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2012年5月29日 (火)

テーマ

美容院に行く。ほとんど寝たまま終わったという感じだったけど。
カクンと垂れてしまう頭を何度もとに戻してもらったことやら、、、すわったまま前におじぎしてしまう背中を幾度立て直してもらったことやら、、、ほとんど夢の中にいたので、うっすらとしか覚えていないが終わったあとにお姉さんが「よく眠ってらしゃいましたね」と言うのでたぶんそういうことなのだろう。
自分よりもずっと年の若い子たちにしてもらうことって、この歳になると一個一個が重みをもって感じられる。一歩下がった位置から、ありがとうね、って深い気持ちが湧いてくる。

いつものお姉さんの優しくて丁寧な仕事に癒され、最後に絶対自分ではできないような髪型に編んでもらって(パーティー仕様)、るんるんで帰ってきた。

しかし残念なことに今日は特別出かける予定もなく、結局パーティーのまま昼寝しちゃった。
目が覚めたらパーティーがぐちゃぐちゃに、、、、あぁぁ。



ところで、
最近の私のテーマというのが、『今』 。
以前から意識していることではあったけれど、これがなかなかのクセもので。

ここからの話は、同じような体験をしたことのある人にしか通じないことかもしれないので、なんとなく伝わればいいなという感じで綴っておきます。


時どき、夢うつつの状態のときに体験する“生と死”の境い目の場所。そこにいると“生”と“死”が同じ分量で存在しているということを体で感じる。実は、現実世界においても、生と死とはそういうものなのだけど、人間は“生”の意識のほうでほとんど生きてるから、なかなかそういう感覚ってないもの。

その場所に行くと、ものすごく強い風が吹いていてその風に身を任せたらあっという間に死のほうに流されてしまうのもわかるし、いろんな人のいろんなささやきが聞こえてくるんだけど、そのとき自分の意思で生か死を選ばなくちゃいけない境地に立たされるから結構必死だったりする。


ここを経験するたびに思うのは、人間はあたりまえに生きていないってこと。みな、ちゃんと自分の意思を持って生きてるってことを実感するんだよね。
だとしたら、
“今”生きてるこの瞬間を一個ずつ積み重ねていくことってすごく大事なことだと、そのときココロの底から思ったりする。

自分の生き方の癖である、1秒先の未来が怖くて“今”という場所から逃げる というのにも気づかされるし。

ゆっくりじっくり“今”を味わえばいいのだな。何を焦るのだろう、、、何をそんなにいそぐのだろう、、、“今”があればそれでいいんだ というメッセージが降りてきたみたい。

自分はサイキックでもないし、いわゆる見える人間でもないが、この身で経験したことというのはなによりも自分の中に染みてくるもの。


今日久しぶりに部屋のすみっこにあるほこりかぶったオルガンを弾いてみたんだけど
鍵盤の上ってこんなに自由なものだったのだと今さらながら感じた。10代の私に教えてあげたいくらい。
今が降りてくると“自由”って生まれるんだ、すごいっ。



晩ごはんは、そばめし目玉焼きのっけ、焼き茄子おかか醤油、ポテトサラダ、みょうがとセロリのお汁。

喉の下にあったリンパの腫れがようやく治まってゴハンがいつもより美味しく感じる。なにがなんでもまず“体”!これももうひとつ最近の私の大事なテーマ。
どうせ生きるのなら、テーマを持って生きたいものだな。











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