2021年7月15日 (木)

久しぶりの日記で自分整理。

結局こうなる・・・。
気持ちの持っていき場がなくなると、やっぱりここにきてしまう。
文章書くことなんてまったく得意じゃないし好きでもないけれど、書くことによって自分客観視できるからここは大事。自分への愚痴を吐き出す場所でもあるし。

 ここ数ヶ月ずうっとモヤモヤしていた。まぁそもそもここ1、2年で世の中がガラっと変わってしまったこととか、それによって仕事がほとんどできなくなってしまったストレスとか、、、その時々の気持ちの整理もせずにズルズルとここまできちゃったこととか。いろいろ。

 浴びるくらいお酒呑んで寝ても、ぜーんぜん寝付けなくて 深夜のショッピング番組をたら〜っと見ていたら外が明るくなってきて
昼間はほぼほぼ横になっているから体はブヨブヨにむくんじゃうし。「もしかしてこれって更年期障害ってやつか?」などとちょうどいい言い訳を見つけたりしてね。
まぁとにかく原因の分からない不安に襲われっぱなしだった。

 世の中のせいにするのは簡単だけれど、だからって自分に何かが返ってくるわけではない。それは分かっているんだっ。


最近ワクワクしてないなと、ふと思ったりして、きっとこのワクワクこそが今の私を救ってくれるに違いないわ!と幾度思ったことやら・・・。
自分のワクワクのタネは知っているのよ、でも動けないの、最初の一歩が出ないのね。

などと、
完全に悪循環になっている自分であるけれども、
今はとくに目標も持たず、目の前にあることを丁寧にやっていくしかないかも。これが精一杯。
気合いなんて入らないし、そもそもどうやったら気合い入れられるのかわからなくなっちゃった。。。

 
 先日、久しぶりに次男に電話した。
社会人2年目の彼は一人暮らしの自炊生活を頑張っている。もっぱら平日は帰りが遅くなるとかでコンビニ弁当ですませていると言ってたけど。
「何か食べたいものある?」って聞いたら、びじきとかおからとかそういうものが食べたいと。
働き盛りの20代男子にしてはずいぶん地味だなぁと思いつつも、小さい頃兄弟たちがスナック菓子をむさぼる中、奴だけはおつまみササミとかさけるチーズとか、そんなシブいものをチョイスしていたのを思い出した。母ちゃん、一瞬だけあの頃にタイムスリップしてほっこりしちゃったよ。
そんな息子の声を聞いて、母ちゃんちょっとだけ元気になったみたい。

 今日はさっそく次男に送る用にと、ひじきの煮たのとおからさんときんぴらごぼうを作った。明日はひき肉を買ってきて彼の好きなハンバーグでも焼いてやろうかしら。

自分の場所ってここなんだな。気持ちの奥のほうにロウソクみたいな小さいあかりが灯る感じ。



 

| | コメント (0)

2021年5月11日 (火)

自転車おばさん

 5月に入ったとはいえ朝晩は肌寒く、衣替えも踏みとどまっている今日この頃。
新緑のまぶしさに見惚れつつも、現実を突きつけられると気持ちの奥がきゅーっと締め付けられてこのギャップがなんとも痛い。
どんなときも心を平穏に保つっていうのはやっぱり私にはできないや。

 好きな料理の仕事も、今のめんどうなこの環境のせいでまったくと言っていいほどできていない。けして自分だけではないし、みんな歯を食いしばって頑張っているのだろうけど、ここ数日"マジでこのままじゃダメだ!"という気持ちがきゅうに強まってきた。つねにソワソワしているし、変な夢ばかり見るし、居ても立っても座っても寝転がっても居られない感じ。
かといっていいアイディアが浮かんだわけでもないし。どうなってるんだ、私。ただただ自分の中身に寄り添っている、今。
若い時だったらこういうとき即行動に移したものだったけど、なぜだか今はサクっと動けない。もどかしいのう。


 
 最近自転車によく乗る。というのも、数ヶ月前に車を駐車しようとバックしているときに、同じ駐車場から出ようとしていた車がこちらに気付かずにバックしてきて私の車の前方に突っ込んできた。グニャ…っと、なんとも鈍い音がしましてね、それ以来運転するのがうっとうしくなってしまった。
今ではすっかり自転車おばさん。
今日も午前中買い物に行ってきた。川の向こう側に行くために地獄の坂を上り下りしたり、見ず知らずのおじちゃんおばちゃんと挨拶を交わしたり、お好み焼き屋さんのソースの匂いに誘惑されつつも、なんとか無事に帰ってきた。
今日は休業日ではあるけれど、じっとしていられなくて少しだけ仕事をした。手を動かすとふっと気持ちが今に降りてくる。これも不思議なこと。
そして仕事を終えて帰ってきた今、この日記を書いている。
お昼ご飯はどうしようか。ひとりなので作り置きの野菜スープを温めて、それと冷凍庫に眠っているパンでもあぶって食べよう。

 窓から入ってくる柔らかい風がなんとも心地いい、火曜日の午後。

 

| | コメント (0)

2021年5月 6日 (木)

感情は爆発だ〜

 ちょうど1週間前、ものすごく落ち込む出来事があり 荷物まとめて実家にでも帰るか…というふうになったのだけれど(帰る準備までした)
なんとか持ち直して今日に至る。。。

 なんというか…信頼していた人からの裏切りである。裏切りという言葉はかなりキツイけれど、まさにこれぞ裏切り!って言い切れるぞ、私は。
相手を責める気持ちももちろんあったけれど、どちらかといえば悔しさのほうが大きかった。自分を責めたりもした。相手がそう出てくるのには、こちらにも原因があるのではないか…と。
とはいえ、私はそんな心の広い人間ではない。今回のことは絶対に許せぬ!と、ただただひとりプンプンの日を過ごしたわけである。これはこれでかなりシンドイものであった。
 こんなこと久しぶりだった。まぁ歳も重ねてくると"怒る"という行為だってそれなりに疲れるわけである。なるべ〜く感情の浮き沈みのないように穏やか〜にやり過ごそうと心がけるものである。感情が無くなったわけではないけれど、滅多なことでは動じなくなるというか。頭のてっぺんにあった感情が、お腹の奥のほうで感じられるようになるというか。はたまた自分を客観視できるようになるというか。

 そんな自分が、こんなにも狂いまくっちゃうなんて一体どうしたものかと。自分で自分にびっくりしたわけ。血管の2、3本切れるくらいな勢いだったし。
あぁ、この瞬間湯沸かし器的な勢いって久々だわ!などとふと我に返ってみたりした。
 だけどほんとうに疲れましたの。
そしてとくべつ話し合いなどしたわけでもなく、日日薬でなんとかここまできたという感じ。

 自分が悪い、相手が悪い、その決着をつけるのが目的ではなくて、その先にある何かをお互いが認め合うことができるか…
というところがメインなんだろう。冷静な気持ちでみると、そういうことなのだろうな。
 
中年のいざこざは、若いときのそれとはまったく違っていて、めんどうなこともあれば逆にシンプルに乗り越えられることもたくさんある。
できるなら、めんどくさくないないほうがいいけれど たまには人間らしく生身でぶつかっていくのもいいかと、今回思いました。
だって、自分を知ることができたから。
 中年だってたまには感情をぶちまけてもいいんじゃないかしらね。

穏やかなことばかりではつまらないもの。


 


 

| | コメント (0)

2021年4月26日 (月)

花の季節に

 ずいぶん書いていなかった。
流行り病騒動から、もう1年以上も経つのだな。世の中の流れについていくのに息切れしそうになったこともあるけれど、振り返ってみたら自分の生活自体はそれまでとたいして変わっていないわけで。
そりゃぁ収入が減ったりなどの変化は当然あるけれど、今ここに息している自分がいるわけだから、それだけでありがたいじゃないの。
その上、もともとが引きこもりの性分の私にとっては、これでようやく変人扱いされなくなったというもの。(?)
どうしてテレビっていうもんは、あんなふうに人の不安をあおるような報道ばかりするんだろうねぇ。だからあまり見なくなったよ。

 今朝はいつもよりも早く目覚めたので家事の時間も前倒しできて、めずらしく丁寧にコーヒーを淹れてみたりした。しかもマグカップじゃなくてソーサー付きのカップで。そしてこういう時間こそが何よりもの贅沢だと感じる今日この頃。歳をとったということだろうか。
自分自身の欠陥部分ばかりに目がいって、勝手に落ち込んだり塞いだりしていた長〜い時期もあったけれど、そこから少しだけ先に行けた気がする。歳をとる意味ってこういうことなんだなと最近思う。
そしてきっとまた何かの拍子に、ヤバイ自分に返ったりするんだろうけど、その時はその時で対処できる前とは違う自分がいることだろう。


 アパートの前の街路樹が白やピンクに染まっている。ハナミズキだ。
花の季節は気分が軽くなる。
桜はすっかり緑まぶしい姿に早変わり。色鮮やかなつつじに、花壇には可愛らしいスミレやチューリップたち。人があの世にいくときは、きっとこんな景色に囲まれるんだろうなぁなどと、ふと思ってしまうほど。

 近所のおじいさんが、毎日かかさず花壇の手入れをしている。枯れた花がらをひとつひとつ取り除いていつも綺麗な状態を保っている。支柱を立ててあげたりお水をあげたりと、その姿はまるで可愛い我が子を育てているようで、見ていてなんともいえない気持ちになるのだ。
人生の先輩はやっぱりにじみ出ているものがすごいなぁと、ぺえぺえの私は思ったりするわけです。

| | コメント (0)

2020年11月14日 (土)

小さなお花の思い出。

 最近、買い物ついでに小さな花束を買う。それもほとんど無意識に買っている感じが自分でも不思議。

昔仕事していたレストランで毎日テーブルの上の小さな花を生けるのが私の仕事だった。小さなコップにかわいらしく生けるのだ。
買ってきたお花ばかりでなく、ときには野で摘んできたシロツメクサや野いちごなんかも生けてみたりした。野の花は買ってきたそれとは違って、素朴なのだけど生命力があった。私はどちらかというとこっちのほうが好きだった。
お花だけだとなんとなく味気なくて、当時お店の壁に這っていたアイビーの葉っぱなんかも一緒にコップに挿したりした。
 このお花が、お客さんを和ませてくれますよーにと若い頃の私はそんな風に、よろこんでくださるお客さんの顔を想像しながら毎日この仕事を楽しんでいた。
そう思うと、花って自分のためにというよりも誰かのためにあるものなかなぁ。


子どもの頃、この季節になると我が家のトイレには金木犀が生けてあった。
トイレというと微妙な場所ではあるけれど、あの甘い香りは今でも子どもの頃の思い出としてしっかりとインプットされている。

 こういってはなんだけど母はそもそも花など生けるような人ではない。と子どもの頃の私は勝手にそう思っていた。
毎日働きに出ていたから、家のことをやる余裕がないというか、とにかく忙しい人なのだ。座っている姿を見たことがなかった。
そんな母がたまに花なんか生けるものだから、母ちゃんどうしちゃったんだろ〜と子どもながらに不思議に思った。



でも
自分が大人になって、そういう母の気持ちがなんとな〜く分かって。
母の優しさ、家族への想いがこの金木犀だったのかな と。窓辺にひと枝の金木犀 というだたそれだけ絵が、今でも私の記憶の中にあるって、なんだかすごい。
もしかしたら母のことだから、ただなんとなーく飾ってみただけよーと言うかも知れないけれど
私にとってはこれも大切な思い出なのだ。

 今でもときどき花を飾りたくなるのは、当時の母と同じ気持ちになっているのかなぁ。
しかも飾るのは、決まってトイレなところも。



 

| | コメント (0)

2020年11月13日 (金)

輝ける若人たち。

 最近若い子たちに励まされることがよくある。
おばさんの落ち込み気味な空気を彼らは読んでくれているのかしら。。。

自分の息子と同じような年代の子からアドバイスをもらうことは、ちょっと恥ずかしい気もするけれど
とにかくおばさんとしては嬉しい。こんなおばさんのためにありがとうと。
彼ら彼女らは、ほんとうに純粋でまっすぐな気持ちをこちらに投げてくれる。しかもこちらが受け取りすいように優しく投げてくれる。
ちょっとぶきっちょな感じも可愛らしくて。
なので、おばさんとしてもそれを素直にキャッチできる。その瞬間ココロに少しゆとりがうまれる。


そもそも年令って関係ないのかもね。
年令を超えた人間どおしの付き合いって尊いなぁと、最近思うわけです。


 おばさんは君たちのために何ができるだろう。

若者から学ぶことは多いなぁ。


 


 

| | コメント (0)

2020年11月11日 (水)

ソフトボールのお姉さん。

 昨日は丸一日ひとりで過ごした。やっぱりひとりというのは味気なくて何をしていても面白味を感じない。
ゴハンもてきとうに作って食べてはみたけれど、何を食べても味がしないし。
そもそもゴハンって、食べてくれる人がいるからこそ作りたいっていう気持ちが湧いてくるものだと思う。ひとりのメシなんてそもそも心なんて込められるわけないものね。とりあえずコレ食べときゃいいか…程度。
 そういえば実家にひとりで暮らしている母も同じようなこと言ってた。「ひとりだと作りがいがないのよ」と。
まさにそうだな〜と思った。
まぁ、ひとり暮らしに馴染んでいる人だったら、そのメシを楽しむ術みたいなものを知っているのかもしれないけれど、自分には無理だなぁと思った。
とくに昨日は仕事がお休みだったので一度もキッチンに立つことなく、なんだかもぬけの殻みたいになってしまったことだよ。やっぱり自分には料理しかないのかな。

 そんなこんなで
今朝はいちばんで洗濯をすませ買い物に出かけた。今日は自転車で。
風はひんやりという感じで、冬のあのキンキンな感じでがなくて丁度いい。ウィルス対策のマスクも今はすっかり防寒用だ。

イチョウの公園の横を通ると、「ナイス〜!」と威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
ナイス〜ってちょっと昭和だな…と思いつつも公園の中をのぞいてみると…
ソフトボールのお姉さんたちがカラフルなジャージに身を包み練習に励んでいるでは。
お姉さんたちは、私と同じくらいかもう少し先輩のように見えた。先輩といえども動きは学生のソフトボール部と変わらないのでは、というくらい迫力満点だった。そしてなにより皆さんが生き生きとしていて、単純にそういうのいいな〜と思ってしまった。そのエネルギーみたいなものとか、チームワークとか、そういう類のものとは縁のなかった自分なので、ただただうらやましかった。
キャッチャーミットにボールが「フンっ」って収まる音とか、バットにボールが当たったときの「カーン」っていう野球のボールとは違う感じの音とか…中学校の放課後の校庭に響いていた音と一緒だった。懐かしいなぁ。

そして今さらながらチームプレーっていう言葉に憧れを感じる。
スポーツはやってこなかったけど、音楽でいえば吹奏楽とかオーケストラになるんだろうか。感覚は違うけれどこちらもチームプレーだ。
な〜んにもやってきてなくて、個人プレーできてしまった私。
お互いの空気を感じ合ったり呼吸を合わせたり、そういうことって経験してみないと分からないと思うし、経験した人にしか分からない何かものすごいものがあるんだろうな。心が通じ合う感覚とかそこに震える感じとか。

 五十路のおばさんでも間に合うかな。そういうこと経験してみたいな


などと出来もしないくせに、そういうことをいちいち考えちゃう今日この頃…。



イチョウはほぼ満開になってたな。

 

| | コメント (0)

2020年11月 9日 (月)

少女たちのティーパーティー。

 小学校4年生のときクラスに友子ちゃんという女の子がいた。
友子ちゃんは手先が器用で図工の時間はいつも先生をも唸らせるほどのアイディアを発揮してクラスのみんなをびっくりさせていた。
そんな彼女は、普段はとてももの静かな子だった。目立つような子ではなかったけど、友だちはたくさんいるように見えた。席の近かった私とも、ときどきおしゃべりした気がするけれど、それほど印象には残っていない。顔も声も思い出すし、図工が得意だったことも思い出すのだけれど、実はそれ以上の何かがあるかといえば、とくに何もない。

 でもなぜふと、友子ちゃんを思い出したかといえば…


それは小学校4年の冬の帰り道、ランドセルを背負ったまま私たちは友子ちゃんの家にお呼ばれされた。友子ちゃんを含め5人くらいだったと思う。当時から友だち付き合いの薄かった私は、帰り道がたまたま同じ方向だった子たちと一緒に、ただなんとなーく金魚のフンみたいにくっついていったのだ。
そして"お呼ばれ"というよりどちらかというと、「友子ちゃんちで遊んでいってもいい?」という流れだったのかも知れない。思い起こすとたしか その女の子の中にマサミちゃんというクラスの女番長みたいな子がまじっていたのだ。マサミちゃんは女の子なのに声がガラガラでしゃがれていて"いかにも"な雰囲気の子だった。当時は誰も彼女には逆らえなかったので、おとなしい友子ちゃんもおそらく断れなかったのだろう。

 「おじゃましまーす!」と入っていくと奥のほうから「おかえりー」とやさしそうな友子ちゃんのお母さんの声が返ってきた。そしてなんといっても部屋が暖かい。小さい頃から鍵っ子だった私にとって、家に帰ると誰かがいる ということ自体が驚きだったし、まして帰宅するとすでにお部屋がぽかぽかに温まっているなんて天国みたいだった。
うらやましい というより、ただただ すごーい!って感動したのをおぼえている。

 友子ちゃんちで女子5人で何をして遊んだかといえば、それはまったくおぼえていなくて…

私が今でもしっかりとおぼえているのは、友子ちゃんのお母さんが「おやつよ〜」と台所に呼んでくれたときのこと。

石油ストーブの上にはヤカンがかかっていて、ヤカンの煙で台所の窓はくもりガラスみたいになっていた。冬の夕方は短くて窓の外はもうすでに暗くなりはじめていた。そういう景色も鮮明におぼえている。
夕暮れ時はどこからともなく寂しい気持ちが降りてくるものだったけど、友子ちゃんちの台所は不思議とそういう気持ちにはならなかった。誰かに守られているような、安心できるあったかい場所だった。

  そして何よりも驚いたのは、あつかましい私たちが突然押しかけたのにもかかわらず、テーブルの上には人数分のケーキ、そして見たこともないような素敵なティーカップが並べられていたこと。小学4年の小娘にソーサー付きのティーカップを出してくれるなんて、今思うと友子ちゃんっていろんな意味ですごい子だったんだなということ。だって、こんな素敵なお母さんのもとで育ったんだもの。
 ティーカップのおかげか、私たちはいつもよりお上品になれた。そして生まれてはじめてレモンティーの味を知ったのも友子ちゃんち。ソーサーの傍に、スライスしたレモンが添えてあるのを見たのも初めてだった。
なんだかちょっとだけ大人に近づいた気がした。


 そしてこの日以来、私は学校の帰りに友だちを誘い、自分の家でティーパーティーを開くことにした。友だちとよべるような仲の子はほとんどいなかったけれど、とにかく私はティーパーティーがしたかった。誰でもいいから来て来てと、なかば強引な感じで誘った。こんなこと以前の私だったらできなかった。
 ランドセルを床に置くと、おもむろに台所に向かいヤカンにお湯を沸かした。
そして普段は開けたことのないような茶箪笥から、人数分のティーカップを出した。もちそんソーサーも一緒に。
そして友子ちゃんちにあったのと同じ黄色い箱の紅茶のパックをそれぞれのカップにおとしヤカンのお湯を注いだ。
さすがにケーキは無かったので、どこからかの頂き物で置いてあった丸い缶に入ったクッキーを木のお皿に並べた。
誰を呼び、何をおしゃべりしたか、何して遊んだとか、そういうことはまったくおぼえていない。ただティーパーティーがしたかったのだ。
 その日を境に、このティーパーティーは毎日のように開催された。この時間がすごく好きだった。

このことに味を占めた私は、やがてお菓子も手作りするようになったりと発展(?)していくわけなのだけど、


ふと今朝、車を運転しながら思った。
私の原点みたいな場所ってもしかしたらここにあるのかなと。


 とくに料理を勉強したわけでもないし、とくべつ何か得意料理があるわけでもないし、なのにお店をしたいと思うのは

小学4年の友子ちゃんちの想い出が創ってくれているものなのかなって。


 あれからだいぶ歳をとってしまった今も、心ん中に生きているものがあると思うと
いまの自分にはちゃぁんと理由があったんだな としみじみ思うわけです。




 

 


 

 

| | コメント (0)

2020年11月 6日 (金)

イチョウ八分咲き。

めずらしく、歩いて近所へお買いもの。
空はうっすら雲がかっているけれど、寒くもなくちょうどいい感じ。コートじゃなくてカーディガンでよかった。


 何日か前に次男に電話して、何か欲しいものある?って聞いたら
レンジでチンして食べられるもの とのことだったので、なにかおいしそう冷凍食品でも探しにいこうと思って。最近は仕事が忙しくて料理する時間がなかなかないとのことだった。
それと、ちょこちょこ作りためておいた母ちゃん手作り冷凍食品も一緒に箱詰めすればいいかな。



  次男といえば、この春に就職して大阪で一人暮らしをしている。こういう状況だからほぼ在宅ワークみたいになっているらしいけど詳しいことは知らない。以前「毎日ひとりで家にこもっていてさびしくなったりしないの?」と 母ちゃんは心配して聞いたことがあるけど、「ぜんぜん」って。
すごいなぁ 強いなぁと息子を尊敬したのでありました。
なにせ、ぜんぜん知らない土地に行ってもちろん友達もいないだろうし、いざ就職したかと思えばウィルス騒ぎだもの。心細くなったりしないんだろうかとこちらは心配でしかたないわけです。
でも電話の声はいつもと変わらなくて、どちらかといえば一人暮らしを謳歌しているようで、それでちょっとだけ安心しました。
 料理も好きなようでパスタなんかもソースから手作りしているみたい。次男がそんなことできるようになったなんて、小さい頃の彼からは想像もできないけどね。
あれから十数年経ってしまったけれど、母ちゃんは今タイムスリップしているみたいな気分に、勝手になっているわけです。
電話の向こうの声はすっかりおっさんみたいになっているけれど、母ちゃんの中ではあの頃の次男としゃべっている感覚なんです。
おっとりした独特の間があって、おしゃべりの端々に相手を気づかうような余韻があって、「うん」と返事するところを「う」っていうところも
あの頃と一緒。

ほんとに何もしてあげられなくてここまできてしまったので、母ちゃんとしては大失格なのはわかってます。

なのでせめてもと母ちゃんの気持ちをときどきこうして箱詰めして送るんです。
そんなことくらいしかできなくてごめんねと。

 
 この間の電話のときは、なんだかちょっと寒そうにしていたから
「暖房とかあるの?」って聞いたら
「まだない」とのことだった。
さっさと買いなよ!ってとりあえず言っておいたけど
こういうどこかものぐさなところも、昔とぜんぜん変わってなくて
なんだかおかしくなってしまいました。



 買いもののあと
ちょっとだけ遠回りして イチョウのある公園の横を通って帰ってきました。
公園の周りをぐるりと囲う大きなイチョウの木。八分咲き(?)くらいです。
桜もいいけれど、イチョウの黄色もなかなかのものです。空がどんなに曇っていても、この木を見上げると眩しい光の中に自分が溶けていくようなそんな気になります。葉っぱとはいえ、まさに「咲く」という表現がぴったりです。

 木々が秋色に染まっていく様は
切なくも美しいものです。



 


 

 

 

| | コメント (0)

2020年11月 3日 (火)

休日の午後。


 休みの日の朝寝坊。今日は料理をしたくない。ということで、近所のショッピングモールのフードコートで夕方近くに遅めのランチ。夜ごはんも近いことなので気軽なものですませようと思って。本日の一食目。

祝日ということでこんな時間にもかかわらず席はいっぱい。小さなお子さんを連れた幸せそうなご家族やら、学生服から解放された中高生やらで大いに賑わっていた。ウィルスに怯えまくっていた数ヶ月前の光景とは全然違っていて活気にあふれていた。ようやく何かが戻ってきた感あり。

 ここにくると決まって食べるナポリピザ。生地のモチモチ感と小麦の香りが抜群なのだ。オリーブ、マッシュルーム、ベーコンののったピザを相方さんと半分こした。休日だからお許しをもらい白ワインもちょっとだけ。
昼間のワインはいつもよりも沁みた。一杯だけなのに頬がぽわっとした。人混みフードコートの片隅で休日の贅沢を堪能する48歳のおばさんでありました。

 ふと隣を見ると、小さなまあるいテーブルに4歳くらいの女の子がやさしそうなパパと向かい合って座っていた。パパはおもむろに茶色の紙袋の中から紙ナフキンを出し、それを女の子の前に敷いてあげた。そしてその上にいちご色のかわいらしいドーナツをひとつ乗せた。
それをなんとも嬉しそうな表情でほおばる女の子。パパの顔をじいっと見ながらニコニコしながら食べている。パパはアイスコーヒーをすすりながらそんな彼女を見守っている。まるで恋人を見守るようなそんな表情で。
 となりでピザにかぶりつきながらそんな光景になんだかほっこりしてしまった。。。

 
 息子たちがまだ小さかった頃、喉とか鼻とかが弱かった彼らは大きな病院の耳鼻科に通っていた。長男が治れば次は次男が、次男が治れば次は三男と。そんなのを繰り返していたからほぼ毎日のように朝一番で予約をとり病院に行き、そのあと保育園に送っていくというのがルーティーン。
まだ2、3歳の子どもにとって耳鼻科というのはちょっと特別な場所で、鼻を機械ですったり喉の奥に蒸気をあてたり、次男にいたっては耳の奥の膿を取るのに鼓膜に小さな穴を空けるなど、とにかく彼らにとっては怖〜い場所だったようだ。

 そんな彼らに頑張ったご褒美にと、治療の後に病院の一階にある喫茶店でソーダー水をご馳走してあげる というのがお決まりだった。病院内の喫茶店ということもあってたしか1杯200円ほどだったと思う。
そのお店では赤、緑、黄色のソーダー水があって息子たちはその日の気分で色を選んだ。色のついたシロップをただソーダで割っただけの飲み物なのだけど、子どもはこういうのがとにかく好きなのだ。
相変わらず病院は怖がっていたけれど、彼らにとってはこの時間が楽しみでしかたなかったようだ。
そしてその横で自分はただただそんな息子の姿を眺めていた。そんな時間が好きだった。慌ただしい子育てだったけれど、こういうのですべてがチャラになった。幸せの時間。
何十年経った今でも時々思い出しては胸がきゅぅんとなる。

 そんなのを、あの女の子ととお父さんの姿に重ねていたのかもしれないな。

もう2度と戻ってこない時間だと思うと、なおのこと愛おしくて。

でもそういう時間を経験させてもらったということは、人間としてとてもありがたいことなのかもしれないな。。。


 

 

 

 



 


 

| | コメント (0)

2020年11月 2日 (月)

秋深まりし。

 ほんとの自分って何?
ほんとの気持ちって何?

最近よく考えるのです。

 子どもの頃はこんなんじゃなかった。
両親に対しても友達に対しても、”まんまの自分”でいられた。それが普通だったし、そのことについて何も思うことはなかった。

いつの頃からだろう。

私は良い子のお面をかぶることを覚えてしまった。
“良い子”っていうのは、つまりその時々において都合のいい子、というもの。
そういう意味では 上手な子どもだった。
相手の顔色を見て行動することができたから、人から嫌われることもあまりなかったし親(父は他界したけれど)の前ではとりあえず良い子を演じることはできていたと思う(たぶん)。
心は泣いていても、笑顔で振る舞うことなど得意中の得意だった。

そのうち私にとってそのお面は、自分の身を守る武器みたいになって自分を奮い立たせてくれるものになっていった。
気づけば、お面の下の本当の私から目をそらすようになっていてそれが習慣みたいになって、あたかもお面の私がほんとの私だと思い込ませていた。

そうしたら
気づけばへろへろフラフラになっている自分がいるのです。。。

 そうやって何十年も来ちゃったから、いまさらどうもこうもないし、こういう自分を嫌いだと思いつつもどこかでは受けいれていたりもする。

なんでしょうか、、、、秋だからでしょうか(秋のせいにするのもいかがなものか)
こんなことをふと考えてしまったりするのです。。。

秋という季節には そういう匂いを含んでいるのかも。立ち止まって考えてみたり、自分の内側と向き合ってみたり。
自分の何かを変えるチャンスみないな時期かもしれない。



 今日も明日もバカみたいに楽しくって、怖いものなんかな〜んにもなかったあの子ども時代に
ちょことだけ戻ってみたいな〜と

最近ふと思ったりするのです。。。

 

 


| | コメント (0)

2020年7月15日 (水)

料理することしかできない。

 何日ぶりの晴れ間だろう。

いろんなニュースが日本を、世界を飛び交っている今、
気持ちは勝手に沈んでいってしまう。抗おうとすると逆にしんどくなる。
ありのまんまの今を受け容れていくしかないのかな。
ひさびさの日記の更新も、やっぱり病み気味になってしまうのだな。

 SNSを見れば、なんだかみんな活き活きしてる。
こういう状況の中でも努力したり前向きな気持ちで頑張っている人たちがたくさんいて
ただただすごいなぁという感じ。自分だけが取り残されているみたいでちょっと落ち込む。(だったらSNS見るなよって話)
そして自分もそんなふうになりたいなとちょっとだけ思うのだけど、だけどやっぱり無理だよなと諦めちゃう分量のほうが大きい。
 コロナでステイホームとなったときに
なんだかちょっとだけ気持ちが楽になったのは正直なところ。
だって 当の昔から私ゃステイホームしてるから。引きこもるのは得意だもの。

 お店の仕事も一時期はどうなってしまうんだろうと毎日心配しすぎて、十円ハゲもたくさんできたほどだったけど
なんとか少しずつ、前の温度を取り戻してきたのでよかった。(ハゲは治らず)
その中でも特に嬉しかったのは
営業自粛中にお弁当の販売を始めたときのお客さんの声だった。
「おいしかった」の言葉でどれだけ元気をもらったことだろう。どれだけ希望がもてたことだろう。
のんびりやなので数は作れないし、ちゃんと作りたいので時間もかかってしまうのだけど
食べてくれる人たちの顔を想像しながら作るあの時間はなにより貴重だった。
お酒を飲むところだから普段はあまり料理はしないのだけど、あの期間中は大好きな料理を思う存分できた。

 歳を重ねていくたびにどんどん内向的&引きこもり〜ヌになっていくのを自覚している今、
誰かのために料理することだけが何より自分の位置確認の手段になっているのかも。

高校生進学のとき、母親に
「料理の勉強をしたいからそっちの道に行きたい!」って人生初の自己主張をしたら、「そんなの恥ずかしいからダメよ。ピアノを頑張りなさい」って即座にかえされた。
だから私は料理をする仕事っていうのは恥ずかしい仕事だとずっと思ってきた。
でも。
私は今、料理の仕事をしているでは。たまにそのことを不思議に思ったりもするのだけど、しぜ〜んに流れてここに辿り着いた気もする。

人前で何かをするのは苦手だし、言葉で何かを伝えようとすると声がもぐって相手に全然届かなかったりするのだけど
料理することだけが私にとって誰かと繋がるためのツールなっているのかも。
どんなに小さな世界でも、その自分の気持ちを信じてどこまでもどこまでも深く掘っていきたい。自分のペースで。これからも。孤独に。

などと、日記を書きながら気持ちを整理していくことは大事だな。
ずっとモヤモヤしてました。。。


 



 

 






 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2020年2月24日 (月)

あさくまのコーンスープ。

無性にあさくまのコーンスープが飲みたくなっていそいそとランチに出かけた。
ランチタイムはお肉料理を注文すればコーンスープを始めサラダやフルーツなどが食べ放題というシステム。大好きなコーンスープを好きなだけお代わりできるだなんて夢のようだわ。

 というのも、私にとってあさくまは子どもの頃に初めて家族で外食に行った場所。
明るいイメージのファミリーレストランとはちょっと違っていて大人の雰囲気が漂っていた。少し薄暗くてテーブルや椅子も深みのある色合いで、飾ってあるものや壁の風合いは和と洋が合わさったよう感じで子どもながらにかっこいい!って思っていた。
当時、毎週土曜日に通っていた英語教室がその近くにあったこともあって、帰りにはあさくまに寄ってケーキやアイスクリームを食べる というのもお決まりだった。父はタバコをふかしながらコーヒーを飲む というのもお決まり。
今もあるのかな、アイスクリームに花火がささっているやつ。弟があれを注文して目の前に運ばれてきたとき、びっくりして固まってたもんね。
そしてたまに晩ごはんを食べに家族で出かけたりもした。外食の味があまり得意でない母が、あさくまのサラダのドレッシングを美味しい美味しいと言って食べていたっけ。ちょっとセロリっぽい味がして私も大好きだった。
私はもっぱらここのコーンスープが大好きで必ず注文していた。コーンスープは大好きでいろんなお店で食べたけれど、やっぱりここのが一番。コーンの甘さがちょうどよくって、なにしろ濃厚。飲むというより食べるって感じ。

 そんな家族との思い出のお店の本店がなんと愛知県にあるということを知ったときはほんとにびっくりした。
千葉県の野田というところで育った私にとって、あさくまは野田にしかないものだとずっと思っていたから、まさか名古屋で再会できるだなんて思ってもみなかった。

 そしていちばんにその思い出のコーンスプーンをなみなみとカップに注いで、じっくり堪能したわけです。思い出のまんまの味。これぞあさくまのコーンスープ。わー懐かしい〜。
そしてそのあとサラダにあの思い出のドレッシングをかけて食べて、メインのお肉を食べたらもうお腹いっぱいという状態に。
コーンスープをお代わりする気満々でいたにもかかわらず、もう入らない…。(涙)
 
思い出はすぐにポケットの中から取り出せてあの頃にタイムスリップできるのだけど、知らないうちにこんなにも年とっちゃったんだぁと思うと、時の流れに空しさを覚えちゃうね…。トホホ。
でもまぁ、このべろはちゃんと覚えているんだな。そう思うとべろの記憶ってすごい。

今度実家に帰ったら母をあさくまに連れて行ってあげたいな。

| | コメント (0)

2020年2月20日 (木)

外時間。

ようやくキャンプに行けた。1ヶ月ぶりくらいだろうか。天気は雪 時に暴風。
前回は雨ザーザーで地盤が緩んでペグが抜けちゃうという騒ぎ。それにくらべたらずいぶんマシ。
そして前回同様、テントじゃなくてポールとブルーシートでの空間作り。ついにその域にいってしまった。もはやテントじゃなくて小屋である。
これのいいところは、安い費用でできてしまうのと翌日の片付けが楽ということ。
この時期テントは夜露と結露でびっしょりになる。これを乾かすのもひと苦労なのだよね。それにくらべてブルーシートは翌朝さっと干して雑巾で拭いたらすぐたためる。難点はなんといっても"ぜんぜん映えない"ということだろう。でもまぁそんなことはまったく気にしないので、このチープ感を楽しんでいたりもする。キャンプ場では逆の意味で目立っていると思う。

 簡易小屋なのですきま風もハンパない。底冷えもすごい。ダルマみたいに着込んでホットウイスキーで体を温める。ビールなんて寒くて飲めたもんじゃない。

夜には雪もやみ空には満天の星。オリオン座の中にあんなにもたくさんの星たちがいたことに驚かされる。
寒すぎて水道の水が凍っちゃったりお風呂も入れなかったりトイレまでやたら遠かったり、いろいろ不便なことはあるのだけどなぜかまた来たくなる。このいろいろめんどうな感じをわざわざ味わいたくなるのが不思議。
薪割りしている時間、火を見ているだけの時間がとても貴重なものに感じる。"生きてる"をかみしめてるんだろうか。
 それでもって朝がやってきて日常に戻らなきゃと思うとさびしくなる。これも毎度のこと。
長い瞑想から解けるみたいに。もうちょっと味わっていたいって思うのだ。

 そして帰ってくると、日常が少しだけ新鮮に見える っていうマジック。いろんな"便利"やいろんな"あたりまえ"をありがたく思えてしょうがない。

 外時間は私にとってリセットするためのスイッチなんだな。



 

| | コメント (0)

2020年2月17日 (月)

日記じゃないけど。

  書かないでおこうと思ったけど、やっぱり書きますね。
人のブログを荒らすのはやめましょう。
私自身に対して言いたいことがあれば、コソコソこんなところに書かないで
ちゃんと顔を合わせてお話してくださいね。

 かなしいことだけど、負の言葉が与えるエネルギーって強いのだよね。
いい言葉をもらうよりも、ずっとずっと強くて怖い。
そういうことを平気でできてしまうって一体どういうことなのだろう。
それってすごく淋しいことだと思うよ。

 今はネット上になんでもかんでも書き込めてしまう怖い時代だからこそ
ひとつひとつの言葉に慎重になるべきだと思う。
 まぁいろいろ言われて当然の人間だけど。

私ひとりだったらまだいいですよ。
このブログに訪れてきてくださった人たちの目にも当然触れるわけですよ。
みんな不快に思うんじゃないかな。

 私も最初はかなりショックを受けました。落ち込みましたよ。
でもこれって、よくあるネット荒らしみたいないたずらなんじゃないかなと思って
エイっと気持ちを切り替えました。(いたずらだとしても趣味悪いよ)
と思っていたら、忘れたころにまた同じような悲しい内容の書き込みがありました。

 このブログに関しては誰でも自由にコメントできる設定にしていたのですが
今回このようなことがあったので、こちらで一度確認してからコメントとして掲載させていただこうと思いますね。
もちろん例の辛い内容のコメントはサヨナラさせていただきました。

 そして自分自身もあらためて言葉の持つエネルギーについて考えさせられました。
同じ言葉なら相手ハッピーになるような言葉をチョイスしようと思いました。
日記は顔の見えない文字だけの世界。
だからこそ気持ちを込めようと。


| | コメント (0)

2020年2月16日 (日)

ほのぼのな風景。

「車の整備とかってさぁ、ひとりでやってるとむなしくなってくるんだよね〜」とちょっとぴりぴりしながら言ってくる相方さん。きっと本音は「てめえも車乗ってんだから手伝えよなー!」なんだろうけど、優しい相方さんは絶対にそんなこと言ってこないので ここは黙ってお手伝い。
ふたりで初の共同作業?!"オイル交換"に挑みました。
こんな面倒こと 相方さんはいつもひとりでやっていたんだ などと今まで知らんぷりでいたことを少しばかり申し訳なくも思ったり。
オイル交換なんて面倒だから、オー◯バックスに持っていてやってもらえばいいじゃん なんて無責任に言ったこともありましたよ。
工賃がもったいないというのもあるけれど、そもそも相方さんはなんでも自分でやらないと気がすまない人。それを知りながらも私はけっこうバッサリと言ってしまうわけです。
 そういうこともふくめいろいろ反省しつつ、しっかり(?!)お手伝いしました。といっても何もできない私は隣で「ガンバレー」的なエールを送るくらいのことしかできなかったけど。

 そんな作業をしていたら、ご近所のおじいさんがよちよち歩きのお孫さんの手を引いて公園の方へ歩いていきました。
私たちの前を通りかかるおじいさん、こいつら一体なにやってんだ〜みたいな目で見てきたので「こんにちは」と声をかけてみました。するとかなり疲れきった声で「こんにちは」と返ってきました。
年老いたおじいさんには、元気のかたまりみたいな小さい子のめんどうなんてさすがに応えるだろうなぁ。そんなことを思いつつ作業の続きに戻りました。

 1時間後、おじいさんとお孫さんが戻ってきました。
さっきまで疲れきった感じのおじいさんは別人みたいになっていました。顔からは笑みがこぼれ、さきほどまで孫の手を引きとぼとぼ歩いてたおじいさんは今度は孫を抱っこして「たかいたか〜い!」とあやしながらこちらに歩いてくるではあーりませんか。
お孫さん以上に元気になって戻ってくるおじいさん。なんかいいな〜とほほえましく思いました。
 それでもって、そのあとおじいさんは今度はおばあさんに孫のめんどうをバトンタッチ。おばあさんは孫をあやすのがとっても上手でした。
その光景もなんだかとてもほのぼのしていて、こちらも作業しながらそういう家族のあったかい風景を見させてもらってほっこりしました。
 
 私も父や母を思い出しました。
当時まだ元気だった父は孫3人をつれて動物園に連れて行ってくれたり夏はプールにも連れていってもらいました。父はいつも本気で遊んでくれました。それを母が見守る感じでした。
男ばかりだから、とにかく常に動き回っているし部屋は汚すしで父も母もヘトヘトになって「めんどうなだ〜」なんてこぼすときもあったけどやっぱり孫が遊びにくることを楽しみにしていたのはたしか。「夏休みは来るの?」「冬休みはいつから来るの?」なんて電話口の父の声のトーンを今でも覚えています。孫っていうのはジイジやバアバにとって特別な存在なのだな。

そんな自分の昔話も思い出しましたよ。

 そしてなんとか無事にオイル交換も終了。
といっても私はたいしたこと何ひとつやっていなくて、きょろきょろ周りの景色に心をうばわられていただけなんですけどね…。 
 

| | コメント (0)

2020年2月13日 (木)

ラーメンもとめてお出かけ。

 名古屋ラーメン祭にお客さんと一緒に行ってきた。
そういえば20代のころに横浜にある"ラーメン博物館"というところに行ったっけね。そう思うとラーメンブームには終わりがないんだな。味の流行りはあれど、どの時代にも愛される食べものなんだ。
そんな私、とくべつラーメン通というわけではないけれど、美味しいものならなんでも大好き。よだれを垂らしながら事前にパンフレットでしっかり予習してきたのだ。
それでもって会場につくなり小走りでお目当の店の前の列に加わった。今日は暖かいから並ぶのも苦じゃないな。
ただね、お店によって列の長さが違うからラーメンが出てくるタイミングもみんな違うのね。我ら4人もとりあえずみんなで集合する場所を決めてここで食べようという場所を決めたんだけど、並んでいる列がみんな違うからタイミングがバラバラ。みんなの集合を待っていたら大事なラーメンが伸びちゃう。
 いちばん最初に集合場所に着いたのはこの私。まだ誰も来てない…どーしよ、でも待ってたら大事な旨旨タイミングをのがしちゃうじゃん。先に食べちゃうぞとばかりにひとり勢い勇んでズルズルっとラーメンをすすり始めた。少したら他のメンバーもパラパラと集まってきてそれぞれにズルズルタイム。これでいいのだ。
そんなわけで、それぞれのジャストタイミングでとくに会話もなく勝手に食べる!というこの感じがよかった。ラーメンも美味かったし。
私以外、相方さんを含めみんな男子だったというのもあるのなか、そういう気楽な感じがすごく清々しかった。
そして、我らはそれぞれひとり2杯ずつ完食して腹ぱんぱんになってさくっと帰ってきた。女子どうしだったらそのあとお茶しよ〜みないな流れになるかもしれないけど、目標達成したらハイおしまい みないなこんなシンプルな感じもいい。
 
 帰ってきて時計を見たらまだお昼の12時半。相方さんがオートバックスに行くというので着いていったけど、これが実に長くかかってしまった。探し物がなかなか見つからなくて私が「店員さんに聞いたらどーお?」というも 「いや、いいんだ」と言ってきかない。同じ棚の前で腕を組みながら何十分も眺めている。じっとしているのが苦手な私は店内をくるくる何周も歩いたりして時間をつぶした。
 そしてようやく諦めて「ネットで買うからいいや」と言っていた。はて、この何十分の間はいったいなんだったんだろう。あえては聴かないけど。
男の人ってさくっとシンプルにいくときもあれば、こうしてじっくり時間をかけることもあるのだね。
男子の世界はほんとよく分からぬなぁ。
でも着いてきちゃったのはこの私なので、今日は文句も言わず静かにしてたけど。
 そしてその帰り道、バッテリーがおかしなことになってエンジンがかからなくなった。ここ最近よくある症状なのだけど、道の真ん中できゅうにエンジンかからなくなっちゃうのは、何度経験してもやっぱり怖いわぁ。
相方さんの超絶運転技巧でなんとか戻ってきて只今充電中。
そして気づけばもう夕方。お出かけする日は1日があっという間。気分転換できてよかったわ。
そろそろ支度をして仕事に向かおう。



| | コメント (0)

2020年2月 6日 (木)

友人との再会そして実家に帰るの巻。

 まったく筆が進まず久しぶりの更新。
ここのところ、今の自分をキープしていくことは果たしてどうなんだろう、などと思ったりして。
とはいっても仕事は好きだし、自分のお店もあるわけだし。
こんなことを思うのは贅沢なことなんだろうか。
ただ、自分の中に生まれた”違和感”のようなものがある以上、そいつともちょっと向き合ってやらなきゃとも思う。

 火曜日に、突然思い付いて高校のときの友達ちひろちゃんに会いに新幹線に飛び乗った。
5年ぶりくらいだろうか、、いやもっとかな。それでも会えばあの時の空気に自然に戻る。おばさんになったって気分は高校生だ。(無理あるか)
昭和感漂う駅前のしぶ〜い居酒屋でひっかけて懐かしの友の話で盛り上がって、その勢いではしご酒もしっかりこなしてサクッと別れた。とてもいい時間だった。
 高校のときの帰り道はいつも一緒だったちひろちゃん。ふたりで駅の階段を駆け上がりホームを突っ走った。たま〜に途中下車して美味しいケーキなんか食べたりもして。
そんなときいつもちひろちゃんは私の左側のちょっと前を歩いてた。そんなことを47歳になって思い出したのもよかった。
私は昔から女の人とはカラッとした付き合いしかできなくて、今でもときどき「冷たい…」みたいに言われてしまうことがあって、でも彼女といるとそんなことぜ〜んぜん考えなくていいよーみたいに同じ空間にいられることがすごく楽。もちろんちひろちゃんもカラッとしているほうだけど、いろいろ話を聴いていると、彼女がいろんな人に誠意を持って接していることだったり、人と人を繋げていく天才だったり…。これって思いやりがないとできないことだ。つくづく尊敬する。
まぁ昔からそういうところあったけど、こうしておばさんになってみてあらためて彼女の素敵な側面をたくさん感じる。高校生のときにはただなんとなーく空気みたいに一緒にいただけだったけど。おばさんになるっていい。
でもまぁ空気みたいに一緒にいられるのっていちばんいいことなのかもな。
持つべきものは友!ってひさしぶりに思っちゃった。

 それでもってそのあと実家に帰った。
84の母はその日は仕事が休みだというのでそれもちょうどよかった。(84になってもまだ仕事していることがまず信じられんのだけど)
こちらがいいよって言ったのに、母は自転車に乗って駅まで迎えに来てくれた。
見るたびにシワシワになって小さくなっていく母。それでも母は母という位置を今でもキープしている。娘より上に必ずいる。
孫が来るときとは違ってごはんもおかずもとっても質素。お米炊くのめんどうだからおにぎり(スーパーの)でいいよね、とか言う母。
刻んだ大根の上に納豆をのせたやつは、私が子どもの頃に嫌なくらい食べさせられたおやつだ。これも何十年ぶりかに食べた。それとブリの照り焼きとヒジキの煮たの。味噌汁はめんどくさいから作らないよだって。
どれもこれも地味なおかずだけど、こういう気をつかわない食卓がなんだかしみじみよかった。母らしい。

 そして茶箪笥の上には、父が退職して初めて母とふたりでタイ旅行に行ったときの写真が飾ってあった。この日記にも何度も書いたけれど、両親は本当に仲が悪くて子どもの頃からずっとそのことで悩まされていたのだけど、こうして父はいなくなって母ひとりになっても写真がまだここにあるということがなんだかとても不思議なことのように思えた。
母の中にはちゃんと父の存在があるということを、この年になって感じられるようになった。子どもの私には知り得なかった父と母のこと。
お仏壇の中の父は、子どもの頃によく見た父の顔。この笑顔が今でも母の中にしっかりあるということを確信した旅だった。

 自分の中の何かがゆっくりだけど循環し始めた気がした。
名古屋に来て20年経つけど、やっぱり自分が育った場所だったり昔の友人だったり、かけがえのない宝物なんだな。

 

 

 

| | コメント (0)

2019年11月27日 (水)

心の復活と小さな目標。

 この歳にもなると、心の復活も早くなるものなのだな。
おとといの日、けっこう自分なりに落ち込んだと思っていたのだけど、次の日にはケロっとしていてびっくりした。昔はズルズル引きずって、心にしこり作っていつまでもメソメソいじけてたっけ。
歳をとるとそもそもそういうエネルギーが無くなるのか、果てまた今まで味わったいろんな経験が心の筋肉になった成果なのか…
まぁどっちでもいいけど立ち直りが早くなったことは心身ともに楽でいい。
いつまでもクヨクヨしていたって始まらない!という言葉の意味が、この歳になってようやくすんなり受け取れるようになったかも。
弱っていた頃は、誰かが掛けてくれる「頑張って!」の言葉がただ自分へのプレッシャーにしか聞こえなかった。そんなのこの自分が一番分かっているんだから…って、口にはできない言葉を腹の中で噛みしめたものだ。

今はなんだろな、それってシンプルに愛なんだと思える。だからその言葉を掛けてくれた相手の愛の言葉をこちらは素直にキャッチすればいいこと。ただそれだけ。
ありがとうと素直にお返しすればいいのだ。

 そういうことがどんどんシンプル化されていく昨今。
いろんな部分が退化していく反面、進化?!していっている面もきっとあるんだろうな。(そう信じたい)

 
 そういえば先週、フラメンコの発表会に向けての初のギター合わせがあったのだけど、自分なりにはいつもと同じ気持ちで踊っていたつもりが、師匠が「もっとしっかり呼吸して!」と私に言ってきたのですね。
その瞬間、「呼吸か〜」と深く考え込んでしまいまして。
帰ってきて録音した音源を聴いてみたら、師匠の言っていた呼吸の意味に考えさせられたんですね。
表面的な浅い呼吸しかしていないので、とにかく足の音が忙しないんです。落ち着きがないというか…。

と同時に、これってフラメンコだけの話じゃなくて、普段の生活においても私の呼吸って浅いと気付きました。
ゆっくりじっくり考えたり味わったりってことを、たぶんほとんどしてない。
表面をざっと擦って、ハイ終了!みたいな感じ。
あー、これって私にいちばん足りない要素だと思いました。

 逆に言うと、深くとかじっくりとか…そういうニュアンスを避けようとする自分もいるのです。
そこには時間を止めてしまうようなイメージもあるし、前に進めなくなるイメージもあるし、怖いイメージだってある。

 でももう私もいい歳。
いままで怖がっていた何かを手放してみるのもいいかも知れない、ってちょっと思いました。
もちろんこれって意識しないと、いつものうわっつらをなぞるだけの自分になってしまう。
 意識したら何か変わるかな。

 そう思いながら生活するのって、ちょっとおもしろいかも知れないな。




 

| | コメント (0)

2019年11月25日 (月)

むずかしい…

気づけば11月も後半戦。前回の日記から1か月以上も経ってしまった。
世の中はテレビよりもユーチューブという流れになっているみたいで、機械に疎いこんな私でさえもその流れにのりつつある今日このごろ。
キャンプ動画やら音楽関係やら、はたまたブログと称する動画もある。
もう最近は文章じゃなくて映像なんだなぁ〜ほぅ〜 という感じである。
そしてまた皆さんとにかく上手に撮っているではありませんか。中にはプロレベルの映像もある。すごいなぁとおばさんは感心するばかり。
そんなこんなでみなさんがアップしていらしゃる映像に見とれていたら、いまさら文章ってどうなんだ?!みたいな気持ちもあったりなかったりしつつ、1か月が経過。

 でもまぁ、文章は文章のいいところもあると思うのだけど。微妙な文末に含まれる気持ちとか温度とか。そういうのって文章だからこそ表現できると思う。

 それでもって今日どうして筆をとったかといえば、相手からもらう強い言葉やその言葉の奥の感情に、自分はものすごく反応しやすい…ということ。
思えば子どもの頃、親からきつく叱られたりしたことはほとんどなかったと思う。親が年だったということもあるだろうけど、共働きで忙しくしている両親は子どもにかまう時間なんてほとんどなかったのだ。なので怒られたり厳しくされたりということに慣れていないのかも知れない。

そんな私なので、今回の件ではかなり落ち込んでいるわけで。

まぁ誰でも相手から否定的なことを言われたら心はくじけるだろうし、もしかしたら人によってはそこに反発していくかも知れない。
自分の場合は、もう体が動けなくなるくらい怖さでいっぱいになってしまう。過呼吸にもなる。たぶんものすごく弱いんだと思う。


ダメ人生で来ている自分みたいなのは、人から批判されて当然。
わかっていても、それを正面から言われたり書かれたりするのはけっこうキツイ。

 そんなの放っておけばいい という話ではないと思うし、相手の感情がどこに向いているのか気になるし。

今は怖くてしかたないのだけれど、ダメ人生はどうにもならないので小さく生きていくしかないのだろうな。人目のつかないところで、ひっそり生きていく人生も考えたけれどそれはそれで苦しい。中にはアンタこんな日記なんか書いてる場合じゃないと言ってくる人もいる。じゃぁどうしたらいいんだろう。自分でも答えがわからない。
むずかしい…。

 今この複雑な気持ちをどうにもできなくて、筆をとりました。
そう思うと文章で表すという手段は必要なことなのでしょうね。自分の気持ちと向き合うためにも。




 

| | コメント (0)

«秋のおクスリに。