だ。

居場所があるって幸せなことだ。




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2012年6月19日 (火)

台風

ゆうべからすごくジメジメしてるし、雨の匂いもしてるし、、とか思っていたら台風だった。
一日じゅう、テレビの台風情報を観ながらハラハラ過ごす。

今日のランチはほぼ全員の分を同じタイミングで料理を出すというシチュエーションだったので、こういう場合は煮込み料理しかないと思い、豚の赤ワイン煮を作った。煮込み料理は前もって準備しておけるから本番に緊張しなくてすむ。

初めて来てくださったお客さんに、「これ、何料理になるんですか?」と聞かれ、一瞬戸惑いながら「フレンチ風?!になるのかなぁ」とお答えしたけれど、そういわれてみたら、今までそんなこと考えながら作ったことなかった。
和食もありだし、中華っぽいものも作るし、イタリアンも洋食も居酒屋ものも なんでもありだ。
ただ単に、枠にはまるのが嫌というのと、自分が食いしん坊なだけでそうなっているのだけど。たぶんこれからも、毎日真っ白い画用紙に「自分の店」というタイトルの絵を描くようなそんな感覚でやっていきたいし、そうゆうふうにしかできないとも思う。
こんな店に来てくださるお客さん、ほんとにありがとう。
これからも私流を極めつつ精進していきます。


夕方いつもよりも早めに帰ってきた王子と一緒に、台風に備えて庭の片付けをしたりする、、びしょぬれになりながら。こういうとき、お父さんが横にいるみたいでとても心強い。ひとりだったらどうなっていたんだろう。
びしょぬれになったので、夕方早い時間にお風呂に入ったりしてなんだかとても贅沢な気分になった。


夜テレビを観ていたら、ハンマー投げの室伏選手が出ていた。37歳の彼がいまだ現役でやっていることもすごいが、あの肉体がおとろえることなく、それどころか日に日に今も進化し続けているというのがさらにすごいところ。

 彼が「人間、あるところまでくると気づくことがある。それはメダルのために頑張るのではなく、自分自身ととことん向き合うために頑張り続けるのだ」というようなことを言っていたのにものすごく感動した。

人の体の中には眠っている筋肉というものがあるそうで、それらの可能性を引き出すトレーニングを日々続けているそうだ。まるでそれは人間の潜在意識のように深いところで眠っているものと一緒で、ある特別な方法をとらなければ呼び覚ますことはできないものだそう。
そして思うのは、メダリストと呼ばれる人たちのレベルって、たぶんそこまでいくとほとんど一緒なのだ。その中で金を獲得する人というのは、運もあるだろうけどやはり、人と戦うことというよりも、自分自身との戦いに勝ち得た人間なのだということを、彼を見て思ったこと。

自分が進化していくこと、、その先にメダルがついてくる と言っていた室伏選手の生き方、かっこよすぎて何度も鼻血が出そうになった。
最終的には、自分の体を知っているのは、この自分しかいない、というところに行き着くのだろうな。
人間という生物の秘められた可能性というものを見た気がした。人はいくつになっても進化できるんだ!


台風情報にハラハラしつつ晩ごはんを食べた。
お豆腐サラダ、しょうが焼きキャベツ山盛り、味噌汁、ごはん。
台風とか嵐とか大雪とか、、、こういう自然が猛威をふるうときになると、とたんに元気になる王子、なぜでしょう。本人いわく、血が騒ぐのだそう。それって野生の血?!










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2012年6月18日 (月)

じめじめの月曜日

休み明けの月曜日というのは、なかなかエンジンかからず。

月曜日にかかわらず、昔から環境の変化とか時間の流れについていくのは苦手な自分だ。
子供の頃は、(今でもときどき)その変化の波にうまく乗ることができなくて、お腹が痛くなったものだし、周りの友達はみなできるのに、自分だけできないということにすごく落ち込んだり悩んだりもした。
子供の頃によく聞いた母ちゃんの「早くしなさい」って言葉が今も焼きついてるくらいだ。それくらいとろかった。

しかしながら今思うと、人間はそんなに単純に出来ていないということ。その人しか持っていないリズムがあって、それは何ものにも代えがたいものであるということだ。
自分の場合は、変わっていくもの、流れていくものにたいして、神経質なくらい敏感に反応する子供だったから、何をするにも人より時間がかかったし、それはココロが今に降りてくるのに時間がかかったということなんだと思う。

今はそう思えるので、こんな自分のとろさも仕方ないものだし、これが自分だし、とか思う。

子供の私に教えてあげたい、それがあなたなのだから悩むことも落ち込むこともないよ、と。

だけどあのとき、出来ないながらも一生懸命努力したことは、決して無駄じゃなかった。それがなかったら、今の私はないし、こんなふうに冷静な気持ちで過去のことから今を見ることもできなかったもの。
暗い子供時代に、今の私が少しずつ明かりを灯してあげてる。大人になるってそういうことなのかな。


 仕事しながらようやくエンジンもかかり、今日のランチはベビーちゃんでいっぱい。赤子の鳴き声こそ、エネルギーの源。自然にがんばるぞ~ってなる。
そして、この時期の子を持つママたちの大変さ、わかるよ、わかるよ~って感じだ。
そんなママたちへのエールをゴハンに込める。言葉なんかよりもずっと近いエールだ。
ゴハンってそういうものだ。


今日はなんとなくお疲れ気味&食欲不振な王子に、お酢を使ったさっぱりゴハンを作った。
ネギぬた、もずく酢、鶏もも肉の黒酢炒め、豆腐の味噌汁、ごはん。
メニューを並べただけでも思わず酸っぱくてむせてしまいそうなものばかり。
でもペロリと食べていた。体が欲しているんだな。体の声を聴いてあげること、食の原点だ。






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2012年6月17日 (日)

夕暮れバーベキュー

ゆうべあれから、床の上で大の字のまま寝てしまったらしい。なんと朝起きたら、タクミがいてびっくり。
布団も敷いてあげていないし、お風呂も沸かしてあげてない、、、たぶん奴が自分で全部やったのだと思うけど。このダメお母さんっぷり、ちっともなおらない。
昔、一緒に暮らしてたときも、私が二日酔いで起きれなかったときに、小さなタクミに胃薬を買ってきてもらったりした。あのときからちっとも変わっていなくて、我ながら情けない。

ごめんねとばかりに、甘党のタクミにコメダのシロノワールをおごる。ブーツのグラスに入ったクリームソーダも。
口の周りにクリームをいっぱいつけながら食べる奴の顔はまだまだ子供だなぁという感じで可愛かった。まだそういう部分が残っていると思うと、今のこの瞬間がすごく愛おしく思えてたまらない。子供はどんどん成長していくし、今という時間はもう戻ってはこないと思うとなおのこと。

口の周りのクリームがそう教えてくれたみたいで、胸がきゅんとなった。
だけどソーダー水をずるずる~って一気に飲み干しちゃうところとか、シロノワールを豪快に頬張るところとか、その食べっぷりはもう“男”という感じであった。時間よ止まれ!はやっぱり無理なのね。


そして今日も先週に引き続き、お家でバーべキュー大会。
あゆを串刺したり、大きなメバルも焼いた。スペアリブは香ばしく焼けて、やっぱり炭火はいいね、と言い合う。

休日のお楽しみといえば、「どこかに出かける」とかよりも、「今夜何食べよう」というのがもっぱらその日の話題の中心になるところは、我ながら食いしん坊だと思う。
『誰と何を食べるか』 ということは人生においてすごく重要なことだと思うから、これからもこだわっていきたい部分だ。食べもので、その人の人生を支えることだってできるのだ。どうせだったらハッピーにいきたいもの。食いしん坊でよかった。


それにしても週末ってほんとあっという間だ。
タクミが帰ったあと、王子とふたりでちょっとしんみりしてしまった。
でも、このしんみりがまた明日からの活力につながるからしっかり噛みしめようと思う。
タクミがどんどん成長していくみたいに、私たちがこうしてベランダで夕日を見ながら語り合ったこともひとつの時間のかけらとなって、おじいさんおばあさんになったときにふと思い出したりするのだろうな。
そんなふうに思ったりすると、なにもかもが愛おしくなる。

日曜日の夜はなぜだかこういう気持ちになるよ。

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2012年6月16日 (土)

楽しい酒

雨の中、王子と飲みに出る。名駅の今話題のスポットで、いろんなジャンルの店舗がひとつの建物の中に集合してる居酒屋のミニテーマパークみたいなところだ。まぁ話の種にというノリで行ったのだけど。

タイ料理から韓国料理、ビストロ、おばんざいやさんもあればお好み焼き、炉辺もホルモン屋もある。ユニークなところは、どこに居ても他のお店の商品を注文して出前してもらえるというシステムがあるところ。
でも実際、ビストロのカウンター席で、隣の若いおねえちゃんがお好み焼きを食べていたのにはびっくらこいたけど。なんだかなぁという感じ。
同じ場所にあるとはいえ、ひとつひとつの店が独立している感じ。他の店のものを自分のところで客が食べている風景っていうのは、店の人もあんまりいい気がしないんじゃないかな。いちお、出前は3品まで、っていうルールがあるみたいだけど。

なんだかルールがいろいろあって、王子と私にはちょっとばかり窮屈だったので2件はしごして出ることにした。
それにしても、同じ建物内なのに席に座るたびにチャージ料はかかるし、料理は値段のわりにすご~くケチってるし、さすがテーマパークだ!という感じ。みんなが知らないうちにどんどんお金を落としていくシステムになっている、、、、騙されないぞ~とばかりに近所の小さな居酒屋にさっさと移動した。


もうこの時点でふたりとも結構出来上がっていて、何を話したのかも覚えていないくらい。
でも王子が、いつも話さない仕事のこととかを熱弁していたのは、今日の一番の収穫だと思った。男の人は普段、家で仕事の話はしないからなんだか嬉しかった。

一週間分の疲れもこれで一気に吹っ飛んだ。歳を重ねるごとに、自分の中のこういう仕組みがどんどんシンプルになっていく気がする。中年は楽しい。

そしてなによりここは明朗会計でよかった。


ふたりでよれよれになりながらなんとか帰ってきた。
雨がパラパラ降っていたけど酔っ払っていたからふたりして傘もささずに「雨のシャワーだ~」とか言いながら手を繋いでスキップしながら戻ってきた。あぶない中年族。
でもこういうことが、ひとつひとつ思い出になっていくんだろうなと思うと、なんでも楽しんだもん勝ち!って気がする。





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2012年6月15日 (金)

鬼嫁?!

はっきりしない空。一日どんよりだ。

そんな中、「やることがある」という幸せを噛みしめる。小さな小さな世界ではあるけれど、誰かのために料理を作るということが私の仕事だ。
お金が欲しいからやるのではなくて、そもそも仕事って、かっこ悪い自分にならないようにベストをつくすものなのだと最近あらためてそう思ったりする。その先にお金は勝手についてくる、、、みたいな。たぶんそういう仕組みなのだ。
たまに順番が逆の人がいるけれど、それって長くは続かないと思う。なによりも本人が苦しいはずだ。
自分がどうありたいか、ここが一番大事。


ランチの仕事を終えて買い物へ。近所のスーパーをはしごする。

高い材料を仕入れればそれなりに美味しくできるのはあたりまえ。でもうちは高級店ではないので、お母さんが家族の家計をやりくりするみたいにお値打ちで美味しそうで体にいいもの、というものを選んで買っている。
それでも、やっぱり基本には「美味しいものを食べさせてあげたい」という想いがあるので、ついついいろいろ買っちゃうのよね。そして王子に叱られるというのがいつものパターンなのだけど。
でもまぁ、1年半ひぃひぃ言いながらもなんとか乗り越えてきたので大丈夫なんじゃないかな。そもそもケチるのは嫌いだ。


日帰り大阪出張から帰ってきた王子。玄関開けるなり、「なんかすごく久しぶりに家に帰ってきた気分だ」と言っていた。わかるな。

相変わらず帰ってきてからも忙しい王子。でもゆうべ、実はあれから私がブチ切れてひと暴れしたせいで、せめて晩ごはんの時間だけでもゆっくりしようと気をつかってくれたみたいだ、、、王子。

こういうとき黙っておとなしくしているのが女なのだろうけど、やっぱり私には無理みたい。ため込んでおくなんて無理だ。相手が憎くて言うのではなく、自分の想いを表に出すという作業は私にとっては必要なのだ。
ただ、ここで気をつけなきゃいけないのは、相手に要求してはいけないということ。あくまでもそのときの自分の想いをありのままに外に出すだけ。
幾度となくそれで失敗している自分だからこそそう思うところではある。


晩ごはんは、ちらし寿司、しいたけのお吸い物、アジの干物、肉じゃが。
ここ最近の儀式みたいなゴハンの時間に、今日は色が添えられたみたいだった。食卓の上での会話ってやっぱり大事。ゴハンを囲む、それだけでココロってほぐれてるはずだもの。

それにしてもこんな自分みたいなワガママ子のことを受けいれてくれる人なんて、王子くらいしかいない。明日も美味しいゴハンを作ろう。

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2012年6月14日 (木)

靴ずれ

フラメンコへ。小銭ためてやっとこさ買ったオニューの靴デビューだ。フラメンコ習い始めて実は結構長かったりするけど、これで2足目。なんてったってフラメンコの靴は高価なのでそう簡単に買えやしない。今まで履いていた靴も王子に修理してもらいながらだましだまし履き続けてきた。しまいには、王子の古い財布の皮を靴底にしてたくらいだ。そんな思い出のいっぱい詰まった靴とも今日でお別れ。名残惜しいけど、また新たな何かが始まるのだ、積み重ねていこう。

が、しかし、オニューの靴って痛いのよね。靴ずれだらけで頑張って踊った。

今日も、とろい自分は仲間についていけなくて途中何度もぽか~んとしてしまった。

ひとりだけ違う踊りをしていたら、いつもはじっこで踊っている私を師匠がセンターに持っていった。センターかよ、とびびっていたら両隣がスペシャルにうまい人たちで、私がいつでもチラ見できるようにとの師匠なりの配慮であった。さすが師匠。

今日も基本姿勢、重心のかけかたをじゅうぶんに教えていただき、そのあと踊りにのぞんだ。この基礎練習のおかげで、今までのお遊戯だった自分の踊りが少しずつフラメンコに近づいていってるような気がする。基礎って大事なんだな。
ラジオ体操も本気で毎日やったら、体が柔らかくなったり速く走れるようになったり、ものすごく健康になちゃったりするんじゃないんだろうか。たぶんそういうことと一緒だ。

でもさすがにぽか~んが多かった今日のレッスン、なんとか無事終えたけれど、そのあとしばらくして師匠から1通のメールが届いた。「なんだかすごく不安な顔して踊っていたけれど大丈夫?」という内容。
おそらく、師匠はなにかいつもと違う私のある部分に気づいてメールをくださったのだと思うけど、とくに変わったこともないというのが正直なところ。たぶん、覚えることが多すぎて頭がパンク寸前だったから。それが顔に出ただけのこと。
なんでも人より時間がかかる自分だし、そういう中身の気持ちがぜんぶ表に出てしまうというのも自分の損なところなのだ。

それにしても、そんな温かなメールをいただいて、もうそれだけで嬉しくて飛び上がりそうだった。だってあの師匠からの直々のメールだもん。
でも全然落ち込んでいないし、ケロリとしている自分だったので、かえって申しわけないくらいだったけど、いちお「大丈夫です!ありがとうございます!」みたいな返事をハートをいっぱい付けてお送りした。しばらくすると今度は師匠から「がんばってね」とニコちゃんマークがいっぱい付いたメールが来た。んも~、師匠のこういうとこ好きやねん。



ここのところ、王子が忙しいというのもあるけれど、会話する時間もほとんどなくて、ゴハンも黙って食べるし、「おはよう」と「おやすみ」しかないし、さすがにちょっと淋しいのがたまっていたみたいで、晩ごはん作りながらおいおい泣いてしまった。我ながらアホだ。
彼の大変さが分かっているから、こちらも何も言えない、、、でも淋しい、、、。そんな行き場のない気持ちがたまっていたみたい。

そしてこの淋しいというのが自分の場合クセもので、そう簡単に紛らわすことなんかできないし、その正体もなんとなく分かっていて、だけどどうしてもそこに行き着いちゃうみたいな、、。ほんとめんどくさい。

今夜は、ハンバーグとポテトサラダと切り干し大根の煮たのとごはんと味噌汁。
自分の作ったゴハンを食べてくれる人がいる。もうそれだけでじゅうぶん幸せなことなんだろうね。






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2012年6月13日 (水)

恋する一日

おかしな夢を見た。
広いお花畑で亀梨くんにおんぶしてもらってる夢。これって夢かしら?!って思いながらもその夢の中にひたすら浸ってる変な自分。
手をつないでそのお花畑を散歩したりもした。そのスリムな手の感触が、いつまでも右手に残ってたり、、、。
人は夢の中でもきゅんとするものなのね、、、。そして久しぶりに恋したときのあの等身大の自分が見えないようにとちょっと背伸びしてみる感じ、、、というのを味わった気がした。

しかしながら、なぜ亀梨くんなのだ。だいたいああいう細身のイケメン系はもともとタイプじゃないのよ。もっぱらポヨポヨマッチョが好きな私が。
でもまあ夢ではあったけど、そんな経験ができてよかった。なにより、あの胸がきゅんきゅんする感じというのを久々に味わわせてもらい、すごく得した気分だ。ときめくってこういうことだったのね、って忘れかけた何かを思いおこさせてくれたみたいで。
相変わらずバカな俺様、、、。


さて今日は朝一番からお弁当の注文をいただいていたので、王子を送り出してから急いでキッチンへ。
お弁当って毎回緊張する。食べてくれる相手の顔が見えないので、そのよろこんでくれる顔を想像しながら作るしかないので。でも見えないぶん、こちらの想像だけがどんどん膨らむというのもあるので、たぶん作っているときの自分に顔といったら、ニヤニヤしてるとは思うんだけどね。お弁当を作る醍醐味はここにあるな。
時間ぎりぎりで作り終えてお客さまお渡しできた。

そのあとは、お料理教室。
誰かと一緒にお料理するって、みんなのココロがどんどんほぐれていく感じがしてすごく楽しい。
料理本の中では学べないことをカラダとココロで吸収していく感じで。ライブ感は大事。
そして言葉だけでは伝えきれない微妙なニュアンスとかを、実際に見て感じる取ることができるのも、この時間ならではだと思う。

人と人がメールや電話の中だけでは気持ちが伝わらないのと一緒で、直接会ってしまうのが一番の近道というのと同じだ。
そういう生の時間をこれからも大事にしていきたいなと思った。なんてったってそこには人の温もりがあり、すぐそばにはココロがある。

そしてゴハンのあとのおしゃべりの時間では、最近変質者が増えているという話とか、近所の公園の遊具がひとつづつ撤去されている話(つまりそれはケガ人が出たということ)とか、学校問題とか、この時代ならではのリアルな話も聞けた。

いまや、「正しいもの」「基準のもの」という意識が薄らいできているのでは、と思った。
責任の擦り合いで自分を正当化することしか考えていない人間ばかりだ。それは、自分がない人たちが増えてきているということだ。
悲しい世の中になってきたな~。その中で大人ができることといえば、子供たちを守ることしかできない。そして大人である自分自身がしっかりすること、ここがすべての基本だ。

そんな話もしながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。ランチョンマットを敷いてくださったり、まさにここは甘味どころ?!というような美味しいデザートまでいただいちゃった。こういうおもてなしができるのも、ココロのお部屋の広い証拠。ゆとりがないとできないこと。温かい気持ちになってるんるんで帰ってきた。



晩ごはんは手羽先と玉ねぎだけのカレー。王子の大好物のジャガイモを入れ忘れたことに気づき、別でポテトサラダを山盛り作った。

テレビで川島なお美さんが、夫婦円満の秘訣というのを話していて感動した。
結婚して3年目くらいまでは「愛してる」って言葉が一番嬉しいものだけど、それ以降は、「ありがとう」「美味しいね」という言葉が最高の愛の言葉だと言っていた。
素敵すぎる!そして納得。
ただのワインの人かと思ったけれど、実はすごい人だったんだな。ファンになりそうだ。

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2012年6月12日 (火)

雨上がり

梅雨空の一日。外に出るのがおっくうで、仕入れに行く以外は家の中で過ごす。

この時期には、私の引きこもり癖もますますエスカレートする。外に出ること、人と触れ合うこと、嫌いじゃないけど、どちらかといえばひとりで篭るほうを選ぶと思う。
ひとりココロの小部屋に閉じこもり、その中で無限に世界を広げていくこと、昔から大好き。オタクだ。
子供の頃、両親が忙しくてひとりでいることが多かった私にとっては、それが淋しさを埋める唯一の方法だったのだ。だから癖みたいなものだし、自分だけの秘密基地があるみたいでここに来ると安心するのだ。


お昼には赤ちゃんを抱いたママたちが来てくれて、自分の赤ちゃん欲も満たし、そして癒される。子供ができる前から通ってくれているお客さんが、いまや母になっている!そのことだけですごいドラマを見させてもらっている気さえ。彼女ももうすっかり母の顔になってるし。なんかすごいなぁ。
そんな彼女たちの人生のワンシーンに寄り添えるこの店、ありがたいことだ。頑張って美味しいゴハンを作っちゃうぞ。

そして今日は、「電話がつながらないんです・・・」と言いながらふたりのお客さんがわざわざ雨の中いらしてくださった。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも事情を説明し、新しい番号をお伝えした。こちらの事情で変わったにもかかわらず、おふたりともすんなり理解してくださった、、、いい人たちだなぁ。
そしてこの店が、どこかの誰かに必要とされていると思うと、身が引き締まる思い。これからもそういう必要としている人たちだけのために、この店があればいいと思う。誰でもかれでも、なんでもかんでも という時代はもう終わった。それが自分の人生を大事にするということに繋がるのだと思う。時間は無限じゃないから。


夕方、めずらしく早い時間に王子が帰ってきた。嬉しくて飛び上がりながら、ふたりで手を繋いでビールを買いにいった。雨上がりのアスファルトの蒸れた匂いが懐かしかった。

ここのところ、仕事のプレッシャーなどでかなりお疲れ気味の王子ではあるが、こうして私の平凡な日常に付き合ってくれたりするんだから、ありがたいよな。ほんとは疲れて帰ってきてそのまんま横になりたいところだと思うんだけど、、、。相手がこんな私だからなぁ。
本人もたまに、「いいことなのか、悪いことなのか、、、マジで疲れる相手だ。」と、私のことを言っているけど、それはたぶんいいことなんだと思うよ。

晩ごはんは、カニ玉、ピータン豆腐、ぼんじりのカリカリ焼きをサラダにのっけたの、それとご飯とワカメの味噌汁。ピータンがローソン100に普通に売っていてびっくらこきまくった。100均も進化したものね~。

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2012年6月11日 (月)

頑張るって・・・

「そういえば、あの人って元気にしてるかな~」とかって思い浮かんだ人というのは、かなりの確率で近々逢えたりする。テレパシー?!

今日のお昼のお客さんは、そういう人たちばかりであった、、なんとも不思議。
これも、ゴハンが繋いでくれているものだと思うと一日一日の仕事を大事にしようと思うし、ひとつひとつココロを込めて作ろうと思う。お皿の上にはこの自分がぜんぶ出る。

みなが元気そうでよかった。そしてここが、ただのゴハン屋じゃなくてよかった。
その人のココロに寄り添えるような空間でありたいし、その人の日常のかけらをそっと支えてあげられるようなそんな場所でありたい、というのがゴハンを作る以前に自分が大事にしてることだから。
今日も明日も頑張ろう。


そういえば、頑張ろうっていう気持ちって、自然に湧いてくるものなんだと、今さらながら気づいたよ。
昔は、“頑張らなきゃいけないから頑張る”とか “ここは頑張りどころだから頑張っておくべき”とか “周りがみんな頑張ってるからオレも頑張る” みたいなのが自分の中にもあったと思うのだけど、今は違う。

頑張ることは“自分で決める”ということなんだな。なんてったって、人一倍頑張ることとか努力することとかすごく苦手だったこの私がだ。いまや頑張ろうとか言ってる。
これってたぶん自分自身と“何か約束をした”ということなのだと思う。

そしてもうひとつ思うことは、何か肩の荷をおろしたときにそういう気持ちって勝手に湧いてくるものだということだ。極端にいえば、頑張ることを捨てたときに、本物の気持ちが顔を出してくる、、、みたいな。

だから今の私の「頑張ろう」は、実はとっても緩かったりする。
でもこの気持ちには、自分自身との約束事という意味もあるし、もれなく責任というおまけもついてくる。そういうことだと思う。

これもすべて自分自身のためだと思うと、逆に頑張らなくてもいいことにわざわざ無駄なエネルギーを費やすことはしなくなるんだよね。



ここのところかなり忙しそうにしている王子。
今日も帰ってきてゴハンを食べて、また仕事という感じ。
だから晩ごはんも、ささっと食べられる野菜たっぷりのチャーハンとお味噌汁。
朝から5つくらいしか会話してない。おはよう、行ってらっしゃい、おかえり、ごちそうさま、、、あ4つだ。

こういうとき思うのは、女はひたすら美味しいゴハンを作るしかない、、、ということだ。愛するひとのために女ができることって結局これしかない。

うぅ、でも淋しいぞ。

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2012年6月10日 (日)

のんびり日曜日

朝から、ここ最近いちばんのおてんとうさま。お出かけ日和だ~!とばかりに、早起きしてやるべきことを片っ端から片付けていく。太陽が待ってるぜ~と思うと家事をやるのも仕込みするのも楽しくなってくる。

ただ、肝心の王子とタクミといえば、ちっとも起きてこない。こんなにギンギンのおてんとうさまだというのに。

なので、ひとり仕入れに出かけたりして、やるべきことをじゃんじゃんやる。

仕入れから戻ってきてようやくふたりが起きてきて朝ごはん。もうほとんど昼ごはんという時間であったが。

食べ終えて 「ねぇねぇ、せっかくのおてんとうさまだから、どこか行こうよ!」と言うと、「俺、仕事しなきゃならない」と王子。なんだよぉ、だったら前もって言ってくれ~って感じ。

あまりにも素っ気なく言うので、くやしいともなんとも思わなかったよ、、、「あそっか」って、素直に呑みこむしかない感じ。

タクミとテレビを観たりしてのんびり過ごす日曜日っていうのも悪くないし。だけどお日様はどんどん傾いていく~とか思うとなんとなくソワソワもする。
タクミはそういう私の気持ちを全部感じ取るから、なんだかいつもより静か。プロレス技をしかけてくることもないし、腹減った、腹減ったと大騒ぎすることもなかった。奴のほうが一枚うわて。


夕方、王子が一段落したと言うので、ようやくみんなで夕食の買い物に出る。やっと日曜日が始まる感じ。
食卓の楽しみって、やっぱり譲れない。どんなに忙しい日でも、どんなに退屈な日でも、食卓の上ではすべてが解決してくれる。この場所があって今日の意味が生まれる!って感じ。
そう思うと、食卓を囲むって、なんと素晴らしい文化なのだろうと思う。ゴハンをみんなで食べるって尊い。

新鮮なぴかぴかの黒鯛とか、シェル付きのホタテとか、ステーキの肉とか、いろいろ買ってバーベキューすることに。
王子が火を起こし、私が食材の下ごしらえ。タクミは黒鯛の硬いうろこを丁寧に取ってくれた。

日曜日くらいはのんびりしたいし、後片付けもしたくないな、、とか思うこともあるのだけど、美味しいものを食べるためには、やっぱり自分たちで作っちゃうのが一番!って思う。
王子もタクミも一口頬張るたびに、「う、うまいっ!」とうなりまくっていた。炭火のパワーを再確認。外カリ、中フワは、炭火ならではだ。

私のほうはというと、今日は朝からなんとなく王子との会話がぎくしゃくしていて憂鬱な気持ちでいたけど、そんなのも一気に吹っ飛んでしまった。「美味しいね」と言い合える幸せ以上のものなんてないんだな。

後片付けもみんなで分担してやったので、楽チンだった。王子はバーベキューの魅力にあらたに目覚め、また近々やろうと言っていた。週末、しばらく続きそうな予感。
タクミも王子とふざけっこしながらずーっと笑っていたのでよかった。ふたりを見ていると、一体どっちが子供だ?!というくらい無邪気にじゃれあっていておもしろい。友達どうしのような兄弟のようなふたり。


食べ終わってテレビを見ていたら、デヴィ夫人が体を張ってバラエティー番組のおもしろい企画にチャレンジしているのをやっていて、ますます彼女のファンになってしまった。
ほんとはすごい人なのに、庶民のレベルまで下りてきてくれる彼女の潔さ、そしてその寛容さ、かっこよすぎ!
人への接し方も、言葉の操り方もさすがという感じで、美人だし頭もいいしスタイルもいいし、ほれぼれした。


しばらくしてタクミも帰っていった。また1週間始まるというこの感じ、、、ワクワクというよりも切ない気持ちのほうが先にくる。日曜の夜はそんなもの。

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2012年6月 9日 (土)

いろいろ土曜日

一日どんより。蒸れた土の匂いと湿った緑の青い匂い、、、梅雨だ。実家の庭を思い出すな~。
匂いの記憶をたどれば、あっという間に子供の自分に戻れたりするから不思議。
雨音聴きながらタイムスリップできるのもこの季節ならではだ。


しかしながら、雨音聴いてる場合じゃないくらい、朝から予定がいろいろの日。

ランチの仕事を終えて、吹上でやってるルピシアの紅茶イベントに行く。
最終時間ぎりぎりに行ったにもかかわらず、ものすごい人。会場内で何度も王子とはぐれてしまったよ。
紅茶のことはあまりよく分からないけど、ルピシアの紅茶って、伝統的な紅茶の味を生かしながらも、より現代風なアレンジをきかせるっていうところが面白い。紅茶の可能性をどんどん広げて身近にしてくれている感じとかが。
でもたまに、こりゃいただけない、、、というくらいひねりすぎたものもあるけれど、それも洒落っぽくておもしろい。
茶葉の中に、目で楽しめるフルーツの実やコンペイトウみたいなものが入っていたりするという演出もにくい。
紅茶のある生活、すなわち、香りのある生活の提案みたいなコンセプトも好きだし。

かなりの数の紅茶を試飲したのでお腹がちゃぽちゃぽに。でもワインの試飲会みたいに酔っ払うことはないので全然余裕。
会場内のフード関係のものが値段のわりにはかなりショボすぎて王子が「これ点数つけるとしたら1点だ」と言っていたのがおかしかった。
そもそもここは食いしん坊さんが来る場所ではないのだ。昼下がりにティーカップを傾けるお上品な方々が集まる場所。食べ物の匂いぷんぷんさせてたら紅茶の香りが台無しになってしまうもの。だからショボイのだという結論に。

そして30分も経たないうちに会場を出た。
それにしてもお茶をいただくという優雅でお上品な雰囲気からは想像もつかないくらい、会場内の人たちはみなガツガツしていて日本人の嫌なところを見てしまった、という感じであった。


そのあと王子のお仕事仲間である山下家に向う。王子がご主人と仕事の打ち合わせをしている間、私は奥様とおしゃべり。

彼女が、勉強嫌いな娘さんのために、娘以上にまず自分自身が勉強し知識を詰め込むという熱心ぶりには驚かされた。
なんでも一生懸命な彼女、家事も超カンペキにこなすし、娘さんたちの教育にも熱心だし、旦那さんの面倒もよく見るし、畑では素晴らしい野菜たちを作りまくるしで、なんだか圧倒されっぱなしであった。私の10倍くらいは家族のため家庭のために動いている。すごいなぁ。


奥様から立派な春大根と玉ねぎを山盛りいただきニコニコで帰る。

時計をみたら8時。どおりで腹が減るわけだ。
前田屋のらーめんをすすって帰ってくる。閉店間際のスープでたいぶ煮詰まっていたけど、ここの味は近所のらーめん屋の中でも唯一ほっとする味だ。


最終ぎりぎりの電車でタクミがやってきて、なんとなく疲れも吹っ飛ぶ。子供の力はすごいな。
こんなに夜遅くたってテンションマックスなタクミ。なぜかそれにちょっと癒されたことだよ。

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2012年6月 8日 (金)

梅雨入り

朝から気持ちが勝手に寂しい場所を探してる・・・。誰かに逢いたいわけでもなく、なにかを求めているわけでもなく、自然に気持ちがそっちに傾くいていくという感じ。

だからといって、じっとしているわけにもいかないので、バリバリと仕入れ仕込みをこなす。


お昼にはヨガの女王さまコンビ(?!)りえちゃんとゆうこりんが来てくれた。
ふたりとも女王なのに、まるで子供のようにピュアなココロの持ち主。おかげで自分の粗が見えまくり。ヨガの世界に生きる人ってほんとすごい。

生きるための軸ができているという感じ、だからブレない。ブレたとしてもその調整の方法を知っている人たちだ。
何気ないおしゃべりの中にも、そういうヒントが満載で耳はダンボのままだった。

そもそも私が最近ヨガの世界に興味を持ち始めたのは、ヨガの考え方とかヨガ自体のすばらしさでもない。ヨガをしている人たちってみんなキラキラ輝いていて、考え方も生き方もすごく前向きで、、、、そういう彼女たちみたいな人たちを見て、心惹かれたからである。

たとえば、自分の中に生まれる悩み事があるとしたら、そのルーツを探って対処していく方法もあるけれど、それを自分の身体の中で起きているひとつの出来事として向かい合っていく方法もありなんだなと、このふたりを見ていてそう思った。
それって最終的には、身体は全部答えを知ってるってことか?!うむむ、ヨガっておもしろそう。

たくさんおしゃべりしたけど足りないくらい。
女王さまたちがお帰りになって、なんだかココロがぽかんとしてしまった。
一緒に居るだけで、何かをくれる人っているんだな。

ふたりがいなくなっちゃって超さびしい~~、立ち直れな~いとか言いながらいじいじしてる自分だから、ふにゃふにゃの軸なし人間だのだな。学ばねば。




ふにゃふにゃのまんま、王子の帰りを待つ。今日は飲み会とのこと、遅くなるんだろうな。
こんなときはひとりで酒でも飲んでやる~と言いたいところだが、お迎えコールがありそうなので我慢。
ごはんもひとりで食べたけど美味しくないし、ひとりで観るテレビはちっともおもしろくない。


そういえば、朝から不安定だったこの気持ち、もしかしたら梅雨入りのせい?!
なんか全部つながってるんだな。






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2012年6月 7日 (木)

夜の映画館

ものすごく眠くて朝なかなか布団から出られない。ここのところ王子にすすめられて飲んでいるサプリメントのせいだ。体がニュートラルに戻る(?!)というサプリらしいが、とにかく眠くて眠くて立ったまんま寝そうな勢いでこわい。

でも頑張ってシャキっと起きて王子のお弁当を作りと朝ごはんのしたく、掃除、洗濯。主婦業に休みはない。
そしてそのあと「いっそのこと今日はフラメンコさぼっちゃおうかな~」という気持ちでいっぱいになりながらもしぶしぶレッスンへむかう。


すごーく後ろ向きな気持ちのままに行ったはずなのに、いざレッスンが始まると一瞬にして空気の色が変わって、みんなの目の輝きがぴかっとなるから不思議。師匠のパワーってすごいな。

相変わらずぜんぜん振り付けが覚えられなくて横にいたのりちゃんの踊りを真似っこしてたら、肝心ののりちゃんが間違えて、そうなると二人して同じところで間違えるので、師匠に私のチラ見がバレてしまった。
師匠 「みんな、自分を信じて踊って~!」
私  「自分が信じられませーん・・・」
みょうな会話になってしまった。もっと集中しよう。

今日もほどよく太ももが痛い。たぶんこのままマジメに頑張ったら太ももは競輪選手なみになりそうないきおい、、、、というくらいフラメンコってハード。あの優雅でしなやかな動きからは想像もできないくらい全身の筋肉を使う。

こういうことが昔は分からなかった。ただなんとなく踊れればよかったのだけど、年数を重ねるたびに基本に返っていっている気がする。
体のポーズひとつとっても、ものすごくエネルギーがこめられていたり、全身に意識がいっていなければそのポーズにはニセモノになってしまうことだったり。そういうのを一瞬見ただけで分かってしまう師匠、すごすぎる。
基本に返るってことは、本物に近づくっていう作業なのかも。まだまだ道のりは遠いが。

今日は「背中が休んでいるよ~」と何度も注意された。背中に意識って、、、、。すごくむづかしい、、、。


疲れていると、思わず横になって休んでしまいそうなものの、逆に思い切って体を動かしてみると、もともとあった疲れって軽くなるんだな、って思った。疲れって感情の淀みなのかも。だとしたらほぐして動かしてあげることって大事だな。
サボらなくてよかった。



なんとなく1週間の疲れがたまってくるのが木曜日。週末まであとちょっとというところが踏ん張りどころなんだけど。
なので晩ごはんをちゃちゃっと食べて映画に行く。エネルギー補充。
デップとバートンの“ダーク&シャドウ”を観た。
前半部分はつまらなくて何度も寝てしまいそうになったが、後半はバートンの世界が散りばめられていて最高だった。

白ぬりデップはなぜいつもあんなセクシーなの?相変わらずブラックなダジャレ満載のバートン節には圧巻。ブラックなんだけど彼の作品には家族愛とかがベースになっていることも多くて、そこも好き。エロ描写、グロ描写満載なところももちろん好き。
バートンの作品を観ると、作品の内容の感想というよりも、彼がこの映画に仕掛けた罠みたいなものをいつも感じてそこがおもしろい。最後まで観てようやくパズルのピースがそろうみたいなそんな感覚だ。

脳ミソが柔らかくなって帰ってきて、ワインでも開けたい気分であったが王子は再び仕事。
すごーく迷ったんだけど、“さっさと寝る!”この選択がたぶん今の自分には正しいような気がしたのでそうすることに。自分の体の声を聴けるようになっただけワシも成長したもんだ。

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2012年6月 6日 (水)

ナンチャッテだけど

昨日は凹みっぱなしだったけど、
朝から「久しぶりにメロちゃんのゴハンが食べたくなった!」というような電話をもらい元気100倍に。単純明快、、、。

ゴハンが何かを繋いでくれてることを実感、そして、頑張ろうという気持ちがまっすぐに生まれてくる。生きてれば辛いこともあるけど、喜びはその倍になって返ってくるから、なんだかんだいったって、今をありのままに生きるしかないじゃん、というのを教えられたみたいだった。


お昼に料理人あんちゃんが来店。あんちゃんに自分の作った料理を食べてもらうのは3回目くらいだが、いつも身が引き締まる思い。
しかし3回目ともなると自分の料理の傾向とか(つまりそれは私の人間性につながるもの)なんとなくそれは伝わっているわけで、もうありのままにしかなりゃしない、って開き直ってる自分もいたりする。料理って全部出るし。

今日も料理の話で盛り上がる。鉄人である彼の言葉の意味がわかる自分って、、、、かなり成長したかも?!。同じ目線でそういう話ができるって幸せ。
何気なく話す彼の言葉の端々に、“これぞプロ”と思える要素がいっぱい詰まっていて、それを盗みまくってやった。

いつも感じることであるが、彼の素晴らしいところはいかなるときも“生涯修行の身である”、というスタンスでいるということ。そもそも人は人生を重ねるたびに目線も上のほうになってくると思うのだが彼は違う、いつも自分をまず下に置く。
私が、「そんなんでカチンとくることはないの?」と聞くと 「あ、そっか」とそのとき思って視野が広がるそうだ。どんだけココロが広い人なのだろう。これぞ本物のプロだ!と思った。

そういう“すごい”と言われる人に自分のゴハンを食べてもらえることは光栄であるし、なんといっても自分のレベルがちょっとだけ上がる感じがしてやった!って思う。がんばろう。

そうはいっても、そんな鉄人あんちゃんとナンチャッテな自分にも共通点というものもあるわけで。
「今日の風は水色だね」 という会話をしても普通に通じる人、、、といえばなんとなく想像つくのではないかな。(???)
自分の周りにはそういう人たちがたくさんいて、今日もあらためてその幸せを噛みしめた。

ルールとか枠とか、そういうものをすべて超えたところに本当の喜びとか幸せってあるんだよ、というのを知ってる人たちなのだ。


夕方王子からの電話でまっちゃんが入院したとの知らせを受ける。体の中で菌が暴れて感染症をおこしたとのこと。なんと1ヶ月、ベットの上での点滴生活らしい。なんだかもうそれだけで違う病気にかかってしまいそうで心配だ、、、。
会社帰りにお見舞いに寄ったら、思いのほか顔色もよく元気だったそう。ひと安心。
王子の大事な友達だ。早く元気になることを祈るのみ。ホルモンツアーもリベンジしなきゃだ。


晩ごはんはスーパーで特売だった極上の鮎を塩焼きにした。それと、小松菜のおひたし、冷奴、じゃがいもと玉ねぎの味噌汁、ごはん。
地味なものをしみじみ食べるというこの ザ・日本の食卓!な感じ、こういうものは体にストレスがかからなくていい。
もうなんでもかんでもストレスフリーでいたい年頃。

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2012年6月 5日 (火)

凹み

実家の父ちゃんからの電話。自分がいちばん言われたくないことを言われ(愛情あってのことだと分かっていても)普通に落ち込んでる私って。
子供の頃に味わった感覚と同じものが、まだ自分の中にあることに驚いたけど。

自分まるごと否定されちゃったようなあのなんともいえない絶望的な気持ち、、、あかの他人に言われてもなんとも思わないけれど、自分の親ともなると痛いくらいに近くで感じる。これが親子というもの。

幼いころに味わったものって、ココロに刻印されちゃってる。そう簡単には消すことなんてできないもの。
だから今でも、なにかのきっかけで、ふとその感情が湧いてきて苦しくもなるし、苦しいながらもあたかもその気持ちを懐かしむように味わってる自分がいたり。


めちゃくちゃだった子供のころ、、、もうどうにもならないと思ったときの行き場のないその気持ちをどうしたらいいのか、毎日喚いて足掻いて悩んでた。そんな時代が今も自分の中を支配しているんだなって思った。
でも、それが軸になって今の自分を支えていると思うし、苦しみの中でも小さな希望を見つける方法だけは幼い頃から身につけてきたつもり。


そんなことばかり考えていたら、バカみたいに凹んで落ち込んで、気持ちずれっぱなしの今日一日。

我ながらこの歳になってもこんなことで悩むなんて、、、、とか思うけど、仕方ない。これが自分。
きっと親子のカタチって永遠なんだな。たぶんそれが絆なんだろうな。


なんだかんだいっても、自分はまだ親離れできていなんだろうし。幼い頃に本当に欲しかった愛情をもらうことができなかったことを今でも悔いているくらいだもの。
あのときどうして素直に「寂しい」と言えなかったのだろうって。

そして結局、今の自分の帰ることのできる場所といえば、両親のいるところしかないんだもの。人生いろいろやって、また振り出しに戻るみたいな、、、。我ながら情けない、、、。
親孝行しなきゃ。


なんだか立ち直れないまま、今日はたくさん転んだし、たくさん物を落としたし、お水のコップもいっぱいひっくり返した。
ココロがいつもと違う場所にあるみたいだった。






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2012年6月 4日 (月)

部活しよう!

ここ最近、ランチでよく登場する塩麹のハンバーグ、作るたびに美味しくなってる感あり。そもそも素材ひとつひとつの旨みを引き出してくれるというのが塩麹の役目だ。
今流行りの塩麹であるが、何でも入れればいいってもんじゃなくて、意味があって加える、という意識が大切。

テレビのCMで、ボタンひとつでありとあらゆる料理を作っていまうという超ハイテクな電子レンジの宣伝をやっていたが、あれはロボットが作った料理では?!と思うのは私だけかな。
素材の水分を抜く方法、旨みを引き出す方法、香ばしく仕上げたり、しっとりと仕上げたり、、、料理はまさに素材と、作る人間とのにらめっこだと思うのだけど。めんどうだけど、この手間こそが愛情につながるんじゃないかな。
世の中どんどん便利な方向にいくのはいいけど、そのへん微妙だと思うな。ベースである愛情というのが薄まらないように、、、大切なものを見失わないように気を引き締めていこう。
料理だけにかぎったことじゃなく。



夕方りえちゃんと密会。
なんと本日、“メロディ♪ヨガ部”が発足いたしました!
と言っても部員はまだ2人だけど、、、。私とりえちゃんだけだけど、、、。

彼女も私も真は“ココロ”という分野で精通していて、この部活を立ち上げるにあたっての想いというのも共通している。それを“ヨガ”を通して部員一同でシェアしていきたい、というのが一番の想い。

とはいえ、ヨガのことはまったく分からない私。でも、もともと興味のあった世界なので、いろいろ知りたい!というのが正直なところ。部活ってノリも気楽でいいし!
お気に入りのジャージ着て参加しようと思っているよ。活動日は未定なので決まったらお知らせしますね。
ただいま部員募集中!

それにしても相変わらず、ヨガに生きてるりえちゃんは、いろんな意味ですごすぎる!とか思った。
そんな彼女のくせに、オーラを消してどこにでも馴染んじゃうし、バカな話もするし、なんといっても気楽だし。そういうのを作ってない、ってとこがまた魅力的。

そんなりえちゃんと私、いつもどこかの世界を共有していて、会うとまるでそこの住人どうしの会話みたいになるのが楽しい。


そしてやっぱり今日も思ったのは、ヨガやってる人って、生きるのことに怠けてないな~って。
ヨガってただ身体をほぐしたり、ポーズをとったりするものかと思ったけどそれだけじゃなくって、自分の身体を知ることだったり、自分という人間と仲良くなる方法なんだと思った。
まじめにやったら、自分って人間がどんどん好きになるかも~。そもそも生きるって、そういうことなのかも~。
なんだかおもしろそう、というのが私の感想。

さっそく部員募集のポスターを作らなくては。


なんでもそうだけど、ある世界を極めた人(極めて続けている人)っていうのは、あるところまでいくと、自分以外の人たちとその想いを分かち合う、というところに行き着くんだなと思った。それが愛というものだし、人類なんだなって思った。



仕事で遅くに帰ってきた王子に、きざんだ野菜をたっぷり入れたつゆを作って、そうめんを山盛りゆがいた。寝しなに炭水化物、、、。カラダには悪そうだが腹が減っているので仕方ない。そのあとさらに私はワインのボトルを開け、、、カラダに悪そうなことをしまくって寝ちゃうんだもん。

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2012年6月 3日 (日)

眠くなるお年頃

日曜日の朝寝坊。ソファの上で気づく。
夕べ疲れてそのまま寝てしまったらしい。腰を痛めている王子は、いつもだったら布団へ運んでくれるのだけど、さすがに夕べは無理だったみたい。
そんなこと言ってる自分も、小さなソファの上で丸くなって寝ていたせいで今日は一日体じゅうが痛かった。自業自得、、、。


お昼に前々からのタクミのリクエストにこたえるべく、お寿司屋さんへ。しかしながら、お昼から営業してるお寿司屋さんってなかなかないのよね。
そこで、“回転寿司屋だけどくるくるしていない” というお店を探して向かうことに。

そのうわさのとおり回転寿司屋なのに寿司は回っておらず、その都度大将に注文して握ってもらうというカウンター寿司と同じシステム。ネタも、のどぐろ、太刀魚、カワハギなど、珍しいもののオンパレードで食いしん坊さんの心をくすぐるものばかり。
調子に乗っていろいろ頼んでいたら、結局いつも行くカウンターの寿司屋とさほど変わらないお会計に、、、、。
回転をなめてはいけないな。


帰りに以前からずっと気になっていたスパイス屋さんに寄る。
店構えからして、その場所だけくり抜かれたみたに異国の雰囲気が漂っていて、聴いたこともない民族音楽が流れていて、気にはなっていたけれどそのチャンスをうかがっていた、、、。ちょっと入るのには勇気がいる感じなのだ。しかも「ナマステ~」とかって、いきなりこられたらどーしよーなどと無駄な心配してたりして、、、。

思い切って扉を開けて入ると 「いらっしゃいませ~」、日本人の女性がカウンターに、、、ふぅ。
しかし、売っているものは見たことないようなスパイスばかり。カレーパウダーも何種類もあるし、日本語書いてないし読めないし、そしたらカウンターの女性が旦那さんを呼んできてくださって、彫りの深い濃い顔の方が2階から降りてきて、いろいろ丁寧に教えてくださった、、、しかも日本語で。感激。

ご主人はパキスタンの方らしい。カレーのことやら、スパイスの使い方やら、いろいろ教わった。パキスタン人でもインド人でもない私が、意外にもスパイスの知識を持っていたことにご主人は驚かれていて、話がみょうに合って意気投合した感あり。“食”の話は、国境を越えるのね~。思わずたくさん買ってしまったよ。



夕方、今日は早めに帰るというタクミにオムライスを作ってあげた。
小さい頃、食の細かった奴が、唯一ぺろりと完食できたのがオムライス。
奴とけんかして、ごめんねの代わりに作ってやったのがオムライス。
オムライスには思い出がいっぱい詰まってる。
食べっぷりもすいぶん大人になっていて、なんだか胸きゅんだったけど、今もこうして自分のごはんを食べてくれるというのは、母親としてなによりも嬉しいこと。ゴハンはすべてを繋いでくれるんだな。


タクミが帰ったあと、王子とワインを開けてお菓子をボリボリしていたらいつの間にか寝てしまい、今目が覚めてこの日記を書いている。
お酒を飲むとたちまち眠たくなる、、、、ここ最近の傾向である。
この歳になると、ちょっとお酒が入るだけで、体じゅうのいろんなネジが緩くなるのがてきめん。もうそやって自分の体の指示に素直に従う年頃なのだろうな。

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2012年6月 2日 (土)

すがすがしい

朝から予定がいっぱい。それをひとつづつ片付けていくのはすごく気持ちがいい。
王子は「一日の中に、いろいろできるのは楽しい」と言っていたが、まさにそうかも。週末ってなんとなくぼ~っとしたまま時間だけどんどん過ぎていっちゃう感じだから。同じ時間過ごすのも、やることがたくさんあるということはなんか得した気分。


その予定のひとつ、フジワラさんに会いに行くというのがあった。

フジワラさんは、先日のハワイ島旅行直前に日本でいろいろお世話してくださった方だ。
ハワイ島の土産話をてんこ盛り聞いてもらい、フジワラさんのアメリカンジョークにおおいに笑わせてもらい、すがすがしい気持ちで帰ってきた。
王子が彼の人間性に惹かれるのも、すごくわかるような気がする。裏表がないし、駆け引きもない。なんといっても、彼と話すときの王子って、すごく生き生きしてるんだもの。
フジワラさんの細かな心づかい、でも彼は決してそれを表に出していなくて、ちょっとした言葉の端々とかに感じるとき、彼の繊細な優しさを感じる。なんとも憎いやり方だ。
でもそこが、王子と私が彼のファンになる理由。

大切な人に会いに行くということ、生きてく上でもかなり上位に大事なこと。今日もフジワラさんのワッハッハッハという豪快な笑い声にココロのしがらみ(?!)も一気に吹っ飛び、とてもすっきりした気持ちで帰ってきた。



夜はななちゃんファミリーと純ちゃんファミリーが来てくれておおいに盛り上がった。お客さんどうしがこうしていつのまにか仲良くなって一緒に食卓を囲んでいる風景ってすごく嬉しい。友達の友達はみーんな友達、、、みたいで。きっとみんなどこかで繋がってるんだな。一緒にお酒を酌み交わせばみんな友達だ!ほんとにそう思う。そしてこれからもそういうお店にしていきたい。

子供たちのまっすぐな可愛さに今日も癒され元気を充電した。


充電していたら、ピンポーンと新たなお客さんが。
王子のマルガリータのファンの方だ。
少しずつではあるが、うちもお店っぽくなってきてる。がんばろう。


誰かのココロに寄り添えるようなゴハンを作っていきたいし、疲れたココロをそっと癒せるような場所になっていったら嬉しいな。


今日はすごくマジメに仕事した。(いつもマジメにやってるけど)
心地よい疲れ。すがすがしいぞ。



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2012年6月 1日 (金)

自分を知る

心理カウンセラーになりたてのころ、とにかく身につけた知識や技術のもとに“こうしなきゃいけない”っていう枠の中にいた自分であったが、年月と経験を重ねるたびにその枠が無意味なものと思えるようになってきた。

知識や技術はあくまでもベース。その上に自分らしさを積み重ねていく。最近そんなふうに思う。
自分らしさというのは、常の自分を“知る”ということの探求。
自分をまず知らなければ、他人のココロを感じることなんてできない。

たぶんこれ、心理屋にかぎったことでないと思う。
すべては自分を知るところから始まるんじゃないかな。

そのためには、自分という人間を自分から分離させる作業 というのが基本姿勢になってくるわけで。この自分、まだまだ掘り下げていけるはず、、、と思っている。日々修行。



夜、王子とふたりで月一定例会。美味しいと評判のもつ鍋屋さんへ。

メニューはすべてコースになっていて、もつ鍋が登場するまでに、あまり意味のなさそうな小さな小鉢でサラダやブロッコリーのあんかけ?!が時間かせぎのように出てきたのだけど、ひとつひとつがものすごく塩辛くて一口でビール一杯いけそうな勢いであった。作戦?!

肝心のもつ鍋はというと、スープ美味!もつの臭みがまったくない!さすがな味。
もつ鍋は今まで自己流で作っていたので、かなりヒントをもらった感あり。
それにしても、やはりしょっぱい。シメのらーめんのときに、ほんとはスープもすすりたかったけどやめておいた。ほんとの“美味しい”っていうのは、食べ終わったあとの余韻も美味しいものでなくては、、、と最近思う。

その帰り、近くの食堂みたいなワインバーによってスプマンテやら白ワインを飲みながらピザをつまんだ。若いスタッフの子たちがみんな働き者で疲れていなくて、とてもすがすがしい気持ちに。お客さんのほとんどが、ワインをボトルで注文していた雰囲気もいいなぁと思った。
ワインって1、2杯軽く飲むのもいいんだけど、1本丸ごと開ける楽しみっていうのもまた格別なんだよね。味や香りが変化していく感じとか、コルクを抜いた瞬間に物語が始まるみたいで。会話もはずむ。
ワインのある風景、私は好き。今までワインにかぎらずすべてのお酒を飲みつけなかった王子も、今ではすっかりワインの虜だ。王子いわく、「じゅんに鍛えられた、、、」と。


ふたりでふらふらになって、電車に乗って帰ってきた。

駅を降りればカエルの大合唱が。まさにこのあたりの風物詩だ。
もうすぐ梅雨。

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