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2012年5月

2012年5月31日 (木)

ココロとカラダ

やることあるのに体がついていかない。感情が時間のものさしに乗っからなくて朝からだらだら。やっとの思いでゴハンを作り、王子のお弁当を作り、洗濯をするも、空っぽな気持ちのままなのでひたすら流れ作業。
こんなときは踊るにかぎる!とフラメンコへ。


遅刻してぺこぺこしながらレッスンにのぞむも
体動かすってすごい!って思った。肉体と精神がぴったりとはまった感じだ。

師匠の愛の鞭をありがたく受けながら、怠けた体に喝を入れてゆく。ストレッチをしながら師匠が「体はいじめてあげて初めて筋肉がつくのよ!」と言っていたのがさすがだと思った。いじめるって、愛がなくてはできないことかも。自分の体を知り尽くしていないと、いじめるなんてできないよな。

肉体に喝をいれるのは、精神に喝を入れることと一緒だ、、、というのを、師匠を見ていると感じることが多い。一方の私といえば、甘やかしすぎだし、怠けすぎ、、、。踊りながら“ふにゃふにゃしてる” と言われることが多いけど、それって精神もそういうことなんだな、、、。悲しいけどみょうに納得しちゃう。

今日の収穫は、お尻を常に内側に入れるというフラメンコの基本姿勢。だけど、それだけでは上半身が後ろに倒れてしまうので、上はまっすぐ天にひっぱられるように美しく姿勢を保たせる。これがかなりシンドイ。
だけどこうすると、おのずと太ももの内側に力が入って、背中の筋肉にも意識がいく。自然にフラメンコの基本の体が出来上がるのだ、、、、これはすごい仕組み。

だけどこれ、そのとおりやるとそれなりのカタチにはなるのだけど、やっぱり常に体じゅうに意識を働かせていないと、“伝わらない”踊りになってしまうのだ。マニュアルだけではダメということ。
それってやっぱり内側からあふれてくるものなのだな、、たぶん。
踊るって大変なことなんだな。

数年前には気づかなかったことだし、3,4年やったらそれなりに踊れるかと思ったけど、とんでもなかった。奥が深すぎ~。知れば知るほどその深さに気づかされるという感じだ。気長に地道に頑張るっぺ。
今日も体じゅうが痛い、、、頑張った感あり。


レッスンのあとにランチに誘われたけど断っちゃった、、、、仕入れと仕込みあったし。
そういう意味では付き合いは悪いほうかも知れない、、、私って。でも本当に参加したいと思うときは参加してると思うし、、、。
っていうか、そもそもお友達とランチだなんて、あまりしたことないんだよね、、、昔から。だから、なんとなくくすぐったい。
夜の街のほうが好っきやねん、、、オイラ。(おっさん化現象?!)



夕方まゆちゃんと電話でしゃべっていたら、状況は違うけど彼女の今の心境に近いものを自分も以前経験したことがあって、みょうに共感してしまった。共感しても何もしてしてあげられないというのが現実。手を差し伸べてあげたくてもできないというのがもどかしいところ。
でもそういうもの。
いくら距離の近い友達であっても、結局何もしてあげられないんだよね。相手のココロを信じること、、、友達としてできるのは、これしかないんだよな。



晩ごはんは、王子リクエストの肉じゃが。王子と私の食べ物ネタの共通点、“肉じゃがの肉は豚肉” のもとに、あっさり味で仕上げる。それと、塩マーボー、小松菜のおひたし、ごはん。
肉じゃがの味付けがすごくドンピシャな感じで、王子が旨い旨いとおかわりしてた。どんぶりで肉じゃがをおかわりする人を初めて見たよ、、、。













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2012年5月30日 (水)

お料理教室

朝からすごくいい天気。家事もはかどるし、庭の草むしりも苦にならない。
おてんとう様のパワーってすごいな。


今日はお料理教室の日。初めての場所なので、ドキドキわくわく、、、。何がどうなることやら期待に胸ふくらませながら車を走らせて向かう。

私の料理教室は出張なので、基本初めて伺うお宅のキッチンをお借りしてやることになるのだけど。
キッチンっていうのは、女の人にとっては特別な場所であるから、そこへお邪魔するとなると、いつも初めちょっと緊張する。なんとなくその人が見えてきたり、生活の温もりが感じられるのもキッチンという場所。きっとそのお宅の人もドキドキだろうな、、、腹ん中のぞかれちゃうみたいで、、、。 
20代のころ、鍋を売る仕事をしていたときから、よそのお宅のキッチンに入るのには慣れているけれど、今でも最初というのは背筋がしゃんとする思いだ。そういう場所なんだよね、キッチンって。

和気藹々の雰囲気の中、無事作り終える。
みんなハッピー&ポジティブオーラの人たちばかりで、一緒にやっていてとても楽ちんであった。さりげない優しさみたいなものがすごく沁みてきて、何度も胸きゅんになった。

普段の料理の話で盛り上がったり、それぞれのお家の定番の味を言い合いっこしたりして、まるでその人のお家の台所をのぞき見してる気分で楽しかった。
食べものの話って、その後ろに家族が見えてきたり、生活が見えてきたりする。だから尊いんだよな。


料理教室も回数を重ねながら、自分の中にある伝えたい想いというのが定まってくる感じだ。やっぱり自分の場合のそれって、大さじ何杯で量れる世界じゃないな、、、って今日思った。

味覚はその人が探っていくものだから、その人自身をまず尊重したい、っていうのが私のベースだ。
まず感動することが大事で、そしてその人自身が感じたものを、その人なりの表現でカタチにしたらいいと思う。自分はそっちの方法でやっていきたい。
言葉とか数字とかで表すことができないところがもどかしいところではあるけれど、、。

パクパクと同じで、「料理したい!」「食べることって楽しい!」「誰かに作ってあげたい!」
その気持ちを引き出すことのほうが目的。
そうすると、自然に定まってくると思うんだよね、、自分の味なんて。

我ながらこのやり方、すごーく心理屋の自分のある部分とリンクしていると思っていて、やっぱり私のベースはココロなんだということをあらためて実感する。
実際に会って、同じ時間を共有すること、ここが一番のポイントだ。そこで感じたものを持って帰ることができたら、もうそれでじゅんぶんなんじゃないかな。

今日、一緒にやった人たちはみな、ハートフルな人たちばかりだったからすごくやりがいがあった!みんなほんとにいい人なんだもん。きゅーん。


帰ってきたら、新しくなったお店の電話番号に続けざまに電話をいただいた。まだ、ある一部の人しか知らないであろうこの番号に、、、、嬉しいよー。
ご近所の方なんか、「なんか電話がつながらないのよー」とわざわざ家までたずねて来てくださった。事情を説明して新しい番号をお教えした。ありがたい。
こんな小さな店でもちゃんと見守ってくれている人たちっているんだな。頑張ろうって思う。


晩ごはんは、スタミナステーキどんぶり、ワカメスープ、えんどう豆の卵とじ。
とくべつ、スタミナつける必要もなかったけど、たまに王子が獣みたいに「肉食いて~」というので、いいお肉がお手頃に買えるときに食卓に並べるようにしてるのだよ。

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2012年5月29日 (火)

テーマ

美容院に行く。ほとんど寝たまま終わったという感じだったけど。
カクンと垂れてしまう頭を何度もとに戻してもらったことやら、、、すわったまま前におじぎしてしまう背中を幾度立て直してもらったことやら、、、ほとんど夢の中にいたので、うっすらとしか覚えていないが終わったあとにお姉さんが「よく眠ってらしゃいましたね」と言うのでたぶんそういうことなのだろう。
自分よりもずっと年の若い子たちにしてもらうことって、この歳になると一個一個が重みをもって感じられる。一歩下がった位置から、ありがとうね、って深い気持ちが湧いてくる。

いつものお姉さんの優しくて丁寧な仕事に癒され、最後に絶対自分ではできないような髪型に編んでもらって(パーティー仕様)、るんるんで帰ってきた。

しかし残念なことに今日は特別出かける予定もなく、結局パーティーのまま昼寝しちゃった。
目が覚めたらパーティーがぐちゃぐちゃに、、、、あぁぁ。



ところで、
最近の私のテーマというのが、『今』 。
以前から意識していることではあったけれど、これがなかなかのクセもので。

ここからの話は、同じような体験をしたことのある人にしか通じないことかもしれないので、なんとなく伝わればいいなという感じで綴っておきます。


時どき、夢うつつの状態のときに体験する“生と死”の境い目の場所。そこにいると“生”と“死”が同じ分量で存在しているということを体で感じる。実は、現実世界においても、生と死とはそういうものなのだけど、人間は“生”の意識のほうでほとんど生きてるから、なかなかそういう感覚ってないもの。

その場所に行くと、ものすごく強い風が吹いていてその風に身を任せたらあっという間に死のほうに流されてしまうのもわかるし、いろんな人のいろんなささやきが聞こえてくるんだけど、そのとき自分の意思で生か死を選ばなくちゃいけない境地に立たされるから結構必死だったりする。


ここを経験するたびに思うのは、人間はあたりまえに生きていないってこと。みな、ちゃんと自分の意思を持って生きてるってことを実感するんだよね。
だとしたら、
“今”生きてるこの瞬間を一個ずつ積み重ねていくことってすごく大事なことだと、そのときココロの底から思ったりする。

自分の生き方の癖である、1秒先の未来が怖くて“今”という場所から逃げる というのにも気づかされるし。

ゆっくりじっくり“今”を味わえばいいのだな。何を焦るのだろう、、、何をそんなにいそぐのだろう、、、“今”があればそれでいいんだ というメッセージが降りてきたみたい。

自分はサイキックでもないし、いわゆる見える人間でもないが、この身で経験したことというのはなによりも自分の中に染みてくるもの。


今日久しぶりに部屋のすみっこにあるほこりかぶったオルガンを弾いてみたんだけど
鍵盤の上ってこんなに自由なものだったのだと今さらながら感じた。10代の私に教えてあげたいくらい。
今が降りてくると“自由”って生まれるんだ、すごいっ。



晩ごはんは、そばめし目玉焼きのっけ、焼き茄子おかか醤油、ポテトサラダ、みょうがとセロリのお汁。

喉の下にあったリンパの腫れがようやく治まってゴハンがいつもより美味しく感じる。なにがなんでもまず“体”!これももうひとつ最近の私の大事なテーマ。
どうせ生きるのなら、テーマを持って生きたいものだな。











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2012年5月28日 (月)

思い出宝物

初夏を思わせる陽気。雑巾がけするとじっとり汗ばむほど。もうじき太陽の季節だ。


お昼にまゆちゃんとまりちゃんが来てくれた。ふたりは学生時代からの友達だそうで息もぴったり。おしゃべりしている様子は、まるでタイムスリップしたみたいにその頃のふたりになっていておもしろかった。昔の友達って、会うだけで当時の自分に戻してくれるから不思議。
そんなふたりの思い出話を聴かせてもらって、、、たぶんすごく昔のことなのだろうけど(笑)、今もふたりの中で色をもって活きていることが素敵だと思った。
思い出って、時とともに輝きを増すものなのだな、自分の中で磨いていくものなのかも。
宝物なんだな、って思った。


まゆちゃんの根底にある“人間が好き!”というのを今日あらためて感じたし、初めて会ったまりちゃんは、すごく大らかな雰囲気の人で、今までたくさんの人たちを温めてきたのだろうなというのがわかったし、
おそらくふたりとも、いろんなものを乗り越えてきた人たちだからこそ、あの笑顔は出るのだと思った。ふわふわ~っとして超ゆるゆるなお二人の温度に、すっかり癒されてしまったよ。得しちゃった。
壁も塀もないこの二人の感じ、私は大好き。




夕方からきゅうに曇ってきて、雨もパラパラしてきたりで、すごく不安定。
家のことやっていたら、昼寝なしで夜に突入。最近は昼寝なしでもいけるようになってきた、、、進歩?!


王子からの電話で「山盛りのポテトサラダが食べたい!」と。

こういう食べもののリクエストをもらうというのは、女として味わう幸せの種類の中でも上位のほうだと思う。
一日外で働いてくる男の人の唯一の癒しの場所というのが、我が家の食卓だ。食べることって大事。ここを疎かにすると、ココロに問題が起きてくる、、、、。これはフライパンを振る心理屋としては確証を得ている部分ではあるのだよ。

そんなんで調子にのって作っていたら、ほんとに山みたいなポテサラを作ってしまった。ポテサラのジャガイモは、茹でるよりも蒸すほうがだんぜん美味しい!旬のグリンピースをたっぷり入れてみたら激ウマであった。
それと、ハムカツと冷やしトマト、味噌汁、ごはん で今日の晩ごはん。

腰の痛みがぶり返して仕事も辛かったであろう王子が、一日の終わりにようやく、食卓という場所でほっと息をつく。明日もあさっても、美味しいゴハン作って待っていようって、女として思うんだよね。


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2012年5月27日 (日)

日曜日の太陽

朝は町内のゴミ拾い運動。町じゅうが同じ時間に外に出て作業するという年に一度のこのイベント、すごくいいことだと思った。なんといっても町の人たちとの交流が深まるし。

今年初めて町の役に仰せつかった王子も、慣れないことだらけだし、町の人の顔も把握していないしだったけど、すごく頑張っていた。

そもそもここは、昔から住んでいる人と新しく越して来た人たちとか入り混じっているので、「わからなくて当然、手探りでやっていきましょう」、、というのがベースにあるみたいなのだ。だから気が楽。
わからないことがあれば、地元の人が丁寧に教えてくれるし。

日曜日の太陽の下、家族総出でゴミ拾ったり草むしったりしてる風景は、すごくほのぼのとして温かいものであった。そしてこの町が、また少しだけ好きになった。

天気もよかったし、汗もかいたし。町内のゴミを捨てに行き、帰りに缶ビール買って汗をぬぐいながら飲んだ、旨かった。



午後からは店の買い物に行ったり、仕込みしたり、仕事もして、日曜日だけどいろいろやった。
タクミは遊びに来ていたけれど、山ほどある宿題を今日じゅうに片付けなくてはいけないとかで、明るいうちに帰っていった。ずいぶん成長したものだ。ちょっと前までだったら、「まあいいか、どうにかなるっぺ」、、、みたいな甘い考えの奴であったが、「やらなくちゃマジでヤバイ」みたいな気持ちが最近芽生えてきたみたい。
あまりの奴の変化に王子とふたりして「タクミの奴、どうしちゃったんだろうね、、、、」などと言い合ったけど。

子供は知らず知らずのうちに、ちゃぁんといろんなこと身につけていくようにできてるんだな。


夜は王子に近所のベトナム料理をおごる。
味はかなり本格的。バインセオの皮は、今まで食べた中でもここのが一番!野菜中心な感じも大好きだし、ニョクマムベースのタレが料理によって微妙に味付けが違うのもすごく勉強になった。
ただ、大好きなパクチーが全然使われてないというのが私としては残念なところ。ベトナム料理なのに~ありえな~い。(泣)

おそらく現地の方が作られているのだろうというこの本場の味を、こんな近くで食べられるだなんて、ちょっとお得。今度うかがうときはマイパクチー持参で行くわ!


お腹いっぱいで本屋さんに寄り、王子は山ほど本を買いあさっていた。彼は私と違って勉強家。自分の勉強のしかたを知っている人。ただやみくもに知識を詰め込むのではなく、どこから攻めていったらいいのか戦略を練りながら進めていくタイプ。だから王子を見ていると、勉強することって楽しいことなんだと思える。大人の勉強の仕方だ。

自分もそんな王子を見習おう、、、、と思いながらも、やっぱり眠気にはかなわないのでもう寝ます。睡眠学習です、、、。明日からまた一週間はじまるもん。

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2012年5月26日 (土)

ドライブ

今、一年で一番たくさんのお花が咲く時期。大好きなバラもあちらこちらで見かけるし、そろそろ紫陽花も色づいてくるころだな。気持ちもなんとなく外向きになるのもこの季節。
そして、その外のいろいろな状況に刺激を受けてココロが揺れ動くのもこの時期。
いろいろあるのが5月だ。


王子は一日部屋で仕事。なので、仕入れをしたり仕込みをしたりして、ひとりキッチンで過ごす。

やることが目の前にいくつも並んでいるとき、以前だったら、「あーめんどくさい」って、やる前から気落ちしていたものだったが、最近は、「めんどうだけど、とりあずやってみっか」という具合に少しだけ気持ちのポイントが変わった。
ポイントが変わっただけで、余計なこと考えなくなったし、なんといってもスムーズに作業が運ぶ。疲れも減ったし!

たぶん、これ、自分でどこかの気持ちネジを緩めてあげたからだと思う。
人間、引き締めることのほうが得意にできてる。緩めてあげることのほうが、実はむずかしかったりする。


夕方、王子と外の空気を吸いに近場をドライブ。
王子も初めて通る道だという車一台分の幅しかないような細道をくねくねと行く。

うちの近所もかなりのどかな風景が広がっているほうだけど、車で5分ほどしか走っていないその場所は、もっとすごかった。あたり一面田んぼ。ねんきの入った平屋の木造のお家、しかも家と家はすごく離れていて、田んぼの中にぽつんぽつんという感じ。シラサギが飛んできて畦道では猫が昼寝してる。子供の頃に見た風景そのものだったからなんだか懐かしくて、気持ちがふうっと温まった。


それにしても、私が暇さえあれば王子にドライブ行こうと言うのは、子供の頃、父ちゃんの運転する車の助手席が大好きだったことと繋がってるのだ。小さい頃、日曜日のたびに父によく言ってたっけ、、、「どこか連れてって~」って。

この歳になると自然に、子供の頃の思い出をなぞっていたりするんだよね。ただ懐かしむというより、あの頃感じたものを大人になった自分がもう一度味わいたいって思う気持ちからなんだけど、、、、歳のせい?!

そして、そういう私の気持ちに嫌な顔ひとつせずにいつも寄り添ってくれる王子は、ほんとにいい人。


今夜のごはん。
鶏もも肉を照り焼き風に仕上げてサラダの上にのせて食べた。
それから、中華風の炊き込みご飯とコーンスープ。
美味しそうな立派な生のにんにくが手に入ったので、丸ごと揚げて醤油漬けしたのをふたりして旨い旨いとむさぼり食った。明日は日曜日だし!



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2012年5月25日 (金)

あたたかい

雨あがりのむれた土のにおい、どこか懐かしい。お昼すぎに雨もやんだ。

今日は若いママたちが来てくれた。1歳になるかならないかの子供たちもいて、動き回るその子たちにハラハラさせられるママたちの気持ち、、、わかりすぎる。
そして自分の子供を、よそのママがみてくれるというのは、とくにこの時期のママたちにとっては嬉しいこと。
はるか昔に自分も経験したっけ、、、などと懐かしく思いながら奥で料理作ってた。

そんなママたちが、ちょっとだけ日常から離れて息抜きできる場所に、ここがあればいいなと思う。

いろんなお客さんは来るけれども、うちのいいところは(自慢しちゃう)、たとえば、小さな子連れのママたちの隣にご年配の方たちがいらしたとすると、自然に打ち解けておばあちゃまが小さな子の面倒をみてくれてたり、、、。
私の知らないところで、いろんなドラマが繰り広げられてる、そういうのってすごくいいと思う。来てくださった人たちがここの空気を創ってくれているっていうか、、、。

これも小さな空間だからこそできること。
こういう空気、温めていきたいな。



夕方、久しぶりに長男と次男と電話で話した。
ここのところ、子供ネタ、親子ネタに触れることが多かったので、自分の中のある想いが大きくなりすぎて、ちょっとだけ苦しくなってた。

でも彼らの声聴いたら少し緩んだ。
なにか特別な話をしたわけでもなく、元気にしてるかどうかの確認だけだったけど、彼らと話している自分は、あのときのお母さんのままだったし、すっかり声変わりしておっさんみたいになっちゃった息子たちの声の温度も昔のまんまだった。そういうのが話していてわかった。

なにもしてあげられないこの自分だし罪な母親だしぜんぜんダメだけど、奴らを信じて見守るということだけには命かけてる。だから今日も明日も頑張ろうって思える。自分は自分を精一杯頑張り抜くことしかできなくて、でもきっとそれしか彼らへの償いに通ずるものはないって、数年たった今、やっとそう思えるようになってきた。



晩ごはんはキャベツメンチ、ゴーヤのサラダ、ひじきの煮たの、スナップえんどうのお味噌汁、ごはん。
とにかくよーーく噛んで時間をかけて食べるというのがやせるコツだとテレビでやっていたので王子と実践するも、酒ばかりがすすんでしまい、これじゃ意味ないじゃんという結果に。この場合、食事の量を減らすか、もしくはお酒を飲まないか、どちらかなのだろうけど、どちらも我々にとっては厳しい選択だ、、、。

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2012年5月24日 (木)

フラメンコ部?!

フラメンコへ、、、身体のメンテナンス。
今週は寝不足な日が続いていたせいか、初っ端のストレッチから息ハァハァ、、、。いつもと違うな~という違和感の原因はたぶんそこ。
人間、なにがなんでもまず寝る!、、、この歳になってその大切さが身に沁みる。

意識も散漫になっていて集中できなくて、、、でもこの時間を楽しむぞと決めてレッスンにのぞむ。

振り付けがなかなか頭に入らない&身体がいうこときかない で、普段だったら出来ないなりにも必死になれるのだけど、今日は肝心の元気の素がなくてふにゃふにゃだ。

いつも付きっ切りで指導してくださる師匠も、この私の様子に気づいたみたいでそっとしておいてくれた。師匠のこういうさりげなさは、やっぱりさすがだと思う。身体の動きだけで、その人の腹ん中までわかってしまうのだから。
そういう意味では嘘もごまかしもきかないので、どんなに調子悪くてもそのときの自分で居るしかないんだよね。でもそれができる空間っていうのはありそうで、実はなかなかないんだよな、、、ありがたい。

ヘロヘロの自分だったけど、仲間が全員出席で和気藹々としていたのが、何よりもの収穫。

かつては、私ひとりが壁を作り、仲間と打ち解けられない時期もあったけど、今はまるで姉のように慕うお仲間たち。甘えん坊の私はお姉さまたちに会うと、なにかもうそれだけで気持ちのどこかを支えてもらっているようで、すごく安心しきってしまう。
同じ時間に同じ空間で同じ汗を流す仲間って、やっぱり特別なのかも。学生時代の部活みたいだ。ちっとも青くないが、青春がもう一度やってきたみたいだし!


部活で思い出したけど、、、、。
王子の出た高校は、今も近所にあって、この間たまたま買い物の帰りにグランド側の道を通ったときに私が、「なんか青春の香りがするね」といったら、「俺、ブラスバンド部の部長だったんだよ」とめずらしく昔を話してくれた。

すごく遠くを見るような優しい目で昔を語っていた王子。
人生最大のモテ期であったこととか、とにかく毎日部活に命かけてたこととか、すごく面白いあだ名の先生の話とか、、、。
たぶん、それって、彼がほんとの自分になっていた時期なんだと思った。
人間なにかものすごく熱中するものがあると、自分を装うためにまとっていたものををどんどんはいでって、真の部分だけが残るんだよね。その真の部分っていうのが、その人なんだと思う。それくらい本気でのめり込むものがあったということなんだろうな。
会ってみたいな、、、10代の王子に。

王子が今も、あの時代を大事に思っているのは、あの頃の自分が好きだからなのだろうな。部活って、ほんとうの自分になれる場所なのかも。
フラメンコ部?!も頑張るべ。



今日も身体ヘロヘロで、でも家に帰ってきてやることあったし、なので昼寝はなし。

晩ごはん作る元気がなくて、今夜はひやむぎににしようと決める。
クレソンをみじん切りにして、つゆの中にどばっと入れて食べた、、、最高!まさにわさびの香りである。
刻んだトマトも入れたり、スライスした新玉ねぎ入れたり、、、。
ひやむぎも、いろいろ楽しめるものだなぁ。

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2012年5月23日 (水)

地道にコツコツと・・・。

風が心地よい日。家事をバリバリとこなし、店の仕度もして、やっと一息ついたころで1杯のコーヒー。時計の針は11時を指してる。

まだまだ不慣れなところはたくさんあるけれど、最近ようやくこの1杯のコーヒーにたどり着けるようになった。以前はコーヒー淹れる余裕なんかなかったし、そんな時間作ろうとも思わなかった。
少しずつ進化してる?!自分。

なんでもとりあえず継続してみるって大事なんだな。継続した先に見えてくる世界は必ずあるのを知っているから、人はみな地道に頑張るのだろうな。
だから自然に、努力してみるか、、って思える。世界は開けてくるはずだもん。



店の電話番号変わっちゃったし、、、かかってこないだろうし、、、この先どうしようかなぁ、、とか思っていたら電話のベルが鳴る。大事なお客さんからだった。すごーく嬉しくて、思わず「新しい電話の1号です!!!」って言ってしまった。見ていてくださる人はちゃんといるんだなぁと、やっと少しだけ気持ちのどこかがふぅっと緩んだのだった。

この1年間、自分のペースで地味~にではあるが、積み重ねてきたものがあって、仕事もそうであるが、人とのつながりというのが一番自分が大事にしてきた部分、、、。
そういうのもが、電話番号が消えちゃったのと同じように、一瞬にしてなくなってしまったような気がして、なんだかすごく悔しかったし、落ち込むし、そんな気持ちでずっといた。

でも、よく考えてみたら、
積み重ねてきたものっていうのは、こんなことではなくならないんだよね、きっと。
大事に温めてきたものは、そう簡単には冷めないはず。
今までどおり地道にいこう、って思った。田中さん、ありがとう~!



今夜のゴハンは、今年初のゴーヤ料理。ゴーヤを薄くスライスして、蒸した鶏のささみと和えてツナのドレッシングをかけて食べた。今のゴーヤって苦くない。塩もみしなくても全然いける! 
それと、王子リクエスのドライカレー。ドライカレーに欠かせないものってなにかといえば、絶対ピーマンだと思う!ピーマンの存在って大きい。ピーマンがちょこっと入るだけで、昭和の喫茶店の味になるんだもん。

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2012年5月22日 (火)

電話番号が・・・!

ひろちゃんのベビーマッサージワークショップの日。
久々に間近で見る“赤ちゃん”という生きもの。ミルクのにおいと、今にもこわれちゃいそうな柔らかさ、、、、もうこれだけですべてが癒される!って感じ。


自分が子育てしているときには見えなかったものが、今になって見えてきたり、感じることができたり、、、そもそも子育てとはそういうものなのだろうな。
だからお母さんがひとりぼっちで子供を育てるのではなくて、旦那さんももちろんのこと、おじいちゃんやおばあちゃんやご近所さんや、たくさんの人が関わったほうがいいということなのだろうな。いろんな人のいろんな視点で赤ちゃんと接してあげると、子供は豊かに育つだろうし、お母さんにもゆとりができる。この“ゆとり”っていうのが大事なのだ。

ひろちゃんの講座からそんなことを感じた。


来てくれたママたちの表情が、みな“母”になっていたのがすごく印象的だった。
私なんか最初、戸惑いと不安で自分が母になったことさえもなかなか実感できなかったくらいだ。みんなすごいなぁと思う。


いつもバカ話などで一緒に盛り上がるひろちゃんも、今日はすっかり先生になっていた。
ひろちゃんの言葉がひとつひとつ胸におちてくるのは、その言葉の向こうにさまざまな彼女の経験と想いがあるからだと思った。
ひろちゃんが自己紹介の中で、看護師として長年小児科医療に携わり、老人介護施設での経験や、心理カウンセラーの学びなども経て、ようやくたどり着いたのが育児セラピストだ、、、という話をしていたのがすごく感動的だった。

その人が自分の居場所を見つけたときに放つ輝きって、なんか特別なんだよね。ぴかぴか、、、じゃなくて、キラキラって感じで!

そしてこの私もたくさんのいい刺激と元気をもらったよ!


そんなひろちゃんではあるが、そういえば以前、「私ってドクロの服ばっかりなんだよね、、、ドクロってやっぱりダメかな~」と言っていたので、「うん、ドクロはよしなさい」と私が優しく忠告したかいがあって、なんと今日はピンクの可愛いシャツで御出ましのひろちゃんであった、、、、。おもしろすぎる。



夜はデンワ屋にひたすら走った。、、、というのも、ずっと不通になっているネットと店の電話(IP電話)、昨日か今日じゅうには復帰するとの話ではあったが、まったくダメ。しかも電話番号は消去されてしまったと、、、!!!! くそーーーーOCN!!!!!

もうこれ以上お客さんに迷惑かけられないし、なにがなんでも即使える電話をと携帯ショップに走る。

閉店間際に入ったショップのお兄さんの「いらっしゃいませ」が、あまりにも「クロちゃんです!」のあの人の声そっくりだったので、あまりにもツボにはまりすぎて集中して話も聞けなくて、(大変失礼いたしました)別のショップへ。
すごーく待たされたけど、なんとか電話番号ゲット。時計を見れば22時過ぎてる。

家に帰って考える、、、、はたして番号が変更したことをどうやってお知らせしようかと、、、。
お店のブログには書き込めるけど、うちのお店の年配のお客さまなんて、普段ネットなんて見ないだろうなぁ、、、とか思うと、どうしたらいいものかと悩むところ。
また1からやるしかないな。ぐすん。

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2012年5月21日 (月)

考えすぎない

金環日食。今までに経験したことのないような幻想的な世界を体感する、、、しかも日本で、、、、自分ちのベランダで。


きれいなまあるい太陽のリングが完成した瞬間、感動を超えた感動に包まれた。今この空を日本中(世界)の人々が見上げているんだと思うとなおのこと、、、。人間にはみな同じ血が流れ、そしてどこかでつながってるということなのだろう。

空はみな、答えを知っているんだな、、、、空がすべてを教えてくれるんだな。人間なんて小さい。いろんな意味で自分の小ささを痛感させられた。



王子は昨日からの腰痛が悪化し、朝から整体へ。いつもなら自分で体操して治してしまう身体ゆがみも、今日はダメそう。

しばらくして戻ってきた王子は、いつになく晴れやかな表情でまるで別人みたいだった。
ずれてる、って思っていたのは、実は腰だった?!、、、、、かどうかわからないけれど、身体のゆがみは精神的なゆがみとも通ずるので、もしかしたらそういうこともあるかも知れない、、、とか思った。

だって、王子の明るい顔見たら、昨日までのもやもやなんか一気に吹っ飛んでしまったんだもの。言葉なんか交わさなくたって、一瞬にして繋がった!って思えたし。

長く一緒にいると、そういう自然なルールってできあがるものなんだな。
ここまでお互いにたくさん衝突してきたけれど、一個ずつ乗り越えるたびに結束も固くなっている感じがする。衝突するたびに、相手のことをもっと知ろうと努力する。
しかし対決はまだまだ続きそうだ。



夕方買い物に出るも、ふたりとも財布の中身が超ビンボーで牛乳とタマゴしか買えないというかっこ悪さ、、、、だけどなんだか気持ちはハッピーだった。


その帰りに山下家に寄りハワイの土産話を届けに行った。今回の旅行でかかった費用を聞かれて答えたら、そのあまりの安さに驚かれていた。財布はビンボーでも、人生を楽しむ方法だけは蓄えているよ!というのの象徴。生きてくのに必要な力とか知恵とかって、たぶんこっちのほうだと思う。
今度、一緒に行きましょう~と約束して盛り上がった。

それにしてもこの山下家、そこかしこに家族の温もりが感じられるお家。だからここに来るといつも胸がきゅーんとなっちゃうんだよね。
最近、そういうお友達が多い。家族ぐるみのお付き合いっていいものだな。


夜は冷蔵庫の残り物でチャチャっと作って食べた。
キャベツの葉っぱをシューマイの皮に見立てたキャベシューマイを作り、刻んだにんじんの葉っぱと挽肉をナンプラーで香ばしく炒めてごはんにのっけて食べた。エコだ~。

いろいろ考えて工夫して作るのも大事だが、今あるものだけでチャチャっと作ってみても意外に美味しくできたりする。(こっちのほうが得意)
何事も考えすぎはよくないということだな。

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2012年5月20日 (日)

ずれてるなぁ。

相変わらず王子と噛み合わない一日、、、。そういうことを敏感に察するのが子供であるタクミだ。
だからといってタクミの前で無理してつくろうこともできないし、そもそも嘘の顔は嘘のままにしか伝わらない、、、。お互いの距離も埋まらぬまま、、今日も一日、、、。ダメな大人、、、。


この行き場のない気持ち(王子に話したところでどうにもならないもの)というのが蓄積されていくと、なんだかもう一緒にいることの意味さえわからなくなって、料理したり掃除したり洗濯したり、、、これじゃまるでただのお手伝いさんじゃないか、とまで思ってしまう。
今はお互いが一方通行のままで、自分の埋まらないものを相手のせいにしてみたり、、、要するに王子も私も自分のことだけで精一杯な感じ。


夕方、買い物に出たとき、いつも穏やかな王子が隣車線から割り込んできた車にものすごい勢いでクラクションを鳴らしているのを見てびっくりした、、、、いつもと違う。

私も私で、いつもだったら 「ねぇー王子、なんか機嫌わるいの?」とか何でも聴いてしまうのだけど、王子の気分を損ねてはいけないと、変に気をつかってる自分がいた。何かずれてるなぁ、、、。


晩ごはんは冷蔵庫の残りものを鉄板でジュウジュウ焼いて食べた。
食卓もいつもと違う感じがしたし、シーンとしてるし、、、味のないゴハンを食べてるみたいだった。


明日の朝は金環日食だそうだ。
前々から楽しみにしていたけど
それどころではないという感じ、、、。

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2012年5月19日 (土)

もめごと

夕べから、王子とどうでもいいことでもめている、、、。今日一日じゅう、まだそれを引きずっている自分がいる。
自分が引きずっているということは、王子も当然そうなのである。一日じゅう浮かない顔して、いつもよりお互いが遠くにいる感じがする、、、こういうときって。


どうでもいいこととはいえ、やっぱり引きずるくらいなのだから、たぶん自分にとってはどうでもよくないことなのだろうな。

意味のないこだわりとか、偏見だとか、、、あるいは自分自身の中に埋まっているものを相手に投影していることもある、、、
きっとなにかそこにあるのだ。

王子を責めるわけではなく、ただただ自分の中にある異物?!と向き合うのみ。
なので、一日ほとんど会話もなかった。



こういう場合、少し距離を置いて静かな気持ちになって考えてみると、
自分がいかに物事をある角度からしか見ていないということに気付いたりする。

気付くのだけど、今はどうにもならないんだよね。わかっちゃいるけど、、、、。
そんな自分の気持ちの融通の利かなさに愕然とするけれど、今はもう少し時間が必要。




今夜は結婚記念日を迎えるというご夫婦がご家族でいらしてくださって、その幸せいっぱいな食卓の絵に王子も私も癒された。
温もりとか、ハッピーなものって、自然とあふれてくるものだし、それって周りをも潤おしてくれるのだな、、、と愛のエネルギーをいただいちゃった!
だからこの仕事、やめられない。だから頑張って美味しいもの作ろう!って思える。
素敵なご家族にほんとにありがとうです!



終電間際にタクミがやってきて中間テストの惨敗報告をもらう。っていうか、勉強に関してはこちら側の報告しか受けたことないし、、、、。
せめて少しくらい、悔しがったり、がっかししてみたりとか、、、そういうものはないのだろうか。なぜ君はそんなにそういうことをケロリとした顔で言うのかい?普通、隠さねーか、、、そういうこと。
奴の成績の上がらない原因はたぶんここにあるとみた。


3人でらーめんを食べて帰った。奴が来て、少しだけ家の中が明るくなった。
子供を夫婦のあいだをとりもつクッションにしてはいけないが、大人の偏ったものの考え方とか意味ないこだわりとかって、、、そういうことに気付かせてくれるのは実は子供の存在だったりする。

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2012年5月18日 (金)

ネットが、、、、。

1年ぶりくらいにミミちゃんと会って遊んだ。ミミちゃんはひろちゃんところの娘っ子だ。
台所のお皿を洗ってもらったり、折り紙で一緒に遊んだりして、彼女の1年の成長っぷりに驚かされる。

いつも思うことだけど、、、子供といると自分を装うために身にまとっていたものが自然に剥がれていくような感覚になる。すっぴんになるのと一緒だ。
自分が、どんな小さな子供でも、子供扱いしないでひとりの人間として付き合おうと決めているのは、たぶん自分がすっぴんになるからなのだと思う。
大人の仮面で接したら、子供との距離って縮まらない。子供は敏感だから、そういうのすぐに感じ取る。


ミミちゃんに折り紙を教わっているとき、とろい私がついていけなくなり、そんなとき彼女はさっと手を止めてそっと優しく待っていてくれて、、、そういうたたずまいとかがすごく大人びて見えて胸きゅんだった。
こういうことって、学校の教科書の中では学べないことなんだよね。人との関わりの中で自然に身につけていくものだし、思いやりってそもそもそこからしか学べない。
久しぶりに会ったミミちゃんが、そうやってずいぶん大人っぽくなっていてびっくりしたし、その健やかな成長っぷりがすごく微笑ましかった。

でも帰り際に、「順ちゃんちに泊まっていってもい~い?」とかって聞いてくるところは、やっぱりまだ子供だにゃ~という感じで可愛い。また遊ぶ約束してバイバイしたけど。




夜、王子とカレーを食べていたら、ピンポーンと鳴って玄関に出てみるとお客さま。
カレーを脇に置き、あわてて電気をつけて店のしたく。我ながらありえないようなこの店のシステム、、、、。

でも、そんなありえないような店のにおいを嗅ぎ付けて来てくださったのであるから、これも意味のある出会いだし、ありがたいことである。
そんなお客さんから
「この店って、アンテナ張ってる人間にしかわからないですよ!」と、最高のお褒めの言葉をいただいく。


人間づきあいもそうであるかのように、この歳になると厳選するわけではないけれど、自分の波長にあう人だけでいいとか、なんとなく引き寄せられたものどうしに意味があるとか、、もうそれだけでいいような気がしてくる。というか、それが本来のカタチなのかもと思ったりもする。
そしてたぶんそう思った瞬間から、もともとの質って上がるんだと思う。
お互い高め合うこととかって、たぶんそういうことなんだろうな。


王子の作るマルガリータを大絶賛してくださって、「この知的で繊細な味わいに感激しております!」とおっしゃられていた。


こんなふうにお酒好きの人が来てくださるというのは、正直、酒好きにはたまらない喜びがある。
もともとは、近所に夜歩いてふらっと行ける店ってないものかな~と探していたけどなかなかなくて、ならば自分でやるっぺ!という気軽なノリもあったのだ。酒好きにしかわからない理由だと思うけど、、、。

一日の終わりに自分をリセットするための時間って、結構大事なんだよね、、、。ってこれまた酒好きにしかわからない理由だと思うけど、、、、。



深夜、近所のネットカフェに行く。というのも、昨日の雷が原因?!で、ただいまネットも電話(IP電話なので)も使えなくなってしまった。なので、お店のブログに、その旨書き込まなきゃ、ということで、人生初のネットカフェ体験!

一個、一個の個室?!が低めの仕切りで囲われたブース状になっていて、思っていたよりも健全な感じ。
王子とケンカして家出したときに、ちょうどいいかも、、、、などと
ちっとも健全じゃない利用法を密かに考えていた私って、、、。


それにしても、電話がつながらないというのは、すごくお客さんに迷惑かけてる感じがしてココロが痛い、、、。

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2012年5月17日 (木)

みんな人間

フラメンコへ。
先週覚えたことが、すっかりぬけている、、、。また1からだ!とか思うと気持ちがすくんで「休んじゃおかな」と怠け者の私が顔を出す。でも、「とりあえず行く」のほうをを選択するルールにも最近は馴染んできた。成長した!

毎日同じような日常の繰り返しでは、ココロのお部屋も狭くなりがち。ちょっと無理してでも自分を違う空間に委ねてみる作業って大事、って思う。とくにこの歳になると、、、。
踊りはちっとも覚えられないが、ここ最近は週一のこのペースが自分の身体と精神のメンテナンスになっているのを実感しつつある。


今日も、師匠を一生懸命真似るも、なぜか鏡の中の自分は盆踊りで、、、なんとも情けない感じに。
でもその謎が解けた!
どうやら私の場合は、師匠の身体のカタチだけを真似しているだけで、、、、でも本当の違いは、目に見えない筋肉の使い方にある!ということのようだ。これこそフラメンコの基本らしい。そういえば、フラメンコダンサーは男も女もムッキムキだ。

そう思うと、やっぱり地道に鍛えていくことが大事なのだな。ぷよぷよの私には、まだまだ遠い道のり、、、、。とか言ってるあいだに鍛えろよ、、、なんだけど。

とはいえ、、、
今日は2年前に踊った曲をあらためて踊ってみたのだけれど、、、、
以前はふらついてた身体が、なんと軸が出来たかのように揺れなくなっていた!
少しずつだけど成長してるわ!とか思って嬉しくなって調子にのっていたら、ひとりだけ全然違う踊り(創作好き)をしていたことにまったく気ずかず師匠から注意を受けた。どうりで途中から、周りのみんながクスクスしているかと思ったら、そういうことであった。
相変わらずひとりの世界にのめり込む能力だけはピカ一。でもちっとも役に立たない能力だから意味ない、、、。


今日も、大好きな仲間たちと同じ時間と同じ空間を共有できたことが幸せ。
数年前までは、なかなか打ち解けれなくて落ち込んだこともあったけれど、すべてそれも自分の中にあった身勝手な偏見だった。
偏見って、そもそも自分のココロの狭さなのだな。
でも正直あのときは、実生活でかなり苦しかったから、他人を受けいれるココロの余裕なんてなかったのかも。そういう過去の自分も全部含めて、許してあげることにしよう。すべては許すことから新たな一歩って始まるもんっ。



夜はM氏とまったり会。
場を察することなく、いかなるときも思うままにしゃべっていつも辺りをシーンとさせるというM氏の友人の話。

結局それって空気ヨメナイ系じゃない?というシンプルな結論に。

こういうネタは、若いときには恨みとか嫉みとかの方向に流れていくものだけど、この歳になると、「それってバカじゃない」みたいに軽く流せるようになるのがいい。
人の悪口にしたって、昔はマジでムカついて言ったりしたものだけど、今となれば「あいつってほんとアホだよね」ですむもの。
きっと、どんな相手であっても自分と同じ人間だもの、、、、みたいな人として想う気持ちが、いつのころか芽生えるからなんだろうな。
歳とるのもいいものだな。



晩ごはんはエビチリ、コロッケ、春キャベツのサラダ、しいたけのおすまし、ごはん。

健康オタクのM氏が、「人間は一日3食食べるようになったのは、わずか100年くらい前のことで、それまでは一日1食だった。だからそもそも人間の身体は1食でも生きていける。」
というお話をしてくださったが、絶対ムリ!とか思った。
食いしん坊欲は抑えることなんてできないもんっ。この時代に生まれてきてほんとによかった!

そんなM氏こそ、なんだかんだ言いながら今日3食目のゴハンをワシワシとかっこんでいた、、、おかわりもしてたし。
面白い人だ。




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2012年5月16日 (水)

曖昧が好き

朝からいい天気。洗濯をたくさんしたり雑巾がけしたり、こういう日は家事もじゃんじゃんはかどっていい。


今日はなんだか電話が鳴りっぱなしだった。ほとんどが問い合わせだったのだけど、そもそもルールっぽいものがない店なので、ズバリという答えが見つからず返す言葉に戸惑ったけど、、、。

このやり方って、世間一般から見たらかなり曖昧だから、そりゃぁ誰でも困惑するだろうな、、、、
今のこの感じを大事にしたいのでこのペースでやっていこうと思ってます。よそのお店みたいに上手にできなくてごめんなさい、、、。


忙しい店は過去にたくさん経験してきたし、その中で本当はやりたかったけれどできなかったことを、、、、本当はすごく大事なことなのに忙しさの渦に流さざるえなかったことを、、、今、この自分がやっている気がするのだ。
だから、このやり方についてきてくださるお客さんだけでいいと思う。もうそれだけでじゅうぶんありがたいもの。

自分勝手かもしれないけど、自分失うことがなによりも怖い、、、自分が自分であることがいつも基本だ。


しかしながらこのやり方、効率的には全然よくないし、これってちっとも儲からない。だけど目に見えない貯金はいっぱい貯まる!という夢のような仕組みになっている。

お金はあったほうがいいに決まってるけど、人が生きてく力というのは、この見えない貯金でできてると思うので、、、ココロのゆとりとかっていうのも、たぶんここから生まれるのだと思う。ここを大事にしたい。





貯金といえば、
最近王子はそれに夢中である。
お金じゃなくて、勤務時間というのが全然嬉しくないところだけど、、、。

残業のように長く仕事をしたぶんだけ、それらが時間の貯金となるシステムで、お手当てとしては出ないけれど、例えばその貯金した時間を使って早く帰ることもできる、、、という仕組みになっている。なかなか合理的。

だからここのところ帰りが遅くて、私としては淋しいところでもあるけれど、
なにか目的があって本人がそうしていることらしいので、帰ってきたときの表情も以前より疲れていない感じだし、いいことなのかな。
なので、私はただ美味しいゴハンを作って待っているとしようか、、、というふう。



夜はプレステに夢中になる王子を横で見学。
今日も両手でヌンチャクのようなものをぶんぶんと振り回し、そのぶんぶんする音が私の顔の前すれすれのところを横切るのでこわくてたまんない~、、、。

私はまったくできないけど、ゲームって年代を超えて夢中になれるのが素敵だと思う。
休日にタクミと王子がお互い本気で戦っているのを見ると、ゲームってすべてを超えられるんだ、って思う。

それにしたってこれ、毎日続けたらダイエットになる!というくらいの運動量。普段、真夏でもほとんど汗をかかないという王子が、真っ赤な顔して汗だくになってるんだもの。おそるべし、、、。
これなら続けられそうだ、、、王子。


今夜のごはんは、ハンバーグ、山盛りサラダ、昆布と厚揚げの煮たの、ごはん、えんどう豆のかきたま汁。ハンバーグのお肉は赤身だし、煮物の煮汁もダシを濃い目で調味料かなり少なめ。見えない部分で気づかうことは女の仕事だな。












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2012年5月15日 (火)

親子っていいね

久しぶりに一日雨。そんな中、今日はひろちゃんのワークショップの日なのですがすがしい気持ちで朝からお掃除したり雑巾がけしたりする。

結局のところ参加者は私のみで、贅沢にもひろちゃん先生を独り占めしてしまった、、、幸せ。

ベビーマッサージというと、大事な母子関係の土台という認識しかなかったけど、その土台であることの意味というのが今日わかった。

世の中がどんどん便利に発達していって、核家族化も増えてきて、そんな中でいつのまにか失ってしまった人との繋がりとか、生きていくためのおばあちゃんの知恵的なものとか、、、そこには時代背景的なものも関係しているということにも気付かされて、目からウロコであった。
昭和の時代にはあったけど、今はなくなってしまったものとか。目に見えるものではないけれど実はすごーく大事なものとか、、、。


育児書を見ながら毎日子育てしていたかつての自分ではあったけれど、母が子の温度を知るということ、子が母の温もりを知っているということ、、、ここからすべてが始まるということに今更ながら気づき、頼りにすべきものは、本の中ではなくてここなのだということを知り、目の前がぱぁっと明るくなった気がした。

もっと早く知っておけばよかったという後悔ばかりがつのるけれど、今このタイミングで知ることができたことにもきっと意味があると思うし、なによりも今の自分が変わるこの感覚っていうのは、どんなときでも大事なこと。

母子の絆というテーマは、私の心理の土台になっているところなので、さらに理解が深まったし、新たな知識もいっぱいもらうことができたし!


そしてなにより、先生であるひろちゃんがすごく活き活きしてキラキラしていたことが友達として一番嬉しいことであった。
看護師という職業の中でいろいろな経験をし、心理も学び、そして今も4人の子供の子育て中にあるそんな彼女の口から出てくる言葉には、やっぱり重みがあるのだ。
いろんなことを乗り越えてきたと思うし、そういう経験があるから、その想いを伝えたいというメッセージが自然に生まれてくるのだと思う。

メッセージっていうのは、決して上からのものではなくて、「私も経験してきましたよ」という位置から初めて伝わるものだと思う。
人が人にしてあげられることって、結局ここしかないんだよね。

そんなひろちゃんは、私にとってはいつまでも頼りになるお姉さんという感じ。(同い年だけど)
デモンストレーション用に持ってきたリアリティーたっぷりのお人形をひょいと片手で操るひろちゃんはさすが看護師!、という感じで、いろんな意味でリアルであったよ。

ちなみに今月あと2回あるので、興味のある方ぜひ!


講座が終わってひろちゃんが娘っ子と電話でしゃべってる感じが、すごく微笑ましかった。親子っていいね家族っていいねって感じが伝わってきて、こっちまで温かい気持ちになったよ。




夜、王子が帰ってきて町の仕事のお手伝いをする。
ご近所回りしながら歩く道は、ご近所ながら初めて通る道ばかりで、いかにこの自分が外に出ないかということに気付かされる、、、。
いろいろあって、外に出づらい時期もあったけど、少しずつ乗り越えてきてる感じがする。
なにかをすごく頑張ったわけじゃないけれど、そうやっていつの間にか馴染んでいくものってあるんだな。


晩ごはんは、にんにくピラフとなっちゃんからもらった極上しいたけで煮物とおすましを作り、冷奴の上に納豆と大根の千切りを山ほど乗せて食べた。へるしー。




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2012年5月14日 (月)

親と子

夕べはものすごく早く寝てしまったので、早朝3時に目が覚めてしまった。そのせいか、今日は一日が、もやの中だった。頭がぼうっとしていると余計なことを考えなくてすむけれど、ここぞというとき一つの点へ集中が効かなくなる、、、意識が散漫に。

自分の身体との付き合い方ってむづかしいな~と思う今日このごろ、、、。



夕方、とある海外ドラマを観ていて、そのワンシーンに、自分の子を事故で亡くした母親が、その子供と同じ歳頃の子を誘拐してしまうというストーリーがあって、いろんな意味で胸を打たれ大泣きする。

幼い子供というのは、自分の信じる大人の言うことには絶対服従するという性質があることだったり(誘拐された子の心理描写がそうであった)、たとえ虐待を受けようとも、子供というのはその大人を信じようとするのだ。
それが、その子の後々の心の傷となるわけだけど、子供にはそれを逆らうことを知らない切ない純粋さがある。


そしてそういう子供を誘拐した女というのも、過去に自分の子を亡くしてしまった親としての心の傷や、その子と過ごすはずだった母親としての時間を取り戻すために、犯罪とわかっていてもその過ちを犯すのである。親子の絆を埋めるための作業なのだと思う。


ストーリーそのものというよりも、ひとりひとりの登場人物の内面的な描写が、見えすぎて伝わりすぎて痛かった。

おそらく、“親と子”というのは、常に自分の中にあるテーマだから、それも影響してるのだろうけど。



正直、そのテーマを、自分の人生と照らし合わせてしまうと苦しくてたまらなくなるのだけど、その苦しみがあるからこそ、命を懸けてでも伝えていきたいものが自分にはあるのだと思う。

人はそもそも、苦しみと戦うために楽しく生きていこうと頑張るのかもしれないと、最近思ったりもする。


あぁ、しかし、、、ドラマとはいえ、実に重たい内容で、観終わったらヘロヘロになっていた。

でもふとそのとき、今抱えているココロの重圧みたいなものの要素が、ほんの少し見えてきたりもした。
軽くなることはないが、そのものも意味が分かってくると、目の前がちょっとだけ明るくなった気がして歩きやすくなる。



夜は王子のリクエストであったコロッケをようやく作った。じゃがいも蒸してつぶしたり衣つけたり、、、いつも手軽なチャチャっと料理しか作らない私にとっては手間のかかる部類のもの。
でもココロを込めて作る。
それと、山盛りサラダと切干し大根の煮たのと、ごはんとワカメの味噌汁。


そういえば、昨日の母の日、
母に「今日は母の日なのに、なんにもなくてごめん」って連絡したら、70後半になる母は、「最初から期待なんかしてないよ、、、それより自分のこと心配しなさい!」という返事であった。
さすが母である。そして私は、いまだ親離れできていないのかも、、、。

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2012年5月13日 (日)

いい天気

タクミのいない週末、、、中間テストやらなにやらで忙しいらしい。
奴が来たら来たで、別れ際が淋しいものだけど、、、淋しいが無いというのは、もっと淋しいことなんだな。
きっとそうやって、子はいつか親から離れていくものなのだろうな。そしてそういう時期に、親が子に個人的な感情を投げてしまうと、子は戸惑ってしまうし、それが原因でお互いの後々の人生に影をおとすことになる。
そう思うと、息子にも私にも今は大事な時期だな、、、親として温かく見守ろう。



日曜日だけど、王子は急な仕事が入り、一日中部屋にこもって出てこない。王子いわく、「今日の仕事は、わかりきっている作業の繰り返しなので、ものすごく退屈なんだよ~。」とのこと。
無から有を生み出す仕事のほうが、彼にとってはやりがいがあるみたいだし、やる気の度合いがまったく違うらしい。
まさに、王子の性格そのものだ。そう言っている私も、どちらかというとそっち寄りだが。


そんなこんなで、外のおてんとうさまが恋しかったけれど、仕込みをしたり草むしりをしたりして、なんにもないけどなぜかすごく充実した気分で日曜日を過ごす。

そして、その草むしりをしていたときにちょうど、訪問セールスのお兄ちゃんと目が合ってしまい、長~いお話を聞くハメになったのだった。
それがまた面白かったので、ここに書こう。




まだぴちぴちの新入社員だという彼らしく、すべての言葉が熱いし、想いがこもっていた。そのわりにみょうに腰が低く、どこかまだあどけなさが残っているところがあって、セールスなのに、無理やり買わされる感とかがないのは、彼の役得なところだと思う。

で!そんな長~い話の最後の最後に、彼の胸の名札のところに貼ってあったリスのシールを指差して、
「ボクってリスに似てると思いませんか?ぜひリス君と呼んでください!」と突然言うんだから、、、、。
思わず3歩後ずさりしそうになったし、、、だって今どきリス君って、、、。


若さっていいなぁ。きっと君は大物になるよ、、、とは言わなかったけど、きっとその会社の商品は彼のキャラで売れることだろう、、、。

そのあとリス君は、その同じノリで隣の家へ行ったのだけど、話し始めて1分くらいのところで中断され、帰されていた、、、、。かわいそうに、、、。


セールスは好きじゃないけど、やっぱり私は人が好きなので、その人がしゃべる言葉であれば聴こうというのが自分の基本姿勢にある。
なので逆に、その人と言葉が別々になっちゃっている人の言葉は、申し訳ないけど聴く気にならない、、というか響いてこないというのが正直なとこ。

思わぬタイミングで出合ったリス君、頑張って欲しい。




王子の仕事が終わるのを待ち、晩ごはんのしたく。
カニの缶詰を使ってなんちゃってプーパッポンカレーを作るも、なかなか美味しくできた。
それと豆腐のサラダとごはん。

仕事を終え、ほっとした気持ちで食べるゴハンって美味しいし、そういう緩んだ表情の王子を見ている私はもっと幸せだ。
ゴハンって、そういう日常にいつも寄り添ってくれている大事な位置にあるものなんだな。







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2012年5月12日 (土)

かなしい時差、、、

太ももの筋肉が痛くて布団から出られない、、、、ってまさか、2日前のフラメンコ?!。時差がありすぎて愕然とする。膝もぴんと伸ばせなくてペンギンみたいな歩き方になるし、階段の上り下りなんかひゃーひゃー大騒ぎ、、、。
それでも家事をやったり、買い物行ったりしているうちに、少しずつ痛い塊がほぐれてきていつもの調子に戻っていった。
筋肉ってちょっといじめてあげるくらいのほうが、素直に言うこと聞いてくれるみたいだ、、、ふふ~ん。


お昼にまさみちゃんとくるみちゃんが来てくれて、久しぶりにふたりの笑顔を確認。
まるで友達どうしみたいに見えるふたり、、、微笑ましいかぎりだ。
私は自分の母とこんなふうに身近にしゃべれなかったし、しゃべりたくても母は自分の世界を強く持っている人だったから、当時の私はなかなかそこに入っていく勇気はなかった。
だから、親子が気軽に話が出来る環境に今でもすごく憧れるし、、、いいなと思う。
そういえば、明日は母の日だ、、、電話とかしてみようかな。

見送ったふたりの背中、なんだかすごく温かい絵だった。



そのあと、インドア派の王子がアウトドア用品を見にいきたいというので出かけることに。
ハワイ滞在中、ずっとお世話になったガスのバーベキューコンロ、、、フタができるやつ、、、どうやら今あれをねらってるらしい。
バーベキューといえば、絶対炭!とか言ってた彼だが、ガスの手軽さにすっかりはまってしまったらしい。なんといっても後片付けが楽だし、フタをするから煙も出ないし、、、思い立ったらすぐ出来るというのがなによりいい。
いろいろ見たけれどなかなか適当な大きさのものがなくて、まだまだ検討の余地ありだ。

そういえば、男の人って、“火”を扱うの(たとえば焚き火みたいなもの)、得意な人の確率、すごく高いと思うのだけど、、、。王子にどうして?って聞いてみたら、本能的なものだと言っていた。炎を見ると血が騒ぐのだと、、、。
人類だなぁ。



ワインを開けたくて、夜はイタリアンを作った。
小さなトルティーヤ生地をピザにしたり、赤身の牛はステーキにして、てんこ盛りの野菜と一緒に食べた。
イカ墨パスタも作った。すごく美味しくできた。

どっかり座ってだらだらのんびり食べていたら、皿を洗おうと立ち上がった瞬間、太ももが、、、。

いじめ具合が足りないということか、、、ふふっ。

















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2012年5月11日 (金)

ホルモンツアー

久しぶりの晴天。
お昼にりえちゃんとなっちゃんが来てくれる。
いつも思うのだが、りえちゃんは風のような空気のような人で、人一倍存在感はあるのに、なぜかどの空間においても漂うことができるという人だ。人は自己主張しながら生きていくと思っていたけれど、彼女を見ていると、主張なんかしなくたって、あなたがそこにいるというその事実が立派な自己主張なのだと教わる感じで、なんか不思議。

なっちゃんはすごく勉強家で、私もその学びを乞いたいほど。人生とは学びだというのを地で行く人だ。なぜそう思ったかというと、何気ない会話の中でも、彼女は自分に必要なものとかをピックアップしながら相手の話を聞いたりして、それがもう彼女のスタイルになっているというというのがすごい。ココロが純粋だからこそできる姿勢だと思う。

ふたりを見ていると、人はちゃんと意味があってこの世に生まれてきたというのを再確認する感じ。もし、人が生まれてきたからにはそれぞれに使命があるとしたら、りえちゃんもなっちゃんもその使命にのっとって生きてる人たちだ。だからぶれてないし、なんかキラキラしてるのだなぁ。

そうやっていろいろ感じることができる身近な友達っていうのは、お金を払って聞く話より、よっぽど刺激になるし、ためになる。りえちゃんもなっちゃんも、外では先生と呼ばれる人たちだけど、そんな先生と気軽にバカっぽい話だってできるし、そういう意味ではかなりお得感ありだ。

そういえば、今日はちょっと肌寒くて、でもふたりとも靴下とかちゃんと持参していてそれをすっとさりげなく履く姿とか見てると、身体というのをすごくいたわってあげてる感じがして、すごいなと思った。身体って、そもそもこの自分自身なんだよな、、って考えさせられたよ。さすがヨガに生きる人たちだわぁ。




夕方から王子のお仕事仲間に便乗させてもらい、ホルモンツアーへ。一宮にある「山力」というお店。
オガワっちの車に乗せてもらい、みんなでぎゅうぎゅう詰めになって向かう。
以前に韓国ツアーもご一緒させてもらった仲間なので、気が知れてる感じがいい。

4時半に開くこのお店、5時過ぎにはもう満席というかなりの人気店。ホルモンが苦手だというミスター橋本に、嫌がらせかのように臓物類を片っ端から注文していく。

40代チームのロースターの上には、トンちゃんとか子袋、ハツ、牛ホル、、、、、20代チームのほうは、カルビ、はらみ、牛ロース、、、という光景になっていて、年配者たちが気を遣いながら注文しているのに対して、育ち盛りの若者たちがここぞとばかりに高いお肉をじゃんじゃん注文しているシステムができていておかしかった。外に出ると、上下関係って逆になるものなのね、、、。でもそういう空気が自然にできてるってことが、この人たちが仲のいい証拠なのよね。微笑ましかった。


帰りは電車だったので、王子とふたりで焼肉の匂いプンプンでワインバーに寄る。ビーチサンダルの足が寒かったし、もっとゆっくりしたかったけど王子がお腹がぽんぽんで苦しいと言うので、2杯づつだけで帰ることに。

駅から歩いて帰ればいいものを、寒かったし酔っ払っていたし、王子がダメだと言うのを押し切って無理やりタクシーに乗る。タクシーってなんか好きなんだよね。
MKタクシーさん、運転手さんは紳士的だし、サービスもスマートだし、しかも値段も良心的で最高です!



完全にメタボ食な今夜は、胃もちょっと痛いし、体じゅうにんにく臭いし、、。でも楽しかったからいいや。

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2012年5月10日 (木)

どうでもいいようなことが好き

3週間ぶりにフラメンコへ。以前までに教わった振り付けをすっかり忘れていまっていて、ペコペコしながらレッスンにのぞむ。そんな超ダメダメな私だが、そんなダメダメレベルのところまで降りてきて教えてくれる師匠、、、私が人として彼女のことを尊敬する理由はここにある。みな実力もそれぞれだし、個性もいろいろだけど、「あなたはあなたのままで、あなたのペースでいいのよ」というのが彼女の教えのベースにはあって、そこが素晴らしいと思うのだ。

久しぶりだったので、身体はすっかりものぐさになっていて、太ももはパンパンで階段辛いし、笑うとお腹の筋肉つるし、、、でもそれがすがすがしい。

何度もこの日記には書いていると思うけど、身体を動かすと、人間の内面に滞っていたものがゆるやかに循環し始める感覚がある。まさに1個1個の細胞たちが活き活きとしてくる感じ。

若い頃は、そんなこと思わなかったけれど、この歳になってそういうことに関してとても敏感に反応するようになった。まるで身体の声を聞いてあげているような、そんな感覚だ。
きっと、歳を重ねるたびに、人は自分の身体とどんどん仲良くなっていくのだろうな。自然に無理をしなくなったりとか、、、そういうこと。大事なことだな。


今日はフラメンコの基本の基本とも言われる身体の形を習得する。(できてないけど)
両足の付け根の内側の筋肉と、おへそのあたりの重心を意識しながらのポーズ。
あまりにもしんどくて、フラフラしてしまうのだけど、これができるようになったら、踊るのも楽になるだろうし、重心のかけかたも自然に身につくだろうと思った。
家で秘密の特訓をしよう!と今日も思ってしまった。(何度目?!)

そして「フラメンコはただ美しく優雅なものではなくて、ひとつひとつが苦しいのよ、、」
という師匠のひとことが今日の格言であった。
身体の使い方の苦しさももちろんのこと、内面的な表現(想いの表現)の苦しみもきっとあるのだろうなと、しみじみこの言葉が沁みてきた。


レッスンが終わり、みなで着替えをしているときの年頃の女子たちの会話が
「ひざがヤバイよね、、、やっぱりコンドロイチンかしらね」
「いいえ、グルコサミンよ」
「女とて、加齢臭はあるのよ」
「わかるわ~」
と、さっきまで本気の本気でレッスンを受けていた私たちとは思えない内容で、おかしくて吹き出しそうだった。しかもそれが、セレブなマダムたちの会話だったのが、さらに笑わせどころ、、、。

でも、こういうどうでもいいようなこととか、そのゆるゆるな雰囲気が私は大好きだし、たぶん人が幸せを感じるときって、そういうどうでもいいようなこととかくだらな~いことの中にあるのだと思う。
なんだかすごくほのぼのした。



さすがに身体が応えたのか、帰ってきて横になったらすっかり寝こけてしまった。

晩ごはんの仕度をしながら王子のカエルコールを待つ。
厚揚げと昆布を炊いて、ネギぬたを作り、ワカメの味噌汁と白いごはん。
昼間体動かして、なんとなく身軽になっているせいか、やるべきことが次から次へと浮かんでぽんぽん運ぶ感じが気持ちいい。

そしてこういうときに飲むお酒って、いつもより回りが早いということも知っていながらキンキンに冷えたビールをぐびぐびする私って、、、。
昼間、懸命に運動して解消したものも、これですべてチャラになった瞬間だった、、、。

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2012年5月 9日 (水)

苦手なこと

オープンのときからのお客さんが久しぶりに来店。いつも、ふわぁっとした柔らかな温もりを漂わせている彼女は、私の日常をそっと優しく包んでくれる大事なお客さま。店主とお客さんという関係以外、特になにもないけれど、この人が来ると気持ちは癒され、元気をもらってる私。
そして決まって、そういうタイミングで来てくれるのでそこに意味を感じずにはいられない。

私の料理の味付けも、今日はなんだか優しい感じにまとまったと思う。

人はその人生において誰に会い、そこで何を感じるか、というのがすべてなのだろうな。



今日はなんとなく外に出る気力がなく、引きこもることに。気持ちは内向き。
仕込みしたり、本を読んだりして地味~に過ごす。
そして最近常々思うことだが、自分がネットにはまったく疎いということ。せいぜいこの日記を書くのが精一杯な感じだ。スマホも知らないし、ネット上につぶやくとかも、まだまだそこに壁を感じてる自分がいるのでいまいち気が乗らない。

そしてどうやらネット上のつながりの中にこそ、さまざまな可能性が秘められているといのが現代の仕組みみたいだ。少しずつ慣れていけたらいいと思う。

とかく人間どうしの付き合いには(ネット上であっても)かなり慎重な私なので、なかなか入っていけないというのが事実。
相手の顔が見えないと、やっぱり不安なのよね、、、とか言ってる自分みたいなのは、もう古いんだろうな。

私個人のカウンセリング形態の中でも、メールカウンセリングを廃止した理由はそこにあるし、、、言葉と言葉をつなぐ接続詞ひとつ違うだけでも、相手のココロに響く印象は変わってくるし、、、ココロを扱うという意味で、ものすごくリスクをともなうものだ。文字の中に、気持ちを込めるという作業は容易なことではないし、というか苦手、、、。
やっぱり、自分のやり方としては、その人を目の前にしたときの温度というのが一番重要になってくるので、実際に会って、、、というのが一番。その部分ではこれからもアナログの中で生きていたいと思う。

でも見方を変えたら、ネット上の世界には、その世界特有の温度があるのだろうから、そこに慣れていくのも、今っぽいやり方なのだろうな。まだ無理だけど。



今夜は何か刺激のあるものでも作ろうと、普段作る和っぽいごはんを、どれもエスニックにアレンジしてみた。アレンジといっても、醤油を使うところをナンプラーに代えただけなんだけど。プランターのパクチーもいい具合に育ってきたので、枯れちゃう前に使わなければ、、、ということで。

チャーハンはナシゴレンに、煮魚はレモングラスとナンプラーと青唐辛子でさっと煮て、サラダには厚揚げを小さく切って加えナンプラーとおろしたまねぎと砂糖とレモンの甘酸っぱ辛いドレッシングを添えてみた。
王子が無言でものすごい勢いで食べていたので、たぶん美味しくできたということだろう。

日々の食卓の潤いで身体もココロも癒されるという事実を、、、、食べることは生きることだという真実を、、、この身で経験した温度のまま地道に綴っていくのが私の役目なのかなぁ。
そこに共感してくれる人がひとりでもいたらすごく嬉しいし、その人のために綴っていこうと思う。


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2012年5月 8日 (火)

ありがとうの日

ついに40になってしまった、、、。まわりにいる人生の先輩たちからは、「40なんて、まだまだ若いわよ~」などと言われるけど、なんか違うんだよなー、40代って、、重みを感じる。

19から20になるときは、早く大人の真似がしたくてワクワクしたものだし、、、29から30は、女としての磨きをかけたいと思ったときだったし、、、39から40は、人としての生き方に磨きをかけようと今日思った。

節目節目でいろいろ思うことはあったけれど、正直自分という人間の中身は、まったく変わっておらず、変わったのは、まわりの環境だとか付き合っていく仲間たちだ。
なんだかんだ言ったって、人生まだ半分。先輩たちが「これからよ~」と手招きする意味がなんとなくわかる。
相変わらずの軟弱者だが、自分の歩幅で自分のペースで、今日からまた進んでいこうっと。



夕方、めずらしく母からおめでとうメールが届き、なんともいえない気持ちになる。
ほとんど連絡もとっていなかったし、娘の誕生日など忘れていても当たり前なのだけど、母の日常の中に、この日を記していてくれたことを思うと、もうそれだけで胸がいっぱいに。たった1行の文章だったけど、すごく重みがあったし、いろんなことを考えてしまった。

この歳にもなって、いまだ親に心配かけている自分とか、、、私が離れている息子たちのことを思う気持ちと、母が娘である私のことを心配する気持ちの温度とが重なって苦しくもなったり、、。
「ありがとう」という言葉ではシンプルすぎて、しばらくなにも返信できなかった。


それが応えたのか、そのあとフラフラになり、お腹も痛くなり、、、、この自分の軟弱加減が情けなくも思えた。
私がココロの世界にはまった理由の根っこが、両親との関係とか、幼少の記憶の中にあるものだから、自分の身体が反応しているのをみるとやっぱり、、、と思う。

でも昔と確実に違うのは、そこに両親への感謝の気持ちがあるということ。ありがとうっていう単純なものではなくて、、、この世に私を誕生させてくれたことへの感謝とか、、もっとずっと深くて尊いもの。
その気持ちがあって、今の私がいる。かつては、そう思えなかったもの。


しばらく会っていないそんな母ちゃんは、私の顔を見ると「順ちゃんの人生って、ほんとついてないことばかりだよねー」としみじみ言うけれど、本人としては、こんなついてる人生ってないんじゃないか、、、というくらいに思う幸せ者である。

たくさんの人たちに迷惑をかけつづけてここまできたけれど、最終的には、自分の人生のシナリオを決めるのも、なぞるのも、この自分しかいないと思っているので、この気持ちは50になろうと60になろうと変わらないと思う。



夜遅くに、王子と美味しいイタリアンを食べに行った。なんと、私の身体の調子が戻るまで待っていてくれたのだ、、、いい人だなぁ。

マスターの心のこもった料理をありがたくいただき、なんだか王子との会話もいつもより温かく感じたし、いろんな意味で満たされた。
自分の場合、ちょっと調子悪いくらいというのが、謙虚な気持ちにもなれるし、人の優しさが染みてくるのもこういうときだったりするので、軟弱者でもいいや、と思ったことだよ。


戻ってきたらまゆちゃんからのプレゼントが玄関に置いてあって、お手紙も入ってて、またしても今日という日のしめくくりに感動させられた。
普段、なかなか会えないふたりだけど、いつもどこかで繋がっているのをお互いにわかっていて、、、そしてふとした日常のタイミングに彼女はいきなりぐぐっともぐり込んできやがる憎いやつなのだ。その土足な感じが好きなんだよね。


今夜は優しい眠りにつけそう。
メッセージくださった方たち、ありがとう。40なんて嫌だから誰にも言わず内緒にしておこうと思ったけど、簡単にバレちゃうシステムになっているのですね、、、世の中、、、。(汗)
でもやっぱり嬉しいものです。

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2012年5月 7日 (月)

連休あけ

来るお客さんがみな口をそろえて「やっと連休が終わりました~」と言っていて、その「やっと」というところに世の主婦のすべての気持ちが込められているように思いしみじみする。

毎日家族分のごはんを作り、旦那さまや子供の相手をし、自分の時間なんてほとんどないのが主婦の現実だ。だからといって、そこから逃げるわけにもいかないし、投げ出すわけにもいかないので、上手に自分をコントロールするしかないのだけど、、、。
趣味に没頭したり、友達とおしゃべりしたりして、日々の隙間に憩いを見つけることが、毎日を続けるためのエネルギーになるし、そこでなんとかバランスとっていかないとやっていけないというのが現実、、、。所詮、女なんてそんな位置。

でも実は、一家の大黒柱を陰で支えるのは女の役目だと個人的には思うからして、決してしゃしゃり出ず、旦那様より3歩下がって慎ましくいるのが正解なのだろうな。つまり女は、子育てし、家族のために日々ごはんを作っていればいいってことだ。

ただしそれは、そこに愛がなければ成立しないというルールのもとにだ。お互いがお互いを思いやる気持ちがなければ男も女のその役割を全うすることなんてできない。

決して上からとかではなく、自分もいろいろ経験しました、、、という位置からしみじみそう思うところではある。



連休明けの今日はアンバランスな気持ちで一日過ごすのかと思っていたけれど、なんとか乗り越えることができた。
この自分がいったいどうなるものかと、もうひとりの自分が冷静に見てくれていたせいだ。寂しさにしがみつくのは簡単なこと。でもちょっとの勇気を出して、自分の中身をまっさらにしてみると、寂しい意外の感情にもたどり着いたりする。そしてそのとき、足元に「今」がどーんと降りてくる。
ちょっとの勇気、、、これすごく大事だな。


いろんな感覚が研ぎ澄まされている今日は、ごはんを作っているときもなんだか勘が冴えて不思議と美味しくできてしまった。
まるで眠っている細胞たちが「ボクたちも、ちゃんといるよー」意思表示してるみたいでおもしろかった。



今夜のごはんは、
玉ねぎと挽肉のオムレツ、炒めないさっぱりチャーハン、トマトサラダ、たけのこのお味噌汁。
すべてあり合せで作ったものだけど、すばらしく絶妙な味付けで仕上げることができた。こんなことってあるんだな。

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2012年5月 6日 (日)

こまったもんだよ

休みの日にありがちな、台所に入りたくない病のため、お昼は美味しい中華料理屋さんへ行く。「なんだか今日はぼーっとしちゃうね、、、」などと言いながら、いつもならかっこむように食べるごはんを、ゆっくりと噛みしめて食べる我ら3人。気づけばフランス料理のフルコースなみの時間をかけていた。そのぶん、お腹の満足感とともに、気持ちの満足感もそれなりに得ることが出来た。
ごはんはゆっくり噛んで食べるといいという小学校の時の教えをこの歳になって体感する。
早メシ、早食いは、この仕事していると自然と身についてしまうクセのひとつだ、、、気をつけよう。


連休最終日の今日は、もうそのことだけで朝から気持ちが沈んでしまってなかなか元気が湧いてこない。自分の日常といえば、今日が明日になったからといって何も変わらないのだけど、自分以外の誰かがが家にいてくれる安心感というのは、自分にとってすごく大きなものなのだ。
仕事している王子の部屋や、ゲームに夢中のタクミのところに何度も行き来して、彼らの顔をじーっと覗き込んでは温もりを確認してしまったアホな私。あー、夏休みの最終日の気分、、、切ないぜベイベー。

子供の頃、家族旅行から帰ってきた次の日に、父ちゃんも母ちゃんも普通にするっと日常に戻って仕事に出掛けていく姿を見て、大人ってすごいなーとか、大人って強いんだなーなどと見上げるように思ってたけど、自分が大人になってみると正直あの頃とちっとも変わっていなくて愕然とする、、、。
気持ちのほうが現実よりも出っ張ってしまうクセは、ちっとも治っていない、、、。



夜、王子は町の会議へ。タクミに先にごはんを用意する。日曜日の夜になるとしぼんだ風船みたくなっちゃうタクミも、そういう部分は親の遺伝子を受け継いでしまったのかも、、、。すごく静かに小さくなって食べていたので、なんだかこっちまでしんみりしてしまったよ。
奴が自分の洗濯物をたたんで、リュックに詰めているのなんか見たら、もう泣きそうだった。

タクミを駅まで送っていき、戻ってくるとちょうど王子も帰ってきていて、ふたりでごはん。
そこへちょうどアマゾンで注文していたハワイアンのCDが届いて、それをかけながら食べていたら、またしても泣きそうに。「ハワイ島の風だねー」とかひとりでぶつぶつ言いながら食べて、切なさもひとしお。



そもそも物事に終わりなんてないのだろうけど、節目とか区切りにやってくる切ない気持ちというのは、やっぱり苦手。
次に来る楽しみのことや、明日のことを考えたらいいじゃん、という考え方はなかなかできないな。
そのときどき、その瞬間のことしか考えられないから、先のことなんかわからないもの。だから、とことん今の気持ちに浸るしかなくて、、。それしかできないもんだ。

明日の私はどうなっているのでしょー。

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2012年5月 5日 (土)

楽しい宴

王子とタクミが朝からバタバタあばれているのでなにかと思ったら、テレビの前でゲームをしていた。ぬんちゃくみたいなのを振り回して、これはもう立派な運動。タクミが全身使ってやっているのに対し、王子はイスに座って上半身だけを使うというこの差が、お腹の出っぱりにつながるのかもしれない、、、。
かなり年の差のあるふたりが、こうして同じものに熱中している姿は、見ていてすごく幸せ。
数年前タクミに初めて王子のことを紹介するとき、正直すごく複雑な気持ちだったけれど、時がすべてを埋めてくれたような気がする。いろいろむづかしく考えるのではなくて、シンプルにありのままでいればいいのだというのを今だからこそそう思えるようになった。

それにしても、ゲーム中はふたりに何を話しかけても返事はないし、うっかりお菓子でも差し入れしようかと持っていくと、ぬんちゃくを振り回す彼らの腕にぶつかってゲームをミスし、なぜかそれが私のせいになる、、、というのはやめてもらいたいところだが。
まぁこれも、幸せな風景なのだけどね。



夜はななちゃんファミリーと純ちゃんファミリーが来てくれて楽しい宴。
家族の食卓って、もうそれだけで幸せの絵になるから料理を運ぶたびに温かな気持ちになった。無邪気な子供たちの表情をパパとママが見守っている姿ってなんでこんなに尊いのだろう。
こういう場面と空間に自分も一緒にいられることがありがたい。

笑顔がいっぱいだったし、みんな我が家に遊びに来てくれるみたいなこの感じがやっぱり大好き。昔から、こんな店があったらいいな、というのを自分が今やっているというというのがちょっと不思議なくらいだけど、、、なんでも想い続けて描き続けていればいつか必ずカタチになるといのはこのことだなのだな。大事なのは、なにがなんでもとか、必死で想い続けるというよりも、気楽になんとなーくっていうほうがたぶんいいのだろうな。なんでも頑張りすぎると変なところに力が入ってしまうもの。お気楽者でよかった。



王子にちょっと強めのマルガリータを作ってもらったら一気に酔いがまわって、エプロンつけたまま朝まで寝てしまった。目覚めた今、この日記を書いています、、、。

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2012年5月 4日 (金)

だらりだらりと大阪

ハワイから帰ってきてから、王子も私もすっかり朝型人間に。目覚まし時計なしで5時には起き、、、夜は9時過ぎると自動的に眠くなるというシステムに。小学生みたいなこのシステムのおかげで、体の調子はすこぶる快調。朝、お腹がすいて目覚める、、というのがなによりもの証拠だろう。

早起きした今日も、ふたりでコーヒーをすすりながら「今日はどうしようかね~」などと言っていたら、王子の「大阪行きたい!」の一言で決まる。タクミをたたき起こして出掛ける。
関西弁が飛び交う未知の場所と思っていた大阪ではあったが、今ではもう近所にお買い物~、、、みたいな感覚である。



イケアの中はまさに遊園地なみ。ぼさっとしていると迷子になるので、王子のシャツのはじっこをつかんで移動する、、、それくらい人だらけ、、、。タクミはひょいひょいとひとりでどこへでも行ってしまうのだが、不思議と迷子にならないのはなぜだろう。
それでもなんとか欲しいものをゲットして、なんとかレジを抜けた。

それにしても日本にいながら、この外国チックな雰囲気でお買い物できるというのは、ちょっとした気分転換になる。日本にない色使いとか、家具のデザインとか、、、、しかも値段も超手頃だし。人間、明らかに自分の手の届かないところには夢もなにも描くことなんて不可能だけど、手の届きそうな夢というのはまず手に入れて、そこからどんどん次の夢へ次の夢へと広がっていくところが楽しいところだと思う。イケアの家具って、そういう感じがする。だから、お手頃感とか夢とかよりも、なにがなんでも質、、、という人にはたぶん向いていないと思う。


その帰りに、千日前まで出て、金龍らーめん→だるまの串カツと、いつもの大阪コースを満喫。
金龍らーめんのあの絶妙なスープの味、、、あとちょっとでクドくなる、、、というギリギリ手前の線で仕上げてあるあのスープ、これがクセになるんだな。かっこいい今風のらーめんというより、昔ながらの味という感じ。生のニラとキムチを好きなだけトッピングできるのも嬉しい。ニラ多めが最高。 ちなみに生ニンニクも添えてあるのだが、おそらくこれを入れると本来の味からかなりそれてしまうような気がして、今まで入れたことはないけど。
甘めに煮てあるチャーシューも昔っぽくて好き。

串カツ屋もものすごい賑わいで、席に案内してもらうまで10分ほど並んで待った。
油が少々くたびれていたせいか、このあと胸焼けしてしまったのだが、でもやっぱりここの串カツの衣の細かさは私好み。
それにしても大阪の店員さんの接客って好き。すごく若い子でも、「わてら人が好きやねん」というのがひとつひとつの動作ににじみ出てる感じがいい。大阪に来ると、気持ちのネジが1個緩むのも、きっとこの雰囲気のせいなのかも。


帰りの道も、王子の運転テクニックで、渋滞にほとんどはまらず戻ってくることができた。
夜風が冷たくてビーチサンダルの足にはちょっとつらい、、、。
帰りに夜のスーパーで買い物して、、、なんだかこういう何気ない日常がすごく幸せー、というのを噛みしめる。何気ないことなのだけど、子供の頃からずっとずっと憧れてた風景だ。
せっかくの連休だからと、はりきって予定をぎゅうぎゅうに詰めることより、時間の流れに寄り添ってだらだらと過ごすそんな日常のほうがお得な気がするな。そう思うと、この連休はかなりお得に過ごしている我ら。

さて。今夜はさっぱりとしたものを作るとしよう。

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2012年5月 3日 (木)

久しぶりの晴れ間

仕事の合間にドライブ。雲の切れ間からおてんとうさま!久しぶりの晴天!
しかしながら、高速道路の渋滞情報を聞いて、近場の田舎町をくるくる巡ることに。

少し乾いた風、大きな川は豊かな水をたたえ、空はなんとなく夏の終わりみたいな色をしていて、夏休みの絵日記の中にいる気分。

この連休はぽっかりと時間が空くタイミングが多くて、いつもだったらやるべきことを探してそわそわしてしまう自分だが、いっさいやらないことに。そのときどきの自分にすべて任せることにして、無理に時間を埋めようとする作業もやめた。
そもそも本当にやるべきことがあったとしたら、すでにやっているはず。こういう時間は大事だ。
そしてこういう時にこそ、いろんなアイディアが降りてきたり、いつも何気なく考えていることを違う角度から見ることができたりと、視野がぐっと広がるタイミングでもある。
すべてはゆるゆるに通ずるのだな。



夕方、タクミが床屋から戻ってきて、すごくさっぱりした髪型になっていて驚く。プロレスラーのなんとかって人の髪型らしい。その人が載っているプロレス雑誌の切り抜きを持って行ったらしい、、、しっかりしてるなぁ。
タクミいわく、ちょうど床屋のお兄ちゃんがプロレスファンだったので、話が合って盛り上がったそうだ。そもそも奴の年頃でプロレスに詳しい友達なんていないようなので、たぶん嬉しかったのだろうな。

息子たちを見ていると、母親がいないぶん、すごく子供っぽい一面を残しながらも、同じ年代の子と比べると、みょうに大人びているところもあったりする。知らなくていいはずの大人の事情の中でいろいろ感じて生きてるからな、、、。
タクミなんて、初対面の大人と対等な感じで話をしていたりして、我が子ながらそういうところはすごいなぁと思ってしまう。
寂しい想いをたくさんさせてしまったダメ母だが、そんな中でも子供はしっかりと成長しているのだな。



夜はベランダで、星の下でごはんを食べる。
普段ほとんど肉を食べない私であるが今夜はめずらしくたくさん食べられた。新鮮なイカのはらわたごと焼いてバター醤油で食べるというのは最近のヒットである。
お皿に残ったはらわた汁を焼きおにぎりにつけながら食べる、、、、これも最高であーる。
世がヘルシー志向な中、我らはバターを豪快にむさぼる、、、「こんなに旨いものを我慢するなんてオイラたちにはできないよね~」などと言いながら、しまいには、ワインのアテにバターをかじる私、、、。
かじりながら、ハワイで撮った水着写真の腹の部分が浮かんできて、微妙な気持ちになりました、、、、。

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2012年5月 2日 (水)

満たされるぅ

雨の一日。そんな中、ハワイ島を引きずる我らは、王子はアロハシャツ、私はブーゲンビリアの髪飾りを、さらに二人して足元はビーチサンダル、、、、という、かなり場違いな格好で一日を過ごす。「なんか寒いね~」と言うと、「俺たちの中ではもう真夏なのさ」などと王子は言ってたけれど、ほんとのところは、もう少しハワイ島の気分のままでいたい、、というのが正直なところなのだろう。

その、かなり周りの絵から浮いたオイラたち、、、買い物の帰りにお茶してたらフクちゃんファミリーに探し当てられる。
ハワイ島の土産話に華が咲き、立ち話であったにもかかわらず、かなり盛り上がってしまった。旅の話ももちろんであるが、何か思い立ったときに、いつもの日常をポンと置いて、出掛けてしまうという我らの単純さに驚いていたみたいだけど。

しかしそんなフクちゃんファミリーとて、6ヶ月になる息子の節句に、カブトじゃなくて、ダースベーダーのかぶりものをさせるという、さすが!としか言いようのな夫婦である。
この夫婦のなんともいえないツボに、どこか我々と共通のものを感じてしまうのが切ないが、、、。でも好きなんだよね、こういうの。
親バカっぷりをますます炸裂させているそんなふたりに、会えてよかった。



ランチには山ちゃんファミリーが来てくれる。久しぶりに会ったら、家族がまたひとり増えていて、幸せな匂いプンプンでこちらまで満たされてしまった。

ここでもまたハワイ話をしまくり、(感動はしまってはおけないたち)写真見まくり、なんと山ちゃん夫婦も新婚旅行でハワイ島に行ったとのことで、さらに盛り上がってしまった。
「懐かしいな~」と言いながら写真を眺めていたふたりの表情が印象的だった。
当時は、この子供たちもまだ生まれてきていなかったんだぁ、、、新婚ほやほやだったんだぁ、、、とか思うと、時の流れを感じてしまう。ふたりはまだまだ若いので、ほんの数年前のことだろうけど、こうしてふたりが父となり母となり、歴史を刻んでいる姿を思うと、すごいなぁとただただ感心してしまう。

今日は会えてよかった。可愛いチビすけ君も言葉をどんどん吸収している真っ只中で、見ていて微笑ましかったし、子供ってなんでこんなにおもしろいんだろう、、の典型であった。健やかに育っている証拠だ。
若いふたりが、お互いに「パパ」「ママ」と呼び合うのを聞いて、なんだかすごく癒されてしまった。家族っていいなぁ。




夜は王子の好物のねぎヌタを山盛り作り、アジの干物を焼いて、ごはんとお味噌汁で慎ましく食べる。
男の人の好物って、おもしろいくらいにお母さんの得意料理率というのが高いので、作るときは毎回ちょっと緊張してしまう。王子は、私流の味付けでいいよ、みたいに言ってくれるけれど、、、、どうなんだろう。

人は、食べものの味で昔を懐かしんでみたり、ココロが何かを欲するのを埋めてあげたり、知らず知らずのうちにそういう作業をしているんだよね。

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2012年5月 1日 (火)

ぼんやり日和

空っぽだった冷蔵庫の中も、少しずつ今をとり戻してゆく。ランチを終えていろいろ仕込みしていたら夕方になってしまった。

特に、細かい仕込みというのは、出来上がった料理の見た目にはまったく分からない部分なのだけれど、味に奥ゆきを持たせたり、そのものを立体的にしてくれるから、ここは手を抜かずにやろうと決めている。

そういう目に見えないところの気づかいが、全体の印象につながるのだと思う。そしてその部分がすべての土台になるから、このベースさえしっかり作っておけば、あとは簡単なのだというのも、料理以外の分野においても共通していることではないかな。
何においてもベース作りが一番大事で、奥が深くて果てしないというのも実はこの部分なのだろうな。

ナンチャッテの私ではあるけれど、そこだけは我が身を削ってでもやろうと思っている。



ただ今日も、キッチンから離れると途端に眠くなる、、、、の連続であった。王子もまったく一緒。日本時間にまだ身体が対応していないせいなのか、ただたるんでいるだけなのか、、どちらにしても身体というのは正直だな。気づけば、今のハワイ時間を指で数えていたりして、、、、まだしばらくはこの気持ち、引きずりそう、、、。
王子なんか、こっちのビール飲んで、「やっぱりハワイのビールのほうがいい~」などと子供みたいに喚いていた。
でもきっと、この切なさが、また次に繋がると思うので、我慢しないで思う存分この気持ちを声に出して吐き出そう。



晩ごはんの材料を買いに、夕暮れとともに家を出た。空の大きさも星の数も、なんだか小さく少なく見えたけれど、どこからともなく夕餉のしたくの匂いがしてきて、ほっと胸が温かくなった。
煮物とかお味噌汁のああいうほっこりとした匂いって、日本にしかないと思う。日本のお母さんの匂いなんだろうな。

思わずこの私も、たけのこを炊いてしまったことだよ。
それと、
たらの芽(庭に生えてたやつ)とこごみの天ぷら、冷たいうどん で今日の晩ごはん。

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