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2011年3月 3日 (木)

夕暮れキライ。

日が落ちてくるころ、お腹の底のほうに埋まってる子供の自分がムクムクと顔を出してくる。

家々の窓にオレンジ色のあかりが灯り始める頃、夕飯のしたくをする世話しない音と一緒に香ばしく焼けた魚の匂いがどこからともなく流れてくる。

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子供の頃、日が暮れるまで公園の石のお山のてっぺんでよく遊んでた。マンションの明かりの数が家族の温かさの数と同じだということに、鍵っ子だった自分はなんとなくうらやましく思ったりして、そんなとき小さな胸はいつもきゅんとしてた。

たまに家族がそろっても、父ちゃんと母ちゃんはケンカばかりしてた。だからよけいに家庭の温かさみたいなものには憧れがあった。

ひとつ下の弟は、私とはまったく逆のタイプで頭も良くて運動もできて、しかも子供のころから自分のことはなんでもやれる優等生だったから、「どーせ私なんかなんにもできないもんっ」っていつもふてくされてた私は彼の妹みたいな位置にいたと思う。優秀な弟は親にとってはいつも「自慢の息子」で、それにくらべて私は「こまった娘」みたいな場所にいた。

学校から帰ってくると弟はまっすぐに自分の部屋に入っていった。下の部屋でこたつにもぐってひとりでみかん食べてる私のところには決して途中下車することはなくて。なんとなくそういう雰囲気も私の子供の頃の家庭の寂しさみたいなチクチクする思い出として今も残ってたりする。そんな弟とはたぶん中学生くらいからずっと会話していない。

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だから夕暮れどきっていうのは、いつもきゅんとするし、あたりまえのように夜がやってくることにも戸惑いを感じしてしまう。

それがいやだと思った時期もあったけど、今となっては、そんなひとつひとつの思い出が、今の自分のカラダとココロを創っている部品みたいになっているって思う。

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夕方、昼寝から起きて身支度して、お店のあかりをひとつづつつけていくときは、いつもお母さんみたいな気持ちになる。子供の頃に母ちゃんにして欲しかったことを、今の自分がやっている。一個一個かみしめるようにやっている。そしてそういうとき、ココロにもふぅっとあかりが灯る。

夕暮れどきはいつもこう。

  ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

久しぶりに水色の空。なんだか冬に戻っちゃったみたいに空気は冷たいけど、これも春への予兆なんだろうな。

庭の石畳の間からスイセンかなにかの芽が吹きでてる。開拓工事をしたときにすっかり以前の土も掘り返して白い石を敷き詰めたはずなのに・・・、力強い自然の生命力を感じるな。

同時に、、、「ほぉら、私の草木ちゃんはちゃぁんと私のこと覚えてくれているのよ」とかなんとか言いながら得意そうにしているあやしい王子の母上の笑顔も浮かんできたりして、、ちょっとこわい・・・。

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