« いろいろ日曜日そしてお花見会 | トップページ | 桜のむこう側の話と大好きな友達 »

2011年4月 4日 (月)

タクミとクリームソーダ

午前中に千葉にいる父ちゃんから「元気にしてるか」の電話。

父としゃべると子供のころの自分に自然に戻っているので ときどき「もーうるさいなぁ」と言ってしまいたくなる中学校くらいの私が顔を出す。

このやりとりは、今も昔も変わらなくって本当は自分の中にしみ込んでいるものだということに気づかされる。気づきながらもどうしてもその父と娘のやりとりが不変なものであることを認識せざるを得なくなる。

だけど電話を切るときに

「そっちは大丈夫なの?停電とか、余震とか」って大人になった私が聞くと

「あぁ、まぁなんとかやってるよ」

って、こっちの心配するより自分の心配しろとばかりの父ちゃんっぽい返事が返ってきた。これも中学生くらいの父と私のやりとりの感じ。

いつか親と子の立場が逆になって、子が年老いた親の面倒を見るというのがあたりまえなことも分かっているけど、

自分の場合はいつになっても心配ばかりかけてる娘という位置にいる。親に心配かけちゃいけないと思いながらも、どこかに子供の自分がしっかりと存在を主張してて愛情を欲しがっていたりすることもなんとなくは分かってるのだ。

自分の中にいつも抱えてる淋しさの根っこがそこにあるのかも知れないけど。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

午後、いつものように家に戻るタクミを駅まで送っていく途中、お互いなんとなくこのまま帰りたくなくて、、、少しでも夢みたいな時間を延長したくて、、、、

近所の喫茶店に寄った。

私はブレンド、タクミはクリームソーダ。

クリームソーダは子供にとって夢の飲みもの。

鮮やかなグリーンと、上にはまっ白なアイスクリーム。シュワシュワと夢の粒がはじける感じ。

小さい頃から外に行くときはいつだってクリームソーダだったタクミ。あれからずいぶん大きくなったけど、やっぱりそういうところは変わらなくって私を安心させてくれる。思い出が辛く苦しく感じるときもあるけど、柔らかい毛布みたいに優しく包み込んでくれるときもある。

タクミといるといろんな思い出と一緒にいるみたいで、ココロにフタしてた感情に気づかされたりで・・・・。それも心地いいけど、ときに混乱して苦しくなっちゃうときもある。

窓から斜めにさしてくる陽がとても温かくて、しばらくその中にふたりして包まれた。何かをしゃべったとは思うけどそれが空気みたいにすごく自然であたりまえみたいなものだったから、よく覚えてない。そこにいるだけで心地いいというお互いが共有してる何か。

そのあと、いつものように送っていって電車が過ぎるのを見送って 自分も現実の中に戻ろうと ちょっとだけ頑張ってみる。「頑張る」だなんて世界一キライな言葉だけど、このときばかりはそうするしかないと割り切って。

帰っていつものように、いっぱい泣いてほっぺたがバリバリになっちゃって、、、、

だけど時間は前にすすんでる、という現実を見て・・・。

崩れてしまいそうで、壊れてしまいそうで、、、

ぎりぎりのところを生きてるみたいで。。。。綱渡りするみたいに。

自分だけじゃなくて人はみんなそうやって生きてる。強くなんかなれない、って思う。

だけどこの弱い自分がいるからこそ それが自分の明日への原動力みたいになってるのはたしかなこと。

|

« いろいろ日曜日そしてお花見会 | トップページ | 桜のむこう側の話と大好きな友達 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/165410/39488945

この記事へのトラックバック一覧です: タクミとクリームソーダ:

« いろいろ日曜日そしてお花見会 | トップページ | 桜のむこう側の話と大好きな友達 »