« 続けて見えてくること | トップページ | 日常のバランス »

2011年10月28日 (金)

家庭料理って

朝いちばんで仕入れに行き、戻ってきて仕込み。キッチンにこもって、ひたすらのめり込む。王子は熱を出し寝ているので、今日は静かに過ごすことにする。彼の熱、ここのところの忙しさと睡眠不足から来るものだな、たぶん。いろんなことに気をつかい屋さんなので、身体は誰よりも敏感なのだ。その点、自分ときたら案外、頑丈にできてるよな。

・・・・・・・・・・

夜、テレビで「レシピの女王」などという全国の主婦たちの料理バトルのような番組をやっていて、思わず見入ってしまう。主婦ならではのアイディア満載で、すごいと思った。こんなお母さんがいたら、毎日の家族の食卓はさぞかし楽しいだろうな~と羨ましく思えるほど。ただし、アイディアが懲りすぎてしまうと、家庭料理の枠からはみ出てしまうし、そうなるとお母さんがただ疲れる、という意味のない結果になってしまうので、そこがむずかしいところだと思う。

そもそもお母さんの作る料理というのは、家族それぞれの体調に合わせて作ることだったり、手間をかけつつも短時間で仕上げられるものだったり、材料を無駄にしないことだったり、そういうものだと思う。一日の時間の流れの中に、違和感なく、とけ込むものだ。

・・・・・

それが家庭料理の定義だとしたら、さて、自分がお店で出す料理ってどこに位置するものなのかな、ということは、実はいつも考えていることで、そして課題でもある。

基本は家庭料理で、だけどそこに何かひとつプラスアルファ感じてもらえるものを目指している(のかな)、、、今のところは。 シンプルだけど、深みを感じてもらえるような。

それは、ダシをとることに手間を惜しまないことだったり、見えないところだけど、感じてもらえるところだ。 よく電話で、初めてのお客さんに「お宅は何料理ですか?」と聞かれることがあるけれど、何料理でもないので、正直どうお返事してよいのか考えてしまう。

枠がないぶん、「アイディアが無限に広がる!」ここが自分のやりたいことだし。ただし、これを表現するためには、そうとうの努力とエネルギーを費やさねばならないということは、最近わかってきたこと。自由の空間に身を置くということは、そこに自分なりの意味を見出さなければならないので、これはこれで結構大変な作業なのだ。

だけどこれも、おそらく自分に与えられた使命のような気がするし、こんなふうに人生の中で、情熱を注げるものに出会えたということは、幸せなことだと思う。「何料理でもない店」なりに頑張ろう。

・・・・

遅めの時間にタクミがやってきて、今晩はお好み焼き大会。粉もんは腹がふくれるイメージだったけど、今日のはうまくできたと思う。粉の量を最小限にして、キャベツを食べる感覚にしてみた。12時間以上も眠りの中にいた王子もモソモソと起きて来て、3人で「旨い!」と、うなりながらキャベツ1個ぶんのお好み焼きをペロリとたいらげる。もっと食べられそうな勢いだ。 王子も快復してきた証拠だ、よかった。 

そして、家族を想う、ちょっとした母ちゃんの工夫だったり、、、食卓を囲む笑顔だったり、、、これが家庭料理なんだなと、しみじみ思ったのだった。

|

« 続けて見えてくること | トップページ | 日常のバランス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/165410/42733612

この記事へのトラックバック一覧です: 家庭料理って:

« 続けて見えてくること | トップページ | 日常のバランス »