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2011年9月14日 (水)

みつあみの思い出

千葉にいる父ちゃんから野菜が届く。引き締まった極太のきゅうりと、紫の濃いつやつやピッカピカの茄子と、いろんな形をした表情豊かなじゃがいもたちがたくさん入ってた。

そんな野菜たちが種類ごとに、地元の、私も子供の頃に行ったことのあるスーパーの袋なんかに入っていたり、じゃがいもが一個ずつ新聞紙にくるんである父ちゃんのマメな感じが伝わってきたり、そういうのに思わず胸がきゅんとなった。箱の中には、野菜と一緒に、実家の匂いも詰まっていた。しばらく帰ってないなー。親不孝な娘。

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あの家を出たいと思い始めたのは、たしか高校生くらいのときだと思う。

小さい頃から両親が忙しくて、家族がそろう日なんていうのはほとんどなかったと思う。たまになにかのきっかけで全員が集まったとしても、両親はケンカばかり、ひとつ下の弟は、そういう揉め事にはまったく無関心で。私はいつも自分の居場所みたいなのを必死に探していたような気がする。どこか温かい場所を。

だから友達が家族で出かけたとか、夕暮れときに家々の窓に明かりがともるのを見たりすると、すごくそれがうらやましくてしかたなかった。家に帰ると誰かが待っていてくれる、っていうシチュエーションにすごーくあこがれた。

あの頃は家族がみんなバラバラで違う方向をむいていた。小さい頃は、子供なりに家族がつながるようにいろんな作戦を考えた自分だったけど(家族で交換日記をやろう作戦などというのを考えた)、高校生くらいにもなると、今すぐにでも、ここから離れて遠くに行きたいと思うようになった。温かい場所を求めてだ。

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大人になっても、実家に対してどこかまだ煮えきれないものがあって、子供の頃に感じたあのなんともいえない空気に再び触れなきゃならないと思うと、なんとなく足は遠のいた。自分の中で子供の頃から抱いていた想いというのは、まったく解決していなかったのだ。

そんな自分だったが、子供を産み、親となったとき初めて気づいたことがある。

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あんなにバラバラだった両親だけど、私は間違いなく、愛情をいっぱいもらって育てられたということ。

父も母も、親という役割とともに、いつも「自分」という人間を大事にする人だった。だからすれ違うのはあたりまえだし、考え方も違う。そういうところの遺伝子は、確実の今の私にも受け継がれたものだと思う。

そしてそういうケンカ事を、子供の私の前でも遠慮なくやっていたことも、今ではそのことに感謝さえしてる。ありのままの姿というのは、子供を安心させるものだと思う。もし、あのとき両親が子供の前だからといって、変につくろっていたりしたら、子供の私は不安を抱いたに違いない。

そういうことは、自分が親になってみないと分からなかったし、そしてこれが、私を育ててくれた両親の形、家族の形だということを噛みしめた。家族の形なんて、みんな違うし、違っていてあたりまえなのだ。

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そんな父ちゃんも、母ちゃんも、このようなダメ娘が結婚し、出産し、離婚し、そしていろいろあっても、どんなときでも味方になってくれている。親っていうのは、この世が滅びようとも、たとえ死んだとしても、自分だけの味方なのだ。それが親というものなのだ。

親孝行なんてなにひとつとしてしてあげられない自分は、とにかく毎日を元気に生き抜くことしかなくて、弟みたいに立派な人間にもなれないけど、父ちゃんと母ちゃんが、いろいろあったけど今もずっと私の親でいてくれることにありがとうと言いたい。

これからも、ずっとケンカしながら、長生きしてほしいな。

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父ちゃんの野菜の箱と一緒に、子供の頃母ちゃんにみつあみしてもらうことが何よりもの楽しみだったことをふと思い出したりして、自分にかけてもらった愛情の重みを胸に感じた。

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コメント

僕がいった所で説得力は低いんだけれども確かに親になってみないとわからない親からの愛情や想いってあると思います。
でも親だって子供にわかって欲しくて愛情を注いだわけでもないと思うし、ましてや見返りなんて考えてもいないのが普通ですよね。
んな風におもっていたりするわけですが、世の中にはいろいろ痛ましい事件が多くてニュースを見る度に溜め息がでてしまいます。

今住んでいる国では土地がべらぼうに高いので無理だけれども、自分の畑でなにか収穫するのは夢ですね。ってか実がなるものしか欲しがらないのは仕方が無いと思います(汗)。

>極太のきゅうりと、紫の濃いつやつやピッカピカの茄子

軽く卑猥な連想をしてしまいました。
すみません、最後の最後に。
チーーーン。

投稿: ベンベ ジュニック | 2011年9月15日 (木) 15時30分

>ベンベ ジュニックさんへ♪

そうですね。
「親」を経験させてもらったことに感謝ですね。

そうじゃなかったら、たぶん私はこの歳になっても、非行に走りまくって、不良になりまくっていたかも知れませんよ。(笑)
それは、誰かから気づかせてもらうことではなくて、自分で気づくときが必ず来るんですよね。


そういう意味では、私の場合は息子たちと離れておりますが、とにかくいろんな想いの経験をして欲しい♪というのが私の願いだったりします。それだけ。
嬉しい想いも、悔しい想いも、悲しい想いも、いろいろ・・・ね。


そんな親子の気持ちの距離に意味があって、それがあれば悲しい事件も起こらなくなるように思うな。
気持ちは見えないけど、伝わるものだし。そこが大事だと思うなー。


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土いじりの夢、私もです。たぶんやるでしょう。
どうしてでしょうかねー、この歳になると、そういうことにすごーく意味を感じるのは♪


それにしても・・・

昔とぜーんぜん変わってないですねー( ̄ー+ ̄)
   いろんな意味で。(笑)

投稿: メロディ♪ | 2011年9月16日 (金) 08時18分

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