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2012年3月

2012年3月31日 (土)

がんばりどき

結局、夕べ王子は午前様であった。迎えに行ったら、会社のお仲間もいらっしゃったので文句のひとつも言おうかと思ったけど言えなかったよ。
帰りにコンビニでアイスを買ってもらって機嫌を直した。我ながら安上がりな人間です。


今日は、ランチから予約をいただいていたのでひたすら仕込み。
この仕事、不思議なくらい忙しいときが束みたいにやってくる。たいてい普段は、閑古鳥が鳴いているので、こういうときには、ありがたくがんばろうと決めている。待ってましたとばかりに、体じゅうの細胞たちに元気が行き渡るこの感じ、たまらない。そして背中には、いつも責任という文字を背負っているので、ほどよい緊張感にも包まれるのだ。

すごく小さな世界の話ではあるけれど、自分で仕事するって、こういうことなんだろうなと思う。そもそも普段、怠けてばかりいる人間なので、尚のことそう感じる。

自由と責任の比重、ここが大事なのかな、、、仕事って。
そして、仕事が作業になってしまわないようにと、、、いつも心がけてることだ。



明日は日曜日だけれど、いつもごひいきにしてくださってるお客さんたちがいらっしゃるので、また朝から仕込みだ、がんばろう。今夜焼いたケーキが気に入らないのでこれも作り直さなくちゃ。

なんでもそうだと思うけど、何事も完璧にしてしまうと、その先がなくなってしまうので、自分の場合は、ちょっと手前のところで終わらせておく、、、、というのがポイントかも。とくに仕事においては。
このもどかしさが、次のがんばろうに繋がる。


もう寝よ、、、すごく眠い。なんだか日記の内容もよく分からなくなってきた。

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2012年3月30日 (金)

夜はさびしいのう

春うらら。桜のつぼみもこれで一気に膨らみそう。なんとなく、うきうきと胸が高鳴るのもこの季節ならでは。人の気持ちの内にも花を咲かせてくれるからなのだろう、、、春って。


そして今日のパクパク、
前回、前々回も参加してくれた子たちもいて、その子たちの成長ぶりに驚かされるばかりであった。まだあれから半年くらいしか経っていないのに、、、子供ってすごいなあ。

前回までは落ち着いて座ることさえもできなかったおチビちゃんも、今日はしっかりと机に向かって文字を書いていた。
そしてそういうのを大きな子たちがちょっと離れた位置から見守ってたりして、、、、そういうことが自然に子供たちの中に身についていることが、なによりも素晴らしい。
以前は作業の取り合いでケンカみたいになちゃってたのも、今日はまったくなかったし。

そしてこういう子供たちを見ていると、その向こうにお母さんの姿が見えてきたりする。さぞかしたくましく子育てされているんだろうなぁと感心するばかりであった。どんな小さな子でも、自分のことは自分でしっかりとやる姿勢とか、、、見ていてそう感じた。
そして子供たちの中に優しさがあふれていたのも、お母さんの愛そのものなんだろうなぁと。
なんだか子供たちに温かく包んでもらったような、そんな今日のパクパクであった。



午後は仕入れに行き、帰ってきて昼寝。泥のように眠る。
最近、眠るというのが一日のめりはりみたいになってきている。とりあえず寝ることによって、次の作業がスムーズにいく。
が、しかし、だいたいこのパターン、気づくとすでにあたりは真っ暗、、、夜じゃん、、、、という感じなので午後の貴重な時間帯をすべて眠りで埋め尽くしてしまった、、という結果になる。いいことなのかどうか微妙なとこだけど、こういう時間を確保できるということに感謝しよう。なによりも、体が欲していることだし。


今夜は、王子は飲み会。今月彼の飲み会率、かなり高い、、、そしてそのあと決まって具合が悪くなる率も。もういい歳だし、ちょっと心配。

そして、こういうふうに王子がいない日というのは、ものすごく心細くなる自分なので、正直、何も手に付かなかったりする。唯一できることといえば、台所にいること。ここだけが自分の居場所のような気がするので、なんとか王子が帰ってくるまでの時間もここでならつぶせるという感じ。

しかしながら、今夜もまったく音沙汰なしだぁ。たった今、これから2次会だというメールが一通来ただけ。2次会って、、、、何時になるかも分からないだなんて、、、。酔っ払うとこれだもの。

とか言ってる自分だが、ここ数年、仲間と飲んで酔っ払って、、、だなんてほとんどなくなったなぁ。赤提灯で隣のおじさんと仲良くなることも無くなったし、酔っ払って道路に寝ちゃうこともしなくなった、、、。えらく成長した(?!)ものだ。ちょとさびしくもあるけど、、、。

自分でお店するようになると、不思議とそうなってくるのはたしかで。そしてハチャメチャなあの頃は、埋まらない気持ちを酒で埋めたり、酒に逃げて自分癒した気になったり、、、なので今というのは、いろんな意味で健康になったということなのだろう。
だって、ここ最近の酒ってなんてったって旨いもの。酒とはそもそもそういうものだ。


王子を迎えに行かなくてはならないので、まだしばらく起きていなきゃ。
それにしても夜のひとりって、どうしてこんなに淋しいんだろ~。うえーん。

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2012年3月29日 (木)

すいみん大事

フラメンコへ。今日も師匠の優しい愛のスパルタレッスンをみっちり受ける。レッスンの半分以上が基礎体力作りというのもこの師匠ならではのやり方。まず体ができていないとフラメンコは踊れないとのこと。
こんな体育会系なノリ、、、この歳になって経験するなんて思ってもみなかった。
あちこちから「も~だめ~」「しんど~い」「むりむりむり、、、、」などと、自分も含め素敵なお年ごろの人たちの悲痛な叫び声が、、、、。

体は痛いけど、終えたあとの爽快感がなんともいえない。充実してる~って感じ。これも、この歳ならではの感想だと思う。

体を動かすって大事だし、体だけじゃなくて、実はココロにもよいことなんだと、最近すごく感じる。凝り固まったものを、解きほぐしてくれるような、、、そんな感覚なのだ。
うまく踊れるようになりたい、というのももちろんあるけれど、どちらかといえば今は、とりあえず体を動かしてみる、ということで十分なのかも。

それにしても、師匠の容赦なしなスパルタ具合、、、、これこそまさに愛がなければできないことだと思う。
そういう師匠の本気度が伝わってくるレッスンなので、こちらも本気で受け止めようという気持ちに自然となる。こういうストレートなやりとりってすごく好き。

今日は夜に予約をいただいていたので、買い物して帰る。車の中は温室みたいで、窓を少し開けると、春の匂いが入ってきた。菜の花とか水仙とかの黄色が似合う季節だなぁ。

それにしても今は春休みの真っただ中。スーパーに行ってもどこに行っても親子連れが目立つ。微笑ましい風景であるとともに、自分の中にある淋しさの根っことリンクしてしまって、ちょっと切なくなったりも、、、。生きてくのって大変だなぁとこういうとき思ったりするけれど、この部分があるからこそ、それが明日への力に繋がったりもするので頑張ろうとも思える。


明日もパクパクなので、しっかり睡眠を確保しよう。パクパクをやるには、実はこれが一番大事だということに最近気づいたのだよ。
子供は理屈じゃないのよね。その瞬間、瞬間の想いとか、表現とかしか伝わらない。そのためには、ちゃんと寝てエネルギーを充電しておかねばだよ。

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2012年3月28日 (水)

ハチャメチャもあり

晴れたり雨降ったり、すごく気まぐれな天気。そんな中、今日もパクパク。


来てくれる子供たちひとりひとり、みんな持っているものが違うので、そこを引き出してあげるためには、この自分がいつもニュートラルであることが重要。

大人は、ちょっと疲れてくるだけでもコトバとキモチがずれてきたりして、、、、だけどそういう大人の都合を、子供はいとも簡単に見破る。小さカラダと小さなココロの持ち主は、実はものすごいパワーを秘めた巨人なのだ。
毎日たくさんの子供たちを見ていると、つくづくそう感じる。


今日のパクパクはなかなか手ごわかった。
まだ年齢も小さいというのもあるけれど、なんでも好き勝手できちゃう時期にある子たち。
周りを見て行動することだったり、やっていいこといけないことの区別が、まだあまり理解できていない年齢。
誰でも通る道なので、それを無理になおそうとするのはあまり意味がないことなので、そうなると、気づかせるしかないのよね、、、。言葉ではなくて、こちらの雰囲気とか態度とか、、、そういうの。
だけど、なかなかこれもむづかしく、誰かひとりが道を外れると、みんな一緒に外れていって戻ってこれなくなっちゃって、、、。
ならば、私も一緒に外れてやれえ~と、、、もうなんだかめちゃくちゃハチャメチャ、、、、。

でもこのめちゃくちゃが良かった。ようやくみんながひとつになれた感じだった。
料理なんか作ってる場合じゃなくて、もっとそれ以前にやるべきことがあったということにようやく気づいた瞬間だった。学ぶこと多いな。


それでもなんとか、遊びながらも料理を仕上げて、みんなで食べて笑って、、、おもしろかった。

こどもたちにマニュアルなんか通用しないのだ。何が飛び出すか分からないのがそもそも子供。その子たちのココロに寄り添うのが私の役目なのかな、って思った。



ここのところ、王子が帰ってきてパクパクの報告をするのが日課。私が疲れているんじゃないかと気づかってくれて今夜は、マーボー豆腐を作ってくれた。優しい人だなあ。

しかし作るだけ作って、台所も豪快に散らかったまま、ボクの役目はこれでおしまい、、、みたいなのって、正直ちょっとビミョー、、、、まいっか。

人から優しくしてもらえることが、なによりもの癒しだなぁ。

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2012年3月27日 (火)

感動を求めること

夕べはしっかり寝たので、朝から頭もすっきり爽快、体もてきぱきと動く。人間、なにがなんでもまず睡眠、というのを実感。ココロの問題もちゃんと寝ると、ある程度は解決したりする。
頭の中の霧が晴れたみたいでなんともすがすがしい。


今日のパクパク、ほとんどが初めて参加する子たちばかりで、みんな最初はちょっ緊張気味。でも、その緊張もあっという間にほぐしてしまうというのが子供の能力。その柔軟なココロ、、、大人も見習いたいものだな。
そして、もしそこでカチカチになっている子がいたとしても、子供の場合は、けして無理をしない、そのままでいる。実はここが大事。
素直な自分のままでいることが、どれだけ大切なことか、、、、子供たちを見ていると大人が忘れかけたものにたくさん気づかされる。大人だったらきっと、無理してでもその場に溶け込もうとして頑張っちゃったり力んじゃったりするのだけど。
このパクパクがやめられない理由のひとつだ。

人数も6人と、ちょっと多めだったため、台所はぎゅうぎゅう。誰かが玉ねぎを切り始めると、みんなして涙まみれになったりしておもしろかった。
包丁持つのも、お米を研ぐのも、ほとんどの子が初めてだったから、列になって順番にやった。包丁なんて、もう見ていてハラハラどきどきだったけど、ここで大人が、ああでもないこうでもないと口出しすると、子供のココロが萎縮しちゃうので逆にケガしたりする、、、正直見てるのはこわいけど、ここは子供を信じる、、、それしかないもの。

それと、今日気づいたこと。
子供が大人(わたし)に対して「○○してもいい?」って口癖みたいに聞いてくることだ。どの子も。
決して好き勝手になんでもやるというわけではなく、必ずひとつひとつそうやって子供は大人に確認している。

そこで思うのことは、
その大人というのが、子供にたいしてきちんとした答えを返してあげているだろうか、、、ということ。大人の都合で返してはいないだろうか、、、とか。
ふと、自分が子育てをしていた頃のことなどを思い出して、そう思ったりした。だから、そのピュアなココロがちゃんと受けとめられるような答えを、大人は返してあげないといけないのだと思う、たぶんすごく大事なことだと思った。

学ぶこと、多いなぁ。



そして今日一番感動したのは、ちょっと見た感じワルガキタイプの子が(その子はおそらく照れ隠しでそうしている)最後の最後になって、ママにお手紙を書いていたこと。

今回の企画のひとつで、いつもいろいろやってくれているママへお手紙を書こうというのがあるのだけれど、そのワルガキっ子は、こういうこと素直にやるような子じゃないのよね、こちらも、それはそれでまぁいいかぁ、その子の表現だし、、とか思っていたんだけど。
帰る間際になって、なにやらコソコソと鉛筆持って隠しながらやってるからなんだろう、ってこっそりのぞいてみたら、ママへのお手紙だったの。
その子の素顔が垣間見れた瞬間だった、まさに。思わず胸キュン、涙出そうになった。


子供たちが帰ったあと、夜まで爆睡。体は正直だな。


自分ごとだけど、、、
昨日まで自分の中でもやもやしてた悩みごとや考えごとが、気づいたらどこかへ行ってしまった。人は感動したり、ココロが大きく揺れたりすると、どうでもいいようなことが、本当にどうでもよくなったりするのだな。というか、忘れてしまうのかも知れないし、悩みのかたまりが小さくなるのかも知れないな。
きっと人生ってこの繰り返しなのだろう。
ということは、
やっぱり無理してでも、人は貪欲にも感動を求め続けていくべきなのだろう、、、
と思ったことだよ。

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2012年3月26日 (月)

朝が来た

夕べ、あれからいろいろ考えていたら、一睡もしないまま朝が来てしまった。すごくどうでもういいようなことと思ってたけど、自分にとっては結構深刻、、、ということなのか。

王子と母上ふたりして、かつての家族たちに会いに行って、、、そしてその間、自分というのは、その人たちの暮らしがあったこの場所でひとり待ってる、、その状況って正直辛かった。会いに行くことが悪いのではなくて、その状況に自分が入れないことだったり、そこに温かな家族の絵があることだったり、羨ましいのやら、淋しいのやらで、、、、そのことを理解しなきゃと思っても、なかなか思うようにはいかない。受けいれるまでには、まだもう少し時間がかかりそうだな。

たぶん、今この自分が、家族っていうものにすごくあこがれていることとか、昔味わったものの懐かしさに浸っていることとか、、、そういうことも、今の気持ちに繋がってるのだと思う。


ただ、こういうことでいちいち悩んだりっていうのは、ちょっと離れて考えると、たんなる甘えかも、って思ったりもする。日々の生活に入り込んできたすきま風みたいに、、、。

こういうとき、そのすきま風に気をとられてしまうのは、気持ちが集中していない証拠で、、、ちゃんと前向いていたら、たぶんそんなところに流されることはないんだろうから。

なんて。
ひとつのことに執着してばかりだと周りが見えなくなるし、、、かといって、無理に気分転換しようだなんて、人間のココロはそんなふうに器用にはできていないよ、、、むずかしいところだな、、、。




そして今日はパクパク2日目だった。前回参加してくれた子たちが、新しい友達を連れてきてくれて、そうやってパクパクの輪が、私の知らないところで広がっていってるこの感じ、なんとも嬉しきこと。気を引き締めていこう。

ただ、気を引き締めながらも、子供たちの持っているものというのは、果てしなく自由なものなので、そこに対応するためには、とにかくこの自分が何も考えないでいるというのが一番重要なところ。無というか、、、真っ白の画用紙でいることというか、、、常にゆるゆるでいるというか、、、いつも心がけていることだ。

昨日、そして今日と、女の子パワーに圧倒されまくっていて、自分が同じ歳のときなんか、こんなにしっかりしていただろうか、、、と今の子供たちの達者っぷりにはただただ驚かされるばかり。
自分の意思をちゃんと持っていてそれを伝えることができることとか、大人の私とも普通の会話ができちゃうこととか(その私の大人レベルが微妙だが)、物事を順序立てて考えることができることとか、、、
とにかく頭いいし、大人びてるし、なんか感心してしまう。

でも子供の部分っていうのも、実はちゃんとあって、、、たとえば発想が自由なこととか、ありのままなこととか、、、。そういうのってみんな、大人がいつの頃か、どこかへ置いてきてしまったものたちばかりなんだよね。

料理を通して、子供たちのそういう部分に触れることができる自分は、ほんとに幸せだと思う。これって、駄菓子やさんの夢に、かなり近づいた感あり!

さて明日も頑張ろう。



夜は王子の好きなカツどんを作って、いつもよりちょっと静かな食卓。
すごく自然な感じの言葉のいらない食卓だった。
食べながら「やっぱり家で食べるごはんが一番落ち着く」って、王子が言ってた。

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2012年3月25日 (日)

きらきら

どうでもいいことだけど、、、、。どうしても自分の中に引っかかっていることのひとつに、王子が、かつてのここの住人たちに今の彼自身の環境とか生活とか、もちろん私のことも含めて、いっさい明かしていない、、、というのがある。なので、かつての人たちはみな、いつかまたお父さんと昔のような生活を送れるということを心待ちにしてる、とさえ思われる出来事がいくつかある。
それはやはり、王子という人が「できている人」であるからなんだと思う。状況は変わっても、愛情でつながっているという証なんだと思う。それは素晴らしいことだと思うし、そういう人だからこそ、自分も好きになったのだと思う。

一方、比べるとかではないが、自分の場合は、今は自由に行き来してるタクミを始め、長男、次男にも、自分の今をありのままに伝えているし、それが正直な息子たちへの愛情だと思ったからそうした、、、伝えたときは、辛かったけど。

しかし、どうやら王子は違う。本人いわく、今のこの環境をそのままかつての人たちに伝えることはこわいと言っていた。こわいってなんだよ、、とか思ったけど。しかもこの言葉、けっこうショックだった。伝えることによって、何かが壊れるってこと?!何かを失うってこと?!もしかしてそれって、家族の絆とか?!

王子の人柄であろうか。誰も不幸な気持ちにさせないということなんだろうか。
実の娘や息子たち、かつての奥様、そして私に対して、、、愛情の種類はみな違うし、そもそも比べるものでもないと思うけれど、、、
そこに優先順位くらいあってもいいのではないだろうか、、、、と思うのは、私だけであろうか。とっても複雑な気持ちだし、まだ自分の中で乗り越えられない気持ちのひとつでもあるので、ちょっと行き詰まり、ここに書いた。相変わらずオイラ、ちっこい。


私だって、そんな過去の王子の住人たちの思い出いっぱい宿ったこの場所で毎日なんとかへこたれないように頑張って暮らしているんだぞー。周りの反対を押し切って店まで作って、でもそうでもしないとこの自分の居場所さえもなくなってゆくような気がしたから、だからこんなに強がってるのだぞー、、、、ほんとは苦しいんだよー、、、、などと、いくつも理屈並べて自分励ましてみたことだよ。

そして、「私の帰るお家っていったいどこ?」って、、、こういうとき思う。
それにしても王子の過去の温もりが今もちゃんと残っているという現実が、なんだか羨ましくてたまらなかったよ。痛いよー。
私はまだまだこういうとこ、人間ちっこいし、めんどくさいところだけど、やっぱり自分の人生妥協したくないから、どんなに些細なことでも自分の中の反応は大事にしていこうと思う。




そうやって落ち込むこともいろいろあるけれど、実は今日からまた、春のパクパクが始まったりで、泣いてばかりもいられないという感じ、、、泣きたいけど。
こどもたちを見ていると、そういう下向きの気持ちは一気に吹き飛んでしまう。そしてこの子たちに、「メロちゃんはここに居ていいんだよ」と言われているような気さえして、またしてもじんとくる。子供とは、そもそもそういう存在なのだな。
なので、今日も本音、本気でぶつかって、なんとも爽快な気分。裏表ないし、ありのままだし、かっこつけなくていいし、そういうのがすごくいい。たぶん、自分のいろんな過去がなかったら、こうは感じられなかったと思う。いろんなことが繋がって、今の意味が生まれているんだなと思うと、辛かった過去の出来事にも、キラキラと光が当たり始めるのだな。
今できることだけを精一杯やっていこう。


また、明日のためにエネルギーを充電しておかなくては、、、なので今夜は早めに寝よう。なにしろ、本音、本気で子供たちにぶつかるわけだから、けっこう体力いるのよね。
でもこれもすべてシンプルな情熱だけでやっていることなので、実は体はたいして疲れないのだよ。

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2012年3月24日 (土)

泣けてくる幸せ

王子が朝起きてくるなり、「なんだか肌の調子がとても良い感じ」などと私より女子っぽいセリフを言ってきたので、「どれどれ」とばかりに頬をさすってみたら、うらやましいくらいモチモチつるつるであった。
本人いわく、ここ数日の、半絶食みたいな生活で、カラダの中の余分なものがおちたのかも、とのこと。これって病気によって、再生されたってこと?!、、、、。人間のカラダの神秘だ~。

そんなつるつる王子(?!)と、朝からコーヒーを飲みに行ったりして、「なんだか久しぶりにのんびりって感じでよいね~」と、いつもよりも何倍にもゆっくりと流れる時間を堪能する。こういう時間は、無理しても作るべきだなぁとしみじみ思った。


午後からは、福ちゃんのカメラのワークショップ。その会場にうちの店を選んでくれたことが嬉しい。彼がここをアジトと呼んでくれていることも。
そしてさらに嬉しいことに、福ちゃんが「せがれ」を連れてやってきた!その「せがれ」は、なんと生まれて3ヶ月ではあるが、パパになった彼が、まだ赤子の息子をせがれと呼んでいるのがなんとも微笑ましかった。
福ちゃんの奥さんのヒサちゃんも、元気そうでなにより。あどけなかった彼女も、すっかり母の顔になっていた。
そうやって好きな人たちが、少しずつ人生の歴史を刻んでいっている姿って、なんだかじーんとくるな。母の気持ち。

そういう、その人の大事な人生の一部分を共有することができてすごく幸せだし、ありがたい。この仕事していて、ほんとによかったと思う瞬間でもある。


夜は王子が、どうしてもうなぎが食べたいと言うので、ひつまぶしを食べに行く。彼いわく、調子の悪いときこそ、自分の食べたいものを食べる!のだそう。うん、うん、そうだよね、、、と相槌打ちながらも、うなぎこそ胃にもたれるのでは?とちょっと心配したけど。

案の定、帰ってきて少し辛そうにしてた。でもこういう「食べたい」の欲求をかなえるのはココロにとっては大事なことなので、後悔はないであろう。

それにしても、王子が調子を崩してからというもの、食べることとか、カラダのこととか、そこにココロが関連していることとか、、、、すごくリアルに感じることが多い。
人は食べたものによって、このカラダが作られているからこそ、「食べる」ということを鵜呑みにしてはいけないということとか、「食べもの」はカラダだけではなく、その人の内面的なものも作り出していることとか、、、、。
それは、「食べもの」というのは、人の想いとか愛情とかで出来ているものだから、ということとか。

これからも、ただ意味無くゴハンを作る人間ではなくて、「そういう裏づけが実は大事で、、、だから食べることって尊いんだよ」っていうゴハンを作っていきたいな。

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2012年3月23日 (金)

ココロの健康

王子の体調が少しずつ快復にむかっていき、家の中にもなんとなく平和が戻ってくる。健康であることの本当の意味が分かった感あり。

外は一日じゅう雨。この時期ならではの、芽吹きのための恵みの雨だ。土を潤おし、そこには春の匂いが立ち込める、、、この雨音の中にも春が息づいているのを感じる。

そんな中、今日はずっと家に引きこもる。ケーキを焼いたり、本を読んだり、ほとんど動かないニート生活。自分の場合はこういう日に、頭の中で整理しなくてはならない事柄を、ひとつひとつ片付けていく、、、この作業がけっこう大事。

整理しておくことによって、自分の言動に自信が持てるようになるし。曖昧さは、自分という人間をどんどん狭く小さくしてゆくもの。だから、自分にしかないある一定のルールにそってひとつづつココロにおとしていく、、、、ココロにおちないものは、たぶん、まだ見直す余地ありなので、あらためて時間をかけて噛み砕いてゆく。その繰り返し。
そして、その自分の中のルールというものも、時に、修正したり、新たなものを付け加えたりしてゆくことも、すごく大事なことで。人間が偏らないために、、、ココロがいつも柔軟であるためにだ。



夜テレビを見ていたら、ある芸能人の壮絶な人生が映っていて号泣してしまった。その人が乗り越えた辛い過去の数々、計り知れないほどの悲しみの重み、そしてそこから立ち上がるまでの血のにじむような努力、、、それを思うと胸が痛くてたまらなくなった。

それと同時に、こういうとき思いがちなのが、こんなに辛いことをたくさんしてきた人から見たら、自分の辛さなんて全然たいしたことない、、、と思ってしまうことだ。昔の自分はそうだった。
けれど、それはダメな考え方だということを、あとになって気づいた。
それは、その人の人生をこちらが勝手に、かわいそうなものと思ってしまったり気の毒だと感じることに、まったく意味はないということなのだ。

その人、その人の人生がそこにはある、、、その事実があるということ、それを認めること、、、それ以上のこともそれ以下のことも、自分という人間にはできないのだ。
ただ、その人の人生を知ったことで、自分のこれからの人生の幅が広くなったりする事実だけはたしかだと思う。



仕事で遅くなった王子、、、しかも今日のお弁当も朝のままお持ち帰りであった。、、、ってことは、朝ごはん食べたっきり何も食べてない?!
体調悪かった?って聞くと、「万が一食べて調子悪くなると困るから食べなかった・・・」とのこと。
空腹で16時間、私なら耐えられない。そしてこのゴハンとカラダの微妙なまでの神経質さ加減、、、、王子の母上とすごく似てる。ピュアに出来てる人たちです。でもきっと、これが正解なんだろうな。人は、ほんとにカラダももちろんのこと、ココロも元気でないとゴハンって食べられない。暴飲暴食しちゃう人とか、拒食とか過食の人とかっていうのは、やっぱりココロに問題があるのだと思う。だからココロが健康な人っていうのは、自分が食べるものの質とか量とかって自然に分かっているのだと思う。



晩ごはんに、優しい味つけのあんかけ焼きそばを作ったけど、半分以上は私がたいらげた。ここのところ洗い物もちょこっと。後片付けも簡単。なんとなくそれって寂しい。








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2012年3月22日 (木)

作る意欲、食べる意欲、ココロのゴハン

王子の熱、夕べからまた上がってしまい朝いちばんで病院の予約をとりに行く。そのあと、自分はそのままフラメンコへ向かう、、、、その後の王子の体調が心配ではあったが、小さい子供であるまいし大丈夫であろうと、、、心を鬼にして。あとから聞いた話によると、彼のほうは、診察を終えいつもどおり無事に会社に着いたとのこと。

・・・

今日のフラメンコのレッスンも濃かった。上半身と下半身を分ける、というフラメンコの基礎がまったくできていないことや、教わった振り付けをいち早く忘れてしまう自分の悪い癖など、、、気づかされることがいっぱい。

中でも今日いちばん印象に残ったのは、、、私の場合、踊りに夢中になると、重心がどんどん上のほうにいってしまうということ。肩に力が入ってしまったり、上半身の動きが固くなってしまうらしい。しかしそういう時こそ、重心は、「下に」なのだそう。お腹から下にどっしりと重みを置くこと、、、地に根を張るようなイメージ。深いな~。

でもこれは、フラメンコにかぎった話ではなく、人の生き方に通ずるもののようにも思えた。

頑張りすぎると、人って頭のほうにばかり意識がいってしまって肩も首も力んでしまう。そういうときこそ、自分の足の裏で大地を踏みしめる、、、まさに重心を下に降ろすということなのだろうな。踊りのことで、師匠に指摘してもらったことだけど、なんだか自分の日常を言われているような気さえして、思わずドキっとしてしまった。私の落ち着きのないクセとかも、すぐに見抜かれてしまうし、、、、、そういうのって、全部踊りに出るんだな。

レッスンを受けながら、「なぜ自分は踊りの中でも、このフラメンコを選んだのか、、」、などとふと思ったりしたけれど、なんだかわからないが妙に惹かれる、、、としか言いようがない。このリズム、ギターの音、、、たまらん。 きっとこの「なんだかわからないけど」っていうのが、実はいちばん自分の中にある正直な感覚なのかも知れないな、、、何事においてもたぶんそうだと思う。

・・・・・

夕方王子は早めに帰ってきた。片道1時間かかる道をなんとか自分で運転して帰ってきて、、、ほっとひと安心。

昨日からほとんどゴハンを食べていない彼ではあったが、ようやく「シチューが食べたい」とのリクエストが出てきたので、少しずつ快復に向かってる感ありだ。

だけど、実際食卓に並べるとほんのひと口しか食べれられない様子。気持ちは欲しているのに体はまだそこについていけないという感じなのだろう、、、。

ここ数日で思ったことは、ゴハンはやっぱりそこに食べてくれる人がいるからこそ、作りたいって思いが自然に湧いてくるものなのだということ。人間は一生のうちに、いったい何度の食事をするか分からないが、そこで何を食べるか、誰と食べるか、ってことは実はすごく大事なことだと思った。「生きる」ということと同じくらい、こだわりを持っていきたいものだと。それはゴハンというものはカラダだけでなく、ココロをも作るものだからなんだと思う。

・・・・・・・

たった今、王子のデコに熱冷シートを貼ってやった。

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2012年3月21日 (水)

元気であることのありがたみ

お昼に近所の子供たちとママたちが来てくれる。遊びたくてしかたのない子供たちに、皿を洗ってもらい、後片付けも全部やってもらい、さらに庭の草むしりまでやってもらうというお手伝いフルコースをやってもらう。子供って、なんでも遊びに代えてしまう天才だなあ。そんな子供たちのピュアな部分に触れることができて胸きゅんだった。これがもう少し、おとなになっていろんな知恵がついてくると、なかなかこうはいかないもの。そういう子供の成長段階の瞬間瞬間を、見落とさないようにしようって、子育てた時代いつも思ってたな。

お陰でお皿もお庭もぴっかぴか。たすかっちゃった~。

・・・・・・・・

夜は、いつもより早めに帰ってきた王子の顔色がおかしいとか思っていたら、朝持って行ったお弁当もそのままだった。お腹が痛くて食べられなかったそうだ。

そのうち、どんどん熱も上がってきて、なんだか苦しそうになってきて。どんなに苦しくても泣いたりわめいたりできないのが大人だ、、、とくに男の人は。じっとこらえて我慢してる姿は痛々しい。ここのところ、なんとなく調子の悪い日続きの王子だったので、ついに熱か、、、という感じ。体の芯のほうにまだ、小さな病気のかたまりが残っていたのだろうな。

なんとなく家じゅうどんより。健康であることのありがたみが沁みてくる。

・・・

晩ごはんは、王子が食べられないというので無しだった、、、こんなことめったにない。具合悪そうにしてる王子を見ていたら、食欲というか、料理欲さえ湧いてこず、食パン1枚という超ダメダメなゴハン、、、しかもそれさえもなかなか喉を通らないという始末。お腹はぐうぐう鳴るのに、ココロが欲してないみたい。

ゴハンを作るもの食べるのも、カラダとそしてココロが元気でないとできないことだとしみじみ思った。ただ、これがもうちょっと快復してくると、ゴハンが元気の源になって、ココロをも立て直してくれる役目をしてくれることも分かってる。今がまさに山場。病気とココロと自分と向き合わなければならない辛いときだけどなんとしてでも越えるしかないよな。

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2012年3月20日 (火)

写真整理

そういえば今日は休日であった。どおりでスーパーに行っても、図書館に行っても、家族連れであふれてたわけだ。王子はいつも通り出勤、、、、私はいつも通りひとり。

最近、家族っていうものに、すごくあこがれる。自分で決めてきた人生だけど、人はやっぱりひとりでは生きていけないし、家族あっての生きがいみたいなものはたしかにあると思う。自分のこの人生を後悔するわけではないけれど、こうなったからこそ、家族の大切さが身に沁みたりする。 スーパーマーケットで、ママがベビーカーを押し、上の子をパパが抱っこ、というどこにでもある家族の休日の絵を見たら、ふとそんなことを思ってしまった。

・・・・・・・

今日は一日じゅう、写真の整理。

夏のパクパク、冬のパクパクで撮りためた写真をアルバムに貼っていった。我ながら、ものすごい回数をやってきたことに驚くも、一回一回全部の場面を覚えている自分もいて、あの時間がいかに濃厚であったかということ。

おもしろいことに、アルバムの中の子供たちはみな笑ってる。何かとくべつメロディ先生が面白いことをしたわけではなくて、子供たちの中から自然にあふれてくるものがそのまま表情に出てる感じ。みんなキラキラしている、、、子供しか持っていないものがそこにあった。

今週末からいよいよ春休みバージョンが始まるので、なんだか心構えとしてはよいことであった、、、このアルバム作り。

しかし、写真の整理っていうのは、いちいち想い出に浸ってしまうので時間がかかる。ただただアルバムにぺたぺた貼ってるだけなのに、すごく濃厚な時間を過ごしたあとみたいな気分。

実は私がひとり勝手に思っていることだけれど、、、、、いつかこの子たちが大人になたときに、これを思い出してくれて、おばあちゃんになったメロディ先生と一緒に、このアルバムを開くときが来たらなぁ~って、、、そういうの密かに楽しみにしてたりするのですよ。

           ・・・・・

夜はM氏と久しぶりにまったり会。冷蔵庫に鶏肉しかなかったので、親子丼を作った。普段野菜をほとんど食べないというM氏なので、ここぞとばかりに山盛りの玉ねぎを入れて差し上げた。

ビジネスにおいて大事な3本柱は、素直であること、勤勉であること、努力を惜しまないこと、、、などという、いつもながら人生の大先輩であるM氏のありがたいお話も頂戴した。こんなチャラチャラな自分にも、そういうことを丁寧に話してくださるM氏のその素直さ、、、もうそれで十分のような気もするなあ。

・・・・

それにしても最近代えたお店の照明、なかなかよいです!光もピンクなので温かみがありまする!夜になるとちょっと怪しげな感じになるのも、これまた好きっす!

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2012年3月19日 (月)

春がいる

風の強い一日。冬ものがなかなかしまえない。

寒いけれど、この風の中に、この空気の中に、春がちゃんと居るのが分かる、、、匂いが違うのだ。ちょっとむれた生きものの匂いがする。

田んぼの畦道には、ニョキニョキとつくしが顔を出していた。

・・・・

今日はずっと机の上での作業をする。苦手だけれどやらないと進まないので頑張って集中する。でもさすがに午後にもなると飽きてきて、お外の空気を吸いにいったりして、気持ちを平らに保てるように工夫したり。

好きじゃないことをやるって、ほんと余分なエネルギーがかかるから疲れがどっとくる感じなのだ。できるのならやりたくないものだ。もしここに、1時間やったらいくらとかって時給がついたとしてもたぶんやらない。今は王子に頼まれているからやってるだけ。

それに比べて、好きな料理においては、もう遊びの延長という感じ。とにかく作るのが楽しくて楽しくてしかたないというふう。だから意識しなくても勝手に集中できるし、いくらでも台所に立っていられるし、その疲れ方もぜんぜん違う。ただし、これが仕事となると、好き勝手な遊びで終わらせてはいけないので、そのへんの気持ちの覚悟というのは、また別の意味で大変なのだけど。それでも、ベースに「ただシンプルに料理が好き」というのがあるから、続けられるのだと思う。

もうこれからは、なるべくなら好きなことをだけを活かしながら、のばしてやっていきたいものだな。嫌いなことにわざわざ時間とエネルギーを費やすのはやめようと思う。

その基準というのも、自分の場合は、お金になるとかならないとか、、、人のためになるとかならないとか、、、そういうのではなくて、ただシンプルに好きか嫌いかなので、正直ちっとも儲からない。今までもずっとそうしてきた。 儲からないけど、なんといってもこれだとストレスがないし、いつも気持ちよくいられる。たぶん自分の場合は、こっちが正解。

       ・・・・・・・・・・・・・・

王子の胃の調子も少しずつ快復に向かってる。今日はまさみちゃんが胃によいというバスソルト(もちろん彼女の手作りです!)を持ってきてくれたりして、そういう彼女のさりげない気づかいにはいつも胸きゅん。 ごはん担当の私としては、刺激ぶつは控えて、味付けもいつもより淡い感じにした。 病気をよい方向へ持っていくのって、薬の力もちろんのことだけど、本人の意思とか、誰かの想いとか、そういう見えないものの力って大きく影響すると思うな。

・・・・・

今日の晩ごはんは、

アサリの生のりのスパゲッティ(昆布だしベース)、お豆腐とサバ缶と新たまねぎのサラダ、ブロッコリーを茹でて塩とオリーブオイルかけただけの。

新玉ねぎは、縦にして繊維にそって薄切りしたほうが食感がよいということに気づいた。横にして切ったら、ふにゃふにゃであった。春限定の美味しさ。

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2012年3月18日 (日)

まったくぅ

タクミが日帰りで遊びに来る。みんなで美味しいうどんを食べたり、買い物に行ったりして平和な日曜日の風景。子供がいると、そういう雰囲気が自然にできあがる感じがよいなぁと思う。子供って太陽なんだな。王子の胃の痛みも、昨日よりだいぶ落ち着いてきたみたいし。

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タクミが用事があるとのことで夕方早めに帰り、晩ごはんは王子とふたりでということに。ボンゴレを作ったり、サラダを作ったり、王子リクエストの豚の唐揚げも作ったり、おつまみも用意してワインも開けた。

しかしながらボンゴレは、フライパンをあおっているうちに、パスタが伸びてしまい、さんざんな出来に。ボンゴレの場合、アサリの汁をじゅうぶんにパスタに吸わせるために、アルデンテよりもっと手前で茹で上げるのがコツ。(あくまでも私流だけど)今日のは茹で過ぎ、、、ぜんぜんダメ。なんだかくやしいのやら、腹立たしいのやらで、ものすごく落ち込む。王子も「今日のパスタはダメだね」とか普通に言ってたし。

明日もまた同じのを作るつもり。料理に関しては、成功するまで(自分で納得いくまで)作り続けるというのが自分のやり方だもん。

ちなみに、豚の唐揚げは、王子の母上の得意料理らしい。王子に限らず、男の人の食べものの好みって、ほとんどが母親の味。子供の頃に食べていた味。今まで付き合った男の人の9割がそうであった。

女というのは、それをさりげなくそれを再現しようと努力したりするんだもの、、、なんてけなげなのだろうと思う。

味って、そうやって受け継がれていくものだし、ずっと繋がっていくものなんだろうな。人と人は、みなどこかで繋がっているように、味というのも、そういうものなのだろう。

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なんとなくこの日記を書きながら、気持ちのどこかがしっくりこなくて、、、どうしてかなぁと思っていたら、昼間の出来事が今、浮かんだ。どうでもいいことだけど、とりあえず書き留めておこう。

いつも行く電気屋さんで、お会計のとき、なぜ、いまだに王子は、前の奥さん名義のポイントカードを普通に使うのだろうかと。使うのは勝手だが、お会計のたびにレジのお姉さんが、その名前(もと奥さま)の名前を声に出して読み上げるのを聞く自分がイヤなのだ。すごくどうでもいいことなんだけど、イヤなものはイヤだから。

男の人にとっては、なんとも思わないことでも、女って結構こういうとこ気にすると思う。女のめんどくさいところではあるけど、そもそもめんどくさいのが女である。

まったくぅ、男って、こういうとこ詰めが甘いっていうかなんていうか、、、。

私だったら、その名前の入ってるカードごと、とっくに破棄してるよ。

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こういう小さな出来事の中にも、人のココロはちゃんと息づいているのだ。いろんなことを感じてるし、思ってたりする。いちいち神経質なことかも知れないけど、どんな小さいことでも感じたことは流さずに、受けとめてあげようと思ってる、、、自分の中で。

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2012年3月17日 (土)

体の痛み

王子、胃痛でダウン。夜中じゅう、何度も起きては痛みの中でうずくまってた。朝いちばんで、病院の予約をとりに行く。

そして、雨ざぁざぁの中、病院へ。とくに、たいしたことではなかったとのことだが、、、、あの痛がりようで、たいしたことないなんて信じられないという感じ。そうなると、メンタル的なものかなと。とくに胃だし、、、。

何か自分にできることはないかな、、、と考えてはみるけれど、ただ隣に寄り添うことしかできないのだよね、、、こういうときって。

家の中もなんとなくグレーな感じ。静かな部屋に雨音だけが響いてた。王子は目は開けてはいたけど、ずっと布団の中。痛いんだろうな。

・・・・

そんな中、家の買い物に出たり、仕込みをしたり、タクミに頼まれていたバレンタインのお返しのブラウニーを焼きまくったりして、なんとか時間を埋めてみる。家の中も気持ちの中もどんよりしていると、やるべきことにもなかなか集中できないものだな。元気でいるということは、あたりまえにしか感じていなかったけど、実はすごく貴重で、ありがたいものなのだと、こういうとき思う。そして体が痛いときって、心も痛くなるということも。

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王子が寝ている間、ずっと自分の気持ちと向き合ったりもして、、、、。ここのところ、忙しい王子にたいして強く当たってしまったことだとか、いつもなんでも言いたい放題なところとか、、、、たぶんそういうことも、彼の気持ちに負担をかけてしまったのではないかな、、、などと反省したり。私の中でも、なんとなく最近、いつもとは違ったお互いのズレみたいなものを感じていたので、(ことばにするのはむずかしい)それが表に出てしまった結果なのかも、とも思った。病気って、もしかしたら本人だけの問題じゃないのかな、、、とまで。

・・・・・

そんなこんなで、いろいろ考えさせられた一日であった。王子は今日一日、ずっとおっかない顔。明日には落ち着くといいな。

夜、本日初めての食事、、、ふたりとも。

鯛のぞうすい、温野菜サラダ、ササミと大根おろしと梅の和えたの。

ゴハンって、ココロが元気じゃないと、作れないし、、、食べられない。 王子がぞうすいをおかわりしてた。快復の兆し。

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2012年3月16日 (金)

びよういんへ。

昼寝が夜寝みたいになってしまい、予約しておいた美容院に遅れる。顔に枕の線ばっちりつけたままでダッシュでむかい、店員さんに言い訳。みなさん優しい人たちばかり、、、「そんなの、ぜんぜん気にしなくていいですよー」というような笑顔で迎え入れてくれた。こんなに夜遅くになっちゃって、お腹もすくだろうし、早く帰りたいだろうに、、、。たぶんそういう気持ちはあっても、お客さんが来ている以上はきちんと責任を持って手を抜かず仕事しよう、という今どきめずらしいピュアな接客感が伝わってきて、とてもすがすがしかった。マニュアルっぽくないところがいい。  それなのに堂々と寝坊してしまうなんて迷惑なおばさん、、、申し訳ない気持ちでいっぱい。

やたら無駄に伸びた髪だけれど、とくべつ切る理由もないので、結局長さはそのまんま。数ヶ月ぶりにパーマをかけてもらう。私のハゲ時代を知っているここのスタッフの人たち、ここへ来るたびに、「だいぶ回復されてきましたね~」と、みな口をそろえて言う。ちゃぁんと覚えてくれているんだと嬉しくなると同時に、美容院ではなく病院に通う患者のような気持ちにも。ココロごと縋りたい気持ちに。

たぶん病気のときって、体のある部分だけではなくて、ココロも弱ってしまってるんだろうな。看護婦さんやお医者さんに縋りたくなる気持ちは、たぶんココロをも支えてもらいたいということなんだろうな。

かつてのハゲ時代の私のココロも、弱りまくってたんだと思う。そういう時期に出会った人たちというのは、一生忘れないのだろうな。ここにいる子たちは、みんな20代の若い子たちばかりだけど、、、恥ずかしながら自分のようなおばはんは、この子たちに、ココロのどこかをすでに許してしまっている気さえする、、、。ハゲを知ってる唯一の子たちだし、あの頃の私を支えてくれた子たちだもん。

歳も重ねてくると、余計な見栄とかプライドとかって、勝手にどんどん剥がれていくから楽だよな。これからは、若い子たちに見習うことだったり、その子たちの素晴らしいところを生かして伸ばしてあげることだったり、、、、そういう中年を送りたいものだな。

・・・・

今夜は王子は飲み会。今週すでに3度目。神経質な王子なだけに、胃もかなりやられているのではと心配。

本人がさほど行く気がない飲み会でも、礼儀とか会社的なルールとかで主席しなくてはならないのが、日本の会社の仕組みなんだろうな。私にはまったく理解できないこと。行きたくない場所に無駄な時間をわざわざ費やしたくもないし、無理に気を遣いながらの人間関係なんて疲れちゃう。

だけどそれが、本人の出世とか今後のことにひびく仕組みらしいので、日本のお父さんたちは大変だ。そう思うと、自分みたいな社会を知らない人間は何も言えない、、、せいぜいお酒の飲みすぎに気をつけてね、くらいしか。

なので、ひとりでゴハンを食べたのだけど、なんだか味もしないし、空しくなるばかりで、、、ちっとも美味しくなかった。やっぱりゴハンって、誰かと食べて初めて美味しくなるものなんだろうな。「美味しい」って、そもそも分かち合うものなんだろうな、などとしみじみ感じた。とくに、自分の場合は、かつては家族で食卓を囲む喜びみたいなのを知ってしまっているからなおさらのこと。ひとりメシは旨くない。

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たった今、今日初めての電話を王子からもらう。今から帰るとのこと。

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2012年3月15日 (木)

汗かくって気持ちいい。

今日のフラメンコのレッスン、生徒が3人ということもあってかなり濃厚でお得感満載であった。

ひとつひとつの動きをゆっくりと確認していった。しかしこれがなかなかシンドイ!全体がゆっくりだと、呼吸もゆっくりにしないとダメだし、とにかく粗が目立ってしまう。そういえば、音楽をしてたときもそうであったように、てきとうにテンポ感のある曲のほうが、すいすいと流れが作りやすかったりする。音が少ない上に、スローテンポのどっしりとした曲のほうが、表現するのにはるかにむづかしい、、、そのへん一緒だな。そもそも人間の呼吸っていうものは、早くなりがちにできてるんだろうな。

その粗を、師匠が見つけては、ひとりひとり修正していく。あまりの痛さに、まるで体ごと雑巾になったみたいに、ぎゅうっとしぼる感じなのだ。上半身と下半身を逆方向にひねる。そのひねり具合も、雑巾から水が滴るようじゃダメなのだ。もうこれ以上、しぼれませーんというところまでもっていくのが、正しい形らしい。

今日の収穫その1は、雑巾しぼりのイメージであった。フラメンコはこのひねりが肝心なのだな。

そしてもうひとつ。

フラメンコする人の体型って、どちらかというと、どっしりと厚みのある人のほうが、貫録もあって、動きひとつにとっても味が出るらしい。しかしながら自分の場合、とにかく体が薄っぺらくて、その点では不利。で、そういう場合どうしたらいいかというと、とにかく体を立体的に見せるコツを知るということであった。体の角度、手の動き、、、、いろんなポイントがある。ありすぎて盛りだくさんすぎて、覚えるのが大変。しかも頭で覚えるのではなくて、体で覚えるというのが大事なポイント。

だけど今日もなるほどな内容満載で、心地よい疲労感に包まれた。汗かくって気持ちいいの意味が、この歳になるとすごくよく分かる。すがすがしい!

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そして今夜は、またしても王子ともめた。

内容は、いつもながらくだらないこと。自分と、王子のお互いの過去があることによって、普通だったらスムーズに解決できることも、なんだかややこしく複雑になってしまったりして。過去に執着しているわけではなくて、過去があるからこそ、乗り越えていかなきゃならないお互いの課題がたくさんあるということなんだと思う。むずかしい。

もめたあと、しばらくの間、沈黙、、、。

お互いに気持ちの整理をしたあと、お寿司屋さんで軽くつまんで熱燗飲んで帰ってきた。一緒にゴハンを食べられる幸せを噛みしめながら、夜道をふらふらと。星がきれいだった。

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2012年3月14日 (水)

いろいろ親子

後楽園ホールまでプロレスを観に行くというタクミの付き添いに。もちろん今日は平常通り学校のある日ではあったが、とても大事な試合とかで、担任の先生を説得してこの休みをとったらしい。理解ある先生に感謝するとともに、あの厳格なタクミのお父さんという人が、このことを許してくれたというのが、なによりすごいこと。そういうタクミのまっすぐな熱意にはいつも驚かされるなぁ。

行きの新幹線でタクミは爆睡。一方私は、息子とふたりでこうして出かけるのなんて何年ぶりだろうなんて思いながらも、この贅沢な時間を噛みしめていた。 窓の外の茶畑の緑や、海の蒼さとかも、午後の光の中でキラキラと溶けていた。きっとこういうシーンが、またひとつ歴史として刻まれていくんだろうな、とか思ったらなんともいえない気持ちに。なんか切ない。

東京駅から水道橋へと乗り換え。そして中央線、、、懐かしすぎ。 タクミはすっかりおのぼりさん気分でひとり写メを撮りまくっていた。

水道橋へ着くと、なんと千葉のじいじ(私の父)が、ひと目孫に会いたいとのことで、お菓子を持って駅のホームで待っていてくれた。実は昨日たまたま父から「元気にしてるか?」の電話をもらって、そのときに明日東京に行くって話をしたら、孫の顔見たさに飛んできたのである。足ももう弱っていて、小さな歩幅でゆっくりしか歩けないというのにもかかわらず、はずばる電車を乗り継いで来てくれた、、、感動。 そんな父は久しぶりに会ったら、またさらにひとまわり小さくなっていた。

だけどそんな父が来てくれたおかげで、タクミが観戦している間、なんとか時間つぶすことができたのだ。もちろん夜なので、時間つぶしといえば居酒屋。

ふたりして、ビールや、ワインを3杯くらい飲んだ。父は普段、ほとんど飲まない人なのだが、今夜はめずらしく陽気に飲んでいた。そして家で吸うと母に怒られると言いながら、ここぞとばかりにタバコを美味しそうにふかしたりして。

父の話題は、もっぱら体のこと、健康のこと。この歳ならではだな、と思った。同じことを何度も繰り返し話すのも、この歳ならでは。 午前中に、築地に行って、昔行き着けの鮨屋に寄ってきたという話とか、同窓会に行くとどんどん参加する人が減っていってる(つまり死んだということ)という話を笑いながらするところとか、今日は万歩計の数、すでに新記録を更新中~とか楽しそうに話している様子とか、、、、、さすが私の父だわ!と思わざるをえなかった。そして自分の、肝心なときになぜかお気楽でいられるというその楽観さ加減は、実は父譲りのものであるというのが分かった瞬間でもあった。

そんなこんなで3時間、あっという間に過ぎた。居酒屋を出るときに、お店の大将に「俺っていくつに見える?今年で76なんだよ。」とか言いながら、大将が「え~?お若く見えますねぇ」って返事を待っていたかのようにわざわざ質問するところとか、おもしろかった。ちなみにその後も、コーヒーショップのお姉さんに同じことを質問して、ひとり喜んでいた。まだ長生きしそう。

だけど、なんとなく、父を見ていると、もう枯れかけた体じゅうのエネルギーをぎゅうっと絞り出して、残りの人生へ、そのすべてを注いでいる感じがして、それがとても切なく見えた。「じゅんちゃんのことが心配で、なかなか死ねないんだよ」と今日も言っていた。よぼよぼだし、ちょっとボケてきたりもしてるけど、でもやっぱり私の父だと思った。小さい頃見てた父のままだと。

・・・

タクミと合流し、ダッシュで駅へ向かう。じいじともお別れ。

新幹線もなんとか終電前に乗ることができて、興奮冷めやらぬタクミの実況中継に耳を傾けながら幸せな気持ちで家路につく。

父ちゃんの顔が見れてよかった。タクミが喜んでてよかった。

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2012年3月13日 (火)

ゴハンを作ること

親指みたいに腫れ上がってたひとさし指が、なんと朝起きたら、すっかりもとに戻っているでは!痛くて触ることすらできなかったけど、なんとかゆっくりと曲げられるようになる、、、骨は折れていないようでひと安心。我ながら驚くべき回復力。

      ・・・・・・

最近思っていることを今日は日記に書く。

自分でも分かって理解していること、、、、

「子供の自分」をつねに引きずっていて、、、子供の私が、いつも自分の中に居るということだ。

寂しさは、いつもこの子が連れてくるし、大人になることへの恐怖感みたいなものも、この子の存在があるからなんだと、、、かつては、自分の苦しみのすべてを、この子のせいにしてたこともあった。

でも・・・・・

この子が居てくれるおかげで、今の自分が出来上がってると思うと、なんだか愛おしく思えてきて、、、そしたらいつしか、この子と一緒に居ることが、自分にとっては必要なことだと考えるようになったんだよね。

ココロのお仕事をするのも、ゴハンを作るお仕事も、誰かのために役に立ちたい、、、、なんて偉そうに言ってたけど、ほんとはそれが一番ではないんだよね。

すべて、自分の中に居るこの「小さな私」を癒すためにやっていること。ゴハンを作りながらも、子供の自分を癒しているんだと、、、。

・・・・

子供の頃、家族はめちゃくちゃでバラバラで、ほんとに寂しかった。だけど、小さな手で包丁握って、たいして美味しくもないゴハンを作って、それを家族の誰かが食べてくれたときの感動、あれは今でもはっきり覚えてる。自分が作ったゴハンが、家族のために役にたったんだ、ってそのとき思えた。言葉は交わさなくとも、ココロで何かが通じた瞬間だと思ったし、ゴハンがそれをつないでくれたんだと。

だから、みんながバラバラにならないように、子供ながらに一生懸命ゴハンを作ってたんだと思う。毎日、学校から帰ってくると、買い物に出て、夕食のしたくをして、、、。いつ帰ってくるかも分からない人たちだったけど、顔思い浮かべながら作るのは楽しかった。もともと友達と遊ぶのは苦手な子供だったから、自分だけの世界ができてる感じがして、なんだか得意気だったな。

これが私とゴハンとココロの原点なのかな、って思う。

子供の私が感じていた寂しさは、ゴハンを作ることによって忘れることができたと当時は思ってたけど、やっぱり忘れることなんかできなかったし、フタすることもできなかったのだと大人になって思った。

だから大人の私が、あのときの自分を癒してあげようと思うし、知らず知らずのうちに、自分の行動のすべてはそちらのほうを向いているように思う。なんだか不思議。

・・・・

ゴハンを作りながらふと、そんなふうに思うことがあったのでここに書きとめておいた。

しかしながら、もういい歳にもなるのに、「大人になるのってむずかしいなぁ」とか思ってる自分がいまだいたりして、、、、。子供の頃に刻まれた何かっていうのは、死ぬまで消えないんだろうな、って思う。そこと、うまく付き合っていくこと、、、たぶんこれが大事なんだろうな。バランスとるのはむずかしいけど、、、。

そして、そういう道を歩んできた自分の作るゴハンってもので、誰かを勇気づけることができたり、誰かの人生を支えるかけらみたいになることができたらいいなっていつも思う。頑張って生きよう。

  ・・・・・・

今晩作ったのは

トマトの漬物(買ってきたやつ)を使って冷たいパスタ、挽肉のオムレツ、レタスと塩こぶのサラダ、トマトとお豆腐のカプレーゼ。

「今夜も寒いねー」って言いながらふたりして冷たいパスタをすする、、、おもしろい絵であった。

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2012年3月12日 (月)

いてて

今週1週間、王子は仕事の研修のため電車出勤。スーツに身を固め、さっそうと出て行った、、、なんかお父さんみたい。 そんなお父さんを駅まで送っていく。

子供の頃、すごく仲の悪かった両親ではあったが、母は毎日こうして駅まで父の送り迎えをしていた。なんだかその頃を思い出して、懐かしい気持ちに。「いってらっしゃい」って見送るときも、子供の頃見ていた風景そのままを、今自分がしていて不思議な気持ちに。

雪がちらちらしている中、家に戻ってきて車から降りてドアをバンって閉めようとしたら、うっかり指の先まで一緒に挟んでしまう。痛くて痛くて部屋に入ってもしばらく何もできなくて、子供みたいにびーびー泣いた。へなちょこである。

へなちょこであるのと同時に、それまでにココロに蓄積された感情が涙とともに溢れてくるというのが自分のパターンだったりする。小さい子供なんか見てるとまさにそうだと思う。ちょっと転んだだけで、わぁ~っと泣き叫ぶ子、、、、あれは気持ちの中に溜まったものを涙と一緒に一気に噴射してるのだ。、、、、って、これじゃ自分も小さい子供とさほど変わりないのであるが、自分の中身と向き合った結果、恥ずかしながらもどうやらそうみたい。涙は、ココロのフタを開けてくれるのだな。

そして、そのあと、氷で冷やしたりして炎症を抑えながら、おそるおそる家事をしたりランチの仕度をしたりして、いつもの日常に戻った、、、、それにしてもここまでやるのに今日は時間かかった、、、。

・・・・・・

夕方、王子からの帰るコールでふたたび駅まで迎えに行く。なんか私たち夫婦みたい(?!)。仕事帰りの王子のスーツのくたびれ具合も、昔見たお父さんのと一緒だった。

指を挟んだことを王子に言ったら、すぐ病院に行かなきゃダメだと言われ、その言い方が、なんだかいつもと違ってちょっと攻撃的な感じがしたので、さらに落ち込む。王子も慣れない環境で今日一日を過ごし、いろんなものを感じて帰ってきたのだろうな、などとしみじみ思った瞬間であった。   

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晩ごはんは、新ごぼうの炊き込みご飯、明太子スパゲッティ、今、試作中のつなぎなし豚ハンバーグ、ワカメのサラダ。冷蔵庫の残り物でいろいろ作ったら、炭水化物ダブル攻撃。

晩ごはんはあとは、事務仕事の続きをやらなきゃいけなかったのだけど今日はふたりしてサボり、一緒にビデオを観たりしてまったり過ごした。

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2012年3月11日 (日)

何気ないことに

外はふたたび真冬なみの寒さ。風はごうごうとうなるように吹きつける。今日でちょうど震災から1年。

被災地の人たちの、、、1年あっという間だった、しかし実際はまだ何も変わっていない、、という言葉に、この震災がもたらした人々の心の傷の深さを感じた。絆という言葉とともに日本がひとつになり復興を目指した1年ではあったが、見えない部分での復興にはまだまだ時間がかかるという事実を思い知った。そしてこの日を決して忘れてはいけないということと。

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朝からパソコンの前にすわりサボっていた事務仕事のつづきをやる。苦手な単純作業ではあるけれど、項目ごとに目標時間を決めたり、どうしたらスムーズにできるか対策を練ったりして、まるでゲームの攻略法を編み出すかのように取り組んでいたら、なんと気づけば夕方の4時。 

この集中力はいったいどこから?というくらい、自分でも信じられないほどの濃縮した時間を過ごしていたことにびっくり。 頭の前ににんじんぶら下げて走る馬のごとく、自分の場合は、さっさと終わらせて日曜日のドライブだ~、、、というのが、この集中力につながったのだと思う。楽しいことにまさるにんじんはないのだ。 そして人間、集中したいときは、にんじんなのだなとじみじみ、、、。

が、しかし、、、夕方だし、なんだか暗いし、すでにドライブという雰囲気でもなく、いつもどおり夕方の買い物に出る。晩ごはん何にしよう、、って言いながら買い物かごぶらさげて歩く何気ない日常の風景こそが、実はいちばん幸せなのだということを、いろいろあるとそう思う。

・・・

晩ごはんは、ヒデキのカレー(ハウスバーモンドカレー)、春キャベツいっぱい入れたメンチカツ、トマトと豆腐のサラダ。

外はいまにも雪が降ってきそうなくらいのキンキンの空気が張り詰めてる。温かい部屋でご飯が食べられることに感謝。

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2012年3月10日 (土)

慎ましく楽しく

夕べ来たばかりのタクミであったが、朝一番の電車で帰ることに。奴がいる週末は、いつも騒がしいくらい賑やかなだけに、いなくなると家の中が静まりかえって逆に落ち着かない。王子とふたりして、子供たちがいつか大人になって巣立っていくと、親ってきっとこんな気持ちになるんだろうな、、、などとまるでおじいさんとおばあさんの会話みたい。そして、そうなったときには、夫婦としての新たな道がないと、ただただ年老いてゆく寂しい老後になってしまうのだろうなぁ、とも。

我が家の場合は、なんちゃって家族なだけに、王子も私もよほど将来をしっかりと見据えていないと一緒にいる意味さえも薄れてしまうと思う。お互いに重たい過去を背負ってる以上、しっかり地に足つけて歩いていかないと、、とはいつも思うこと。そしてやっぱり寄り添えることの幸せだけはいつも噛みしめていたいものだな、、、いくつになっても。

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スタバのソファーでまったりコーヒー飲んだりして、いつもと違う週末の午後を過ごす。晩ごはんの買い物も、ふたり分だけだから少しでいいし、なにもかもがこぢんまりと。きっと老後はこうやって慎ましく生活してゆくのだろうな~、だから夢がないときっと面白くないだろうな~、などとまたしてもおばあさんの気持ちに。

しかしだけど、自分の場合はお店があってほんとに良かったと思う。王子との二人の生活に潤いを足してくれるのが、お店の仕事だし、たくさんの人にゴハンを作るということなのだ。ゴハンを作るとことによって、自分の命は支えられている、、と言ってもいいくらい。世の母たちも、おそらく同じ気持ちであろう。

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晩ごはんにあとに、ふらっと飲みに行ったりして、めずらしく王子の愚痴っぽいものを聞けたのが何よりもの収穫だった。風が強くて冬みたいだったし、頭の上の真っ白い月もなんだか冷たそうだった。そんな中、梅の花がちらほら咲いていた、、、、ちゃぁんと春は居た。

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今夜のごはん

カブとアスパラのボイルサラダ、試作中のグリーンゴッデスのソース最高であった! それと、唐揚げ、大根のあっさり煮、温やっこ、白いごはん。 

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2012年3月 9日 (金)

早いなぁ

3月も中盤戦、、、、なんとなく気忙しい。ランチに関しては、子供たちの春休み直前ということもあって、ママたちのランチ予約が目白押し。ここが、子育て女子たちの憩いの場所みたいになっていると嬉しいなぁ。

ありがたく頑張るとともに、バタバタしてくると何事においても忙しさを理由にしてしまいがちなので、ココロのお部屋が狭くならないように気をつけよう。自分の場合は、すべてそれらが料理に出るから。

だけど気忙しいとか言いながらも、しっかり昼寝したり本読んだりしているのだから、忙しいって感覚って、すべて気持ちのありかたしだいなのだろうな。

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夜、タクミがやってくる。今週誕生日を迎えた奴は、どうしてもそれを我々に祝って欲しくて、自ら電車に乗ってやってくるというしっかり者である、、、、(ちゃっかり者か)。

お肉の塊とか焼いたりして、奴の好きそうなものを並べてみんなで食べた。子供の頃に感じた風景は、大人になってもココロに残っているもの。なので、その場面場面を大事にしてやりたいと昔から思っていた。子供の頃の思い出で、今は作られてる。

タクミが主役だったのにも関わらず、自分はワイン飲みまくってすでにヘロヘロ。王子にいたっては、イビキかきながら夢の中、、、。きっとこの風景のまんま、タクミの思い出として刻まれることであろう。

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なんかもっと書きたいことはあったはずだけど、ヘロヘロなので今夜はもう寝ます。

今晩作ったのは、ローストポーク、生ハムサラダ、イカフライ、土鍋のパエリア。ワイン飲みながらチーズやクラッカーもむしゃむしゃ食べ、カロリーを摂りすぎた。

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2012年3月 8日 (木)

フラメンコざんまい

昼間はフラメンコのレッスン、夜はフラメンコ映画を観に行くという、スペイン三昧の贅沢な一日であった。

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レッスンのほうは、相変わらず仲間についていくのに必死。ひとつひとつの動きを大切に体にしみこませていくこと、体の芯のほうで表現すること、、、今日の課題であった。今までの自分の踊りはただのお遊戯にしかなかったとうことが最近わかって、フラメンコの奥深さを知る。

楽しているときというのは、たいてい体のひねり具合とか重心のかけかたが足りないという証拠なので、そんなときはすかさず師匠に「正解」を聞き、師匠も、私のそのレベル低すぎな質問にも丁寧に答えてくれる。ありがたい。

その師匠という人なのだが、実は踊り手としてすごい人なのだ。だけどこうやって自分みたいな人間に対して、いつも下のほうに降りてきて説明してくれる。

今までいろんな分野の一流という人たちに出会ってきたけれど、一流と呼ばれる人たちに共通しているのはここなのだ。決して上からではなく、下のほうに降りてきて自分たちと同じ目線に立ってくれるというところ。

自分がなんとかフラメンコを続けられる理由のひとつは、この師匠がいるからだと思う。フラメンコというのがすごく身近なものとして感じられるのもきっとこの師匠のおかげだと思う。

今日も体じゅうが痛い、、。だけどすがすがしい痛みなのだ、、、充実してるときって。

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夜観たフラメンコ映画も素晴らしかった。最近ギターを始めた王子も、すっかりスペインにはまってしまった。映画観ながら体じゅうで勝手にリズムを刻んでしまうという魔法、、、まさにフラメンコの魔法。優雅な踊り手たちの体がムッキムキの筋肉の塊だったのには驚いたし、やっぱりここまでの体にならないとフラメンコは踊れないのかな、、、などと日ごろの自分の怠けっぷりを反省したりもした。

かと思えば、フラメンコって日本の民謡みたいに歌い継がれていくものだという本来の意味みたいなものも分かったりして。ふとっちょのおばあさんの踊りは、動きは小さくとも、なんともいえない味わいがあり、その粋な感じというのはフラメンコ本来の姿なのだと思った。土っぽくって人間くさくて。

・・・

帰りに軽くイタリアンを食べ、、、久しぶりにホテルのバーで夜景を見ながらシャンパンとかカクテル飲み、、、しめにラーメンという贅沢フルコースを満喫。バーではなぜか一番いい席に案内してもらい王子とふたりして、「こんなヨレヨレの格好の俺たちなのに、なんでだろうね」 「ヨレヨレのくせしていばってるからかな」、、、などと言い合い、「もしや、、、ここは、悪さしないようにと監視されてる席じゃないの?」、、、、、「俺たちだったらありえる」とまで。

ふたりして夜道を千鳥足、、、。たまには良いな。

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2012年3月 7日 (水)

名言とともに

風の強い一日。空もどんよりしていてなんとなく気持ちも内向き。

庭のすずらんやフリージアがひょっこり芽を出していた。その昔、王子の母上が植えたものだとは思うけれど。お店の開店工事のときに、庭のものすべて取り去ったにも関わらず、土の中でしっかりと根を張り、じっと出番を待っていた彼らだ。

その生命力の強さを感じるとともに、彼らを見るとどうしても母上の顔が浮かんできてしまう、、、同時に彼女からの何か強いメッセージをも感じる、、、、なんとも複雑なり。

この店がなかったら、それこそ自分はここには居られないだろうな。実際、居候という形でここに住まわせてもらっているけれど、居候という位置にいるのが今はちょうどいいのかも知れないな。もし嫁にでもなったら、母上のメッセージの重みに耐えられなくなってしまいそうだ。まだ人間できていないや、、、、自分。なんとも中途半端な位置ではあるけれど、今はこれでいいかなと思う。

ふとしたときに、こんなことを考えたりして、不安定になったりする。引きこもり過ぎか、、、季節の変わり目のせいか、、、。

・・・・・

ランチの仕事を終えて、買い物から戻ってきたらヒロちゃんが遊びに来てくれた。美容院帰りの彼女、すごくキラキラしてた。素敵な髪型ももちろんのことだけれど、内側からにじみ出てくる何かがそんなふうに彼女を見せていたんだと思う。 人は見かけに全部出るもの。 

一方、ここのところ、格好にしろ髪型にしろ、超てきとうな私、、、、生活感出まくり。反省してしまったことだよ。まずは美容院にでも行くかな。

そんなヒロちゃんから嬉しい報告をもらった。なんと彼女、ベビーマッサージの資格をとったそう。ベビーマッサージの意味とか、その効果とか、なるほどな話をたくさん聴かせてもらった。赤ちゃんの時期にやっておくべき大事なことは、その子の後々の人格形成にも大きく関わるということだったり、、、まさに心理の世界にもつながることだと。 これは多くのママたちに教えてあげなきゃ、という気持ちに。(うちのお店でもやってくださるみたいだから、このブログを読んでくださっているママたち、楽しみに待っててね。)

いろいろおしゃべりして、たくさん教えてもらって、、、、。中でも本日一番の収穫は、「人間は死ぬまで発達している」という名言であった。

歳を重ねてくると、もの忘れがひどくなったり、身体的にも衰えてきたりするけれど、それも「発達」といえるものなのだそう。てっきりこれは「退化してる」とばかり思っていた自分、まさに目からウロコであった。これは退化ではなく、これも人間の発達段階のひとつであるとのことだ。

すっかりここのところ自分の老化現象に日々消沈しつつあったところだったので、なんだか安心するとともに、自信が持てた感ありだ。顔のシワが増えるのも、これ発達なり!なんだか楽しくなってきた。人間は誰しも日々、成長しているということだ。 実際に看護師として数々の医療現場に携わってきたヒロちゃんの言葉だけに、やはり重みと深みがあって、そしてじんわりと沁みてくる。

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夜はご飯を食べたあと、久々にスナック菓子などをぽりぽり食べながら王子とテレビを見た。スナック菓子ってこんなにしょっぱかったっけ、、、、などと言い合いながらもビールでそれを流し込み、いかにも体によろしくないことをしまくった。体にはよくないが、たぶんココロにはよいことかも知れない。

ちなみに今夜のゴハンは

鯛のアラで鯛めしと潮汁を作り、それと餃子と大根サラダだった。

鯛めしと潮汁は、王子にすごく褒めてもらった。そして彼の「旨い」が出るときは、必ずそのあとに、「これ、みんなに食べさせてあげたいな~」というのが付く。

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2012年3月 6日 (火)

脳みそフル活用

朝から歯医者に行ったりして、すがすがしい一日のスタートをきる。

相変わらずの男前っぷりを発揮させている女医先生、、、、無駄な動きひとつとないテキパキとしたスタッフたちのチームプレーっぷり、、、、見ていて、とても気持ちがいい。病院内に生けてある小さなお花にも、さりげない心づかいを感じる、、、さすが乙女の園。

そんな中、今日も聞き分けのよい子供みたいにおとなしく治療を受けてきた私。ここに来ると、すごーく下のほうから「はい」と素直に答えることしかできなくなる私って、、、。(Mです)でもこの雰囲気って嫌いじゃないのね私、、、、。(ドMです)

その理由が今日分かったのであった。それは先生の言葉ひとつひとつに、迷いとか濁りとかがいっさいないということであった。彼女はいつもズバリという感じで言ってくれる。○○したほうがいい、ではなくて、○○してください、みたいなはっきりした感じ。だから、こちらとしても安心するのだ。そして、こういうふうに言えるというのはやはり、経験の多さなのだと思う。技術の経験、そしてそれらを自分の中で消化する作業の経験、両方があるからこそ出てくる言葉だと。

初めてここに来たときは、なんて怖い先生なんだ、とか思っていたけれど、最近は、人間っぽい先生の一面を感じて、違和感なく来られるようになった。治療は痛いけど、、、。

そしてやっぱりその人の腕とか技術とかももちろんだけれど、最終的には、その人の人間っぽさというところに、自分は惹かれるのだな、、、ということが分かった。

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帰ってきて、今日は一日事務仕事を頑張った。夕べの続きだ。 なぜかといえば、パソコンのスクリーンセーバーの画面が、「じゅん らぶ」になっていて、超わかりやすい王子のその仕掛けに、まんまと引っかかってしまった私であった。「ちゃんと作業しておけよ」という下心ありありの仕掛けだと分かっていながらも、文字みて素直に嬉しくなってやる気満々になってる自分がいたりして、、、、、まだピュアなココロは残っていた。

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パソコンとか、デスクワークとか、すごく嫌いな自分だったけれど、こういう作業もやってみると結構はまるものだ。普段使わない脳ミソのどこかの部分をフル活用してるこの感じ、なんとも気持ちがいい。最初はとても時間がかかった作業も、慣れてくるとリズミカルにできるようなってきたりして、、面白い。 

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そして晩ごはんは、豚の角煮、納豆と大根のサラダ、王子の好物のヌタ、春雨スープ、ごはん、、、でした。

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2012年3月 5日 (月)

雨とひきこもり

雨が降ったりやんだり、、、すっきりしない一日。

こういう天気のせいか、、、、季節の変わり目のせいか、、、ここのところ引きこもりがち。世界がどんどん狭まっていく感じもあるのだけど、実はこれはこれで結構居心地よかったりもするのでひたすらこもっている。

これって子供の頃味わったものと、同じ感覚。両親が忙しかったので、朝から晩まで家の中でひとりで過ごしていたあの頃と今ってとてもよく似ている。

ひとりの世界をどこまでも広げていくことは得意なのだけど、ふと気づくと、ものすごく淋しい自分と向き合ったりしていて、、、。たぶん幼い頃から身についてしまった癖のようなもの。

そしてこういう時期に、自分の中にあるものを大事に温めたり、見直してみたり、そして新たなことを生み出そうと試みたり、、、いろいろしてたりもする。自分と向き合う時間。

王子と出会ったばかりの頃の自分は、、良くも悪くもハチャメチャだった。じっとしていいることの恐怖もあったし、、、何かを求めている気持ちもあったし、、、。常に探しものをしてる感じだった。

そういう意味では、今はたいぶ精神的にも落ち着いてきたと思う。それは、そういう居場所を見つけたということなのかも知れないし、、、、ただ単に、もう疲れたということかも知れないけど、、、。いろいろやって、見えてきたものがあるということなのかな。「今ここ」の連続の先には明日があって未来があるとか思ったら、今、引きこもってるこの時をも大事にしようと思う。

楽しく引きこもろう。いずれ、外の空気も吸いたくなるだろうから、そうしたら飛び出せばいいや。

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夜は、パソコンにむかってひたすら入力するという王子の仕事の一部を手伝う。私が一番苦手とする仕事のひとつ。単純作業っていうのはどうも昔から苦手である。しかもパソコン相手だし。

机の前に座るや否や、でっかい声で歌いだしたり、イスをくるくる回して遊び始めてしまう自分、、、、やる気なしモード満載で王子にしかられた。でも1時間ほど頑張った。つづきはまた明日。

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晩ごはんは、王子リクエストのカツ丼、山盛りサラダ、なめこの赤だし、温やっこ。王子の左腕、だいぶよくなってきた。ようやく茶碗が持てるように。

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2012年3月 4日 (日)

一日じゅう雨。

一日雨だし、寒いし、なんとなくどんよりしてしまう日。王子の左腕もまだ痛そうだし、なんとなく家じゅうがしんみりな感じ。

日曜日の遅めな朝食をとり、雨の中買い物に出る。冷たいけど、寒いけど、雨の粒々の中に、春がちゃんといるのが分かる。スーパーに並ぶ野菜たちも、青っぽいものが多くなってきたし、魚屋にはたくさんの貝たち、、、、春だなあ。

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今日は夕方から町内の会合があるとのことだったので、早めに戻ってくる。この町に住んでいながら、この町のこと何も知らない私たちである。なので、この町のことを知るためにも、この1年はいいチャンスだと。そういうことにまったく無頓着だった王子も、なんだか張り切っている。

ただ、今は昔と違って、隣近所、町じゅうがお友達、、という雰囲気ではなさそうなので、なかなかむずかしいところもあるだろうけど、、、それを「知らない」で済ませるのではなくて、やっぱりここに住んでいる以上は、町の行事ごとには、ありがたく参加させてもらうという位置にいるべきなんだろうな。

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夜、撮りためておいたビデオを観る。そこへ、会合を終えて真っ赤な顔した王子が戻ってくる。無理して酒飲んでひとり暴走していなかっただろうかと、ちょっと心配。

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先週の「爆問学問」で、とあるホスピスを特集していた。末期癌などで死を目前にしている人たちが入っている施設だ。そこへ爆笑問題のふたりがレポートしに行くという企画。

驚いたのは、そういう最期を看取る場所でありながらも、その施設内はなんとも明るい雰囲気に満ちているということだった。ベットに横たわる患者さんの顔も、看病をしている親族の方々の顔さえも、みんな笑っている。死をまったく恐れていないのだ。

最期を楽しく過ごすことだったり、死は悲しいことではなくて、誰にでもやってくるものだから恐れるのではなく受けいれるということだったり、、、

病気になったことを悔やむのではなくて、その病気があったからこそ、そこまでの命はつないでいくことができたという考え、、、死があるから、生に感謝できる心、、、、

とても多くのことを考えさせられた番組であった。

なんだか今ここに自分がいることさえも奇跡のような気持ちさえしてきた。「生きる」ということの原点を教えられた感じ。

昔から、生と死とか、人類とか、生命とか、、、その神秘に触れたときというのは、不思議と涙があふれてくるような感覚がある。そこを感じると、なにもかもを原点に戻してくれるようなそんな感覚になるのだ。これって人間としての大事な感覚。

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晩ごはんは、王子がいなかったので、タクミとふたりだった。

お刺身どんぶりと、ふわふわ卵スープ、春キャベツとじゃこのサラダ。

タクミは旨いときには、「旨い!」、そうでないときには、「なんか変な味」などと、はっきり言う。奴が小さいころは、奴の旨いを期待しながら毎日一生懸命考えて作ったものだった。

ちなみに今晩は「旨っ!」だった。よしっ! これ聞くと、また作ろうってなる。母の気持ち。

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2012年3月 3日 (土)

ありえないっ

すごく嫌な気分になった日。

王子と食事に行った。、、、とある有名ホテルの中にある中華料理。

入り口で「ご予約されておりますか?」と聞かれ、「いいえ」と答えたら、

「本日は満席でございます」とのこと。一見どおってことないやりとりなのだが、このあと私たちの中にはすごーーく不快なものが残って、それをずうっと引きずることになったのだ。

王子「せっかく来たのにね。なんかがっかりだね。」

わたし「いくら満席だからって、あの言い方はないだろ~。」

王子「やっぱりそう思うよね。」

などと言い合う。そして不快なものには必ず原因があるってことも。

思うに、、これって、あたかも「あななたち、うちの店が予約制だってことすら知らないの?」と言われているみたいだった。それが表情ににじんでたし、そういうのって伝わる。言葉で言われるよりも、傷ついたりすることってある。

 同じ断るにしても、もうちょっと違う言い方あるだろうが。せっかくお越しいただいたのにご案内できないことを、心から言えないのだろうか。社員だかなんだか知らないが、これではロボットと一緒、心がなくてただただマシンのように働いてるだけ。これがもし、北海道や九州からはるばる来たお客だったらどうするんだろうか、、、それでも満席ですとサラリと言って門前払いするのであろうか。

こういうことにすごーくねちねちとこだわる自分なのだけど、やっぱりおかしいことはおかしいので、、、この日記にもしっかりと書きとめておきたいと思う。自分がどうしてこんな嫌な気持ちにならなきゃいけなくなったのかを探るのと同時に、人の気持ちというのは、良くも悪くも、言葉の上に乗せられてしまうものだということをしみじみと感じた出来事であった。

そしてそのあと、二人して、この沈んだ気持ちの行き先をいろいろ考えたりしたけれど、やっぱり簡単なことじゃないんだよね、、、気持ちって。とりあえず、頭に「H」のつく一流ホテルだけに、コンシェルジュには伝えておいたほうがいいかな、、とか話し合ったり。

それにしても、脳ミソも唾液も、すっかり中華になっていただけに、食べそこなってがっかり。食べ物の恨みってでかいのだ、、、、だって人間だもん。

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帰りに美味しいラーメン屋さんで、ラーメンをひとつだけ注文し、一杯のかけそばする。私はなんだか食欲がなくてあまり食べられなかった。そのわりにはしっかりビールは飲んでいたけど。

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夕方、左腕の痛い王子をこき使いながらも、お庭にお花を植えて、小さな幸せを噛みしめる。

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晩ご飯は、ちらし寿司、菜の花のお吸い物、こんにゃく入りつくね、カリカリポテト。ひな祭りだからロゼワインで乾杯した。あー、家メシはやっぱり落ち着く~。

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2012年3月 2日 (金)

痛そー

朝から張り切って仕入れに出たり、役場の手続きしたり、、たまっていた用事をまとめて済ます。水を得た魚のよう。

というのも、この1週間、王子号の車検のため彼はメロ号に乗って出勤していた。となると、自分にとっては車なしの1週間。歩いていける距離のところまでは、適当に行動することができたが、やはり店の仕入れともなると不自由ではあった。王子が夜帰ってきて、唯一開いているスーパーなどを探して買い物に行ったけれど、閉店間際のスーパーって、活気もないし、売ってるものも元気がなくて買う気がしなかった。

昨晩、車屋のワカちゃんが代車を用意してくれて、お悩み解決。ようやくいつもの生活が動き始めた感あり。

生活って回ってるってるんだ、生活って大事ってことをあらためて実感。

ただただご飯を食べ、お風呂に入り、眠るというだけでなくて、そこには流れというものがあって、しかもそれが淀みなく流れていることって、大切なんだな。

それにしても、なんだかすごく気持ちが軽るくなった。まぁだけれども、、、散歩の道すがら春をみつけたり、公園を散策しながら小さな子供と遊んだり、、、、普段しないようなことをこの1週間いろいろできたので、それはそれでよかったと思う。

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王子がいつもより早く帰ってくる。なぜかといえば肩が痛いから。

昨日、何かの拍子に筋を違えてしまったらしく、左腕が上がらない様子。会社の人に「四十肩ですか」と聞かれて、「違う、ぎりぎり三十肩だ」と言い張ったそう。

着替えもひとりではできなくて、ごはんも片手で食べるし、おじいちゃんみたいになってる、、、。体の痛みって、気持ちまで痛くなってくるから、ものごとがみんな悲しく見えてきたりすりもの。人の痛みは代わってあげることはできないけれど、一緒にいるとなんとなくこちらまで同じような気持ちになってくる。 

そんな本人ですが、、、

風呂上りにいろんなポーズをとりながら、「これは大丈夫、、、これは無理、、、」などと、ひとりブツブツ言いながら痛みの場所を探っておりました。そして最終的には、「これは踊ってはいけないということだ」と、わけのわからない結論を下していました。踊るって、、、、???一体彼は何を踊るつもりだったのだろうか、、、誰も踊ってだなんて頼んでないぞ、、、。謎なのとともに、素っ裸での面白いポーズをいろいろお披露目させられ、こちらとしてはもうそれで十分です、、、という感じに。早くよくなりますように。

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晩ごはんは、塩麹でつけたロースカツ(やわらかジューシーでした)、ピースごはん、山盛り白菜の千切りサラダ、菜の花と豆腐のおすまし。

王子は片手が使えないので、お箸は無理。スプーンで食べておりました。かわいそう。

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2012年3月 1日 (木)

胸がきゅーん

フラメンコのレッスンへ。今日はめずらしく電車で向かう。駅もホームも栄の街も、一日が始まるという勢いに満ちていた。太陽もまぶしいし。すがすがしくて刺激的。たまには、こういう空気を感じるのも悪くないな。足取りもなんとなくいつもより軽い。

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今日のレッスンも、目からウロコ満載であった。

一番に感じたことは、フラメンコは音楽である、ということだった。身体の表現とともに、音を奏でる楽器にもならなくてはいけないということだ。しかも、フラメンコの場合、楽譜をなぞるっていう雰囲気ではなくて、体の深いところから自然に湧き立ってくるものを表現するという感じなのだ。想いとか情熱っていうものに、体をのせていくイメージかな。

深いな~と思いつつも、その湧いてくるものを表現するためには、まずその手段を知りつくしていないとダメってことじゃん、なのだ。

 自分の場合、湧いてくる気持ちは大いにある、、、、しかし体が追いついていかなくて阿波踊りみたくなっちゃう、、、ゆえに、、、、、やっぱり基本が大事だということだ。勉強することいっぱいなのだけど、好きなことなので勉強しがいがあるって感じだ。

そして今日、もうひとつ感動したこと。

私のレッスン用のファルダ(スカート)というのが、腰のところからふんわりしているものなんだけど、体の重心のかけ方が、そのファルダだと確認しずらい場面があって、、、そうしたら師匠、自分のファルダをサッと脱いで(注・中にスパッツ履いております)私に、「これ履いて!」って渡すのよ。なんか、あまりの潔さというか、男前な感じっていうのか、なんか胸がきゅーんとなって、「もう一生あなたについていきます、、、、」みたいな気持ちになっちゃいました。

言葉よりもなによりも、そういうさりげない仕草とか雰囲気に人間くささみたいなのって感じる。そしてそういうとき、胸がきゅんとなる。その人が見える瞬間だもの。

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王子は今夜は残業らしい。お昼は、おにぎり2個とスープだけなので、絶対にお腹すきまくってるはず。

仕事の大変さよりも何よりも、正直ゴハンのほうが心配。その人がちゃんとゴハン食べてるかどうかって、ものすごーく気になる。

もう夜も遅いので、胃に優しいものを。

千切り野菜たっぷりのコンソメスープ、温やっこ、水キムチ、ごはん、、、、これでいいか。

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