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2012年3月26日 (月)

朝が来た

夕べ、あれからいろいろ考えていたら、一睡もしないまま朝が来てしまった。すごくどうでもういいようなことと思ってたけど、自分にとっては結構深刻、、、ということなのか。

王子と母上ふたりして、かつての家族たちに会いに行って、、、そしてその間、自分というのは、その人たちの暮らしがあったこの場所でひとり待ってる、、その状況って正直辛かった。会いに行くことが悪いのではなくて、その状況に自分が入れないことだったり、そこに温かな家族の絵があることだったり、羨ましいのやら、淋しいのやらで、、、、そのことを理解しなきゃと思っても、なかなか思うようにはいかない。受けいれるまでには、まだもう少し時間がかかりそうだな。

たぶん、今この自分が、家族っていうものにすごくあこがれていることとか、昔味わったものの懐かしさに浸っていることとか、、、そういうことも、今の気持ちに繋がってるのだと思う。


ただ、こういうことでいちいち悩んだりっていうのは、ちょっと離れて考えると、たんなる甘えかも、って思ったりもする。日々の生活に入り込んできたすきま風みたいに、、、。

こういうとき、そのすきま風に気をとられてしまうのは、気持ちが集中していない証拠で、、、ちゃんと前向いていたら、たぶんそんなところに流されることはないんだろうから。

なんて。
ひとつのことに執着してばかりだと周りが見えなくなるし、、、かといって、無理に気分転換しようだなんて、人間のココロはそんなふうに器用にはできていないよ、、、むずかしいところだな、、、。




そして今日はパクパク2日目だった。前回参加してくれた子たちが、新しい友達を連れてきてくれて、そうやってパクパクの輪が、私の知らないところで広がっていってるこの感じ、なんとも嬉しきこと。気を引き締めていこう。

ただ、気を引き締めながらも、子供たちの持っているものというのは、果てしなく自由なものなので、そこに対応するためには、とにかくこの自分が何も考えないでいるというのが一番重要なところ。無というか、、、真っ白の画用紙でいることというか、、、常にゆるゆるでいるというか、、、いつも心がけていることだ。

昨日、そして今日と、女の子パワーに圧倒されまくっていて、自分が同じ歳のときなんか、こんなにしっかりしていただろうか、、、と今の子供たちの達者っぷりにはただただ驚かされるばかり。
自分の意思をちゃんと持っていてそれを伝えることができることとか、大人の私とも普通の会話ができちゃうこととか(その私の大人レベルが微妙だが)、物事を順序立てて考えることができることとか、、、
とにかく頭いいし、大人びてるし、なんか感心してしまう。

でも子供の部分っていうのも、実はちゃんとあって、、、たとえば発想が自由なこととか、ありのままなこととか、、、。そういうのってみんな、大人がいつの頃か、どこかへ置いてきてしまったものたちばかりなんだよね。

料理を通して、子供たちのそういう部分に触れることができる自分は、ほんとに幸せだと思う。これって、駄菓子やさんの夢に、かなり近づいた感あり!

さて明日も頑張ろう。



夜は王子の好きなカツどんを作って、いつもよりちょっと静かな食卓。
すごく自然な感じの言葉のいらない食卓だった。
食べながら「やっぱり家で食べるごはんが一番落ち着く」って、王子が言ってた。

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